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小説 冬の華
この小説は
海の華
の続編である。彷徨する省三の青春譚である。
ここに草稿として書き上げます。書き直し推敲は脱稿の後しばらく置いて行いますことをここに書き記します。
冬の華
(省三の青春譚)
冬の華は鮮やかに凍てつく中に咲く。だが、それはあまりにも短く脆い・・・。
1
省三は学生運動を他人事のように眺めていた。
実際、彼はそれどころではなかった。学校へ足を運ぶより、アルバイトに明け暮れていたのだ。
省三の父重太は彼が小学校三年の夏、事業に失敗して出奔していた。連帯保証の判子を押したのがその原因で、五軒あった家も五町歩の土地も総てを失った。母のときは重太の知り合いがやっている製材所に手伝いに出だした。ときは今まで何処にも勤めたことがなかったから、よくよくの決心だったのだ。兄の久は高校を中退して船のプロペラを製造している会社に勤めた。 戦後二十六年、日本は復興に躍起だったが、世の中はまだGHQが全権を握っていて民主主義を浸透させようとしていた時期であった。
「憲兵ですらやらなかった親書の検閲をして何が民主主義か」
そう叫ぶ人が多かったが・・・。
初老の男 日本は破れた。これでいい・・・。今日から国民が一つになれる。鎌倉、室 町、安土桃山、徳川、と続いた武士の政治、明治大正昭和の朝廷と長州の政治が終わっ た。今日から本当の国民の手にこの国が委ねられるのだ。人はロシアを仲介にしてこの 戦争をもっと早く終決させていればと言ったが、ここまで叩かれた方が復興はやりやす い。今までが傲慢な猿であったからだ。人ではなかった、ただ人の真似の上手な猿であ ったのだ。明治より諸外国の真似をしてやたら西洋気触れをしよつて、日本独自の文化 遺産を継承することを忘れ、伝統の和の精神も川に流し、わびさびの雅性もほったらか して・・・、日本人はなんと愚かしいのだろうか・・・。だから総てがなくなればいい と言ったのだ。なにもかもなくなれば心の餓えに嘗てあった精神の種から芽が出ょう・ ・・・。だが、敗戦したとは言え、あまりにも酷すぎる。これでいいのだろうか。私は 思う。今はなんと言う時代だ、新憲法は制定され、国民の自由は保障されたが、だがね 、現実はどうであろう。言論の自由、思想の自由、集会結社の自由、総ての自由はGH Qに握られている。今のGHQは戦時中の憲兵でさえもやらなかった親書の検閲まで関 わっている。新聞も政府もそんなGHQにお伺いを経なければ何も出来ない。これでは 國ではない。日本人は格子なき牢獄に入るようなものだ。
どれほどの力があるかわからんが、果なき望みだが、老骨に鞭打ち私はもう一度この
国の為に命を張ろう・・・。
日本の為。いや、これからつづく國の為、誤りを償い糾し、もう一度総理大臣になっ てGHQと戦い、講和条約を結び、誠の日本国の独立を勝ち取ってみせる。(後年、省三は吉田茂の台詞として書いた)
戯曲「ふたたび瞳の輝きは」宜しかったら(ク
リック)をどうぞ
国鉄の人員整理に伴い、下山、三鷹、松川事件が起こり、レッドパージによって共産党員の追放が行われた。朝鮮戦争の軍需景気が始まろうとしていた時期であった。
そんな世相の中ではあったが、省三は元気で活発に生きていた。学校から帰ると広場に集まって日が暮れるまで野球をして遊んだ。子供はみんな野球少年だった。
西空に雲をオレンジ色に焼きながら太陽が沈んでいた。大きな太陽だった。
その夕陽を背負うようにときは自転車を押しながら帰ってきた。荷台には木っ端が括り付けられてあった。木っ端は台所の燃料だった。そんな母を出迎えるのが省三の日課になっていた。どんなに野球に興じていても時間が来れば帰った。
「帰るんか、省三はええ子じゃのう。おかんのオッパイをまだ飲んどんか」
友達は一人減ると困るのでそうかにかって言った。
