そらのした

２．太陽

朝も早くから工場にはいり、夜更けに工場を出る。
そんな暮らしを続けている今の、僕。
上司に頼まれた業務を口実に、日中に久しぶりに外へ出た。

灰になりそうだな。
ひとりごちる。

一目惚れして買ってしまった　エリートモデルのサングラスをかけ、
車を運転して、目的地へ向かう途中、空のよく見える公園で車を止めた。
外へ出て、伸びをして空を見上げた。

ーあまり、日に当たれないの。
申し訳なさそうな顔でつぶやいていた女性のことを、思う。

年頃の女性で、よくいる。お肌のため、という理由で外での仕事を避ける方々。
ちょっと含みを持ったような、申し訳なさそうな顔で、屋内の仕事と変わってくれないかとお願いしてくる。
そんなのには、いつも冷たく対応していた当時の僕。

でも、つぶやいた彼女の顔は違っていた。
自分でもどうしてなのか分からないが、
頼まれもしていない彼女の分の屋外の仕事も、ついでに片付けようとした。
ーこれは、私の仕事だから。
彼女特有のイントネーションで言いながら走ってきた。
ーああ、二人でやったほうが早いかもね。
いつもどおり単調な仕事のはずだが、心なしか早く終わったような気がした。

僕たちは、いつの間にか、光と影のように、いつも一緒にいるようになった。
太陽光にあたると、すぐに黒くなる、丈夫な肌のモンゴリアンの僕。
春から夏にかけて、黒くなっていった僕の腕。
それに対して、いつでも白かった彼女の腕。
僕の制止を振り切って　外へ飛び出していった翌日は赤い腕になっていた。
僕はその腕に苦笑しながらも、
その原因となった彼女の仕事への責任感とひたむきさに尊敬の念を抱いていた。
女性特有のいやらしさのない、さわやかな女性だった。
太陽ににおいがあるとしたら、この女性のにおいなんだろう。

七月のある日、二人で笹をとりにいった。
日本の伝統行事である七夕を、やってみたいのだという。
ーいいけど、蚊とかすごいぞ、いいのか？
ーうん、平気。
･･･って、手伝わせるわけにいかない。後ろから子どものように歩いてくる彼女を放って置いて、さっさと切って戻ってきた。
緑の目で僕を睨んでいるが、おかまいなしだ。
笹を車に積み込んで、彼女を家まで送っていく。
運転席の僕の腕は、蚊に血を提供した赤い跡だらけ。
助手席に座る彼女の腕は白かった。
よかった、と安心していたのは　僕の観察力不足、だった。

ー切って、取らなくちゃいけないの。
ーえ、何を。
ー黒いところ。
今までみたことのなかった黒い点が、ふたつ、みっつ、
彼女の白い腕には生まれていた。

皮膚がんだった。

ー今までこういうこと、あったの？
ーうん。何回も。

たしかにきちんと切除すれば、転移の可能性は低いものだが、
もっと自分の体を大切にする行動、正々堂々とどうして取らないんだろう。
取れない彼女だからだと、答えなんてわかっていた。
人の嫌がること、引き受けてしまうんだ。

ー日本だと、お金いっぱいかかるから、自分の国に帰ってから
取るよ。
ああ、彼女の入っていた保険は、初めに全額支払って、
その領収書を送って何ヶ月もあとに支払われるタイプのものだったな。

ーそれまで、日に当たらないようにしなよ。
ー分かってるよ。
分かってないことは分かっていたけど、つい言ってしまった。
今度は白い頬を膨らませている。子どもみたいだ。

いつも一緒にいた二人だったが、僕は事情があって、その職場を離れた。
住む場所も、遠く離れてしまった。
すっかり縁遠くなってしまったのだが、彼女は僕の誕生日を覚えていてくれたらしく、白い熊を送ってきた。
契約期間を終えて、もうすぐ、母国へ帰るという。

無理やり休みをとって、前の職場にいってみた。
思いがけない珍客に驚く顔のなか、彼女を探し････見つけた。
金髪にわざと染めていた髪を、地毛である亜麻色に戻していた。
前と同じ、さわやかな、太陽のにおいがする彼女は、花のような笑顔を浮かべていた。

さよならはあえて言わずに、別れた。

今日、彼女はオーストラリアへ発つはずだ。

悲しいことが起こっても、
「何か起こるのには、すべて、理由があるのだから。」
と、母から教えてもらったという言葉を頼りに　立ち上がっていた彼女。

「お母さんといるような気がするの。」
と、母の好きだったパンジーを特に好んでいた彼女。

「ひとりで見ても、つまんないでしょ。」
と、寂しがっている人を見ると声をかけずにはいられず、
借りてきたビデオを見て一等最初にないていた彼女。

思い出が、よみがえる。
どうか、幸せであってください。

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