ミューンの森~Forest of Mune~

ミューンの森~Forest of Mune~

大切なあなた2



『 大切なあなた 』


2.



「私がいつまでも塞ぎ込んでいたせいですね......。」

 陽も暮れて、ゼネテスの判断で今夜の野宿の場所を決めた2人は、荷ほどきの後火を起こした。黙々と夕食の準備を始めていたラスティアは、ふとその手を止めて呟いた。

「それを言われると俺も辛いぜ。ルルアンタが走って行くのを見ていながら呑気に構えていたんだからな。」

 ゼネテスは少し歯ぎしりをして吐き捨てる様にそう言った。

「まあ、ここでお互いが後悔しあっていてもしょうがない。あのルルアンタの事だ、きっと無事で居てくれるさ。」

 呑気な言い方になったのは、きっとラスティアを思いやっての事だろう。

 これからはしっかり食えよと言われたものの、旅先の食事なんてたかが知れている。ラスティアは在り合わせの材料で手早くパンをこね、乾燥肉とじゃがいもでスープを作った。手早い作業を見守りながらゼネテスは、目の前の少女がフリントと続けて来た長い旅の生活を思った。

「料理が出来るのはルルアンタの方だと思ってたが、お前さんもなかなかの様だな。」

 寝床の準備を終えたゼネテスは、たき火で湧かしたお湯でお茶を入れてラスティアに差し出した。
 お互いがやれる事をやれる時にする。2人の旅の生活で身につけたリズムは今の所上手く調和してくれている様だ。
 スープ鍋の鉄蓋の上で、こねたパンを焼きながら、ラスティアは入れたてのルーマティーに口をつけた。

 夕方に町を出た事もあって、2人は陽が暮れるまで休み無く歩き続けた。先を行くゼネテスは、女の足には少しきつい位の速度で歩いていたが、ラスティアは文句も言わず必死で付いて来た。背中に聞こえる荒い息に眉を顰めながらも、その足を緩める事はしなかった。思わず振り返って、休ませてやろうか、荷物を持ってやろうかと言いそうになる自分に、何度喝を入れたか知れない。

 パンの焼ける香ばしい香りが辺りを束の間の幸福に染める。
 焼けたパンを膝の上に置いてスープの皿を受け取ったゼネテスは、ラスティアに促されてスプーンを口に運んだ。
 見開いた目の大きさに最大の賛辞を読み取って、ラスティアは自分も食事を始めた。

「これだけの材料でよくこんなに旨いものが作れたな。」

 鍋に残った最後の一滴まで平らげて、ゼネテスは満足げにいった。
 その言葉は何よりラスティアを喜ばせたが、ルルアンタの居ない寂しさと不安は拭えない。
   後片付けを終えてラスティアが自分の寝床に腰を降ろすと、ゼネテスは手に持っていた小ぶりの容器を投げてよこした。反射的に掴んでから、それが銀で出来た携帯用のボトルだとわかった。

「私、お酒は飲みません。......というより飲めないんだけど。」

 くん、と匂いを嗅いで顔をしかめる可愛い仕種に、ゼネテスは思わず微笑んでしまい、慌てて真面目な顔を作った。

「そう言うと思ったが、一口だけでも飲んでみな。少しは眠り易くなるだろうから。」

 確かにこのままではきっと一睡も出来ずに夜を明かすだろう。そうすれば途端に明日の行程に支障を来す事になる。
「あの子が心配でたまらないお前さんの気持ちはわかる。でもそれであんたにもしもの事があったら、ルルアンタだって辛いんだぜ。」

 ラスティアにもそれは良く解っていた。ただでさえ野宿では完全に身体を休める事は出来ないのだから。 
 ボトルの蓋を開けて、匂いを嗅ぐ。強いアルコールの匂いに思わずむせる。暫く眼の仇のようにボトルを睨んでから、意を決してぐいっと一口飲み込んだ。

「......―!!!!!」

 勢いで飲み下しはしたものの、そのあまりの刺激の強さにむせ返る。息が出来ないくらい喉が痛い。
 その只ならぬ様子に慌てて側に来たゼネテスが、ラスティアの背中を強く摩りながらボトルを取り上げた。

「まいったなあ、そんなに強い酒って訳じゃ無いんだぜ。あんたホントに全く飲んだ事が無いんだな。」

 呆れたような口調が悔しくて、言い返そうとしたラスティアだったが、ぜいぜいと荒い息に言葉が出ない。喉から胃にかけて焼けるような熱が広がっている。
 あんまり強く咳き込んだので目の前がじんわり涙で曇った。鼻もきっと真っ赤で情けない顔をしているに違い無い。顔を上げるにあげられなくて、背中を摩ってくれているゼネテスの膝の上にそのまま顔を突っ伏した。

