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玲子47~写真~


「すみません、久賀ですが」
「久賀さんですか!何度もお電話したんですよ。このたびは・・・。
ご親戚の方がお待ちです。霊安室にご案内します。」
霊安室の前では叔母がイライラした面持ちで椅子に腰掛けていた。
私を見るなり「玲子!」と叫んで寄ってきた。
「まったく、なにやってたんだい!アンタの携帯電話に何度も電話したのに、
ちっとも出やしないんだからね!兄さん、今朝早くに亡くなったよ。
昨日の10時ごろに危篤だって病院から連絡があって駆けつけてきたんだよ。
喪主のアンタが来ないんじゃ、兄さんを動かせないし、どうしたもんかと
看護師さんと話してたところだよ!」一気にまくし立てる。
「すみませんでした。後は私がやりますから。」冷たく言い返す。
この女の顔を見ていると、あの忌まわしい過去の記憶が頭をもたげてきて、吐き気がする。
でも父方のたった一人の親戚だ。しかたなく、葬儀の準備を共にすることにした。
この女は、亭主とだいぶ前に離婚したらしい。あの男に会わずに済んだだけ幸いだった。

病院からほど近い葬祭場で通夜と告別式を行うことになった。
何から何までわからないことばかりで、とにかく葬儀屋の言うとおりにした。
父の知り合いなど私は知らなかったし、参列者は父の職場関係の人や、
会ったこともない遠い親戚ばかりだった。
なんとか葬儀を終え、月曜日に会社へ連絡した。
社内規程により5日間の慶弔休暇を付与します、と事務的に言われた。
その間に役所への届け、父の保険金の受け取り手続き、嘱託として定年後も勤めていた
父の職場への手続きと、休む暇もなかった。

土曜日になって、ようやく病院から引き取ってきた父の荷物を解いた。
病院を出る時、担当の看護師がまとめて持ってきてくれたものだ。
その中に、古びた茶封筒に入れられた一枚の色あせた写真があった。
そこには赤子の私を抱き、はにかむように微笑む母、そして、その母の肩を抱いて
満面の笑みを浮かべる父の姿が写っていた。
これが、母。私は生れて初めて見た。まるで少女のようにあどけない顔立ち。
ことあるごとに母のことを「色白の美人」と、父は馬鹿みたいに私に自慢げに言っていた。
でも、そのとおりだった。
本当に、きれいだ。
そう思った瞬間、涙が、知らぬ間に溢れて、うるうると滲んで、見えなくなった。
こんなにも、写真の中の2人はうれしそうに笑っている。
生れた私を、喜んで抱いて、笑っている。

私は
生れてきてよかったんだ。
望まれて、生れた子なのだ。

でも、もう遅い。
私はもう誰にも、感謝できない。
『あのひと』は、死んだ。
私を置いて。ひとりにして。
祖師谷の家と、手付かずの退職金と、多額の保険金と、
私の心に長い間刺さった棘を残して。



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