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yuuの一人芝居
青年劇 干潮(ひきしお)・目黒公会堂公演
目黒公会堂 昭和五十四年十一月九日公演
一幕
干 潮 祭りの夜
吉 馴 悠
登場人物 大川 順造
杏子
岡 良太
川田 妙子
英
三村 育江
観光客 A
“ B
素隠居 じじ ばば
厄払いの鬼
町の人
時 現代の中秋 秋祭りの頃
場所 倉子城
情景 倉敷の風景をバックに、大川順造の焼き物の店。
店には多くの焼き物が並べられ手いる。中央にはテーブルが置かれ椅子がある。店先には長いすがある。
この店は倉敷川沿いにあるということ。
開幕すると、太鼓と鐘のお囃子が聞こえてくる。少しして千歳楽を担ぐ威勢のいい声が聞こえてくる。
順造は店に出ている。ろくろを蹴りながら土ひねりをしているが時折顔を上げ店先に注意を払っている。町の人、観光客が店さきの焼き物を手にとったりするが愛想をするわけではない。
素隠居が出てきて観光客に戯ける。
妙子が登場すする。順造に声をかけようかと迷っている。素隠居は観光客をあおるように退場する。
観竜寺の鐘が時を告げる。
順造はろくろから手を離して顔を上げ、
順造 もう六時か(ちらりと店先をみる)
妙子と目が合う。
妙子 おじさん、今晩は・・・。
順造 ああ、これは妙ちゃん。
妙子 そこで千歳楽がねっていたわ。
順造 そうか・・・。
妙子 おじさん、お参りには行かれないのですか。
順造 ああ・・・。妙ちゃんは阿智神社へ参ったのかね。
妙子 私はまだ・・・。
順造 良太くんは今、出かけているよ。
妙子 そんな・・・私は。
順造 約束をしていたのではないのかね。
妙子 いいえ。
順造 杏子が帰ってきてね、良太君は杏子の相手をしてくれている。
妙子 杏子さんが・・・。そう、そうなんですか。
順造 妙ちゃんに悪かったかな。
妙子 いいえ、そんなこと・・・。
順造 二人きりではないんじゃ。育江ちゃんも一緒なんじゃ。
妙子 育江さんも一緒に・・・。そうですか。いつ帰られたのですか。
順造 今日の昼・・・。明後日があいつの母親の三回忌にあたるのでな。
妙子 おばさまが亡くなられて三年・・・。早いものですね。
順造 そんなことでもなければ帰ってくるやつではないよ。
妙子 そんな人じゃぁありません。優しいし、頭はいいし・・・。
順造 自分のためだけに優しい、自分のためだけに学ぶ学問が・・・。それは自分勝手に生きるすべを覚えるだけではないのかね。
妙子 それは、おじさん・・・。でも、自分で自分の道を見つけるって大変なことではないでしょうか。
順造 うん、まぁな・・・。だけど妙ちゃんに比べたら。
妙子 私なんか・・・。
順造 いや、感心しているんだよ。母さんと二人で暮らしながらよくやるなと思っているよ。若いんだから少しは羽目を外して遊んでみたい年頃なのに母さんを助けて倉子城織りを・・・。
妙子 私は好きなのです。昼間のこの町は嫌いだけど、朝と夕方のこの町には穏やかに包んでくれるものがあります。疲れた心と体をほっとさせてくれるのです。私はこの町にある、引き継ぎ受け継がれてきた文化の一つの倉子城織りが好きなのです。
順造 わかるよ、好きでなくては機織りの前に一日中座り、糸を操り紡ぐことは出来んじゃろう。わたしが土をひねり、器を作るのと同じじゃな。
妙子 いいえ、そんな・・・。私はおじさんのように有名ではありませんし・・・。
順造 有名か、それが・・・。
妙子 母さんいつもおじさんのことをほめています。
