５月
「ねえ、光ちゃんの家、何でこいのぼりたててるの？」
「う、ん…。」
「だって、男の子いないでしょ？」
「う、ん。わかんない…。」
そんなこと私に聞かないで。
大して仲良くもないくせに、みんなに聞こえるように言わないでよ。
「そんなの。」
ほら、男のくせにイヤミったらしい奴がやって来た。
「こいつが男みたいだから、おやじさんだって間違えてこいのぼりたてたんだぜ。」
「なにっ。」
私が男ならあんたは女の腐ったような奴じゃないか。
「やめて！光ちゃん、やめてよ。」
「それでね、１組の中沢光ちゃん、男の子を倒しちゃったんだって。」
「中沢光ちゃんって、あのショートカットでいっつも男の子みたいにジーンズはいてる子でしょ？強いんだねえ。」
昼休みに１組で起こった事件をたまちゃんから聞いたまるちゃんは感心しました。
「光ちゃん、いっつも男の子みたいな格好してるけど、本当はとっても優しくて女の子らしいのよ。」
たまちゃんは言いました。
「ふうん。」
まるちゃんが答えたところに先生がやって来て、５時間目の授業が始まりました。
「街中こいのぼりだらけだねえ。」
「うん、そうだねえ。」
まるちゃんとたまちゃんは丘の上の原っぱへやって来ました。
５月の爽やかな風が吹いています。
「こいのぼり、全部でいくつくらいあるんだろう。」
「数えてみようか？」
「うん、数えてみよう。」
二人はそれぞれ右と左から数え始めました。
「１，２，３…。」
「17，18，19…。」
「34，35…あれえ？」
「どうしたの？まるちゃん。」
いきなりすっとんきょうな声を出したまるちゃんにたまちゃんがたずねました。
「あそこ、こいのぼりが泳いでる。」
「ええっ。」
まるちゃんの指さした方向を見ると、本当にこいのぼりが空を泳いでいます。
しかも、あっけに取られた２人の方へふわふわとやって来るのです。
「まるちゃん。」
「たまちゃん。」
２人は少し恐くなりました。
こいのぼりは本当に生きているように空をどんどんやって来ます。
そうして、２人の丁度目の前に落ちました。
空気の抜けたそれに、恐る々触ってみるとただのこいのぼりでした。
「これ、どうしよう？」
まるちゃんが言いました。
「どこの家のこいのぼりだろう。」
たまちゃんも言いました。
春風に吹かれて糸が切れて、飛んで来たのでしょうか。
こいのぼりを持ち主はきっと捜しているに違いないのです。
「取り合えず、また飛んで行かないように隠しておこう。」
２人は大きな木のうろにこいのぼりをたたんで仕舞いました。
「丸尾くん、うちら探偵団の腕の見せ所だよ。」
まるちゃんはにやりと笑って丸尾くんに言いました。
放課後、昨日の丘の上に探偵団は集合することにしたのです。
「まるちゃーん。」
「あっ、たまちゃん。遅いよ。早く。」
時間より少し遅れてたまちゃんがやって来ました。
「それが…。」
はあはあと息を切らしながらたまちゃんが言いました。
「こいのぼりの持ち主、わかったよ。」
「本当？」
まるちゃんと丸尾くんはちょっぴりがっかりして言いました。
「うん。持ち主はねえ、１組の光ちゃんだったの。でも…。」
たまちゃんの話はこうでした。
たまたま１組を通り掛かるとこんな話が聞こえてきたのです。
－「光ちゃんちのこいのぼり、どうしたの？今朝、上がってなかったよね。」
「う、ん。昨日、どこかに飛んで行ってしまったの。」
「えー、何処に行ったのかわからないの？」
「うん。」
「そうなの…。」
ピンと来たたまちゃんは、すかさず教室のドアから光ちゃんを呼びました。
たまちゃんと光ちゃんは同じクラスになったことがあるのです。
「光ちゃん、私、こいのぼり見付けたよ。」
嬉しそうに話したたまちゃんを光ちゃんはいきなり廊下の隅へと引っ張って行きます。
「お願いだから黙ってて。こいのぼり、もういらないの。」
「どうして？大切な物でしょ？」－
「それで、中沢さんは何て言ったんですか？」
「それがね…。」
光ちゃんが産まれる時、お父さんは絶対に男の子だと思っていたそうです。
それが、光ちゃんは女の子で、お母さんは無事に産まれてくれれば良いと言ったにも関わらず、お父さんはひどくがっかりしました。
