ミューンの森~Forest of Mune~

ミューンの森~Forest of Mune~

♪Shall We Dance?♪



♪ Shall We Dance?  ♪

1.



「どうかティアナの一生のお願いです。うんと言って下さいませ。」

 王宮の王女を訪ねたラスティアに、開口一番必死の形相で王女はそう言い出した。
 それは来週開かれると言う舞踏会にラスティアも出席して欲しいと言う、無謀きわまりないお願いであった。
 いつに無く真剣な大きな瞳に懇願されて、ラスティアは思わず答えに詰まってしまった。その一瞬のためらいに承諾の可能性を感じたらしい王女は、更に語気を強めラスティアに詰め寄った。

「お願いですわ。ラスティア様が一緒にいらして下さるなら、ティアナはお母さまのお言い付け通り舞踏会に出席する。そうお母さまにも約束したのです。つまりこれは、お母さまからのお願いも同じなのですわ。」

 大御所エリス様の名前迄出されてしまっては、無下に嫌だと突っぱねる事も出来ないではないか。さすがエリス様自ら「私も手を焼く程の娘......」と仰っていただけの策士である。

「だから、どうして私なのですか。」

「だってティアナはラスティア様の事が好きなのですもの。」

 真剣な顔してそんな事を言わないでくれる......?

「でも私は貴族ではありませんし、出席出来るだけの用意など出来はしません。」

「それは御心配に及びません。全て私にお任せ下さい。」

「礼儀作法なども不得手ですし...」

「今回は舞踏会だけですもの、たいした作法など必要ありませんわ。」

「そこです!私はダンスなど全く踊れませんから...。」

「......それは、確かに問題ですわね。でも大丈夫!私がリード致しますから!」

「............え......?」

 ちょっと待って。今なんて言った?

「ティアナ様、もし私の聞き間違えで無ければ、今ティアナ様がリードする、とかおっしゃいましたか?」

「はい!」

 眩しい程の笑顔できっぱりと言って退けられて、ラスティアはその場にへたり込んだ。

「つまり、私にティアナ様のパートナーになれ、とそう仰るのですね?」

「はい!」

 無邪気な笑顔だ.......。

 結局思い付く限りの言い訳を並べてみたものの、こと頼みごとにおいてラスティアが王女に勝てる訳は無く、結局勢いに押されるまま、気が付けばラスティアは舞踏会に出席する事は勿論の事、踊った事も無いダンスの特訓を受けると言う名目で、毎日城へ通う約束迄取り付けられてしまっていたのである。


 ハァ~。

 宿に帰ってからため息ばかりつき続けるラスティアは、ルルアンタにだけは事の次第を話したのだが、今度は二人してため息を付く羽目になってしまった。
 男顔負けに活躍しているラスティアでも、元を正せば年頃の女の子。何が嬉しくて男装してお相手をしないといかんのだ。
 おまけにいくら並外れた運動能力の持ち主だとはいえ、一度も踊った事のないダンスをたった一週間で物にしなければ成らない。こればっかりはすぐにどうにかなるものでは無い。舞踏会ともなれば名立たる貴族が一同に会するのだ、下手な事をすれば自分が恥を掻くだけでは済まされない。自分を出席させた王女の顔にも泥を塗る事になるのだから責任重大である。

「ゼネテスっていう許嫁がいるってのに、どうしてあたしがお相手なのよ。」

 口に出して言ってから、いや、やっぱっり私がお相手を致します。と思い直した。いくら形ばかりの婚約者だと言っても、ゼネテスとティアナが手に手をとって公衆の面前で踊りまくる、と云う図は想像すらしたく無い。

「なんだかんだ言っても、ラスティアはティアナ様が好きだからねぇ。」

 呆れた様にそういうルルアンタの声に再びため息をつく。
 そうなのだ。ラスティアは初めて会ったその時から、ティアナの事が好きになった。太陽のように美しく輝いている少女にある種の憧れを感じた。高貴な立場にあると言うのに驕らず細やかな心遣いを見せる王女に、友情さえ感じた。

「あれだけ頼み込まれちゃあ、誰だって断れないよ。おまけにエリス様迄面白がっちゃってさ。」

 ティアナにとってゼネテスが、王宮で頻繁に行われる舞踏会に一度も顔を出した事のない名ばかりの婚約者だとはいっても、それが他の貴族が王女に安易にダンスを申し込める理由には成らない。踊る事すら出来ず、ひたすら壁の花になって過ごすパ-ティ-が楽しいはずも無く、最近ではすっかり公に姿を出さなくなった王女にエリス様は手を焼いていた。どうにかして王女を舞踏会に引っ張り出そうとあれこれ画策していた時、当の王女の方からラスティアをパートナーに、との話を持ちかけて来たのだった。
 王女が他の男性と出席すると云う事はあまり好ましい事では無い。しかしラスティアはどんなに男らしく見えたとしても、本来は女性である。王妃もラスティアを可愛く思っている事もあって、とんとん拍子にこの話は現実になってしまったのだった。

「はじめての舞踏会が男役なんて、可哀想すぎるよね、私。」

 そう呟くラスティアに、初めてとか2度目とかの問題じゃ無いんですけど、と心で呟きながら、でもきっとそん所そこらの男よりかっこいいのは間違い無いとにんまりするルルアンタであった。


***********

 それから、舞踏会が開催される迄の一週間、ラスティアは毎日お城への白い石畳を登った。朝から夜遅く迄、王宮でティアナ付きの女官からダンスや礼儀作法を叩き込まれていたラスティアには、とてもその後スラムにゼネテスを訪ねるだけの元気は残っていなかった。せっかく同じ街に居ながら会えない日が続く。初めは照れくささもあって、会わなくたって良いや、と思っていたラスティアだったが、さすがに少し寂しかった。
 ゼネテスが隠していた彼の身分と王女との婚約については、先日本人から詳しく聞かされたばかりだった。彼に対してほのかな恋心を抱いているラスティアには随分辛い現実だったが、平民の自分達とは違った世界に身を置く彼の立場と言うものも少しは理解出来る。当事者の心とは関係なく政事に弄ばれる貴族と言うものも哀れだと思った。
 ゼネテス本人から「気になって仕方が無いのはお前だけだ。」と告白を受けたのはその時の事だった。
 今思い返しても頬が熱くなる。独りになって思い返しては、「キャ~!」と叫ぶ事などしょっちゅうである。

「まあ、好きだ、とはっきり言われた訳じゃ、無いんだけどね。」

 「気になる」これは随分曖昧な言い方で、取り様によっては様々な解釈が出来るではないか。思いっきり解釈して「愛している」と取れない事も無く、それでいて都合が悪くなれば只単に面白いやつだ程度、と逃げる事も出来るだろう。
 やっぱりあいつはずるいやつだ、と心にも無く言ってみたりする。

 あの告白を聞いた途端現れなくなったラスティアを、ゼネテスはどう思っているのだろうか。宿にゼネテスが訪ねて来た、とルルアンタから聞いたのは1度や2度では無かった。事情を口止めされているルルアンタは、ゼネテスにラスティア不在の理由を言う事も出来ず、さぞかしその対応に苦慮した事だろう。

 とうとう舞踏会を明日に控えて、より一層熱のこもったダンス指導に疲れ果てたラスティアは、王宮からの帰り道、崩れるように道ばたのベンチに腰を降ろした。
何とか、恥ずかしく無い程に形が出来たと、女官は満足そうだった。そりゃあそうだろう。これだけ努力を重ねたのだ、それぐらいは言ってくれたってバチは当たらないというものだ。
 今日は明日の衣装合わせも行われて、ラスティアは我ながら鏡に写る自分の凛々しい姿に、惚れそうになったくらいだった。

「......あほらし。早く帰って寝よ。」

疲れた身体を引きずるようにして宿に辿り着いたラスティアはそのまま倒れるようにベッドに突っ伏して、曝睡したのだった。


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2003.10.16  UP

************************
あれ?最初はゼネさんとの話で書いていたのに、
書き直し書き直しで気が付けばラスティア男役......
ベル薔薇のオスカル様のイメージで...(古い)(ノ_-;)ハア…



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