「腹が減って、もう立っておれん」
省三はそう言ってみんなから抜けるのが常になっていた。
「省三、今日はどうだったの」
ときは穏やかに言った。手ぬぐいを被っていたが髪の毛に大鋸屑がこびり付いていた。
サドルを握るときの手はささくれ立っていて、母の手ではないように思った。
鋸が回る中に材木を差し込んで板に製材するのが仕事だった。省三は何度かときの仕事場に迎えに行ったことがあった。大鋸屑が飛散し、音が激しく体を震わせるものであった。
その製材所は饂飩を入れる木箱を作っていた。茹で上げた饂飩をお椀にとって玉を作りそれを取り出し並べて店頭に置く陳列台を兼ねた物だった。饂飩はその当時庶民がたくさん食べたものであった。干し海老で出汁をつくりざる饂飩として食べた。生醤油を掛けたり、酢醤油で食べたりしていた。
かたパンの配給がなくなったのは・・・まだまだ食料が十分に行き渡っていない時期だった。米、麦は米穀通帳を持って食料配給所に行き家族の人数分だけ買った。俗に言うマル公であった。そうして買える人はまだ幸せな人たちであった。
ときの賃金では饂飩を買うのが精一杯だったのかもしれなかった。
兄の久が僅かな給料の中から省三にグローブを買ってくれた。今まで母が縫ってくれた手袋の親方のようなグローブで野球をしていたのだった。
「ほんとに、ホントにくれるんか、もろうてもええんか」
「これからは何でもでける日本になるから、勉強もせいよ」
久はそう言って省三の頭を撫でた。学業半ばで辞めなくてはならなかった無念を省三が理解するには幼すぎた。
「うん」と省三は大きく頷いた。
省三は下落合に下宿をして、新宿のラーメン屋で皿を洗った。
皿洗いからそばの飾り方に変わり、そばの麺の茹で上げ、スープを作りと役割を変えていった。
大学へ入って一年が過ぎていた。学業よりはそれが面白くなっていた。
学生運動が続き休校状態だったので、省三は後ろめたさもなくラーメン業に専念できていた。
梅雨の雨が長く続いていた。
日米安全保障条約破棄のデモは続いていた。審議可決の日・・・。
学生たちは新宿の駅舎から線路に下りて敷石をリュックにつめ、ポケットに詰め込んで国会議事堂を目指しデモ行進していた。
全国で五百八十万人がデモに参加していた。左翼、右翼が入り乱れ、文化人が先頭に立ち、学生、労働者が続いていた。雨は湯気となって立ち上っていた。ヘルメットを被った隊列が蛇行しながら進んでいった。デモは国会議事堂を取り囲んだ。怒号が起こり、投石が始まり、鉄パイプが振り下ろされ、拡声器が悲鳴を上げた。一斉に国会議事堂に雪崩れ込もうとした。
機動隊との衝突で東京大学の樺美智子が亡くなった。
テレビはそれを報じていたが、省三は茹で上げるそばの麺に目を注いでいた。耳には「誰よりも君を愛す」が流れこんでいた。
省三は新しいグローブを付けて張り切っていた。打ったり取ったり走ったり、何の悩みもなく遊んでいた。ときのことも、久のことも頭にはなかった。
重太からはなにの連絡もなかった。大阪にいると言う噂を聞いたとときが言った。その時は現実に返ったが、直ぐに忘れた。
省三は毎日寝る前にグローブにオイルを塗りこんで磨きボールを挟んで寝た。宝だった。自慢の種だった。皮のグローブを持っている子供は少なかった。殆どが布のものだった。みんな平等に貧しかったのだ。だが、みんなの継接ぎだらけのズボンのポケットには友情が一杯詰まっていた。夕陽が雲を赤く染めていくように、子供たちのこころは赤く燃えていたのだ。夢と希望が目の前に広がっていた。
「省三、わし孤児院へ行くかも知れん」
野球の帰り道夫がぽつりと言った。二人はグローブの網にバットを差し込んでそれを肩に担いでいた。夕焼けが二人の影を道路に長く作っていた。
「道夫、なんで・・・」
省三は道夫を見上げて問った。道夫は省三と同じ歳だったが背が高く六年生に見えた。道夫の直球は速く、みんな打てなかった。将来はプロ野球の選手になると言うのが口癖だった。
「岡山の空襲でみんな死んで・・・おじいと二人・・・。おじいは近頃調子が悪いけえ・・・療養所に入ったら・・・わしは孤児院へ行く事になるんじゃ」
道夫は空を見上げた。
「孤児院てどんな所なんじゃろう」
「分らんが・・・行った事ねえし・・・」
「ほんと、ほんとにいくんか」
「ああ」
「寂しゅうなるな・・・それでええんか・・・」
「仕方がねえ・・・それが浮世と言うものじゃ」
「野球がでけん様になる・・・」
「壁がありゃ、キャッチボールはでける」
「浮世か・・・」
「綺麗じゃな」
道夫は夕陽を見て言った。オレンジに燃えた太陽が駅舎の向こうに沈もうとしていた。
「綺麗じゃ・・・あの夕陽、忘れんで」
道夫の瞳に映る夕陽が滲んでいた。
「うん」
省三は大きく頷き「僕も、忘れん」と言った。
「省三、夕焼けに向って立ちションせんか」
「うん、するする」
道夫と省三は太陽に向って並んだ。
「発射」
道夫が大きな声で叫んだ。だが、二人は立ち尽くすだけで発射しなかった。出来なかったのだった。
「どうしたんじゃろう、壊れてしもうたんじゃろうか」
省三が情けなさそうに言った。
「バカ・・・これが壊れたら大変じゃ。これは男の勲章じゃけえ」
道夫が笑いながら言った。笑いが段々と涙声に変わっていた。
ふたりは夕陽を浴びて何時までもいつまでも立ち尽くしていた。逢う魔が時が忍び寄っていた。
省三はラーメン屋が休みの日にはよく浅草に出かけた。新宿よりなぜか親しみを感じた。
浅草寺の境内には屋台が並び、一杯30円の丼を売っていた。省三はその丼に故郷へ残してきた母を思っていたのだった。
学生運動に夢中になる青春もあり、浅草の軽演劇に魅せられる青春もあって良いと省三は自らを納得させていた。
省三はストリップ劇場に入るのではなく、客寄せの呼び込みを聞きに行くのだった。
「そこを行く好きもののあなた、明美嬢が肩から着物を・・・帯を解いて・・・ああ、白い肌が・・・」このトークは延々と続くのだ。客は自然に吸い込まれていくのだ。
「ここは浅草・・・別名浅草大学とも言う・・・ここを卒業すればあなたは立派なご性人・・・今日の講義は男と女の垣根を払う・・・」
踊り子と仲良くなり、役者に可愛がられたことが、出入り自由の特権を与えられる元になっていた。
踊り子の裸を見て省三はキャサリンの事に思いを馳せることがあった。キャサリンはどうしているだろう。ガラス戸越しに海を眺める全裸のシルエットが鮮明に蘇っていた。
「省三、コノ夕日、省三ノ夕日・・・。ソシテ、ミーノ夕日・・・ホント二綺麗・・・忘レマセン」
夕陽が浅草を包み込もうとしていた。東京駅の方が赤く色づいていた。
スターの名前を書いた幟が風を受けてパタパタ鳴っていた。冬はそこまで来ていた。
省三はジャンパーの襟を立てて永井荷風がよく覗いていたと言うレストランへ足を急がせたのだった。坂本九の歌う「上を向いて歩こう」が巷に溢れていた。
道夫のことがあって省三は少し落ち込んだが、それは一時のことで相変わらず野球に興じていた。記憶は忘却の彼方へいつの間にか消えていった。
人間とは辛い苦しい橋を渡るがそれはひと時のことで、新しい出会いがあることを省三は学んだ。記憶は薄れ思い出の倉庫に自然に入り、時ににじみ出て懐かしさを呼び起こした。
省三は後にこのような台本を書いた。
公園、銀杏が夕日に焼かれている。
道夫が引っ繰り返っている。
弘、菊夫、佐助、健太が来る。
菊夫 道夫、何処へ行ったんじゃろうか。
弘 お爺が死んで、なーんも言わん様になってしもうて・・・。
佐助 あいつ、本当は寂しがり屋じゃつたんじゃなぁー・・・。
健太 道夫は、一人になってしもうた。本当に・・・。
弘 言うな、その先は言うな・・・。
健太 じゃ言うても・・・。
弘 何もしてやれんし、おいらではなにも出来んけえ。
菊夫 葬式の時にあいつ歯を食い縛って・・・。
健太 言うな!
佐助 涙を一つもこぼさんで・・・。
弘 アホじゃ、道夫のバカ!なぜ泣かなんだんじゃ・・・。
健太 おめえの方がアホじゃ。泣いて泣いて涙がのうなっとつたんじゃ。
弘 道夫は孤児院へ行くんじゃろうか。
佐助 弘なら心配じゃあけえど、あいつなら・・・。
菊夫 佐助なら・・・。
健太 行くな、絶対に行くな!
道夫が起き上がり、
道夫 所詮この世は・・・。無情の風に・・・。花も嵐も踏み越えて・・・。
健太 どうしょうたんなら。
佐助 どこへ・・・。
菊夫 いっとったんなら。
弘 飯食べたか・・・。
道夫 あれからずーとお爺の田舎におったんじゃ。骨箱の前に座って話しとったんじ。 色々と仰山何やかやと教えてもろうたけえな。
お爺が言うには・・・。
健太 死んだお爺がなにか言うたんか。
弘 バカ・・・。
佐助 言うたように思えたんじゃがな・・・。
菊夫 骨がなにか言うたら・・・。
道夫 言うたんじゃ。道夫、何があっても死んだ気で頑張れと、何処へ行っても太陽と 月はあると・・・。
健太 それで・・・。
道夫 おめえが太陽になるか月になるかは努力次第じゃあと・・・。
菊夫 ようわからんな・・・。
佐助 わしにもピントこんがー・・・。
弘 ええな、そう言うたんか・・・。
健太 太陽と月か・・・。
佐助 弘と健次には分かるんか・・・。
弘 なんとなくな・・・。
健太 分かるような気がする。
道夫 それで、おらお爺に聞いたんじゃ・・・。人間にはどちらも必要じゃと言うた。
健太 うん、そうじゃ。
弘 どちらものうては困る。
菊夫 それで・・・。
佐助 どちらに決めたんじゃ。
道夫 きめん、いいや決められなんだ。決めようと思うたらどちらかを捨てにゃあおえ ん。それじゃあけえ、両方になろうと決めたんじゃ。
佐助 欲張りじゃ。
菊夫 道夫・・・。
弘 良かったな・・・。
健太 それで帰って来たんか・・・。
道夫 お爺もそれでええと言うたけえ。おらそう考えたら何処にいても生きられると思 えるようになったんじゃ。
佐助 それで・・・。
菊夫 行くんか・・・。
弘 決めたんか。
健太 おおい、道夫の門出を祝って立ちションの連れションじゃ。
弘 おお!
菊夫 やろう。
佐助 やるぞ。
道夫 有難う。
健太 おい、湿っぽいのは後免だぜてカラスが泣いて西の空へ飛んで行くぜ。
弘が走り上がった。
弘 何をしょうんならはようけえ。
佐助、菊夫、健太、道夫が走り上がった。
一列に並んで構えた。
言葉が滲んでいること。
道夫 桑原道夫くん万歳!
菊夫 これからなんでも出来る世の中の為に万歳!
佐助 道夫元気でなに万歳!
弘 道夫、ミチオ、みちお・・・。何処へ行ってもこの弘がついとるからに万歳!
健太 今日の立ちションは一生忘れんけえな。
道夫 夕焼け閣下に敬礼!
みんな一斉にはじめた。
道夫 真っ赤な夕日に染まった銀杏が・・・銀杏の時雨じゃ。まるでおらの門出を祝福 してくれるような・・・。みんなのことは・・・。みんなのことは・・・。
弘 道夫、言うな・・・。
菊夫 みちお・・・。
佐助 ミチオ・・・。
健太 道夫、門出に涙は不吉だぜ。
道夫、走り込んだ。
みんな振り返って「道夫!」と叫んだ。
公園。
夕焼けが銀杏を黄金色に染めている。
弘、健太、菊夫、佐助、が肩を落として出てくる。
弘 おめいらほんまに道夫を送りにいかんのか?
