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玲子46~父の死~


私と慎司は、あれからどこにでも転がっている、ありふれた恋人たちのように
ほとんど毎週金曜日に会っていた。
映画を見たり、夜中のドライブを楽しんだり、食事をしたり、酒を飲んだり、
そして、相変わらず繰り返すセックス。
お互いに刺激を与え合うために、時には車内や夜の公園ですることもあったし、
映画館で触られたり、下着を着けないでフレンチを味わうこともあった。
そうやって性欲を高めていないと、飽和状態に陥る。
そんな気がして私の方から積極的に提案していた。
こうして慎司と過ごしている間、尚子はどこかで首輪をはめられて、なぶられている。
『Bar D』でユースケに見せられた尚子の写真が脳裏に焼きついている。
慎司が機嫌よく微笑むたび、その姿が頭に浮かんだ。

北山には金曜日に習い事を始めたと言い、土日に会うことにしていた。
結婚を決めるまでは男の人を部屋には入れたくないと、北山とは距離を置いた。
自分でもあきれるような言い訳だったが、逆にそれは北山を喜ばせた。
ごくたまに、北山の部屋でセックスをした。
一人暮らしの男の部屋は、一種独特の雰囲気と匂いがして、入るたびに落ち着かなかった。
シンプルで、置いてあるものはすべて彼独自のこだわりで選んだ品々。
そこにいると、私まで北山の部屋のインテリアの一部になってしまったような雰囲気。
男の部屋には、私を弱気にさせる何かがあった。

そんなある金曜の夜、有楽町で話題の映画を慎司と見た。その後飲みに行き、
私たちは酔っ払ってタクシーに乗り込み、私の部屋に戻った。
いつも通り朝を迎え、部屋で朝食を摂った後、慎司は我が家へ帰っていった。
昼前になって、携帯電話を覗くと、父の入院している病院、それに叔母からも
何度も電話が入っていた。映画館に入る前にマナーモードにして、そのままだったのだ。
すぐに病院に返信すると、担当の看護師から「お父様が明け方に亡くなられました。
昨日の晩からこん睡状態で、何度もご連絡したんですよ」と告げられた。
すぐに来てくださいと言われ、身支度をしてタクシーに乗り込んだ。
行き先を告げて、シートにもたれる。
不思議なくらいに、なにも感じない。悲しくはない。
かといって「ざまあみろ」とも思わない。
なにも感じないのだ。ただ「そうか、死んだのか」と、思うだけだった。
『あのひと』は、死んだんだ。それだけ。
病院が窓から見えてきた。
その時初めて「最後は苦しまずに逝ったのだろうか」と、気になった。


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