ミューンの森~Forest of Mune~

ミューンの森~Forest of Mune~

金色の智者



「 金色の智者 」



「おう、ゼネさん。久しぶりじゃないか。......えぇっと、五日振りかい?」

 スラム街の奥にある酒場の朽ちかけた扉を開けた途端、聞き慣れた野太い声が俺を迎えた。

「うるせぇな。」

 自分では全く不機嫌なつもりは無いのだが、口をついて出た台詞には刺があった。夕暮れ時のせいで、入り口から奥にいる筈のそいつの顔は見えないが、どうせにやにやとからかう様な顔をしているに違いない。
 大股で奥のカウンターに向かうと、案の定親父は定位置で薄ら笑いを浮かべて俺を迎えた。

「何か仕事で町を離れていたのかい?」

 洗ったグラスを麻の布で手早く拭きながら、親父は俺の顔を楽しそうに見て言った。

「そんなんじゃねぇよ。」

 俺はわざと乱暴にカウンターの前に腰を下ろした。
 古びた木の椅子がギシッと悲鳴を上げる。

「何時もの......いや、今日は酒はやめとくか......。」

「何言ってんだい。お前さんらしくも無い。」

 親父は俺の台詞なんておかまい無しだ。
 目の前に酒が注がれたグラスを差し出して、下手くそなウインクをしやがった。
 「やめとくか」と言った舌の根も乾かないうちに一気にグラスを空ける俺も俺だな。

「そうそう、3日前にここへ来た冒険者が言ってたんだが、ラスティアは今度は「南の谷」での仕事を軽くこなしたそうだよ。」

 親父は空になったグラスにもう一度酒を注ぎながら、話し始めた。

「......別に教えてくれって言ってないがな。」

 南の谷といえば、風桜の実の仕事だろうか。

「まあ、そう言うな。可愛い女の子の率いるパーティーが、大の男の受ける依頼を軽くこなすって、評判もうなぎ上りだっていうぜ。育ての親のお前さんとしては鼻が高いってもんだろ。」

「誰が育ての親だ。」

 吐き捨てる様に言ってから少し後悔する。
 俺はこいつが嫌いな訳じゃないんだ。と言うよりむしろいい友人だと思ってる。この酒場だって第二の俺の家だと言ってもやぶさかではない。
 ただな。

 最近この親父は、酒場に来た冒険者が話すあいつの話題をかき集める事を至上の喜びとしているらしいのだ。

 俺の手を離れて冒険者として独り立ちした、雛鳥の様な娘。
 まだまだ頼りないあいつを、ルルアンタと二人きりでこの世界に送り出したのだ、心配じゃないと言ったら嘘だ。
 だから最初のうちは、ほんのたまに耳にするあいつの噂話は嬉しかった。本当さ。
 時折ロストールに戻ってはこの酒場に俺を訪ねて来るラスティアの、次第に逞しくなって来る様子が嬉しかった。可愛いと思った。
 あいつの様子を知る事が出来る「噂」もいいもんだと、そう思っていた。

 それが半年経ち1年たって、ひよっこだったあいつの通り名が「金色の智者」となったこの頃ではどうだ。前はほんの時々耳にする程度だった噂話が、耳にしない日は無いと言うくらいになっちまった。
 まるで我が娘の事の様に、冒険者からあいつの話を聞く度に自慢げに昔話を披露するこの親父は、つくづくいい奴だよ。だがな。

 何をしようが楽しもうがこいつの勝手だが、俺の顔を見る度にいちいちそれらを報告しやがるのはやめて欲しいと思うのだ。

 やれどの街でどんな依頼を受けただの、どこ其処で怪我をしたらしいだの。
 人の噂なんて当てにならんもんだが怪我をしたと聞けば気に掛かるだろう。
 俺はそんな不安の元は聞きたく無いんだ。

「なあ、ラスティアがしっかりやってるって事は十分に判ってるよ。あいつはよく頑張ってる。そう、信じられない程に。いい仲間も見つけた。もう俺の手を離れた一人前の冒険者さ。」

 二杯目の酒も一気に飲み干す。袖口で顎に垂れた酒を拭いながら、俺は知り合ったばかりのあいつの顔を思い出そうとしていた。

 父親を亡くして涙に暮れていたあいつは本当に頼りな気に見えた。
 一体あの細い身体のどこに、無限のソウルを閉じ込めていたのだろう。

「あいつはしっかり自分の運命を生きている。俺は時折そんなあいつがここを訪ねて来て、馬鹿な話しをしていく、それだけで十分だと思ってるのさ。」

 そう、それで十分だと、そう思ってるのさ。

 だから。

 俺にあいつの噂話はいらない。

「親父、金、ここに置いとくぜ。」

 引き止めようとする親父の声を背中に、俺は酒場を後にする。
 きっとそう遠く無い未来に俺の前に姿を現すだろうあいつの、また一回り成長した姿を思い浮かべながら、俺は今まさにスラムの朽ちかけた家々の向こうに沈まんとする夕日をじっと見詰めた。

 この広大な大陸の何処かで、ラスティアも同じ空を見上げているだろうと、そう思いながら。


2004.11.30 UP
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ゼネさん、お誕生日おめでとうございます
と言いつつも、ゼネさんに何にもいい事起こってはいませんが。
お誕生日までには、きっとラスティアはゼネさんに会いに帰って来る事と思います。

「剣狼祭」おめでとうございます


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