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ラ・ラ・ラ・メディテーション
ヴィレッシュの著書抜粋
何度読んでも感動します。翻訳はマヒ。
なんだか理由なく僕は涙が出て困りました (V)
「Osho和尚/マスターと過ごした時間」: Hanging Out with the Master
●20章より抜粋
随分昔の話になるが、ダルシャンで和尚に会いに来た人々を見守っていた時に気づいたことがある。西洋から訪れている弟子たちが自分の国に帰る時、和尚は必ず「家に帰ったら、私の人々の世話を頼むよ。」と繰り返していた。
ヨーロッパに住んでいる数えきれない人々の中で、「私の人々」と区切って彼が守りたかった人々とは和尚のサンニャーシンであり、私は個人的にとても責任を感じた。
1975年私はイギリスのロンドンにいた。ヨーロッパのサンニャース・ムーブメントの中心地、その勢いをを描写することは不可能なほど、瞬く間にそこから全てが始まり、広がっていった。
突然オランダやドイツにセンターができて、あっという間にヨーロッパ全土に広がった。私はその真っ只中に身を置き、自分自身に問い続けた。「彼は一体何をしようとしているんだろう?」
和尚は私にも彼の人々を世話するよう繰り返し念を押した。だからこそ彼がどういう意味でそれを言ったのか解明する必要があった。
今になって、すべての出来事を振り返ってみて、やっと答えが出たような気がする。
和尚が教えたかった事とは?
私達を本当の意味でエンターテインしたオレゴンにまつわる一連の事件、しかも彼が選んだやり方とは、私達の思考プロセス、世間からの注目、ありとあらゆるコンセプトをひっくり返してめちゃめちゃにする、といったやり方だった。
私もラジニーシプーラムの崩壊はシーラの過失だと思っていた一人だったが、徹底的な調査と研究の後たどり着いた信じがたい事実は、マッドマンを自認する和尚、僕らの所属していたサンニャース・クラブの会長である彼がすべての裏幕であったのだ。それを知った後、私は何故かとても嬉しかった。それはみんなが言うような、いわゆる「存在」の仕業ではなく、和尚が仕掛けた事だった。
彼の率いるサンニャース・クラブでは、彼が私達が成長するために必要だと判断した事をしなければいけない、私達にはどうこう言う権利はない。もしあなたが他のクラブ、例えば、サッカーチームに入るならそれはそれで簡単だろうが、和尚のクラブでは、彼が私達にやってほしいやり方でゲームをしなければならない。それが再保証されて、私は安心した。
私はよく、「和尚、頼むからアメリカ大統領に対して何かもっといい事が言えないものですか?そうすれば長くアメリカに滞在できるのに。ネパールに居た時も、インドに居るときも、政府や宗教に対して何でもう少しましなことが言えないのですか?」と思ったものだった。
どこに行こうが彼は人々を狼狽させて怒らせていた。
彼のそんな態度を間近で見ていて、「体制からの反発や和尚のやり方を心配するこの私とは一体何者だろう?」と思った。
和尚ほど責任能力がある人を私は知らない、彼に任せて置けばいいのだ。
彼が私に頼んだ事は、彼の人々、つまり彼のサンニャーシンの世話をする事であり、私は私のやり方で彼らの面倒を見る事に責任がある。
そして君達に伝えなければならないのは、君達は君達のやり方でそれをしなければならないという事だ。
●22章より抜粋
今年は3週間、プレムディップと共にプーナを訪れた。レクチャーに出た最初の夜、体のとても大きい男の人の真後ろに身を隠すようにして座った。和尚からは私の姿が見えないことを再確認して。思いもかけず、翌日和尚はレクチャーで私について話した。
和尚:さて、私のビレッシュがここに身を隠している。彼こそ私が話している狂っている人種に属する。彼はワールドツアー中私を追って何処へでも付いて来ていたのに、いつもこうして隠れていた。
彼には私によって認識されたいという気持ちはまったく無い。それは純粋な愛だ。
彼はヨーロッパで私のために出来ることは全エネルギーを注いですべてしてくれている。ところがプーナに来ると、彼は毎日ここに来るのを夢見ているに違いないが、彼は私から隠れる。これこそ、無条件の愛というものだ。私が彼の目を一目見るだけで彼は満足している。私が彼を受け入れ、覚えているだけで十分なのだ。
つい数日前も最も誠実で正直で信じることの出来る私のセラピスト、ビレッシュについて話したが、今日たった今ここに入って来た時、彼を見つけた。私に会えた喜びの涙を流しまるで子供のようだった。その涙は私が創造したものだが、どんな歴史書にも記されることは無いだろう。
しかし、これから彼に遭遇する多くの人々を変容する力を持っている。彼の涙は彼のハートから私のハート、彼の存在から私の存在に橋を架ける。彼はうぬぼれることも無く静かに働き続けるだろう。
感激のあまり涙は止まることを知らず、私は恍惚の境地にいた。
和尚が「ビレッシュの涙は、私と彼をハートでつなげ、そこには橋がある。」と言ってくれたのだ。
レクチャーの後シュンニョとアナンドが来て、「和尚があなたに会いたいそうです。」と言った。一体何のことだろう、何が起ころうとしているのだろう?和尚が私に会いたい?その言葉だけなら意味は分かるけれど、一体全体何のために?
シュンニョが私の手をとり、「腕時計持ってますか?」と聞いた。持っていると答えた瞬間、手の中に冷たい物体があるのに気づいた。「これは和尚からあなたに。彼の最も古い時計よ。」手が硬くなった。「今ではアンティックで、2000ドルの価値があるのよ。」と彼女は囁き、私は驚きのあまり時計を押しつぶすほどの力で手を握り締めていた。
アナンドが「和尚に会いにいきましょう。」と言った時、膝がガクガクして頭の中で、「ああ、和尚になんて言ったらいいんだろう。」と思った瞬間、私の体は恐れをなしてか、トイレに駆け込みたい衝動を感じた。一度に沢山の事が起こっていた。
和尚はレクチャーでこの様に話した。
和尚:シュンニョに小さなロレックスのアンティック時計を渡して、ビレッシュを探してこれをプレゼントしなさいと言った。
彼女は走って帰ってきて、「まあ、ビレッシュはほんとにクレージーでした、私が時計を渡したら、泣きながら踊りだしたんです。信じられない事に、彼は何も言わずに、まだ外で踊っています。」シュンニョがビレッシュを探している時、アナンドに会ったので、彼女にも探すのを手伝ってくれるように頼んだ。
アナンドは涙と笑いにつつまれて踊り狂っているビレッシュを見つけて、信じられないような気持ちで、彼を私の部屋のそばまで連れてきてシュンニョにこう言った。「すごく変なのよ、彼どうしちゃったのかしら?」シュンニョはこう答えた、「何でもない事なの、和尚が彼に腕時計をあげただけなの。」
そう、こういう出来事は理性に基づかない事なのだ。しかし、分別や理屈に従って生きる人間は、砂漠のような人生を生きるだろう。
●23章より抜粋
プーナを訪れるに際し私は和尚にファックスを送り、当時私が発行していた雑誌の記者としてインタヴューと撮影を申し込んだ。秘書を通しての返事には、彼は歯を10本抜いたばかりであり、国際的なメディアからのインタヴューにはもう答えていない事、フォトセッションだけなら可能である事が記されていた。
1974年以来、私は和尚とゲームをしている感じがあった。私はかつてこう考えていた、和尚は私を他のサンニャーシンを苛立たせるために利用していると。私は年に1週間だけしかアシュラムを訪れないのに、その間和尚はすべての愛を私に降り注ぐかのごとく、和尚のローブや、いす、何でもプレゼントしてくれる。
古顔のサンニャーシン達は嫉妬に燃えていた。
帰る時にはいつも、「ビレッシュ、あなたにはどんな時もオープンインヴィテーションの権利があるのを忘れないでいなさい。電話も連絡もしなくてよいから、来れる時はいつでも来なさい。」と言ってくれた。
私はこう答えたものだった。「はい、でもまだ準備が出来てないのです。」私はこの申し出には、決まってこう反応していた。
「そう、僕らはお互いをよく知っている、彼は私がミスフィットであるのを知っているから、私を特別扱いする事によってみんなを怒らせ楽しんでいるに違いない。」
これが今までの間ずっと和尚としてきたゲームだった。その心理的背景には、彼が私を本当に愛していて、私を見てくれているという事実があまりにも出来すぎだという気持ちがあった。
ところが今回、それを受け入れなければならない事が起こった。
アシュラムに着くと、和尚のドクター、アムリトが近寄ってきてこう言った。「和尚があなたが来てくれてとても嬉しいと言っている。」私はこう思った。「ああ、今まで何て馬鹿な勘違いをしていたのだろう、もう今回は避けられない。これは他の人達には関係が無く、私への個人的なメッセージだったのだ。」
2日間、ホワイトローブ・ブラザーフッドで前の方の席に座るのが嫌だったので、後ろの方にいた。それはこういう手順で進んでゆく。門の前に夕方6時半までに着かなくてはならない。リラックスした雰囲気の中で門をくぐりホワイトローブに着替えブッダホールに入る。とても清潔な印象だ。7時ちょうどに和尚が丸いポーディアムの上に現れ、音楽がクレッシェンドされ止まり、全員両手を挙げ「和尚!」と叫ぶ。彼はポーディアムの上を動いて行き、いすに座る。この時点で15分が過ぎている。