菊夫 今からでも間に合うけえ・・・。
佐助 あいつの顔を見るのは嫌いじゃ。
健太 何が、あばよじゃ。道夫のバカ!
弘 おいらこれから・・・。
菊夫 行こう・・・。
健太 行って、あいつを泣かすんか・・・。
佐助 泣くのは、泣き虫健太じゃねえか。
弘 あいつの直球は早かった。手が痛かった・・・。
佐助 太陽になれよ、月になれよ。そして、馬鹿な菊夫を応援してやってくれよ。
菊夫 俺も行きてえー・・・。道夫と一緒に孤児院へ・・・。
健太 道夫、寝小便をするなよ。
佐助 みちお、泣くなよ・・・。なんかあったらわしのことを思い出して元気出すんじ ゃぞ。
菊夫 ミチオ、勉強なんかせんでもええ、風邪ひくなよー・・・。
弘 見送ってやれんですまん。みんな佐助がわりいんじゃから。
健太 ぼく・・・。行く、行く、あいつの顔をもう一度見ときてえ・・・。
良吉が出てきて。
良吉 弘、それにおめい等なにをしょうんなら、どうして道夫を送りに行かんのんなら 。
弘 あいつの顔を見るんが・・・。
佐助 つれえ・・・。
菊夫 わし・・・。
健太 行こうな、行こう・・・。
良吉 この大馬鹿もんがぁー、おめい等の友情はそげんに薄っぺらなもんじゃつたんか 。
弘 あんちゃん!
良吉 もう二度とあえんかもしれんのんじゃぞ。つれえから、それはなんなら、道夫は お爺に死なれ、おめい等と別れていく、口じゃあ大人びたことを言うとるが、道夫の悲 しみに比べり屁のようなもんじゃ。戦友は・・・戦友は一番大事なんじゃ。
この、馬鹿、阿呆、もっと正直になれ。哀しいときには泣け、辛いときには叫べー・・ ・
良吉、膝ま付き泣き崩れた。
弘 あんちゃん・・・。
菊夫、佐助、健太、呆然としている。
そして、気が付いたようにみんな走り込もうとして、他の子供たちとぶつかる。
加代子 この悪がきのバカ、なにしょうるん。
弘美 道夫くん、あんたらを待っとった・・・。
弘 これから・・・。
由美 もう、汽車は出たは・・・。
節子 デツキでじっと見とった・・・。
汽車の汽笛の音。
健太、弘が土手の方へ走る。
佐助、菊夫が追う。
由美 こっち、見える見えますわ。
由美が客席の方を見つめる。
土手の四人が走ってくる。
弘 道夫、元気でなぁー・・・。
菊夫 みちお、俺事は忘れんなよ・・・。
佐助 道夫、おめいなんか何処でも行ってしまへ、帰ってくるな・・・。
健太 なんの力になれなんですまん。何時でも帰ってけえよをー。
弘 道夫のバカ。
菊夫 みちお・・・。
汽車が走っているのにつられて移動する事。
良吉 「貴様と俺は同期の櫻・・・」
良吉が歌うとみんなが唄いだす。
弘 道夫の好きじゃつた銀杏が泣いとる。
銀杏が真っ赤に燃えて降りかかる。
健太 何もしてやれんけえど、これだけは約束してやれる。ここで何遍でも何遍でも一 緒にこの夕日に染まる銀杏を見ることは・・・。
佐助 この野郎、ええかっこしゃがって・・・。
石井が出てきて、
それを見た女の子達が近寄り「先生!」
石井はみんなを抱えた。
菊夫 道夫の好きじゃつた、立ちションの連れションをしょう。
弘 ああ、やろうやろう。
佐助 おーい、みんな土手に並べー。
健太 道夫への虹を架けるぞ。
男の子全員、土手に並んだ。
弘美 うちもする。
加代子 うちも・・・。
節子 いいな、いいな・・・。
由美 男の子っていいですわね。
石井 綺麗、美しい・・・。
健太 ええか、一斉に発射。
安治が出てきて、並んで、
安治 道夫に敬礼!
