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我が家の家系

我が家の家系

 最近とくに強く思うことは、自分の過去を知るということです。過去とは単純な自分史ではなく、一族のこと、その歴史上で何があったのかということです。
 祖父は明治の人でしたから当然その父は江戸時代ですよ。そうなるともう歴史の教科書をみてフンフンとああそうなのなんて簡単にかたずけていいものかと疑問に思いますね。
 祖母にあたってはもうすごいですよ!何しろ皇族とわずかながら交流があった人ですから。群馬の名家だということがわかってます。更に前の先祖はどうも姫路城の中にいたとポロッと話したことがあり、こうなると真相を知りたいですよね。
 私がはじめて一人旅に出たとき、最初の訪問地はなんと、姫路城でした。これが偶然かはわかりませんが、面白いことです。
 父はそんな環境の中、かなり裕福な生活を戦中まで東京でしてきた人です。だから聞き出せばきっとええっ!ということがポロポロ出てきそうです。
 いま、群馬県の赤城山の旧県道には多くの橋が架かってるそうですが、その橋は実は多くの有力者からの寄付で造られたそうです。その中に我が祖父の会社の名前が入ってると聞き、びっくりしてます。○○株式会社橋と言う名があるそうで、もうあるのか無いのかわからないけど、訪ねたいと思ってます。
 一族の家系を知るためにはゆかりのお寺に行くのが良いそうです。そりゃそうですね、市役所じゃ鎌倉時代の先祖を調べてくれと言ったってわかりませんから。
 最近、源頼朝の舞台劇に関わってからやけにいろんな所で不思議な縁をかんじてます。もしかしたら・・・?何かわかると面白いなあと思ってます。

祖父と祖母 New!8/18

終戦の日にちなんで・・・
 定かではないが、祖父は失敗をくり返しながらも東京ではかなり事業を上手くやっていたらしい。兄弟の関係などはわからないが、祖父にはこんな話がある。もう数年前になるが、見知らぬ人から現金書留が来た。何だろうとみると、中には現金数十万円が入っていた。ビックリして中の手紙を見ると、どうも昔祖父に助けられたらしい。資金援助やなにかを手助けしてもらい、ずっと恩返しをしたくて今日やっと御礼をすることが出来たというのだ。いい話し。
 祖母は群馬の名家出身である。かつてはよく群馬へ遊びに行ったものだが、最後に群馬の地を踏んだのは就職活動までである。その時、あらためて祖母の周りの家々の力の大きさを知ったものだ。不思議なもので、妹は高崎に居を構えている。因縁とはすごいものだ。
 祖母で想い出すのはお盆ということもあるのでその辺の話をすると、祖母は「天理教」である。天理の神様はうなぎ。うなぎが神の使いとされていて、家族がうなぎを食べても決して食べない。今も我が家には形だけとなった天理教の祭壇がある。ここで不思議だなぁ・・・と感じたことが、宗教だった。なんで天理教なのに最後はいつものお寺に入って行ってしまったのか?祖父も天理教だったと思う。なのに近くのお寺に入った。しかも祖母はお寺参りをよくやった。祖父の眠っていたお墓がそこにあるから当然と言えばそれまでだが、不思議なのだ。紀野先生の話を聞けば納得してしまうだろうが、それにしても不思議。私はせめて自分だけでもやはり帰るべき所にお参りしなくてはウソだと思い、一人で旅のついでに天理教に乗り込んだことがある。
 不思議な所だった。よくわかんなかったけど、とりあえずこれで終った気がした。わたしの時代を遡る旅はまだまだ続く。(2004・8・18)

我が父のこと(2004・1)(H・16)

父は東京生まれの静岡育ちです。子供時代までは東京の品川に住んでました。
話ではかなり裕福な家庭だったようです。品川といえば当時電気の街と言われ、盛んに電球製造などが行われていて我が家もその一角を担っていました。
 詳しいことはまだまだこれからの段階ですが、敷地内に電車を走らせて遊んだり
東京湾で船に乗って魚釣りをしたというからちょっとスケールが違いますね。
しかも家の広さはケタ外れに凄かったようで、当時を知らない私としては気になります。
 後はまた今度。お楽しみに!(2004・2・5)


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