順造 それはむしろ反対というものじゃ。名前が先に売れて、作品が後を追う。これほどつまらんものはない。それに比べて、あなたの母さんの作品にはどんな小さなものにも、この倉小城に住む人の心を、望みを織り込んでおる・・・。妙ちゃん、是非受け継いでほしいな。一本の糸にした人生の絵巻を織り続けてほしいな。
妙子 はい。
順造 はい、その透き通る声には青年の持つ純真な響きが込められておる。それに引き替え・・・杏子は・・・。
妙子 美大に通われて・・・うらやましいと・・・。
順造 羨ましい・・・。
妙子 杏子さんはいずれおじさんの後を継がれて・・・。
順造 わたしは当てにはしておらん。良太君が後を継いでくれると思っている。あいつは舞台美術の方に興味があるらしい。
妙子 ・・・おじさん・・・。
順造 良太君と杏子は幼い頃から兄弟のようにして育った。杏子の母が病弱であったし、わたしは作品を作ることが忙しくて、ほっておいたから・・・それだけのことじゃ。良太君も自分にとって何がほんとうに必要かわかっていると思うよ。だが、良太君もまだ若い、だから一番大切なものを蔑ろにしているかもしれんな・・・。妙ちゃんをほったらかして・・・。妙ちゃんは綺麗になった。
妙子 私そんな・・・。
順造 恋をしている目だ。生き生きとしていて・・・良太君もきっとわかるよ。人の心がわからんでいくら土をひねってもろくなものは出来んからな。
妙子 ・・・おじさん・・・。
順造 ごめん、ごめん・・・そのひかえめなところが妙ちゃんのいいところかもしれんが・・・。
妙子 私、ちょっと行ってみます。
順造 その方がいい。阿智神社から倉敷河畔かそれともアイビースクエアへ回っておるかもしれないよ。
妙子 はい。
妙子が退場する。
入れ替わりに妙子の母英が登場して誰かを捜している模様。
観光客A・Bが観光案内所を見ながら登場する。
観光客A いいわね。落ち着くわ。あそこが大原美術館で、川を下って左に曲がればアイビースクエア。
観光客B 知ってる。倉敷川にかかっている三つの石橋のこと。
観光客A 知らない。
観光客B 今橋あたりで目と目が合って、中橋を渡って二人の仲は、そぞろ歩いて高砂橋へ。
観光客A いいわねえ、ロマンチックね。行ってみよう。
厄払いの鬼が登場する。鬼の面をかぶり、錫杖を打ち鳴らしている。
「キャァー」と声を上げて逃げて退場する。その後を鬼は追って退場
する。
その間、順造はろくろを蹴りながら上の空である。
英(はなえ)が登場して、
英 先生、こんばんは。
順造 ああ、これは英さん。
英 何をそんなに浮かぬ顔をしておられますの。
順造 いや。
英 まるで恋する人の心がわからなくて悩んでいるようですよ。そんなこと
もありませんわね。
順造 英さんそれはひどい、私だってまだまだ。
英 そうまだまだ若いわよね。私だってわかいですわよ・・・。先生、今そ
こで買ってきましたの。
英は紙包みからアイスクリームを取り出して、順造にわたす。
順造 いただこうか。
二人でアイスクリームを食べながら。
英 妙子きませんでした。
順造 今、帰ったところだ、逢わなかったようだな。
英 そう。二人で祭りに行こうと思っていたのに、ぷいと出て行ってしまっ
て。
順造 若い者は若い者同士。
英 年寄りは年寄り同士・・・そんなの嫌ですよ。
順造 ・・・英さん、あなたはこの倉子城をどう思うかね。
英 何よ、藪から棒に。
順造 これでいいのだろうか。
英 私は朝と夜のこの町しか知りませんからね。
順造 何か忘れているものがありゃせんだろうか。
英 何よ、真剣な顔をして、それは、寂しいと思うときもありますわ。だけど忘れようとしなくては何も生み出すことが出来ませんわ。
順造 私はふと遠い昔のこの町のことを思う。
英 あの頃のことは夢。思い出だけでも残ったのですもの、めっけもの。
