< 承前 >
阿太加夜神社を出て、国道9号線を南東に走る。時計を見ると11時45分。少し早いが、出雲郷東交差点の手前にあった焼き肉バイキングのレストランで昼食。
たっぷりの昼食で元気回復。再び走り出す。出雲郷東交差点を過ぎた辺りから道はゆるやかに左にカーブし西揖屋交差点を過ぎた辺りから道は東方向に進むこととなる。次の五反田交差点を過ぎると道は更に左にカーブして道は北東向きになる。その北東向きになったあたりで斜め右に入る細い脇道があり、其処に「黄泉比良坂」への案内標識が立っている。標識に従い坂道を右に下って行く。100m程で突き当りを右に入る。今度は上り坂となる。200m程で小さな公園に突き当る。ここが黄泉の国への入口、黄泉比良坂なのだ。
火の神・カグツチを産んだために焼かれて死んでしまったイザナミに会いたいと、イザナギは黄泉の国へ追っかけて行くが、そこで目にしたイザナミは、蛆がたかり、頭や手足など体の各部に雷がいるという恐ろしい形相。驚き恐怖に駆られたイザナギは逃げ出す。「恥をかかせた」と怒ったイザナミは鬼女(よもつしこめ)に命じて追っかけさせる。黄泉比良坂まで来た時に其処に生っていた桃の実3個を投げつけることで鬼女を追い払うことができた。
最後にイザナミ自らが追っかけて来るが、大岩(千引ノ石)で黄泉比良坂を塞いでしまう。かくて大岩を挟んで二人は夫婦の仲を断つ呪言を言い交わし、イザナミが「日に千人を殺す」と言うと、イザナギは「日に1500の産屋を建てよう」と返す、有名なやりとりをする。
しかし、イザナギさんも些かお疲れになられたか、横着になられたか、最近は日に1000を下回る産屋しかお建てになっていないようでありますな。
(神蹟黄泉平坂・伊賦夜坂伝説地の碑)
<参考>「所謂黄泉比良坂は、今に出雲国之伊賦夜坂と謂ふ」(古事記)
よもつひら坂を銀輪で走り下り、JR山陰線を渡り左に行き、国道9号線の下を潜り、約400m先で右折。揖屋干拓地へと入って行く。中海に出て海岸べりを走ろうというもの。
門部王歌碑のところでも触れたが、中海は万葉の「飫宇の海」のこととされているのだから、これを写真に撮らないと「銀輪万葉」にはならないという訳であります。
(同上、左:錦浜地区、右:揖屋地区、上の写真の橋の上からの眺め)
干拓地は工業団地や住宅や農地となっている。干拓地周回道は高い堤防に遮られて海が見えない。堤防上の道に上ることとする。
飫宇
の海である。遠く対岸に青く霞んでいるのは境港ですな。その先には
事代主神
を祀る美保神社がある。
天上の
高皇産霊尊
と
天照大神
は
葦原中国
を手に入れようと
武甕槌神
と
経津主神
を送りこむ。この2神は
五十田狭
の
小汀
(出雲市大社町杵築北田稲佐)で、国を譲れと
大己貴神
(大国主神)に強談判に及ぶ。答えに窮したオオクニヌシは息子の「コトシロヌシに聞け」と答える。この時、コトシロヌシは、この美保関で釣をしていたのである。コトシロヌシは「天つ神の命令には逆らえない」と恭順を示し、船を自ら転覆させて海中に消えて行った。かくて「国譲り」はなるという次第。その美保神社には未だ行ったことがない。今回も立ち寄れないが、何れそのうちに・・であります。
この堤防の道を直進する。奥は意宇川である。突き当りで橋(意宇橋)を右に渡るとJR東松江駅の裏手の県道に出る。県道を北上すると大橋川に出る。ここで左折。大橋川沿いに西へと走る。
川の中の小島の神社。手間天神社とある。川の中なのでお参りするのに手間取るからかと思いきや、この辺りの地名が「手間」なのでありました。
川岸に近づいてみると、もやい舟が並んでいて、心和む景色。遠くには、先程通り過ぎた手間天神社の小島が見えている。
間もなく松江市街地ですが、今回はここまでです。( つづく
)
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