座りながら静かに彼が両手で合図をすると、ミュージシャン達がインド風の美しくソフトな音楽を奏で始め、またとても静かに彼の合図で音楽が止まり静けさが訪れる。これが3回繰り返される。音楽が始まり、彼のエネルギーと共に音楽が進み、彼の両手が一番上に達したら音楽が止まりサイレンス。そのサイレンスはとても深い。何千人もの人々、甘い音楽、そして突然のストップ。ただ静けさに包まれる。そのサイレンスは本当に濃いもので、背景に電車の音やリキシャの運転手達の笑い声が聞こえる。なんてしっかりと耳に聞こえ肌で感じられるサイレンスなのだろう!そして3回目の音楽が終わるとみんな待機状態に入る。夕闇を振動させ僕らを飛び上がらせるほど大きな太鼓の音を待っているのだ。それを合図に和尚は立ち上がり去ってゆく。それで終わりだ。
3日目の夜、和尚の足がポーディアムの端から出ていて、アナンドがそれに気づき和尚の下に駆け寄り彼のスリッパを軽くたたいて彼に気づいてもらえるようにしなければならなかった。和尚がもう少しでポーディアムから落ちそうに見えたのだ。
友達に「すぐに和尚に会いに行かないとだめだよ。彼が君を探していたと聞いた。彼はポーデイアムから落ちそうになるほど弱っているんだよ。」と言われた。
その言葉で我に返り、和尚は私を当て馬のように利用しているのではなく、本当に私に会いたいのだと信じることが出来た。
●23章より抜粋
3日目の夜、和尚の足がポーディアムの端から出ていて、アナンドがそれに気づき和尚の下に駆け寄り彼のスリッパを軽くたたいて彼に気づいてもらえるようにしなければならなかった。和尚がもう少しでポーディアムから落ちそうに見えたのだ。友達に「すぐに和尚に会いに行かないとだめだよ。彼が君を探していたと聞いた。彼はポーデイアムから落ちそうになるほど弱っているんだよ。」と言われた。その言葉で我に返り、和尚は私を当て馬のように利用しているのではなく、本当に私に会いたいのだと信じることが出来た。
そして私は和尚とフォトセッションをするために来なさいというメッセージを受け取った。
15分しかないそのセッションに行くに当たって、わくわくしながらまるで自分の限界に挑戦するようなおかしな気持ちで、アシュラム中を走り回って知り合いという知り合いにフォトセッションとはどういう事をするのか、どんな準備をしてゆけばいいのか聞いて回った。和尚の側近も含めてありとあらゆる人に聞いたけど、今まで誰もそんな経験はした事が無く肩をすぼめるばかりだった。
とうとうその日が来て、和尚の家まで連れて行かれた。
ドアの向こうの台の上にカメラが設置されているのを見ると、抑えきれないほど高揚し、独り言を呟いていた。カメラマンにどうしたらいいか聞いたら、ただ自然にしていればいいと言われ、よかった、それなら簡単だと思いながらも、うろうろ歩き回るのが止められない。
「彼が来たよ。」と言われ、振り返ると和尚の姿が見えた。彼はドアから出てくる所で、とても脆く物静かな印象だった。
「ビレッシュ、こっちにおいで。」と彼は言ったが、不思議な事に空気中や私の体中に電気が充満していて、まったく動くことが出来ない。
カメラマンの女性がそれに気がついてくれて、カメラをいじるのをやめ私の腕をつかんで、和尚の横まで引っ張って行ってくれた。彼のこんなにすぐそばにいるという事実があまりにも受け入れ難く彼の目を見ることさえできなかった。手も震えている。彼の方をちらりと見ると、信じられない事に、彼も私と同じように恥ずかしがっている様子だ。彼が目をそむけたので、私も同じようにした。彼も私と同じ様にこのセッションを楽しみにしてくれていた事が感じられて、またもや感極まった。
