夢追いランナー笑石人の部屋

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星の郷八ヶ岳野辺山高原100kmウルトラマラソン

【「星の郷八ヶ岳野辺山高原100kmウルトラマラソン」参加歴】
タイム 順位 コメント
'97 12:14:02 222位 非常に過酷なコースに負け、60kmで撃沈。以降は半分歩いた。
'98 13:54:53 491位 サブ12できるペースで走っていたが、残り9km地点で肉離れを起こし、以降、足を引きずり最後まで歩いた。
'99 DNF ----- 酷暑に負け脱水症で動けなくなり74kmエイドで自己申告リタイヤ。
'00 DNF ----- 馬越峠の上りで雷雨に遭い低体温症となり、峠頂上(79km)エイドで収容。
'01 DNF ----- 酷い嘔吐のため50kmエイドで自己申告リタイヤ。
'02 DNF ----- 酷い嘔吐のため80kmエイドで自己申告リタイヤ。
'03 13:47:28 460位 酷い胃痛と嘔吐の為、馬越峠前半のエイドで1時間休憩し、その後は歩きとジョグ。
'04 13:53:56 515位 萩往還のダメージが強くてペースが上がらず、また、終日雨で気持ちが折れた。
'05 13:25:54 351位 71kmに初挑戦する走友のペーサー。ゴールを見届けた後、馬越峠付近で激しく嘔吐し撃沈。90km過ぎには吐血。胃痛の為に走れず、休憩を入れながらゴールまで歩いた。
'06 12:59:19 299位 60km以降で酷い胃痛と嘔吐、胃痙攣を起こし撃沈。その後は歩きとジョグ。
'07 10:54:17 76位 肌寒い気候に助けられ胃腸も暴れず、初めて文字通り完走。 10年ぶりの自己ベスト更新
'08 11:24:07 115位 中盤までは前年と同じペースで走れたが、70km以降、嘔吐を繰り返し、ほとんど歩いた。
'09 12:12:46 216位 24時間走のダメージが強くペースが上がらなかったが、走友が引っ張ってくれ、苦しくも楽しく走れた。
'10 DNS ---- 同日開催の24時間走世界選手権大会に参加。
'11 中止 ---- エントリーしていたが、東日本大震災のため大会が中止。
'12 DNS ---- 同日開催のUTMFに参加。
'13 9:59:10 50位 前半の山越えを丁寧に走り、 デカフォレスト(100km10回完走の称号)獲得を自己ベスト更新&初サブ10 で祝うことが出来た。
後日、デカフォレスト認定書と記念ポロシャツが届いた。
2013年5月 野辺山100k01
'14 9:59:23 60位 最後の参加。デカフォレストの証であるグリーンゼッケンを付けて走った。
2014野辺山100kmデカフォレストの証のゼッケンと完走メダル
20回記念大会という事でTV局の取材があり、ゴール直後に受けたインタビューが番組の最後に放映された。
'26 11:55:32 283位 還暦最後の月の参加。デカフォレストの証のゼッケンの色が緑から黒に変わり名前入りのゼッケンに変わっていた!通常のナンバーゼッケンもあったので両方つけた。(笑)
2026野辺山100kmデカフォレストの証のゼッケンと完走メダル
前回より+2時間。走力の劣化が激しいことを痛感させられた。

参加回数:16(完走:12、DNF:4)
'00年に9月から5月の開催になった。萩往還マラニックの直後で疲労のピークで走ることになり、DNFが続いた。
4年連続でリタイヤした時は、大会参加を止めようと思ったが、苦手な坂道を克服するための鍛錬の場として参加し続けた。
開き直って最初からゆっくり走ることで、文字通り完走できるようになった。

2026野辺山100kmの軌跡
1998年は、予想よりも完走者が多く、完走メダルが足りなくなる事件が起き、後日、送付された。しかし、短い種目の余りものの?完走メダル(銀色)だった。(怒)
2014野辺山100kmデカフォレスト認定書
デカフォレスト(10回完走の称号)の認定書。実際には賞状用の額に入っていた。

【この大会で学び得たこと】
●200km超を走った後の内臓疲労は2週間では回復しない。
●アップダウンの激しいコースでは固形物の食べ物は不向き。
●下り坂では受ける衝撃力が小さいピッチ走法が足にも内臓にも良い。


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