今日から3月。
1日は「ついたち」「朔」とも書く。
「ついたち」は「つきたち」の音便変化。「月立ち」である。
この言い方に倣うなら、立春、立夏も「春立ち、夏立ち」と言わなくてはならない。「春立つ日」とか「春立ちぬ」などと使うが「春立ち」という名詞としての用法は無い訳でもないと思うが、余り目にしない。
「朔」を辞書で引くと
(1)月の黄経が太陽の黄経に等しい時の称。陰暦の月の第一日。
<朔日、朔月、朔望、朔旦、元朔、正朔、八朔、告朔>
(2)中国で、古く、天子が歳末に諸侯に与えた翌年の暦。転じて天子の政令。
<朔を奉ずる>
(3)北の方角、きた。
<朔北、朔方、朔気、朔風>
とある。
「月の黄経が太陽の黄経に等しい時」というのは分かりにくいが、要するに太陽・月・地球という順で一直線に並んだ状態、つまり新月の状態の時という意味である。陰暦は月がこの状態になった時を第一日としたのであるが、陽暦の月の第一日のお月様は「朔」ではないから、今日は「ついたち」とは言えても「朔」とは言えないか。
我々が日常に使う言葉は陰暦に基づいた生活の中で生まれ育まれて来たものであるから、陽暦によって生活する現代の我々の感覚や認識とにズレが生ずる。言葉の本来の意味も見えにくくなっているという次第。
閑話休題。さて、今日の日記は、その「ついたち」のことではなく、昨日2月28日のことである。昨日は、滋賀県大津市まで出掛け、近江神宮、崇福寺跡などを歩いて来ました。これは、今月29日に予定している第12回ナナ万葉の会例会で歩くことになっているコースの下見である。ということで、銀輪はMTBもトレンクルもお休み、我が自前の足によるテクテクでありました。トレンクルはトレイン&バイシクルの略であるから、その言い方に倣うなら、今回はトレンテクである。
JR大津京駅で下車、京阪電車石山寺坂本線に乗り換え、皇子山駅へ。皇子山駅の次の駅が近江神宮前駅。当日は近江神宮前駅午前11時集合・出発なので、その時間に合わせて、近江神宮前駅から歩き始めることとする。
このコース近辺は何度か歩いたり、銀輪散歩したりしているが2012年1月には当ブログ記事でも紹介している。また、29日の本番記事との関係もあり、今回記事は写真紹介や説明は「控えめ」にしますかな(笑)。
<参考> 崇福寺跡へ
2012.1.26.
百穴古墳群から近江神宮・弘文天皇陵へ
2012.1.27.
今回のナナ万葉の会のウオークは、昨年10月の 第7回例会
で但馬皇女と穂積皇子の歌を取り上げた際に、出席者から崇福寺跡に行ってみたい、という声があったことによる企画です。
コースは、近江神宮前駅~大津京シンボル緑地~近江神宮~南滋賀廃寺跡~榿木原遺跡~千躰地蔵堂~百穴古墳群~崇福寺跡~滋賀里駅である。6km程度の行程である。
奥から天智天皇、額田王、藤原鎌足、平忠度の歌碑である。
<参考> 大津歌碑散歩(その2)
2013.1.8.
懐風藻の冒頭に掲載されている大友皇子の詩である。
皇明光日月 皇明 日月と光
(て)
り
帝徳載天地 帝徳 天地に載
(み)
つ
三才並泰昌 三才 並びに泰昌
万国表臣義 万国 臣義を表す
この詩の詩碑は三井寺近くの長等公園にもあり、以前紹介している。詩の意味はその折の記事に記載しているのでご参照下さい。
<参考> 大津歌碑散歩(その3)
2013.1.9.
千躰地蔵堂の脇を北へ少し入った処に地図では崇福寺と記載された寺らしきものがあるようなので立ち寄ってみると志賀山寺岩屋不動尊というものがありました。古墳の石室内に石仏を安置、祀られているのであるが、崇福寺とは関係がないようです。
八幡神社から滋賀里駅へと下って行く道脇の畑で野菜を収穫して居られたお婆さんの収穫物の一つがこれ。とても立派な大根。誰も貰い手がないので、漬物にすると仰っていました。
滋賀里駅から京阪電車で皇子山駅まで戻り、駅前で少し遅い昼食。大津京駅のホームに上がるとトワイライトエクスプレスが入って来て暫く停車していました。
鉄道ファンの方々がカメラを構えて居られましたので、小生もお付き合いでパチリ。これにて、万葉ウォークの下見完了です。
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