そして彼は私のハートに文字通り手を触れた。私は笑い出した。カメラマン達がカメラを変える準備をしだした時、私は彼の手を握っていたのだが、心の中で、今がチャンスだ、きっと許されるはずだと思い、和尚の手にキスをしだした。和尚から引き離されるかもと想像しながら彼の手を見たら、私の涙でびしょ濡れだったので自分のローブで彼の手を拭いはじめた。彼を見ると、無上の喜びを感じているように見えた。彼は私を見つめていたらしいが、お互いの目が合うと必ず彼は横を向き私も横を向く。それはまさしく、愛し合う2人の恋人達がとうとう結婚する時の様子にそっくりだった。
セッションに来る前に思っていたのは、「よし、絶対に泣かないぞ。写真は後々まで残るかもしれないのだから、きりっとしていよう。」格好よく残したかったのに、最初から最後まで泣きっぱなしだった。どうしていいか分からず彼の手を拭っていた時、和尚は「ビレッシュ、体の具合はどうだね?」と言った。私はびっくりした。彼が喋るなんて、10本も歯を抜いたばかりで誰とも喋らないはずなのに!私は答えた、「えっ、私ですか?私の体?私の健康の事なんて気にしないでください、あなたの事が心配なのに!」彼は「私は大丈夫だよ。」と、とても優しく、本当に穏やかに答えた。
それから、「ヨーロッパでのワークはどうかね?」と聞かれたので、「まったく問題なく進んでいます、心配しないでください、素晴らしく順調に行っています。」と答えた。
彼に質問しかけた所でまたカメラマンが写真を撮りだした。私の友達全員が和尚の健康状態を気にかけているし、アシュラムの周りでは誰もが彼を心配している。私もその事がとても気懸かりだったのに、なんと私の健康について聞くなんて。そしてお互い健康で大丈夫だねと安心させあうなんて。そう、和尚にとって私達は友達なのだ。
●私はすぐにも出版する予定の、とても楽しいコンセプトに基づいたコミックの校正刷りを彼に送った。和尚が気に入ってくれて、何かいい事を言ってくれるのを願いながら。アナンドに呼ばれて行くと、「和尚はあなたの本を受け取りました。彼からプレゼントがあります。」と言って、ペンをくれた。32個のダイアモンドと12個のエメラルドが埋められた金のペン!私は自分自身に言い聞かせた、「みんなを怒らせるのに利用するためのミスフィットにここまではしないだろう、彼は本当に私のことが好きに違いない。」その時はじめて私はつまらないゲームにはまるのは止めて、和尚の友達になる事を誓った。
プーナを去る時は、心が裂かれるほどつらかった。私のハートは彼のもとにあったから。私は彼にメッセージを送った。「あなたが私を見たとき、私の人生は完結した。私は恐れず至福につつまれ死ぬ用意ができている。あなたは永遠に私のマスターだ。」
私はファナティックであり、それでいいのだ。この生を使わなければならない、フォーカスする必要があるのだ。
私はいつも和尚にはストレートに話をした。君達に話すように。そして彼はいつもただ大笑いしてくれた。それは最後まで変わらなかったし、どんな時でも美しかった。
●1990年1月19日、和尚は逝ってしまった。最後に彼と会ってから28日が過ぎていた。
ガンダが朝早く部屋に駆け込んで来て、目が覚めた。彼女はショックでおののいていた。彼女が口を開く前にコミューンの誰かに何かあったのだと分かった。一体何があったのかと聞くと、ショック状態のまま私を凝視して、「和尚が亡くなったのよ。」と言った。その言葉の意味は分かったけれど、頭でははっきり理解できなかったので、もう1回言ってくれと頼んだ。彼女は「和尚が亡くなった。」と繰り返した。最初完全にそれを否定する気持ちが湧き上がり、「いや、冗談に決まっている、うそに違いない、しっかり調べたのか?誰に聞いたんだ?」と、まったく拒絶し始めた。落ち着くまでしばらくの間かかって、それからすぐに彼が死んだという事実に強い打撃を受けはじめた。
