例えば、君が










「そうだね。」

彼は言った。

思い切って上げて振った手が、空を切った。彼に手は振れなかった。

何故ならば、彼は私の先を歩いていたからだ。仕方がないけれど、此処で。

『ねぇ』

そうね、あなたはいつも、私の話なんて聞いていなくて。不安になるよ。

私の事、知りたい。あなたはそう言って、私に口を付けたと言うのに。

「君が、もし、」

後ろから彼の声が聞こえた。もう二度と聞くことはないであろう、声。

“もし”、その続きは、聞きたくても、もう聞けないわ。聞きたくないけれど。

あなたが冷たくなったのは、考え込むことが多くなったのは。

その先に、見えるものは、きっと。

「いつも最悪な場面を考えてしまうんだ。もし、君がいなくなったらとか。」

彼のその言葉に、私はとても共感した。

何をするにも、その考えはついて回っていた。

彼と出会ってから、それが多くなったのは、きっと彼を本当に好きではないからなのだろう。

だとしたら、この止まらない海水にも似た涙の理由は。

振り向くことすらできない。

誰かの怪訝な視線さえ、もう痛くない。

痛いのは、君がくれた言葉一つ一つを思い出すこの心だけ。

あぁ、ねぇ?

彼の、君の、私に対する想いってものは、存在したのかしら。

毎日愛の言葉なんて要らないのに、不安になったの。

綺麗にさよなら、なんて出来ないわ。もう、既に。


「君が、もし、この指輪を、嵌めるつもりがあった、ら」

僕の左隣、彼女の場所には、誰かが手を振った後のような柔らかい風しか存在しなかった。

あぁ、ねぇ?




例えば、君が/20070825



















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