INACTIVE OF SAFEHOUSE

INACTIVE OF SAFEHOUSE

第1話




 俺は魔法が嫌いだ。この世から無くなればいいのにと思う。というか、魔法ってなんだ。渋川真司はファイアとかサンダーみたいなやつと言った。片品るりはふわふわしてて幸せになれるものと言った。結局答えは誰も知らない。いや、どれもまた正解なのかもしれない。
 テレビをつける。夜の真面目そうな報道番組。“攻撃魔法による被害者多数”“回復魔法で難病から復活”“魔法戦争秒読みか”“謎の天才魔法少年あらわる”“魔法の素質とその傾向”
  今日のテレビは話題に事欠かない。人が魔法を使えるようになって、世界は刻々と変化していった。月曜日。すべてはそこから始まった。ある日突然、その月曜 日に俺たちは魔法に目覚めた。俺たち人間が魔法を使えるようになってから、実はそれほど時間が経っていない。今は火曜日の夜だから、昨日のことだ。本当に 最近のこと。まだまだ世の中はこの未知の存在に困惑している。報道番組のキャスターも魔法は慎重に使いましょうと言っていた。本当に、その通りだ。
 ところで魔法には才能があるようで、個々の人間に対して平等に振り分けられるものではないらしい。それに魔法にはRPGみたいに色々系統がある。攻撃の“黒魔法”だったり。回復の“白魔法”補助の“緑魔法”など。
  この中でも圧倒的に使える人が多いのが緑魔法だ。空を飛ぶ魔法や足が速くなる魔法。そういう補助的な魔法。自分たちの生活を快適にする魔法だ。なぜ多いの かはわからない。ただのテレビの統計だ。でも逆に言えば少数派に白魔法、それに黒魔法という攻撃的な魔法を使えるやつもいるってことだ。
 今日、俺はその存在に触れてきた。


 火曜日朝、人間が魔法に目覚めてから2日目の朝に、俺はなんの変りもなく学校へ向かった。ただ皆平等にとはいかないが、魔法を使えるやつも出てきている。登校時もちらほら聞こえてきたが、教室の話題はやはり魔法で持ちきりだった。
「俺、 黒魔法使えるんだぜ」「お前のは指から炎出すだけだろ」「今日、空飛んで学校きた」「わたし魔法の才能ないのかな…」「おはよう」「おはよー」「朝起きた ら魔法使えるようになってた!!」「うわぁぁぁぁあ魔法使えるやつ爆発しろ!!」「緑魔法で今日の小テストの範囲暗記してきたんだ~」
 昨日の帰 りの時点の集計ではうちのクラスは40人いて、黒魔法系統が2人、白魔法系統が1人、緑魔法系統が22人だった。残りの15人は使えない。話を聞いている かんじだと更に魔法を使えるやつが増えたみたいだ。このままいくと一週間後には全員魔法を使えるようになっているのではないか、と思う。まったく訳が分か らない。
 そんなことを考えていると見知った顔が挨拶をしてきた(クラスメイト全員が見知った顔といえばそうなのだが、気にしない)。
「おはよう」
 そういってその見知った顔は俺の後ろの席に座った。そして俺の肩を叩く。
「浮かない顔してんね」
「いつものことだよ」
「それもそうか」
 友達、といえばまぁ、そうなるのだろう。学校に来て喋り、休み時間に一緒に暇を潰す。昼食も大体一緒に食べる。たまに一緒に帰る。寄り道する。そんな関係。
「で、魔法使えるようになった?」
 そういえば俺は魔法が使えない15人の中に入っている。まぁどうでもいい話なのだが。
「変わらず。お前は?」
「変わらず」
 こいつも使えない15人の中の1人。これもどうでもいいか。
「もし魔法を使えるとしたらさ、どんな魔法使いたいよ?」
「ん?」
「俺はファイアとかサンダーみたいなやつ!!やっぱ魔法って言ったらそういうやつでしょ!!」
「黒魔法のことか。それって使えるやつ少ないだろ」
「例えばの話!例えば!で、どうなんだよ?」
「そうだな…」
 当然そういうことを考えたことがないわけじゃない。ただ少し考えるふりをした。
「わからない」
 結局返したのは未回答。
「なんだよ、それ」
「だめか?」
「まぁらしいって言えばらしいんだけどさ」
「だろ」
「だね」
「じゃあそういうことで」
 丁度、朝のホームルームが始まるというところで会話を打ち切った。
 そんなかんじの日常。