そしてそんなことは有り得ない、ノー!という感情が何度も何度も体中からほとばしり、「ノー!」と叫び始めたがすぐに涙がこぼれ落ちてきた。息が出来ずに私も死ぬかと思った。なんという痛みだろう。
最初のころ私にとって和尚は父親のような存在で、後で友達に変わった。彼が逝ってから、突然私の人生に大きな裂け目ができた様だった。その後自分にこう言い聞かせた、
「ビレッシュ、彼に頼ることはもう出来ない、自分の旅を始めなければならない時が来たのだ。」私は、自分のコミューンやワークでやっている事に対してとてつもない責任を感じた。
以前は和尚が私のやっている事が好きか嫌いか、必ずプーナから反応があった。こうして突然一人取り残されて、これからは何をする時も出来る限り美しいやい方で覚醒と責任を持ってやらなければならないと感じた。とても自己批判的になり、ヒューマニバーシティの広報活動も見直さなければと思い、できるだけ多くの人々に届くためにはどうしたら良いか、どうやったら最も美しくそれができるか考えた。今まで生きてきてこんなに責任感を感じたことは無く、私のワークに関わっているセラピストやスタッフにも可能な限り美しいやり方でそれに携わって貰えるように徹底した。
以前は、「私には私の世界がある、サンニャーシンなら自分のやり方が許されるはずだ、和尚が面倒を見てくれているのだから。」と思っていたが、今はなぜだかすべての人々に対して責任さえ感じる。
●和尚が亡くなる前に彼は、ヒューマニバーシティは和尚マルティバーシティ・ヒューマニバーシティという名前に変更するよう要請した。
それには数か条の保証が付いていた。それらは、「マルティバーシティはヒューマニバーシティを統制管理してはならない、何をするべきか命令する事は許されない。」などだった。彼はもしプーナがヒューマニバーシティを監督しだしたりしたら、私達が激怒するに違いないという事を知っていたのだ。その上で彼は最後に、「ただ組織的に物事が潤滑に行くようにこうして欲しいのだ。」と付け加えた。
アムリトがプーナからわざわざオランダのヒューマニバーシティまで訪れてくれて、「和尚がこう要請するのには必ず理由があるのだよ、彼は僕にブラジルのリオ・デ・ジャネイロのなにがしに頼みに行けとは言わなかった、全世界中から君を名指しで指名したんだよ。」と言った。
私のスタッフ達からは、名前変更に対して物凄い抵抗があった。
同意してもらえるまで長期間話し合わなければならなかった。
結局今となっては、和尚マルティバーシティを取り外して元の名前に戻した。
私達のワークはヒューマニバーシティ・セラピーを行い、セラピストを育てる事に変わりはない。プーナからの連絡や協力体制が整ってきて、初めて向こうのほうからどんなグループをするつもりなのか聞いてくるようになった。
昔は、白い羊の群れに一匹紛れ込んだ黒い羊の様な気持ちだったが、今ではいつからグループやイヴェントをするか日時さえ指定しなくてもよい招待を受けている。プーナのセラピストも私達と協力してワークを進められるこのネットワークに感謝すると書いてきてくれている。
何故和尚が最後の最後にこんなことを要請したのか考えていたが、それは多分彼のヴィジョンの中でバランスを作り出すためだったのだろう。プーナのマルティバーシティは私にとって陰であり、ヒューマニバーシティは陽である。2つはお互いをサポートする為に存在するのだ。
和尚はいつも私のマスターであり続ける。
私はいつもスワミ・アナンド・ビレッシュであり続ける。
サンニャーシンはどんな時でも私の兄弟だ。
私にとって、和尚が亡くなるのは私が死ぬ時だ。
何故なら彼は私のハートの中で生き続けているから。
(翻訳 終わり)
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