[Suicide Syndrome:2]




  15歳の誕生日だっけ? 君がくれた時計。
  もう、今は止まってしまったのだけれど。




  「この手段しか、無いんだろ・・・?」

      『そうだよ。 君が自己を保ったままで終わりたいのならば。』

  「これ以上、生きていても、ダメなんだろ?」

      『選ぶのは、君自身。 僕は、真実を伝えるだけさ。』

  「じゃあ、俺の今までの記憶や、思い出は、何処に行くんだろうな?」

      『・・・』

  「俺の生きていた記録は残る。 記憶は、誰が抱えてくれる?」

      『なら、僕が、全て、預かろう。 君が再び、世界に芽生えるまで。』

  「悪いな、そうしてくれると、嬉しいよ。 お前に、覚えていて欲しいんだ。」

      『忘れないよ。 君の声、君の形、君の匂い、君の味。 世界に生きていた、記憶。』

  「ははっ、そっか・・・サンキュな、依月ちゃん」

      『いいんだよ。 僕は、君の事が好きだからね。 宗司君。』

  「嘘でも嬉しいぜ。・・・ありがとな。 これで、思い残す事は、何も無い。」

      『オーケィ。 では、良い旅を。 一時の別れですね。』

  「あぁ。 またな。」

      『えぇ。 また、次の姿でお逢いしましょう。』



  きっと、こんな方法で死ぬのは、苦しいんだろうなぁ。

  俺が指定された方法は、学校の屋上で、
  『フェンスに鎖で自らを束縛し、飛び降りる事無く、血の雨を降らせ続ける』事。


  俺には、あの子が、何を考えているのかは分からない。
  『世界の浄化』って言ってたけど、正直、そんなものに興味は無かった。

  俺は、ただ、あの子が好きだっただけだ。
  だから、望むなら、俺が死んでも構わない。

  俺達4人で、世界を終わらせる。
  そんな途方も無い、宗教じみた妄想。

  実現出来る訳も無い、歪んだ夢。

  けれど、あの子は、本気だ。
  だから、俺は、その願いを叶えてあげたかった。
  本当に、それだけだ。  それだけのはず、だった。


  いつからか、俺は、餓え始めた。
  依月を抱けば抱くほど、繋がれば繋がるほど、心が空っぽになった。

  ・・・あぁ、この子が見ているのは、俺じゃない。
  見ているのは、世界の終わり、それだけだ。

  俺は、道具だ。 あの子の世界に血の雨を降らす、スプリンクラーだ。

  どこかで、分かってた。
  俺じゃなくても、いいんだって。

  けれど、そんな歪んだ夢に付き合えるのは、俺くらいだ。
  命まで、懸けて。

  身を焼き尽くす嫉妬の炎。
  白い灰になるまで、黒く炭となって、苦しみ続ける。

  俺は、あの子の中で、特別で在り続けたい。

  決意を固め、止めていた歩みを進める。
  屋上への階段を昇り続ける。 死刑台への十三階段。

  手提げの布カバンに入れた鉄の鎖は、ジャラジャラと気障りな音を立てる。
  罪人の、枷。 手錠の鎖と同じ音。

  「・・・笑えねぇジョークみたいだよなぁ・・・」
  クククっと、乾いた笑いを上げて、階段を昇る。


  目の前には、赤茶けた、錆びた扉。
  依月にもらった合鍵で、扉を開く。
  あの子いわく、『楽園の扉』。
  完全にキテる、歪んだ夢。

  ・・・はっ。 今更、だろ?

  ギチギチと音を立てて、開かれた楽園の扉。

  そこは、いつもと何も変わりない、学校の屋上。 
  俺が、今から、変えてやるよ。 世界を。

  フェンスを昇り、縁に立つ。
  鉄の鎖で、何回も、何回も、体とフェンスを巻きつける。
  恐怖なんぞ、とっくに麻痺してる。 風が心地いい。

  MDウォークマンからは、俺の好きな歌。
  リピートし続ける、切ない詩。
  依月の歌う、あの歌。 

  あの時と同じだ。 屋上で、この歌を初めて聴かされた、あの時。

  そうだ、俺は、あの時から、狂い出した。


  頭を振る。 終わらない思念に、さよならだ。


  首に、依月から貰ったナイフを当てる。 冷たい。 とても、冷たい。
  下を見る。 ・・・依月。 俺を、俺だけを、見ている。

  微笑んでくれている。 俺の救済は、成された。
  俺は、あの子の、特別になれたんだ・・・。

  これでいい。 俺は、ここで終わるけれど、
  あとは、頼んだぜ。 歩、雪緒・・・依月。 


  全力を込めて、震える手を抑える。
  この世界とも、お別れだ。

  首に当てたナイフを、横に、引いた。

  噴出す鮮血。
           赤、赤、赤。
  痛み。 思ったより酷くない
    赤、赤、赤。
  薄れていく。 
                 赤、赤、赤。
  俺が消えていく。


  世界が、俺の血で、紅く染められていく。
  恍惚と眺める、依月。

  俺は消える訳じゃ無い。
  俺達の世界を、血の雨で染めて、永遠に残るんだって、あの子は言った。

  ・・・あぁ、声が、出せねぇ。 最後に、叫びたかったなぁ。

  「愛してるぜ、依月」って。



  [Suicide Syndrome:2]  高野 宗司  END 

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