 背中を撫でる手の動きが、一瞬だけ止まって又動き出す。今度はゆっくりとなだめるように軽く、軽く。
 その動きの優しさに、ラスティアの目には先程とは違う涙が溢れて来て、更に顔をあげる事が出来なくなってしまった。
 こいつはちっと長くなるなと悟ったゼネテスは、小さくため息を付くと膝の上にラスティアの顔を載せたままあぐらへと座り直した。
 そうして時折ぐいっとボトルの酒をあおりながら、少女が落ち着くまでその背中を摩り続けた。

 どれ位そうしていただろう。やっと顔を上げたラスティアは、赤い顔をして済みません、と頭を下げた。少し痺れた左足を摩りながら、ゼネテスは構わんよ、と空になったボトルをしまった。
 自分はたった一口飲んだだけでこんなに体中が熱くなるのに、どうしてこの人は平気な顔をしているんだろうと、ラスティアは単純に感心した。

 自分の寝床に戻ったゼネテスは、毛布の上に横になり疲れた身体を伸ばした。少し弱くなった火に枯れ枝を投げ入れてから、頭の下で両手を組む。

「この辺りはまださほど危険じゃ無いから、お前さんは安心してさっさと眠りな。」

 軽く目を閉じたままそう言うゼネテスに、ラスティアはゆるゆると自分も毛布に潜り込んだ。身体の力が抜けて少しだけ気が楽になった。ボーっとした頭で目の前のゼネテスについて考える。
 一見お酒の匂いを漂わせた遊び人に見えるのに、其れはあくまで外見だけでしか無い事がわかって来た。ふざけた言葉の中に深い思いやりがある事も、分かって来た。突き放したかに見えて、黙って見守ってくれている事も感じる。

「ゼネテスさんは、大人なんですね...。」
「は?」
 ラスティアのつぶやきにゼネテスが顔を向ける。自分を見つめる無防備な瞳がそこにあった。
 ラスティアの瞳がゆっくりと閉じられるのを見つめながら、話に聞く父性愛ってのは、もしかしたらこういう気持ちなのかもしれんな、と漠然とゼネテスは考えていた。


*******


「......う...ん...。」

 何故か身体がだるい事に違和感を覚えて、ぼんやりと眼を開けたラスティアは、ぼやけた視線の先に立ったまま腕を組んでこちらを見ているゼネテスを捉えた。身じろぎをしたラスティアにゼネテスはすっとその場を離れた。

「......?」

 はっきりしない頭を抱えて起き上がると、少し寝乱れた自分の身体が視界に入った。身体を被っている筈の薄い毛布は丸まって足元に転がっていた。

「やだ、もう......。」

 こんな所を見られたんじゃあ、ますます子供扱いされてしまう、とラスティアは赤くなった。寝相の悪いレディなんて聞いた事が無い。
 先程のゼネテスの様子を思い出す。きっと呆れて見てたんだろうな、とため息をついた。
 手早く身支度を整えて、夕べ焼いておいたパンとお茶で、簡単な食事を用意した。ちょうど森の奥から姿を現したゼネテスと共に、パンを頬張りながら今日の予定を話し合った。


 この日もずっと歩き通しの1日となった。昼食を取るために僅かな時間腰を降ろしただけの身体は、今にも悲鳴をあげそうだった。そんなラスティアの様子に、ゼネテスは少し早めに今夜の寝場所を決めた。
 道中何度か人の気配を感じて2人に緊張が走ったが、ゼネテスの素早い判断で戦闘になる事は無く、その分距離を稼ぐ事が出来た。目的の隠れ家まではもうそう遠く無いはずである。
 周辺を偵察に行っていたゼネテスが戻って来た。いつも胸をはだけ気味にして上着を着ている彼だが、今はベルトを外し、裸の身体の上に羽織っているだけの姿だ。おまけにその短い髪からはポタポタと水が滴っている。

「この少し先に小さな川があった。水でも浴びたかったら案内するぜ。」

 ラスティアの視線にそう応えたゼネテスは、こざっぱりとして既にちゃっかり水浴びを済ませて来た様子だ。

 歩き尽くめで火照った身体は、冷たい水の誘惑に逆らえない。

「大丈夫です。場所さえ教えて貰えば1人で行ってきます。」

 そう言うラスティアに、申し訳無さそうな顔をしてゼネテスは首を横に振った。

「残念ながらお前さんを1人で行かす事は出来ないな。ただでさえ危険だってのに水浴びじゃあ無防備すぎる。」

 そんな事を言われても、じゃあお願いしますとゼネテスと一緒に行く訳にも行かないだろう。しかし一度思い浮かべた水の感触は諦め切れない。
 そんなラスティアの気持ちはお見通しだと云わんばかりに、ゼネテスはフンッと鼻で笑った。