舞台の全員が敬礼をする。
虹がホリゾントへ出る。弘が走って降りてきて、
弘 虹じゃ・・・。
次々とみんな降りてきて、
菊夫 みんなの立ちション虹じゃ。
佐助 汽車の上に・・・・。どんどんのびて道夫に架かったぞ。
弘 綺麗な虹じゃ。
健太 道夫!これがみんなの気持ちじゃ。友情の虹じゃ。
舞台の全員が「道夫」と叫び手を振る。
汽笛がけたたましく響く。
石井にスポット、子供たちにスポット。
省三はあれから道夫と会っていない。どこかで元気に過ごしてくれていればと時々思うのだった。
ときは相変わらず製材所へ行って大鋸屑だらけになっていた。
久は仕事が終わるとダンスホールに通っていた。
「野球を続けるんなら、肩を大事にせいよ」
久は省三によく言った。
省三は小学校が終わる頃肩を痛めたのだった。普通に球を投げられなくなった。久とのキャチポールでカーブやドロップを投げ過ぎたのが原因だった。野球を諦めなくてはならなかった。
朝鮮戦争の軍事需要で鉄や銅、真鍮、鉛の値段が高騰していた。子供たちのあいだでは小遣い銭を稼ぐため古鉄拾いが流行した。ぞろぞろと道を目を皿のようにして歩き、釘一本も見逃さなかった。
省三は学校から帰ると線路や工場跡へ出かけて拾った。
「キョウワ、銅(あか)カ値カイイヨ」
リヤカーを引いて朝鮮人のおばさんが買いに来た。
売って金を貰い、映画館へ直行した。
省三は野球少年から映画少年に変わって行った。
ターザンや西部劇、東映の新諸国物語にのめり込んでいた。実存主義のフランス映画もよく分からなかったが見た。
省三は浅草に三年間通った。大学を中退した。子供たちが幼稚園の砂場で人生の総てを学ぶように、浅草で総ての生きる知恵を学んだ。ストリップ劇場で踊り子の踊りから踊りの基礎を学び、役者の動きと台詞で演出の初歩を物にし、照明の作り方を、音響の効果を、台本の書き方をマスターした。踊り子や役者さん、裏方さん、呼び込みのおっさん、座付き作家が先生だった。彼は何処へ行っても食うに困らない腕を持った。ラーメン作りであり、劇場の裏方だった。何かやって食えなくなったらストリップ小屋へ潜り込むか、ラーメン屋にでもなろうと決めていた。
ときが脳溢血で倒れたのを潮に省三は東京の生活から足を洗った。ときは十日間意識不明であったが、右手の麻痺と言葉が上手に喋られないと言う後遺症で持ち直した。
久は結婚して一女の父になっていた。
大学を中退したことはときにも久にも言わなかった。
ときは自宅で手を動かしたり、歩き回ったりとリハビリの真似事をしていた。じれったくなって涙をこぼしていた。言葉は喋られなかったが目の向け方や、体の動きで何をしたいか分るようになった。久の妻の絹子がかいがいしく世話を焼いていた。
省三は地方の新聞社に就職が出来て、三ヶ月の見習い期間を経て記者になった。学歴の件がネックになったが、面接で学生運動をしなかったことを語り、東京での生活を滔滔とまくし立てたそれのことが功を奏して入社に至ったのだった。
省三は中学に入っても勉強はせず、部活もせず、映画館へ通っていた。アメリカのミュージカル映画が全盛だった。ターザン、西部劇の映画からそれに移っていた。
「省三、今の家庭の経済状態だと高校へやらせられんかもしれんが、勉強はしといたほうがええよ」
ときが省三の姿を見て言った。
「うん・・・俺、働いて母さんを楽にさしてえ」
不甲斐ない自分を悔いたのだろうか、その言葉にときは何も返さなかった。
三年に入って進学相談があって、
「今村、この成績じゃ、何処の高校も無理じゃから就職でもするか。就職係の先生にどんな仕事がええか相談してみい」と担任に言われた。
その時、なぜか道夫を思い出していた。どうしているじゃろう、何処におるんじゃろうと思った。将来の選択を迫られどの道を選んだのだろうかと聞きたくなった。野球は続けられたのだろうか、肩は壊していないか、そのことが案じられた。野球が上手ければ就職も進学も容易い事を省三は知っていた。