順造 そう言うけれど、英さんの作品には・・・。
英 せめて、あの頃の思い出を忘れないために一本の糸に託して織り込んでいる。織物の中に再現する。昔の人たちの夢を現実のものにしたくて、指にたこをこさえている。そう思いたいわ。
順造 それが今生きている人のつとめだと言われるか。
英 そう思おうとしている。一本の糸とおはなしをしながらも昔の薄暗い仕事場で糸をあやなした人たちのことを思い織物のゆく末を思う。
順造 そうだろうね・・・まやかし、うわっ面のものにとらわれない創作姿勢、その心が英さんの作品に・・・。
英 いつもそうでありたいと思っている。それだけで許されると・・・。
順造 それで許されるか・・・。話は変わるけど、杏子のこと・・・。
英 ほほ、何を今更と思っていたけれど・・・。悩みの種は杏ちゃんだったの・・・。私は杏ちゃんの中に今様の若い人たちの姿を見るの。
順造 そうだろうか、いいんじゃろうか。
英 妙子と比べたら、今を生きていると思うの。
順造 妙ちゃんの一途さこそが・・・。
英 いいえ、あの子は私が私の生き方に引きずり込んだだけ。決して満足はしていないと思う。いつか私に反発をして・・・。
順造 いや、そんなことはあるまい。
英 私に反抗し、批判してこそ新しいあの子の生き方、作品が生れると思っています。
順造 男親では考えが付かん・・・。そうだろうかね。
英 そうですよ。そうあってほしいと思っています。私の言いなりになっている、それは何も考えなくていい、成長のないもの。あの子にこのまま私の後を継がせたくないのです。私を泣かせてもいい悩んで現実を打ち破ってほしいのです。
順造 あなたは強い。
英 女一人で生きて育ててきたのですもの。
順造 男と女の違いかね。
英 ええ、そう・・・年の違いもありますけれど。
順造 そうか(笑った)
英 そうですよ。
順造 まけるな・・・。英さんは妙子ちゃんをまやかしの美とか生き方・・・。今の大人の器に入れたくないと・・・。
英 ええ、そうですよ・・・。先生、私たちだって若い頃社会に対して反抗し否定してきたじゃありませんか・・・。
順造 そうだったな。・・・私も年を取りすぎたのかね。
英 先生や私の考えが若い人たちに通用しなくなったのは確かね。
順造 なんだか心が軽くなったようだ・・・。
英 だからあの子にはひたむきよりつかみ取ってほしい・・・。そんな勇気を持ってほしい・・・。
順造 親はいつまでたっても子離れが出来ないのかね。
英 親離れしてほしいから言っているのよ。
順造 全く・・・。
英 明後日・・・お参りさせていただくわ。
順造 ありがとう。・・・三人でよく遊んだね。
英 おせっちゃんと私は幼い頃から仲良しで二人で機を織っていた・・・。先生はおせっちゃんを選んだ・・・。
順造 そのことを笑ってはなせるときが・・・そんな歳になったんだな。
英 はい。
順造 年月が・・・。
英 時がすぎました・・・。
順造 あの頃は楽しかった。
英 私はいつも刺身のツマ。
順造 ・・・人の世は妙なものだ・・・。
英 先生、妙子に同じ悲しみを・・・。
順造 わかっている。
英 お願いします。
順造 また逢いたいな・・・たまには顔を見せてくださいよ。
英 はい。おせっちゃんの前ではなしましょう。
順造 うん。
英 これで・・・。
英は頭を下げて帰りかける。
良太が登場する。
良太 こんばんは。
英 良太さん、妙子に会いませんでした。
良太 いいえ。
英 そう、遊びに来てね。
良太 はい。
英 それではごめんなさい。
英、一礼して退場する。
良太 帰りました。
順造 お帰り、一人か。
良太 はい。杏子さんは育江さんと少し散歩がしたいからと・・・。
順造 そうか。
良太 先生、店番をしていますからどうぞ。沢山の人が出ていて賑やかですよ。
順造 人混みに入るのはすかん。・・・今、妙ちゃんがきたぞ。
良太 そうですか、妙ちゃんが・・・。
順造 妙ちゃんの心がわからんか。
良太 それは・・・。
順造 私に遠慮はいらん。
良太 そんな・・・私はまだ修業の身です。
順造 修業の身か・・・。
良太 これからも先生に土ひねり方をいろいろと教えていただかないと。
順造 うん、次は良太君の作品だけで窯入れから窯出しまで屋って見ないか・・・。備前も酒津も高くなりすぎた。このあたりで新しい焼き物を作らなくてはならんだろう。倉子城焼きとでも名付けて・・・。
良太 先生、僕にはまだ早すぎます。いろいろと勉強をしなくては・・・。言い過ぎかもしれませんが僕はまやかしものを作りたくありません。
順造 まやかし・・・。
良太 はい。心のこもっていない、薄っぺらなものは作りたくありません。
順造 わかる様になったか・・・。
良太 外車を乗り回す芸術家にはなりたくありません。金持ちしか買えない器は作りたくありません。僕は焼き物の職人になりたいのです・・・。
順造 芸術家と言われることに抵抗があるのか。
良太 はい。
順造 感性を雅性に高めてものを作りたいというのか。
良太 はい。芸術品を作るのではなく、花瓶は花を投げ込むものとして、器は食べ物を盛り合わせるものとして、そんなごくふつうの焼き物を作りたいのです。
順造 そうか、わかるようになったか。成長したな・・・。私もそのことを考えていたのだ。・・・良太君は人を愛しているのだな・・・。それで・・・。
良太 焼き物を、私の作る焼き物を・・・。
順造 薄暗い仕事場で無心に機を織る・・・何の評価も受けず、見返りを期待せず、ただ織ったものが人様の役に立つようにと・・・その人の後ろ姿に魅せられたのか・・・。
良太 それもありますが・・・。
順造 良太君は今何歳になる。
良太 二十八歳です。
順造 そうか、ここに来たときは・・・。
良太 はい、高校を中退して先生に拾っていただいた時が十六でした。
順造 ・・・杏子にねだられて高梁川の河原や、人目千本桜の酒津公園によく遊びにつれて行ってくれたね。
良太 はい。杏子さんを妹のように・・・。
順造 妹か・・・。それで今の杏子をどう思う。
良太 とてもいいお嬢さんに・・・。
順造 本当にそう思うかね。
良太 はい。
順造 杏子の瞳に、後ろ姿に陰があるのが見えないかね。
良太 それは・・・。
順造 やはり。
良太 それは・・・だけど・・・。
順造 今、私は杏子を東京へ行かせたことが間違っていたように思える。あのとき・・・。
良太 お母さんが亡くなられて・・・寂しさ故に・・・。杏子さんは杏子さんの生き方が・・・。
順造 生き方か・・・。だが、その生き方だ。今の苦しさやつらさに勝てずにこれからの人生を・・・。
良太 この町がよどんで見えたのです、だから・・・。でもそのような考えは若い者には必要ではないでしょうか・・・。東京での苦しみはやがてこれからの糧になり・・・。
順造 それはわかっている。砂漠のような東京の生活が潤いのない人間性を作ったのか。自らがその中で目的を失ったのか。人間どこにいても砂漠の中で生きているのだ。若い者はその砂漠をどのように生きるかが・・・オアシスを求めて彷徨うほどに磨かれなくてはならんのだ。オアシスがないからとひからびてどうする・・・。
良太 そこまで言われては・・・。もっと優しく見てあげてください。この倉子城に帰らせて・・・。
順造 良太君。
良太 杏子さんはいつもひとりぼっちでした。黙々と土ひねりをする先生の後ろ姿を見つめておられたのです。