  時間が経つのは早いものであれから何事もなく夕方になっていた。そういえば俺は部活に入ってない。別にこれといった理由はないのだが、とにかく入っていな い。だから授業を全部終えた俺が、行く先は決まっていた。家だ。自宅だ。あいつは用事があるらしく、寄り道をする予定もないのだ。
 いつもの帰り道。これまた見知った顔に出会った。
「ユーリ君!」
  そういえば俺の名前は前橋有利(まえばしゆうり)だ。別に俺の名前に大した意味なんてないのだが、言ってなかったのでここで紹介しておく。前橋有利。高校 2年生。髪は黒。長くも短くもない。身長は170センチくらい。太っても痩せてもない。成績は中の上。運動普通。ステータスだけいうと割と普通なんだな、 俺。まぁそんなかんじ。
 あいつの紹介もしてなかったな。ここらで一気に。渋川真司(しぶかわしんじ)。高校2年生。俺と同じクラスの友人。茶髪のショート。身長は俺と同じ170センチくらい。ちょっと細め。成績、中の下。運動は得意なほう。まぁ紹介してどうするんだって話だが。
「ユーリ君!!」
  で、さっきから俺の名前を呼んでいるのが片品るり(かたしなるり)。高校2年生。隣のクラス。髪はブラウン?でボブ。身長は154.5センチ(なんか.5 を強調していた。意味がわからない)だ。体型は普通くらい?成績は上の下くらいらしい。運動神経は悪い。あと、モテるらしい(割とどうでもいい)。
「ユ ー リ く ん!!」
「どうした?るり?」
「普通に切り返した!?」
「なにがおかしいんだよ」
「え…その…ユーリ君が無視するから」
「いま会話してる」
「そういうことじゃなくて!」
 俺とるりの関係はこんなかんじだ。補足するなら、るりとは中学からの知り合いで、去年は同じクラス。渋川と3人でよく話していた。
「そだ、ユーリ君!ニュースです」
「え、今忙しいんだけど」
「家に帰るだけでしょ」
「…るり、今日の俺は一味違う」
「まったく変わって見えないよ あ、でも…」
るりは何かを感じたようでキラキラした目で俺を見ながら言った。
「魔法、使えるようになったんだね!」
 まぁ、そう来るとはわかっていたけど。でもだめなのだ。現状、俺は魔法を使えない。使えない8人(今日の帰りのホームルームの集計で黒魔法系統が3人、白魔法系統が4人、緑魔法系統が25人に増えていた。)のなかの1人だ。
「使えないよ」
「あれ?そうなの?」
「そう―――ん、何、るりは使えるようになったのか?」
「そうゆうことです!!」
 ピースを作った手を振りかざしながら笑顔で答える。
「どんな魔法?」
「私のはふわふわしてて幸せになれるもの、かな」
 答えにはなっていなかったが、少し安堵していた俺がいた。なんとなく、わかる。
「白魔法か」
「せーかい!! でもなんでわかったの?」
「なんとなく。なんかるりって白魔法っぽいし」
「そなの?褒め言葉として受け取っていいのかな?」
「………」
 それは紛れもなく褒め言葉だった。るりのような天真爛漫な女の子が魔法を幸せになれるもの、と呼んでいる。るりは間違いなくその魔法を人のために使うだろう。断言できた。
「ユーリ君、また無視?」
 怒ったような顔をしてこっちをみてくる。表情が豊かで退屈しない。
「別に」
「…わたしはいまだに時々ユーリ君がわかりません」
「わかった気になられても困るし」
「むむむ…」
 そんな落ちナシ人物紹介。


「ねぇ、ユーリ君 今日は本当に忙しいの?」
「何、どこか寄って行く?」
「寄って行くというか…えっと…」
歯切れの悪い口調。
「別に用事はないよ」
「えっと…じゃあ……夕ご飯のお買いものに付き合ってほしいんだけど…!」
とにかく歯切れが悪い。
「うん、いいけどどうして?」
「卵が安いの!おひとり様、1パック無料!」
「安い!…いいよ付き合う」
るりが一瞬ホッとした顔をする。
「ありがとね、ユーリ君」
「別にいいよ、いつものことだし」
 そこまで早く家に帰りたいというわけではない。友達の買い物くらい付き合う余裕はあった。それに、たまにだが、俺と渋川に弁当を作ってきてくれることもあったので無下に断ることもできなかった。
「いつもごめんね」
 いつも、という言葉に突っかかりがあったのか申し訳なさそうに謝ってくる。
「それくらい付き合うって、気にするな」
「嫌じゃない?」
「嫌じゃないって」
「でも、しかめ面してる」
「この顔はいつもだ」
「あはは、そっか、そうだよね…ユーリ君は大体いつもそんなかんじだった、じゃあそんなユーリ君に買い物手伝ってもらっちゃいます!!」
「元気でよろしい」
「うん、元気一番♪」
 あまり悩んだ顔はるりには似合わない。るりの笑顔のためなら笑われ役にもなるさ。なんて言葉には出さないが、それくらいゆりのことは気に入っていた。俺の少ない人間関係のなかでは貴重な存在だ。
 こういうときに、救われる。
「ユーリ君、昨日テレビみた?」
「…そういえば、昨日はテレビ見なかった」
「え~テレビっ子のユーリ君が珍しいね 昨日の月9面白かったよ」
「そういえば先週の引きはズルかったな ちょっと気になってきた」
「わたしが教えてあげようか」
「ネタバレ厳禁」
 たわいのない会話。それでも非日常のなかの日常は俺を一時の安堵感で包んでくれた。
 月曜日。つまり人間が魔法を使えるようになった初日。1日目。言うならば俺にとっては、悪夢の月曜日。学校程度の日常では、俺の悪夢は晴れなかった。でも…
「何か少し楽になったよ」
「へ?」
 るりは呆けた顔をする。
「るりは可愛いな」
「えーえええええええッ!?」
 るりは顔を真っ赤にして言葉になってない声を出す。
 飽きない顔。るり。
 俺たちは魔法なんかなくてもふわふわしてて幸せだった。


