灰色猫のはいねの生活

灰色猫のはいねの生活

6月



「あら、やっぱり無いわ。」
何気ない女の人の呟きに、まるちゃんとたまちゃんは振り返りました。
白いワンピースを着た、ほっそりとした女の人が屈んで何かを探しているようです。
「たまちゃん。」
「まるちゃん。」
「何か事件かも!」
2人は顔を見合わせると、駆け出しました。
「捜し物ですか?」
まるちゃんとたまちゃんは頬をピンクに染めながら聞きました。
コンタクトレンズをはめた丸尾くんと、まるちゃんとたまちゃんの仲良し2人組は探偵をする事にしたのです。
「ええ、婚約指輪を落としてしまって…。」
そのお姉さんは屈んだまま呟くように言いました。
「…婚約指輪って、それって…。」
「…すっごく大切な物なんじゃ…。」
2人共、ぽかんと口を開けて言いました。
「そうね、とても大切な物ね。」
お姉さんは、初めて顔を上げて2人を見ました。
「私達、一緒に探します。」
まるちゃんとたまちゃんは同時に叫びました。

「ここで、荷物を落としてしまったの。だから、てっきりここだと思ったのだけれど。」
大きな旅行カバンを持ったお姉さんはのんびりと言いました。
「指輪が無い事に気付いたのはいつですか?」
「うん、商店街の入口だったかしら?」
首を傾げるお姉さんを、まるちゃんとたまちゃんは可愛らしく思いました。
肩より少し長い髪の毛をカールさせて、耳にはパールのイヤリングが光ります。
「じゃあ、商店街に戻って、そっから探しましょう。」
まるちゃんとたまちゃんとお姉さんは、並んで歩き出しました。
「どんな指輪なんですか?」
「ダイヤの指輪なの。」
たまちゃんが聞くとお姉さんははにかんだように答えてくれました。
「ダイヤ!?」
まるちゃんが驚きました。ダイヤモンドなんて今まで見たこともありません。
「ダイヤって言ってもとても小さいのよ。シルバーのリングで。」
-だから、見つからないかも知れない。
最後の小さな声は、とても悲しそうでした。
「あ、丸尾くん。」
十字路で偶然にも丸尾くんと出会いました。
「さくらさんもほなみさんも、どうしました?」
「丸尾くん、事件だよ。」
まるちゃんがにやりと笑いました。

「って言うワケで、私達、探偵をすることになったんです。」
「まあ、じゃあ私はとってもラッキーなのね。こんな可愛い探偵さんに出会えて。」
「そうです。婚約指輪はすぐに見つかりますよ。」
コンタクトレンズをした丸尾くんと商店街の入口で落ち合い、お姉さんの家までの道のりを4人でゆっくりと歩いて行きます。
「そうそう、この駄菓子屋さんでラムネを買ったのよ。」
素早く3人はお店の回りを探します。
「小さい頃、ラムネのビー玉を取ることが出来なくて、そしたらお父さんが取ってくれたの。」
ラムネの入っていた水の中まで捜しましたが、見つかりません。
「そのビー玉を、ずっと持っていたの。」
お姉さんは懐かしそうに微笑みながら話しました。
「ああ、この姫リンゴの木の下で、少し休んだの。」
木の下の芝生を3人は丹念に探して行きます。
「叱られて、家を飛び出して、この木の下で眠ってしまったのよ。」
見つかったのは、缶ジュースのリングプルでした。
「私を見つけてくれたのは、お母さんだったかしら。」
疲れ果てたまるちゃんとたまちゃんと丸尾くんは、それでも一生懸命に道端を探します。
とうとう、お姉さんの家の前まで来てしましました。
「もう、見つからないのね。」
「お姉さん!」
まるちゃんが言いました。
「諦めちゃだめだよ。そんな大切な物。」
「そうですよ。きっと見つかりますよ。」
丸尾くんも言いました。
「いいのよ、見つからない方がいいの。」
「お姉さん…?」
「私、駆け落ちしようとしていたの。」
3人は、顔を見合わせました。
「もうすぐ5時ね。駅で彼と待ち合わせて、両親もこの町も捨てる気だったの。」
3人に背を向けているお姉さんが、何故だか泣いているのが解りました。
まるちゃんもたまちゃんも丸尾くんも、何と言ったら良いのかわかりませんでした。
その時です。
「あっ!」
丸尾くんが叫びました。
お姉さんの家の玄関先にきらりと夕陽に反射した小さな光。
駆け寄り、それを拾った丸尾くんは、複雑そうな表情で、それでも
「見つかりました。」
とお姉さんに言いました。
指輪を大事そうに手の平にのせ、差し出しました。
お姉さんが手をのばそうとした時、
「待って。」
たまちゃんが叫びました。
「指輪が見つかったら、駆け落ちするの?そんなのダメだよ。」
「そうだよ。そんなことしちゃダメだよ。」
まるちゃんも叫びます。
「よく考えてよ。本当に駆け落ちなんか出来るの?お父さんが好きだから、ラムネを買ったんじゃないの?お母さんが好きだから、姫リンゴの木の下に行ったんじゃないの?」
たまちゃんは一生懸命でした。
「お姉さん、指輪は家にあったでしょ?大切な物はみんな家にあるんだよ。」
たまちゃんも、まるちゃんも、泣いていました。
「駅に行きましょう。」
丸尾くんが指輪を渡しながら言いました。
「駅で、彼に話をして下さい。駆け落ちなんかじゃなくて、きちんと結婚して下さい。」
お姉さんは指輪を見つめました。
「みんなで、幸せになって下さい。」
きらきら光るちいさな指輪を、お姉さんは左手の薬指にはめました。そうして、
「ありがとう。」
一言、言うともと来た道を駆け出して行きました。
その道を、夕陽が美しく沈んで行きます。
丸尾くんも、たまちゃんも、まるちゃんも、涙を拭いてそれぞれの家族の待つ家へと帰って行きました。

「さくらさん。ほなみさん。」
それからしばらく経って、丸尾くんが学校で2人に話し掛けました。
「あの時のお姉さん、1組の相田さんのお姉さんだって知ってました?」
「ええっ。」
その言葉に、2人は驚きました。
「指輪を拾った時に、表札を見たんです。今年の秋に、結婚するんだってさっき相田さんが話していました。」
「そうなんだ。」
「良かったね。」
3人は、本当に心の底からうれしそうに笑いました。




【あとがき】~由記~
6月だから、ジューンブライドだから、結婚のお話を書こう!と思って書いたお話なので…。
今時「かけおち」なんてまだ存在するのかしら?なんて思ってしまいました。
が、由記の母親は父親のとある家庭の事情から結婚を両親に反対され、1日家出したそうです。
でもね、取り敢えず親の言うコトも一理あるんだよって話…なのか?これは(笑)


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