順造 人間所詮一人でしか生きられん。寂しいという心では何もうまれないものだ。それをすべての言い訳にしていいものか。
良太 杏子さんは先生の言葉がほしいのではありませんか。
順造 厳しすぎたのか、私の背中が人を拒絶するものであったのか・・・。
良太 それは・・・。
順造 良太君、気になっていながらほっておくその方が力を貸すよりよりもやっかいで、勇気のいるものなのだ。
良太 僕にはわかりませんが・・・寂しい愛ですね。
順造 飛び立つ娘を男親は見送ることしかできない・・・。見送って出しておいて何を今更と思うだろうが・・・。
良太 先生。
順造 あの瞳が、後ろ姿が気になってしょうがないのだ。後ろ姿は嘘をつかないから・・・。挫折した女が果たしてふるさとで立ち直ることが出来るだろうか・・・。
良太 先生・・・。
順造 杏子のことはもういい、妙ちゃんを捜しにゆけ・・・。良太君にはあのひたむきな一途な瞳が必要だ・・・。ものつくりには真の強さを持った人がそばに必要だ。苦しいときにも、うれしいときにも見守ってくれる穏やかな心がいるものだ。
良太 先生。
順造 妙ちゃんの瞳の中に久しぶりに生きている喜びを見たが・・・。
良太 先生、行ってきます。
良太は退場する時、杏子と育江が登場する。
杏子 良太さんどこへ。
良太 ちょっと。
杏子 後で少し話があるの、聞いてね。
良太 ええ、いいですよ。
良太は退場する。見送る杏子と育江。
育江 良太さん、素敵ね。
杏子 うん・・・ええっ・・・。
育江 杏子が良太さんを見つめる目はまるで恋人を見つめる目だわ。
杏子 まさか。
育江 怪しい。
杏子 良太さんは父さんの弟子、ただそれだけよ。
育江 ほんと。じゃあ良太さんに惚れようかな。
杏子 えぇ・・・。
育江 嘘よ。杏子が良太さんに惚れていようがなかろうが私には関係はないわ。決心した、東京に出る。
杏子 そう。
育江 この古びたカビの生えた倉子城。文化の町とは名ばかりで、何にもない町、観光客の町。それを口にし縋ろうとする町の人たち・・・。毒されていることに気づかず本当の生き方を忘れている人たち。もう私はうんざりよ。
杏子 何よ、突然に・・・。育江、東京はそんな華やかなところじゃないわよ。
育江 そんなの関係ない、若いのだから何かに夢中になることが出来ればいい。この町にいて、人と人の和とか助け合いをわすれ、お金の亡者になって観光客にこびを売る生き方よりましだわ。「こんな町にはもう二度ときたくないわ」という捨て台詞を聞くたびに、私は何か悪いことをしたような後ろめたさを感じている・・・。
杏子 逃げるの。
育江 逃げたのは杏子じゃない。
杏子 私は・・・。
育江 学校を出たら帰ってくるつもりなの。お父さんの後を継ぐの。
杏子 それはわからないわ。
育江 でしょう。この町は若い人たちが生きる所じゃない。ここに住んでいたら背中に苔が生えてしまう。
杏子 そういえば育江の背に苔が・・・。
育江 ええ、嘘よ、ばかばかしい。
杏子 ・・・私、妙ちゃんが羨ましいと思うときがあるの。
育江 私は嫌い。薄暗い仕事場に一日中座って糸を織るなんて耐えられない。
杏子 でも、妙ちゃんは・・・。
育江 何が伝統的な織物よ。たかが観光客相手に・・・。
杏子 育江、言い過ぎよ。
育江 違う・・・。杏子も思っているでしょう。
杏子 私は・・・。
育江 妙子こそ背中に苔が生えているのよ。創ることと引き継ぐことは違うわ。
杏子 でも、何かに打ち込める青春て、素晴らしいとは思わない。
育江 外から見ればね。そう思えるだけよ。この町と一緒よ。・・・杏子の目は観光客の目よ。人目ではわからない、よく見ればなんだと言う。