一学期の期末試験の結果が校内の壁に張り出された。総ての科目の順位が一目で分るようにしていた。そして、総合の何位にいるのを知らしていた。
「お前はこれだけの努力しかしなかった、さて、これからどうする」と呼びかけているようだった。
五百人中三百五十番。
「何や、今村は・・・。映画ばっかり見とるからじゃ。これからどうすんじゃ」
と心配してくれたのは河田だった。
「省三はバカじゃから、なんぼう勉強してもだめじゃ」とからかったのは山崎だった。
「なにを」
省三は突っかかって言った。
「怒ったか、バカな省三が怒ったぞ」山崎は執拗に言い放った。
「文句があるのなら、わしを追い抜いてからにせえ」
省三は惨めだった。勉強して山崎を追い抜いてやると心に決めた。
夏休みと九月十月十一月で小学校と中学二年までの勉強をやり直した。
「省三、なにかあったんか」
久が不審がり心配して言った。
「おっかが勉強しておいた方がええと言うたけえ」
省三はけろっとして応えた。
「高校へいけたらええな」
「行かんでも、勉強は邪魔にはならんし・・・」
「勉強がでけたら、奨学金をもろうて行けるのにな」
「そんな事が出来るんか」
「それには成績がようなかったらおえん」
「そうか・・・」
省三は考え込んだ。
「行きたかったんか」
久は中途退学をしている、省三は言えなかったのだった。黙っていると「頑張れよ」と言って肩を叩いた。
「じゃが、無理はするなよ。体を壊したら元も子もねえから・・・」
省三はそれから今までよりまして勉強に励んだ。映画はすっかり忘れていた。
十二月はじめ、成績が張り出された。
「やったな、負けたよ」
山崎はニコニコと笑いながらやって来って言った。
「やると思ったよ・・・。小学校で一番のIQの持ち主なのだからな」
「なんなら、それは・・・」
「小学生の頃、担任の長尾が言ったんじゃ・・・。今村が本気で勉強しだしたら敵わんぞとな・・・。その時なんでと問うたら、IQが違うと」
「そうじゃたんか・・・山崎、お前はええやつじやな・・・」
省三は人の思いの暖かさに涙を飲み込んだ。
高校に入り奨学金を貰いながら、三年間で三百日間アルバイトに明け暮れた。
「おい省三おるか」
そう言って覗いたのは角次だった。
ときの見舞いに寄ったと口実をつけたが、人夫集めのついでだった。
「省三、勉強忙しいか」
「何か・・・」
「ああ、帳面付けに金持って逃げられてな・・・一月でええ手伝ってもらえんか」
「学校休んで・・・」
「ああ」
角次は言い難そうに言った。よくよくの事情があるのだろうと省三は思った。
「二三日待ってください、出席日数を調べてもらいますから・・・。なにせ、アルバイトでよう休んどるけえ」
卒業だけはしたかった。出席日数で卒業が見送られるということはしたくなかった。久も応援してくれた、その期待に沿わなくてはならなかった。
四十日近く大丈夫だった。
十一月の終わり、角次と十五名の人夫たちと汽車に乗った。
省三はこれからの人生をこの旅に賭けようと思った。何かがある・・・そう思って・・・。
倉敷支局に転勤をした新米記者省三は、水島コンビナートにある何百本の煙突から吹き上がる煙を見上げて大きな溜息を付いていた。
ご愛読戴き有難う御座いました。ここで「冬の華」を一旦閉じさせていただきます。少しおいて校正、推敲をいたします。
2005/10/31 「冬の華」草稿脱稿
この小説は
海の華
の続編である
この小説は
海の華
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冬の華
の続編である
春の華
の続編である
夏の華
へ続きます彷徨する省三の青春譚である。
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