がっかりしたお父さんは、女の子なのに名前を男の子の様に「光」と付け、男の子の服を着せ、更には雛人形の代わりにこいのぼりを買ったのです。
「そりゃ、あんまりだ。」
まるちゃんが言いました。
「光ちゃんの家は大工さんなの。お父さんは跡継ぎになってくれる男の子が欲しかったんだって。光ちゃんはね、そんなお父さんの手伝いを一生懸命していたの。」
「だったら、何でこいのぼりをいらないなんて。」
「それが…。」
「こいのぼりの糸を切ったの、光ちゃんでしょ。」
「まるちゃん、何でそれを。」
まるちゃんは一つため息を付きました。
「昨日、たまちゃんが言ってたじゃん。こいのぼりのコト、男の子にからかわれてケンカしたって。私だって、お姉ちゃんも私も女の子なのに家にこいのぼりがあったらイヤだもん。」
「そうですね、もし家に雛人形があったら、やっぱりイヤでしょうね。」
丸尾くんも言いました。
「こいのぼり、ずっとここに隠しておこうか。」
「そうだね、３人の秘密にしよう。」
みんな、深くうなずきました。
夕焼けの中を、３人並んで帰っていると、
「君たち。」
陽に焼けた、体格の良い男の人に声を掛けられました。
「糸の切れたこいのぼりを見なかったかい？」
３人ははっとしました。
もしかして光ちゃんのお父さん？そう思いました。
「い、いいえ。何にも見ませんでした。」
どきどきしながら丸尾くんが答えました。
「そうか、大切なこいのぼりなんだけど。もし見掛けたら教えてくれるかい？」
「は、はい。」
その人が通り過ぎた後で、
「すごく、一生懸命に捜してたね。」
まるちゃんが言いました。
「うん、大切だって言ってたね。」
たまちゃんも言いました。
「今、思い出したんですが、うちに雛人形、ありましたよ。」
「ええっ。」
丸尾くんの話にまるちゃんとたまちゃんは驚きました。
「確か、母様のでした。」
「あ、なるほど。」
「小さい頃、雛人形の美しさに、時間も忘れて見入っていました。」
「そう言えば、私、図工の時間に作ったこいのぼり、縁側にたててるっけ。」
「私も、スーパーで飴の入ったこいのぼり、買ってもらった。」
３人は顔を見合わせました。
「それほどイヤじゃないかも。」
「うん、お父さんがあんなに必死にさがしてるんだし。」
「５月５日って、子供の日だしね。別にこいのぼりがあったっていいじゃん。」
「でも、光ちゃん、どうしたら解ってくれるかなあ？」
どうして良いのか、３人には考えつきません。そんな時、
「あれ、たまちゃん。」
光ちゃんに出会いました。
「今、そこでこいのぼり、捜してるおじさんに会ったけど…。」
「うん、お父さん。」
光ちゃんが答えます。
「いいの？すっごく一生懸命だったけど。」
たまちゃんが聞きました。
「うん。」
「それじゃあ、こいのぼり、私がもらってもいい？」
まるちゃんが言いました。
「えっ。」
みんなが驚きます。
「光ちゃんはいらないんでしょ？私、前からこいのぼりが欲しかったんだもん。」
「そうだね、私も欲しいから、半分に分けようよ。」
たまちゃんも言いました。
「だ、だめだよ。そんなの。」
光ちゃんは慌てて言います。
「どうして？いらないんでしょう。」
丸尾くんも言いました。
「だって、あれは、あのこいのぼりは。大切な私のこいのぼりだもん。」
光ちゃんが叫びました。
「こいのぼりは丘の上のニレの木のうろの中にありますよ、光さん。」
丸尾くんの言葉に、光ちゃんはいちもくさんにかけて行きました。
３人はにっこりと笑ってそれぞれの家に帰りました。
【あとがき】～由記～
ありきたりの５月のお話ですが…。
由記もよく「男の子だったら」と言われたことがありました。
でも、もう今は「男だから」「女だから」なんていう時代ではないと思います。
近所でも、男の子がいても農家を継がない人もいるし、女の子でも継いでいる人もいるし。
男女それぞれの特徴を尊重しつつ、性別の垣根が取り払われたらと由記は願います。
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