杏子 育江、何かあったの。
育江 妙子だってうんざりしているのよ。それが口に出せないだけ。
杏子 そうかな。
育江 間違いないわ。私は一人で生きているからわかる。この町の人の目と口がどんなものか。
杏子 育江、変わったわね。
育江 ひがみじゃない。負け惜しみじゃない。・・・私ならこの町のものをみんな壊して、新しい町にする。美観地区の時代は終わったのよ。今のように美観地区だけが倉子城じゃあない・・・。親父は水島の工場で死んだから言うのじゃない。この町の人はただのピエロじゃないの。踊らされている人形じゃないの。古いものばかりにすがりついて、それを守って・・・。何一つ新しいものを創ろうとしていないじゃないの。良太さんや妙子の生き方を私は認めない。
杏子 それは・・・だって。
育江 杏子のお父さんだって・・・。
杏子 違うわ。
育江 いいえ変わらない。その中で生きているわ。生活をしているわ。
杏子 変わったわね・・・。
育江 もう、うんざり・・・倉子城は。生きることって何かを創っていることでしょう。生み出していることでしょう。それを認めないこの町は嫌い。何か目新しいことをすればすぐ批難をして・・・。古いものを受け継ぎ生きることは一番簡単な生き方、そのことが拍手され、新しい道を造ろうとすれば無視をする・・・。ああ、なんだか腹が立ってきた、少し頭を冷やしてくる。
杏子 うん・・・。大丈夫・・・。
手を振って育江は退場する。
杏子 帰りました。やはり故郷はいいわね。倉敷川の柳の下を下駄の音をからことと。緑の匂いが胸にしみるわ。故郷っていいなぁ。
順造 そんなにいいか。
杏子 うん。
順造 悩みがいっぱい詰まった心を洗うのにはな。
杏子 お父さん。
順造 何もかも忘れるために、それを精算するために帰って来た者には、この倉子城の風情は風の様に優しさと、安らぎを与えてくれるだろうな。まして、挫折した人間の心にはその風も暖かくはぐくんでくれるだろうな。
杏子 お父さんはなにを・・・。
順造 まやかしのものに感動するおまえの心は貧しいとしか言いようがない。
杏子 お父さんはこの町を・・・。何が言いたいの、私に何を・・・。
順造 おまえが母さんの仏壇の前で座っている時間が短いと思ってな。
杏子 それは・・・。
順造 素直な気持ちで母さんに報告できたかね。この三年間のすべてを何一つ隠すことなく心をあらわにすることが出来たかね。・・・それにしては・・・。
杏子 お父さんは、お母さんに何をしてあげたというの。
順造 ・・・さあ・・・。
杏子 お父さんがお母さんに着物一枚買ってあげた。いつも荒いざらしの着物を着ていた・・・。
順造 確かに、おまえの言うとおりだ。一緒になって一枚の着物も買ってやってない。母さん一人にして土ばかりひねっていた・・・母さんはそれで満足してくれていた。
杏子 嘘よ。そんなはずないわ・・・。お母さんは寂しそうだった。いつも方をおとして家族のつくろいものばかりしていた。
順造 愛、夫婦の愛ってそんなものではないのかね。
杏子 違う・・・と思う。
順造 そう見えたのか。
杏子 ええ。お母さんはいつもひとりぼっち。耐えてこらえて生きていた。そんな姿を見て・・・。
順造 それでおまえは東京に行く決心をしたというのか。・・・だか母さんと私の中には・・・。
杏子 愛なんかなかった。
順造 目に見えるものはなかったかもしれないが・・・。私が苦しんでいるときに母さんは苦しみに耐えていてくれた。そっと寄り添い付いて来てくれた・・・。
杏子 今だったら何だっていえる・・・。
順造 それが今様の考え方なのか・・・。
杏子 お父さんはそれで満足でしょうけれど・・・。