 俺とるりとの共通の話題と言ったら真っ先に上がるのがテレビの話、次に渋川の話だった。
 渋川真司。クラスメイト。るりにとっては元クラスメイト。といっても俺とるりのように今でも交流はある。
「しーくんもまだ魔法、使えないんだね」
「そうみたいだな」
 俺をユーリ君と呼ぶように、るりは渋川のことをしーくんと呼んでいた。子供みたいな呼び名だが、本人は嫌がっていないらしい。
「もしもの話だけど、しーくんが魔法を使えるようになったらどんなの使えると思う?」
 魔法。黒魔法、白魔法、緑魔法。あいつは…
「あいつは自分で魔法ってファイアとかサンダーみたいなやつって言ってたな」
 何も考えないで言ったのだとは思うけど、あいつもここまで引用されるとは思っていないだろうな。
「昨日、電話で話したんだけど、そんなこと言ってたかも」
「電話で?」
「うん…そうじゃなきゃ、しーくんが魔法を使えないの、わたしが知ってるのおかしいでしょ」
「へぇ…」
「ねぇ、もしも、もしもだよ」
るりが真剣な顔になる。この表情は珍しい。
「ユーリ君の一番仲がいい友達が魔法を悪いことに使ってたら、どうする?」
 一番仲のいい友達。るりは渋川のことを言っているのだろうけど、いきなりどうした。
「渋川と何かあったのか?」
「えっ!?…何もないよ……ただちょっと訊いておきたくて」
 何かあるのだとは思う。それでも、今日学校で会った渋川は俺になんの変りもなく接した。普段と何ら変わりはなかった。ただ…
「まぁ、なんとかする」
 もしあいつに、渋川に隠し事があったとしても、いいと思う。それに隠し事をしているのはお互いさまだ。俺だって、月曜日の悪夢を好き好んで他人に話そうだなんて思わない。
「ユーリ君…ありがと!」
 るりの表情がまた変化する。
「ユーリ君の言葉って魔法みたいだね」
 もし、俺が魔法を使えるようになったらそんな魔法もいいなと思った。


 さて、目的地は近所のスーパーである。その前に、いい加減、月曜日の悪夢って何なんだよって話だが、あえて語らない。というか語りたくない。
整理しておくと、火曜日現在俺は魔法が使えない。でも月曜日に何かあったかもしれない、ということだ。かもじゃなくて何かあったのだけど、そう、悪夢の、物語が。


 俺とるりが近所のスーパーに着くと、そこは火の海になっていた。火の海。文字通りあたり一帯が燃え続けている。
「これは…」
 昨日の出来事を悪夢と呼ぶなら、これもまた悪夢だ。一体何人が犠牲になったのだろう。これは…。これは普通の火事じゃない。断言できる。
「こんな…酷い…」
 この火を消しにきた消防団と思われる塊が燃えていたからだ。悪夢。悪夢。悪夢。非日常。
「魔法…だよな」
 言わなくてもわかっていることを口に出す。そうしないと冷静でいられないからだ。冷静に。冷静に。冷静に。だったら…
「るり!ここは危ない!ここから離れる」
 るりの手を引く。
「危なくないよ」
 るりはそこから動かなかった。
「ううん…危なくないわけじゃない でもひとまずは大丈夫 わたしたちがすぐに燃やされることはないから」
 察しはついた。でもそれを認めたくない俺もいる。でも、なんで…
「ごめんね…ユーリ君 巻き込んじゃって でも…」
 るりの体が震えている。
「ご指名だからなぁ 前橋」


「渋川…」
 なんでお前。
 ゆらゆらと揺れる陽炎の中にそいつはいた。
 あぁ、予想通りだ。
 わかっていたさ。
 ゆりが無理していることも。
 俺が無理していたことも。


 訳がわからないけれど。
 一応約束したからな。
「はじめよう 渋川」
「あぁ」

10
 ごめんねユーリ君。危険なことに巻き込んで。でもわたし思うんだ。
 ユーリ君ならなんとかしてくれるんじゃないかなって…


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