「生憎、俺は大人のレディが好みでね。おまけに子供の裸を見たいと思う程女に飢えている訳でも無いんだよ。」

 その言葉にあからさまにむっとした顔をするラスティア。

「ただ、ここは『可愛こちゃんを献上したい』なんて思ってる男共のアジトの側だろう?掴まっちまいたく無ければ、黙って俺に見張りをさせとくか、それとも埃まみれで我慢するか、どっちでも好きに選びな。」

 ニヤニヤ笑いでそう言い捨てるゼネテスを、物凄い眼で睨みながら、ラスティアは葛藤した。

「絶対覗きませんか?」

「おいおい、信用無いんだな俺は。先刻も言ったが、まだ胸も出て無いお子様には興味なんてありゃしないよ。それに俺は周囲に神経を配るのに忙しくて、覗き見してる暇なんてありゃしないよ。」

 呆れたような物言いのゼネテスに腹を立てて、ラスティアは勝手にずんずんと森の奥に向かって歩き出した。クックック、と喉の奥で笑いながら、大きな剣を首の後ろで両手で担いだゼネテスが後に続く。
 ほどなく川に辿り着いた。澄んだ水が夕日にキラキラと光る。
 少し離れた所に立ったゼネテスは、くるりとラスティアに背を向けた。ラスティアは暫くその背中を睨んでいたが、一向に振り返る気配は無い。確かに自分は彼にとっては興味の対象外のお子様でしか無いのだと思う事が、何故か無性に腹立たしかった。
 ラスティアは意を決して素早く服を脱ぐと、見るからに冷たそうな川に静かに身を沈めた。

 身を切るように冷たく感じた水も、慣れて来ると気持ちがいい。何度も水の中で身体をこすり、頭まで水中に沈んで髪を洗う。そのうちに見張りをするゼネテスの存在も忘れてしまった。

 十分満足するまで水に浸かり、立ち上がって髪を梳いていたラスティアの背後でゴホゴホッと、わざとらしく咳き込む声が聞こえた。ハッとして現実に帰って、ラスティアは両手で胸を被い再び水の中に身を沈めた。ゼネテスはああ言ったが、自分の胸は決して小さい方では無いと思うと悔しさが蘇った。ちらっと後ろを見ると、相変わらず律儀に背を向けたままのゼネテスが立っていた。

「済まんがもういい加減帰りたいんだがね。」

 眠そうにも聞こえるその声に、随分長い間待たせてしまったと気付いて、ラスティアは慌てて服を身につけた。

「ご、ごめんなさい!」

 赤面してゼネテスの側に走って来たラスティアの濡れた髪を軽く引っ張って、ゼネテスはニッと笑った。

「生き返ったみたいな顔をしてるぜ、お前さん。」

 付いて来るなだのと勝手を言った事も棚にあげ、のんびりと水浴びをしていた自分に、機嫌を損ねるでもなく優しく笑ってくれるゼネテスは、やはり大人なのだとラスティアは思った。

「......大人なんですね。」

「ん?またその台詞かい?」

 昨夜も聞いた呟きに苦笑いする。

「お前さん、確か今15だったよな?俺とじゃ10も歳が違うんだ。少し位大人の所が無きゃ俺が情け無いだろ?」

「私はもうすぐ16です!」

 むきになってそう言うラスティアをじっと見て、ゼネテスはうん、と頷いた。

「確かに前言撤回だな。......お前さん胸はけっこう育ってたよ。」

「!!!!!やっぱり見てたんだ!!!!!」

 真っ赤になってゼネテスの胸に拳を打ち付けるラスティアに、冗談だよ、冗談。とゼネテスは降参のポーズを取った。
 真っ赤になって食って掛かって来るラスティアの表情に、ゼネテスはやっと父親の死のショックから立ち直りつつある、少女の心の手ごたえを感じていた。そしてこの少女が再び笑顔を取り戻すために、どうあってもルルアンタを無事見つけ出さなければ、と思うのだった。


***********


 とうとう、その洞窟の入り口を見つけたのは、次の日の夕方に近い時刻だった。
思ったより多い人数が、周りを警護しているのが見えた。その上入り口も二つあるようである。

 「俺が囮になって彼奴らを引き付けるから、その間にお前さんは右の入り口から中に入るんだ。」

 そう言ってゼネテスが飛び出して行こうとするのを、ラスティアは思わず引き止めた。

「かなりの人数ですよ、大丈夫ですか?」

 これから先の自分の危険を考えず単純にゼネテスの身を心配するラスティアに、ゼネテスは素直に愛しさを覚えた。

「お前さんだってこれから先は独りだ。十分に気をつけて行ってくれよ。」

 そう言って、大きな手で柔らかい金の髪をくしゃくしゃっとかき回す。しばしその白い顔を見つめてからふっと微笑んだ。それはラスティアが今まで見た中で、一番の優しい笑顔だった。

