灰色猫のはいねの生活

灰色猫のはいねの生活

その1


由記ちゃんは、北海道の十勝平野のほぼ中央、大きな川がすぐそばに流れる青い屋根のおうちに住んでいます。
宿題の無い春休みを、のんびりと過ごしていた時でした。
その日はぽかぽかとした良い天気で、玄関を開けた由記ちゃんは思いっきり土の香りのする空気を吸い込みました。
さわさわとした風が、由記ちゃんの肩のところで切りそろえられた髪の毛をゆらします。
缶コーヒーと菓子パンを二つづつ入れた小さな買い物袋を右手に下げて、慎重に第1歩をふみ出しました。
春とはいえ雪がとけたばかりのこの時期は、一面ぬかるんでいます。
由記ちゃんの赤い小さな長ぐつは歩くたびにかぽかぽと鳴り、気を付けていないといきなり足だけがすっぽ抜けてしまうのです。
ぬかるみにはまった長ぐつはまだ小さい由記ちゃんにはなかなか抜けなくて、泣きながらくつ下を泥だらけにして家に舞い戻ったことが何度もありました。
玄関前から裏道に出て、とことことことこと歩き、やっとビニールハウスの前に渡してある板にたどりつきます。
つな渡りをまねて両手を広げ、そろそろと歩いていた時、知らない声がすることに気がつきました。
開け放たれたハウスの入り口からひょっこり顔を出すと、サングラスみたいなメガネをかけた男の人と目が合いました。
「こんにちは。」
ぺこりと頭を下げます。
お客さんにはきちんとあいさつすることを、いつもお父さんから言われているのです。
「こんにちは。」
小売りのお客さんでしょうか。
由記ちゃんの家は畑作農家で、家の前にも後ろにも大きなハウスが何棟も建っています。
毎年1月の雪深い時期からハウスを建て、土を作り、野菜の苗を育てていました。
4月末から5月にかけて、その苗を売るのです。
「それはいいけど、何かに使うのかい?」
お父さんが言いました。
「実は私はペットショップをやっていまして、春のイベントで配布したいと思いまして。」
「ああ、それで八十本も。」
ペットショップを由記ちゃんは知りません。
由記ちゃんの家では『たま』と言う猫を飼っています。
知り合いの家に来た迷い猫をもらったのです。
犬や猫や、命のある動物をお金で売り買いすると言うことが、由記ちゃんにはピンとこないのです。
「自然が多くて、動物を飼うには良い環境ですね。」
その人は言いました。
持ってきたおやつと飲み物をお母さんに渡して、由記ちゃんはまたかぽかぽと長ぐつを鳴らして家に戻りました。


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