2005年06月27日
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カテゴリ: MUSIC
バー・トーク(Bar Tok) というのはハンガリー人作曲家バルトーク(Bela Bartok)にちなんで名付けた、北ロンドンにあるバーだ。ああ、しょうもない命名。しかし、うるさい音楽が鳴っている普通のバーと違い、マイケル・ナイマンやスティーブ・ライヒなどの音楽が静かに流れるバーで、出来た当時には友人と飲みに行ったものだ。実験的な音楽を演奏するためにはけっこういい場所らしい。

今日は、知り合いの恋人がそこでギターを弾き歌を歌うということで、ベルギーの白ビールをぐびぐび飲みながら待つ。大きいソファーが散在する店の中は快適だ。しかし、ワインレッドの壁はくたびれているように見えるし、古くなった紫色の横長の電灯は、もはやキネティックアートではなく、蠅をおびき寄せて焼く装置に見える。週末の夜だというのにあまり客がいないせいで、儲かっていなくて改装していないんだよなぁ。知的な音楽でチルアウトできるバーというアイディアはいいし渋いバーなんだが、やっぱりマイケルナイマンとか毎日は聞かないもんね。

クリント・イーストウッドの映画にでも登場しそうな、怪しい70年代風の長髪にサングラスの男たちやチープシックのレプリカのミニドレスに身を包んだ女たちは、トレンディなのかもしれないが、私には変装しているように思えて、「おまえたち、本当の正体は誰なのだ!」と尋問したくなってしまう。

「あら、ここにいたのね」知り合いの女が、バーの奥のほうから現れる。彼女は私のガールフレンドの大学時代の友人だ。最近7歳年下のミュージシャンと交際をしはじめたという話を聞いているので、私たちは好奇心を隠しながらバーの奥に歩いていく。

実は数週間前にこのミュージシャンのつくった音楽を聴いたことがある。大手出版社ペンギンブックスがウエブサイトで公開する詩や小説を音読した録音(オーディオ・ブック)に渋い音楽をつけたミュージシャンの曲を10曲に限って出版するというコンペがある。そこで、このミュージシャンのつくった曲が現在「ペンギンリミックス」で上位に入っているのだ。

このコンペのサイトは以下の通りだ。面白い企画だからチェックする価値はあるかも。私はランキングに影響を与えたくないので、このミュージシャンの曲がどれだか教えない。

www.penguinremixed.co.uk

システムとしては、聴衆がそれぞれの曲に点数をつけ、そのランキングと編集者の意見の組み合わせで受賞者が決まる。知り合いの女の弟もミュージシャンで、曲を出品し、自分で100回ぐらい投票して、それがばれて失格となったらしい。ペンギンブックスも馬鹿じゃないからIPアドレスをチェックしているのだ。

知り合いの女の恋人は24歳だ。むうう、私より14歳年下。2メートル近いひょろりとした長身で長い金髪だが、気のいいあんちゃんという感じの性格だ。ケミカルブラザーズのメンバーで似たような顔のやつがいたっけ。アコースティックギターの黒いケースがソファーに立てかけてある。



しかし演奏前なので、ときどきソワソワしているのが見える。ミュージシャンがトイレに行ったときに、彼の恋人の知り合いの女が「彼はギターをこの一ヶ月ぐらいあまり弾いていないので、今晩うまくいくかどうか、ちょっと心配してるのよ。だから、友達もあなたたち以外しか招待しなかったの。ああ、私も彼が心配そうだから、心配になるわ」と言って、しきりにミニスカートを引っ張って足をカバーしようとする。

50歳ぐらいだろうか、白髪のDJがミュージシャンの横につかつかと駆け寄り、「おめえの新しいアルバムから数曲かけようと思うが、どの曲がいい?」と聞く。彼が何か答え、DJは灰色に塗られたブースに戻り、音楽が流れ出す。

こいつの曲はまったく悪くないと思った。

基本的に高音のVocalにアコースティックギターの音楽だ。ライクーダーのようにギターの指版に指がスライドする音が響く。寺院で読経する坊さんの声などいろいろな音源がサンプリングされて、メリハリをつけている。彼の本当の職業は広告代理店のために広告につける音楽がどれがいいかリサーチする仕事をしているので、「耳が肥えている」のだろう。

私がほめると彼はうれしそうだった。

前座の2人組みが演奏を開始する。アコースティックギターとチェロの組み合わせだ。思索的な歌詞を目を瞑りながら歌う男の声は深い。ギターもピックでビキビキと力強く弾かれ、乾いた音だが、どことなく中近東のメランコリーのようなものを感じた。こいつは本物だわい、と思った。チェロ奏者は6曲目ぐらいまで弾かなかったので、「あのチェロ女、飾りじゃないの」とガールフレンドが私に耳打ちする。7曲目からチェロもギターに絡み出す。砂と水のような相反する音が繋がり、離れる。渋い。こいつら、只者ではない。

深く乾いた声の男は全曲目を瞑ったままだった。拍手が鳴り響く。白髪DJがしゃしゃり出て、「すごい演奏だった。ブラヴォー。またバートークに出てくれるよね?それじゃ、みなさん、また拍手っ!」と叫ぶ。

それから30分後、知り合いの女の彼氏がギターを抱えて舞台に座る。白髪DJはこのミュージシャンを「旧友」と呼ぶ。「彼はこのバートークの常連だよ。アルバムを出したんだよね」と言うと、ミュージシャンはぼそぼぞと早口で肯定する。あがっていて神経質になっているのがまるわかりだ。

ミュージシャンは聖歌隊団員のような高音の美しい歌声があった。ギターはじゃっかんジャカジャカとまどろっこしい和音に走るきらいはあったけど、クラシックの素養があるのだろう、安定したしっかりした演奏だった。しかし、音源サンプリング無しの曲はのっぺりとしていて、前に演奏した深く乾いた声の男に比べて、ぜんぜんオリジナリティやカリスマに欠けているように思った。才能の違いがくっきりとでる音楽の世界は残酷だ。

しかも曲の合間に「さっきのはちょっとまずっちゃったぜ。ごめんな。練習最近してないからな。ええっと次の曲は俺が旅行してたときに作ったやつだ。ああ、そんなことはどうでもいいよな。とりあえず、行くぜ」なんてことをボソボソ早口でしゃべるのだ。ああ、駄目だ。

自主制作をしたアルバムをプロモートするために演奏しているのに、The next song is from the album I am….sellingと吐き捨てるようにつぶやくのはやめてほしかった。



トイレから帰ってくるとミュージシャンはソファに身体を投げ出して、演奏が済んで安堵している感じだった。私はお世辞をいい、「君、CDを売っているのだろう、買いたいのだが」と言う。彼の顔が輝く。多重録音のことやCDジャケットのデザインなどを話し、私がアラブストラップが好きかどうか彼に聞き、その話で盛り上がる。ガールフレンドと知り合いの女はあまり音楽について知らないので我々ふたりが話すのを聞いている。

「そおいや、ヒカルもバンドやってたんだよね。確か、何か、顔をメリケン粉か何かで真っ白にして母親のドレスか何か着たりして…大阪の家で写真見たわよ」と突然ガールフレンドが言う。

こらこら、そんなことは14歳年下のミュージシャンの前で言うべきではないのが、わかっていないなぁ。沽券に関わるではないではないか。





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最終更新日  2005年06月27日 06時58分37秒
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