( 承前 )
本日は本薬師寺趾です。これで、磐余銀輪散歩シリーズは完結となります。

本薬師寺は、日本書紀に「 癸未 に、 皇后 体不予 したまふ。則ち皇后の為に 誓願 ひて、初めて薬師寺を 興 つ。」(天武天皇9年11月の条)とある通り、天武9年(680年)11月12日に、皇后・鵜野讃良の病気平癒を祈念して、天武天皇が発願し、建立された寺である。平城京遷都に伴い、薬師寺も奈良に移転するが、移転の後も伽藍の一部は当地に残されたようで、平城京薬師寺に対して本薬師寺と呼ばれたとのこと。

現在は、普通の民家の軒先にくっつくようにして小さなお堂があるほかは何もなく、、礎石を遺すのみであり、その周囲には一面のホテイアオイが咲き広がる水田跡があるばかり。
本薬師寺の詳しいことは上の写真をクリックして、拡大画面でお読み下さい。
ここのホテイアオイのことは、季節になると決まったようにTVで放映されるので先刻承知であったが、ホテイアオイの咲いている実際を目にするのは初めてである。もう時期遅れかと期待はしていなかったが、ホテイアオイの花期は長いらしく、未だ十分に見頃であったのはラッキーでありました。
名は布袋なるも、花姿は「紫の匂へる妹」であります。
名は置かむ
布袋
あふひは
暁
の
空にし咲ける 花にもあらむ (偐家持)
ホテイアオイの咲く中の畦道を歩いているとカヤツリグサなどに交じってタデも咲いていました。こちらは、ヤナギタデとも呼ばれるホンタデ。葉に辛みがあり、刺身のつまにしたり、タデ酢の原料にしたりするのが、このタデである。通常よく目にするのはイヌタデですが、イヌタデは辛み成分がなく役に立たないらしい。
小兒
ども 草はな刈りそ
八穂
蓼を 穂積の
朝臣
が
腋
草を刈れ
(平群朝臣 万葉集巻16-3842)
これは、平群朝臣が穂積朝臣をからかった歌(タデだから辛かった訳ではない。)であるが、これに対しては、穂積朝臣が下記の歌を返している。
いづくぞ
眞朱
ほる
岳
こもだたみ 平群の
朝臣
が 鼻の
上
をほれ
(穂積朝臣 万葉集巻16-3843)
穂積さんは毛深く、平群さんはいつも鼻をズーズーいわせていたんでしょうな(笑)。
これにて磐余銀輪散歩、本巻・別巻含めて全て終了です。長らくのお付き合い感謝申し上げます。
--磐余銀輪散歩・完結--
<参考> 銀輪万葉リスト
銀輪万葉・奈良県篇
磐余銀輪散歩( 1)
( 2)
( 3)
( 4)
( 5)
別巻( 1)
同行の偐山頭火氏のブログ記事には今回の銀輪散歩コース
の地図も掲載されていますので、ご参照下さい。 コチラ
から。
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