順造 おまえには私が好き勝手に生きていたように映っていたのか・・・そのために・・・。そうかもしれん。・・・私が母さんを裏切らなかったと言うことだけだ。
杏子 詭弁だわ。
順造 それだけでは足らないというのか。
杏子 私はいや。
順造 そうだろうね・・・だから・・・で。どうするつもりだ。
杏子 お母さんの三回忌がすんだら東京へ帰ります。
順造 それもよかろう。だが、帰るところはあるのか。
杏子 おとうさん・・・。
順造 ・・・親は馬鹿だよ。ここに一人の親でいて、東京へ出た一人娘のことが気になって、仕事をほったらかして様子を見に行く。娘は学校へもいかずに・・・。
杏子 やめて。
順造 男と一緒に暮らしている。その現実を見て郵便受けにお金を入れて帰ってくる。
杏子 お父さん、お父さんだったの。
順造 男は娘に何もしてやれなかった。娘の母にも。・・・何かしてやれるものはないか・・・。土をひねるしか能のない男だった。好き勝手に生きている姿しか見せてやれなかった。これから楽になり少しは幸せを与えてやれると思っていた矢先娘の母は亡くなった。
杏子 あのお金は・・・。
順造 金を与えるしかない親の姿も哀れなら、それを受け取って使う娘も寂しく悲しいもの・・・。
杏子 お父さん。何もかも知っていたの・・・。
順造 馬鹿、たとえばの話じゃ・・・聞いた話じゃ。
杏子 私はもう一度やり直し、きっとこの倉子城に帰ってきてお父さんの後を継いで・・・。
順造 いや、それはゆるされん。今のおまえには帰る故郷はない。・・・良太君には妙ちゃんという恋人がいる。
杏子 良太さんには妙ちゃんが・・・。
順造 今、おまえがしてやれることは二人の心にいらぬ波を立たせないことじゃ。
杏子 お父さん。
良太と、妙子が登場し、隠れて見ている。
順造 男と女がどのように結びつこうがかまわん。が、その責任がとれんようではその資格はないと思う。
杏子 寂しかったのよ。ただ寂しかった・・・。想像と現実があまりにもかけ離れていて・・・。こんなんじゃない、こんなんじゃないと・・・。みんな田舎者には目を背け声もかけてくれなかった・・・。そんなとき・・・。
育江が登場する。すみに隠れて。
順造 そんなものだろう人間て。だけど若者はその寂しさの中から何かを生み出さなくてはならないのだ。甘えが通用するのは田舎だけかもしれない・・・。おまえは故郷があるが故に生きる厳しさを忘れていた。
杏子 故郷・・・。
順造 どうせ帰ってくるのだったら、うれしいときに帰ってきてほしかった。
杏子 うれしいときに・・・。
順造 杏子、覚えているか、幼い頃泥だらけの私の背に乗って倉敷川を流れる桜の花びらをみたのを。その花びらがほしいとねだったのを。母さんに魅せてあげるんだと牛乳瓶に花びらを浮かべて持ち帰ったのを。
杏子 ・・・
順造 あのときの心、あのときの優しさが、誠のおまえの心根だったんだぞ。おまえの思いやりに母さんは泣いていただろう。
杏子 お母さんは布団の上に上半身を起こして泣きながら笑っていた。
順造 今の心で、東京で花びらを拾え。
杏子 うん。
順造 娘は母の後ろ姿を見て大きくなると言うが、おまえは母さんの本当の後ろ姿を見なかったのだ・・・。母さんはおまえの後ろ姿をじっと見つめていたぞ。
杏子 うーん。
順造 母さんの心を受け継いで・・・。
杏子 うん。
順造 母さんが大切にしていた茶碗。あの茶碗には母さんの心が、思いがある。私が初めて焼いたときのものだ。それを母さんは宝物にして、それで茶を点てて飲んでいた。
杏子 あの茶碗。
順造 今のおまえに、あの茶碗を引き継ぐことが出来るか。・・・母さんのここがわからんおまえには無理だろう・・・。私は母さんが茶碗でお茶を点てて飲んでくれているのを見て私の生き方が間違っていないと思ったものだ。
