不可思議の海岸線が長くなる為に・・・

不可思議の海岸線が長くなる為に・・・

2009/04/17
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
◇伏見桃山方面から道を間違えて 藤森神社 に着きました。
本とかにもあまり載っていませんでしたけど、寄る事にしました。
石造鳥居の説明看板がありました。
1711年の銘有り。
この鳥居には額がないが、むかし後水尾天皇宸筆の額がかかげてあり、江戸時代には前の道が西国大名の参勤交代の道筋にあたっていたので各大名は神社前を通る時には駕籠からおり拝礼して槍などをたおして通行しなければならなかった。
しかし幕末動乱の時代となり、この様な悠長な事では時代に即しないと新撰組の近藤勇がはずしたと伝われている。


平安遷都以前に建立された古社で、スサノオノミコト、神功皇后、日本武尊など十二柱に及ぶ神々を祀り、洛何深草の産土神として崇拝される。
「菖蒲の節句」発祥の神社として知られ、菖蒲が勝負に通じること、毎年五月五日に行われる藤森祭で曲乗りの妙技で有名な「駈馬神事」が行われることから勝運と馬の神社として特に信仰が厚い。
本殿は、1712年に中御門天皇より賜った宮中内侍所(賢所)の建物といわれる。
また、本殿背後東にある八幡宮は応神天皇を祀り、西にある大将軍社は磐長姫命を祀る。
どちらも重要文化財に指定されております。
特に、大将軍社は平安遷都の時に、王城守護の為に京都四方に祀られた社の一つであるといわれ、古来より方除けの神として信仰されている。
本殿東の、神功皇后が新羅信仰の際に軍旗を埋納したといわれる旗塚や、二つとない良い水として名付けられたという名水「不二の水」は有名である。


何気なく訪れた所でしたが、本殿も古く良い神社でした。
熱心な方が何人もいて何度も参っていました。
境内は細長く歩き疲れました。
名水もいただきました(笑)。
「水六訓」の説明看板がありました。

五月の節句の発祥の地らしく「神鎧像」なる銅像がありました。
ちょっと強めの銅像でした。
勝負運UPを願いたいですね(笑)。

次の日に政治家が、この場所でインタビューを受けていたのを見ました。
それほど有名な場所だったんだなと実感しました。
京洛南51藤森神社
京都洛南旅行 で訪れた所


洛何旅行は、まだ続きます





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2009/04/17 08:41:57 PM
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

Calendar


© Rakuten Group, Inc.
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: