ミューンの森~Forest of Mune~

ミューンの森~Forest of Mune~

初冬の風



「 初冬の風 」


1.



 石造りの小さな窓から、すっかり葉を落とした木の枝が揺れているのが見える。

 ねぇあなた、また季節が巡ったわ。

 あなたと最後に会ったあの日から、もう三回目の冬がやって来るのね。

 無意識に、また深いため息をついてしまって。
 駄目ね,私。

 ベッドの他には小さなチェストとその上の古ぼけた鏡しか無い殺風景な私の部屋。

 あんまり何にもなくて可哀相だと、あなたは数ヶ月に一度ここに来る度に、私に小さな贈り物を持って来てくれた。
 最初にくれたのは、そうお人形だったわね。
 いったい私をいくつだと思ってるの?
 少し拗ねてそう聞くと、
「でも君はいつも寂しそうだから」 
 って、あなたは小さく笑って言ったよね。
 あの時わたし、17だった。

 時にはお菓子だったり
 花だったこともあったわよね。

 お土産なんてどうでも良かった。あなたに会うことが出来るなら、その一瞬の為にどんなことでも我慢が出来る、そう思ってた。

 古い木の窓枠から初冬のキンとした風が漏れて来る。
 その冷たさにベッドに置いていたショールを取って身体に巻き付ける。
 外の寒さに似つかわしく無く大きく開いたドレスの胸元。そこに揺れる小さな小さな首飾り
 女将さんには、もっと相応しい豪華な物に変えなよ,って何度も言われたわ。
 そう、今じゃわたし、この辺りでは一番の売れっ子になちゃったのよ。
 欲しくも無い宝石を手にやって来る男達も、沢山いる位なのよ。

 でも私には、これに変わる物など存在しない。
 だってそうでしょう?これはあなたが、あなたが私にくれた物なんですもの。

 この街であなたの名前を聞かなくなって,三年目。丁度あなたがわたしに会いに来てくれなくなったのと一緒ね。
 人はなんだかんだと噂をしていたようだけど,私は信じないし聞こえない。

 ふふふ。
 真実なんてどうでもいいのよ。あなたはいつか来てくれる。
 そうわたしが信じていること、それで、いいのよ。

 もう昔みたいに花を飾る事も、あなたの好きだった香を焚く事もない。
 それでも私はあなたを待つことを止めないでいる。 
 こうしてあなたに話しかけながら、無意味な毎日を生きている......。


 そうそう、最近この街で金の髪をした娘の噂をよく聞く様になったの。
 最近では「竜殺し」なんて、若い女の子には相応しく無い呼び名迄ついたらしいわ。
 昔あなたの後を良く追いかけていた、ピンクの服着た小さなリルビーの女の子がいたでしょう、あの子と良く似た仲間を連れた、綺麗な子よ。

 それがね、おかしいのよ。
 酒場に来る客が、よく私に似ているっていうの。
 その「竜殺し」と私がよ。
 髪の色とか瞳の色とか、何処か寂しそうな、遠くを見るような表情が、とても似ているんですって。

 冗談じゃないわよね。私みたいな日陰の存在と似ているなんて、その冒険者に失礼ってもんよね。
 似ている筈が無いじゃない。


 もうすぐ酒場が開く時間になるわ。
 大丈夫、今夜は昨日みたいに飲み過ぎたりしないわ。
 いつもあなたが心配してくれていたものね。自分を少しは大切にしろ、って。

 昨日は特別なのよ。

『お、見てみろよ、今噂してた竜殺しがいるぞ』

 そんな客の声に、無意識に向けた私の目に飛び込んで来た、あの子を見てしまったから......。

 黄金色の髪、意志の強さを映した瞳。

「娘は死んだ妻に生き写しでね......」

 うそつき。

 あなたはそう言っていたのに、あの子はあなたにそっくりだったわよ。
 私に似ていると言う、竜殺しの娘。

 生きていくことの苦しみに押しつぶされそうになったあなたの思いを、只身体で受け止めることしか私には出来なかったけれど、

 それでも私は、心からあなたを愛していたのよ。


 ねぇ、少しはあなた、私のことを愛してくれていた?
 道端に咲く小さな花くらいには、きっと想ってくれていたわね...?

 ああ、女将さんが呼んでいる声がするわ。もう下に行かなくちゃ。
 今日もわたしはお酒とまやかしの愛を振りまいて男達の間を泳ぐ。

 その旅の匂いに、その疲れた瞳の色に、あなたの面影を探しながら......



Fin

2004.10.26 UP
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思いっきりオリキャラのお話しです
苦手な方、ごめんなさい。

以前に書いた、ラスティアの子供の頃のお話しに、ほんの少しだけ登場した娼婦のお話しです。

お話し、というより独白、ですね。

本当はもっと具体的なお話しを書いていたのですが、ちょっと具体的すぎると、こういう形に描き直しました。

書き始めてから数ヶ月、出来上がってみたら、何だこんな短いお話かい!!って自分に突っ込み入れてみたりして。

少し、と云うか、とても悲しい女の人です......。    


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