杏子 お父さん。
順造 あのときの花ぴらは綺麗だった。母さんは花びらが腐る前に押し花にして大切にしまっていた。写真のそばに入れていた。
杏子 ・・・。
順造 わかるな、母さんの心がわかるようになったら帰ってこい。花びらを拾え、抱えきれないほどの花びらを・・・。そのとき、母さんの姿が見えてくる。そして、そのときが茶碗を手にすることが許される。
杏子 はい。信じていた・・・信頼していた・・・尊敬していた・・・。それがお母さんの愛・・・。
良太と妙子が順造の前に。
良太 先生。
順造 言うな。
良太 言わせてください。そこで全部聞かせていただきました。先生も杏子さんもどうしてそんなに過去のことにこだわるのですか。いろいろの悩みを抱えながら今の屈折した世の中を懸命に生きようとしているのです・・・せめて・・・せめて・・・。
杏子 いいのよ、良太さん。お父さんの言うこと、よくわかるの。おとうさんをしらなかった、いいえ知ろうとしなかった、見ようとしなかった。お母さんを一人にして好き勝手に生きていると勘違いをしていたのよ・・・。馬鹿な娘だった。
良太 僕は一途な情熱だけは持っているつもりです。それが青年の・・・。
順造 わかっている。時にはその情熱も生きる上でじゃまになることもあるぞ。もて余すこともあるぞ・・・。杏子は勘違いをしておったのじゃ。そのことを・・・。
何もすべてを否定しておるわけではないのじゃ。西行法師は歌を詠むと言うことは仏を創るということじゃと・・・。ものつくり・・・いや生きると言うことは常に何かを創っていることじゃ、つまり生きると言うことは仏を創っていると言うことに通じるものだと。そのことを杏子に・・・。
良太 そうですか、わかりました。私の作品を焼いてその仏が本物かを確かめたいと・・・。今まで伝えてくださったものとこれからの新しいものを渾然一体にして・・・。
順造 やってみろ。土の命を殺すことなくひねって殺すことなく焼いて新しい命を創ってみろ。そこに自ずと道は開かれる。
良太 はい。
順造 杏子、これだけはいえる。生きていればいいときもあるし悪いときもある・・・悪いときに何をするかで人間の道は決まる・・・。つまり引き潮の時にどう生きるかだ。
杏子 うん。
順造 祭りにでも行ってくるか・・・。
順造は退場する。
杏子 幸せにね。
良太 杏子さん。
杏子 離れちゃだめよ、寄り添っていてあげて。
妙子 杏子さん。
杏子 ようやく今、お父さんの娘になれたよう。もう一度やり直して見る。そして、故郷へ帰ってくるときは笑って帰ってきてやる。この町の人になってこの町のために生きるわ。
育江が出てきて、
育江 なによ、わかったような顔をして、綺麗な言葉を並べるだけなら誰だって出来るわ。薄っぺらなまやかしの世の中にはその言葉もよく似合うようね。だけどそれがいったい何だと言うの。一途な情熱がなに、伝統がなに、みんな言葉の遊びじゃないの。否定ではなく自分を肯定しているだけじゃないの。みんな嫌い、この町が何よ、新しい文化が生まれるときには古いものが壊れるの・・・。それを生み出せないこの町の土壌・・・。勝ち取ろうとしない、与えられたものが本当のものなの・・・。私はそんなこと信じない。この町を出て行ったら二度と帰らない。もうこの町のことなんか考えてやるものか、涙なんか流してやるものか。
育江は泣きながら退場する。
見送る三人。
厄払いの鬼が出てきて錫杖を打ち鳴らす。
阿智太鼓の音がひときわ大きくなり出す。
幕
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