「ほんじゃ、ま、行くとしますか。」

 呑気な台詞を残してゼネテスは一気に敵の中に身を踊らせて行った。


 その姿が見えなくなる程の敵に囲まれたゼネテスが、大きな剣を振りかざして次々と敵を倒して行くのが見えた。その勢いに、ラスティアが進もうとする入り口の男達までがゼネテス目掛けて駆け出して行った。
 ラスティアは隙を付いて走り出し、迷宮に走り込んだ。それから何処をどのように走り、どう戦ったのかラスティアは覚えていない。荒い息に肩を大きく上下させ、ふらつく足に鞭打って進んだ。
 開けた扉の向こうに今までの敵とは何処か違った雰囲気を持つ男が立っているのを見て、此処が最後の部屋だと直感で思った。

「ルルアンタを何処へやったの。」

 怒りに震える声でそう言うラスティアを小馬鹿にしたように、男は応えた。

「ルルアンタ?ああ、あのリルビ-の小娘か。もう此処には居ないよ。へっ。今頃はエンシャントで何処かに売り付けられちまってる頃だろうぜ。」

 その言葉にラスティアは全身が怒りに震えるのを感じた。

「よく見てみりゃあ、お前もなかなかいい感じじゃねえか。いや、それどころかとんでもない上玉だぜ。」

 男達の後ろで不敵に笑っていた男がおもむろに口を開いた。好色そうな下媚た笑いを浮かべている。

「売り飛ばすなんて勿体無い。おまえは俺様直々に可愛がってやるぜ。どうだ?」

 数人の屈強な男達を従えて近付いて来る男を見据えたまま、ラスティアは縮まって行く間合にジリジリと後ずさった。
 戦い続けて来た両腕は、剣を構えているだけで微かに震える程疲れ切っている。

「それ以上近付いたら後悔するわよ。」

「はっ!言ってくれるぜ。心配するな、直ぐに良い思いをさせてやるからよ...。」 

  ラスティアに飛び掛かろうと男の膝が沈んだその時。

「生憎世の中はそんなに都合良くは行かないと思うがね。」

 何の気配もさせず、突然背後から響いた低い声に、思わず男達はハッとして振り返った。

 そこには普段と何にも変わらぬ様子で剣を肩に担ぐ、ゼネテスの大きな姿があった。

「もう、お前達以外に満足に動ける奴は残っていないぜ。」

 それだけ言うと、ニヤニヤ笑いを浮かべたままですっと腰を落とし、その両手剣を真横に薙ぎ払ったのだった。


***********


「よくやったな、ラスティア。独りで行かせて大丈夫かとも思ったが......。いらぬ心配だったようだ。」

 残った男達をラスティアの目の前で瞬時に倒してから、何事も無かったように笑ってそう言うゼネテスを、改めて畏敬の念を持ってラスティアは見上げた。
 駆け出しの自分とは、明らかに比べようもない力の差を見せつけられた思いだった。

「処でお前さんの方はどうだった。ルルは見つかったかい?」

 静かに首を横に振るラスティアは、先程男達が言っていた事を伝えた。

「そうか。出来れば一緒にいてやりたいんだが......。ルルアンタも一刻を争うだろうから、子供達は俺が独りでロストールまで連れて行こう。お前さんは先にエンシャントヘ行って、そこら辺の探りを入れておいてくれないか。」

 危ない所を助けられたばかりのラスティアは、ゼネテスの言葉に正直心細さを覚えた。しかしそれを口にせず、黙って頷いた。
 血飛沫と埃に汚れたラスティアの頬に、そっとゼネテスの固い手が触れる。

「いいか、決して油断はするなよ。俺も急いでエンシャントヘ向かう。だから......。」

 頬を滑る手がそのまま、わずかに開いた唇をなぞった。

「行動をおこすのは、出来るだけ俺が行ってからにしてくれ。...いいな?」

 最後は囁くようにそう言ってから、頷くラスティアに向かって、『エンシャントで。』と言い残しゼネテスは足早に去って行った。

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2003.9.24 UP

***********

やっと此処まで来ました。
まだまだ書きたい所はあったんですが、泣く泣く削りました......
機会があればその内また書きたいと思います。

いよいよエンシャントです。
このイベントは、プレイしててもゼネさんカッコ良すぎで、もう何度でもリプレイしたい位でしたよ。

...と言う訳でまだ続きます。
宜しかったらおつき合い下さいませ (^∇^;ゝ

璃玖


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