ミューンの森~Forest of Mune~

ミューンの森~Forest of Mune~

共に語ろう



「 共に語ろう 」


1.



「ねえねえねえねえねえ、レムオーーーン!』

 物凄い勢いで扉を壁に叩き付けて、シャルビーがレムオンの執務室に飛び込んで来た。独り静かに机上の分厚い書類と向き合っていたレムオンは顳かみをぴくぴくさせながら書類に目を落としたまま頭を振った。
 そんな義兄の様子等気に掛ける由もなく、埃と外の匂いを身に纏ったシャルビーは勢い込んでレムオンの机にゴム毬のようにぶつかって来た。

「ねえねえ、レムオンって物知りだし顔も広そうだし貴族だからあの人の事は勿論知ってわよね?でも直接会った事がある?喋った事ある?戦った事ある?ねえねえねえ?」

 仮に、だ。仮に返事をする気があったとしても、この全く口を鋏む間等ない勢いのシャルビーに、一体どのタイミングで何と答えれば良いのだろう。レムオンはじっと目を閉じたままで、内心の怒りを抑えつつ静かに深呼吸した。
 このレムオンの行動は、彼の常識では考えられない目の前の光景に必死に耐えているからに他なら無いのだが、そんな事はシャルビーには通じないらしい。

「ねえってば?聞いてる?ねえ、レムオンってば!」

「......うわっ。」

 いきなり机を鋏んだ反対側からシャルビーはレムオンの顔を両手でがしっと掴んだかと思うと無理矢理自分の方に向けさせた。勿論かなり大きな机だから、シャルビーは上半身を机に乗り上げた形である。書類の束が幾つか床に落ちる音がレムオンの耳に届いた。
 さすがのレムオンも全く予想外のこの行動にうめき声をあげるしか無かった。。

「......聞いてンの?」

 てのひらさえも入らぬ程の距離でシャルビーの大きな瞳に見据えられて、不本意にもレムオンの白い顔がかすかに朱に染まる。その頬の熱さに更に頭に血が登って、彼らしくもなく声を荒外た。

「シャルビー!全く品が無いにも程がある!一体何を考えているのだ!セバスチャンもセバスチャンだ、此処に入る前にどうしてこの娘を止められんのだ!」

 言う間でも無くシャルビーの後を追って来たのであろう執事の姿を視界の端に捉えて、レムオンは憎々し気に彼を睨み付けた。

「申し訳ありません。お止めしようとしたのですが......。なにしろ風の様な方でして.....。」

 確かにこの娘は足が速い。いや、逃げ足が速いといった方が正解だ。
 最近この娘に付いたらしい通り名が『金色の風』と云うのも頷ける。

「セバスチャンを責めないでよ!文句なら私に言やあイイじゃ無い。」

「どれだけ言ってもいつもお前が聞かぬから彼に言っているのだ!......それから、どうでも良いがいいかげんこの手を離したらどうだ。」

「......あっ、ごめん。」

 レムオンの言葉に珍しく素直に従って、シャルビーは義兄の顔を鋏んでいた手をさっとどけた。それから机を廻り込んで、
 レムオンの足元に落ちた書類を拾い上げた。ハンカチで頬を拭きながら心持ち乱れた服を直して、レムオンは椅子に座り直し姿勢を正した。

「......それで、私が何を知っているかと聞いている?」

 咳払いをしてから、いつもの仮面の様な顔に戻って、レムオンはシャルビーに向き直った。

「それよそれ!あのね、『ネメア』って人勿論レムオンは知ってるんでしょう?」

 不本意ながら義妹となった平民の娘の口から、思っても居なかった人物の名が語られて、レムオンは思わず目を見開いた。

「......勿論だ。何を言っているのだ。知っていて当たり前だ。......しかしこの私にそいつと戦った事があるかと聞くのはどうかと思うが?あったとしたらそれこそ一大事だろう。」

「そうなの?」

「......全く始末に終えんな。......まあいい。それで、その男がどうしたと言うのだ。」

 投げやりなレムオンの口調等意に介さず、先を促してくれた事に気を良くしてシャルビーは破顔して喋り出した。

「イイ男だよね~。ねえ、レムオンもそう思わなかった?」

「何で私がそう思わねばならんのだっ。」

「だって、ほんっとにイイ男だったんだもん。強くってさ~、渋くってさ~。大人の男っていうの?もう威厳に溢れてて。でもちっとも威張ってなんか無くって。見た目もそうだけど、中身もほんっと男の中の男だよね~。」

 うっとりしたように語り続けるシャルビーに、どんどん機嫌が悪く無っていくレムオンは、一体お前は世の中のどれだけの男を見て来たつもりだ、とか、あの歳なのだから大人の男で当たり前だろう、とか、それは私に対する嫌味なのか?とか心で悪態をつき続けた。自分でもよくこの目の前の小娘を叩き出さずに耐えていられるものだと、最近の自らの忍耐力に感心してしまう程だ。

「......それでお前は一体私に何を言って欲しいのだ。その男を紹介して欲しいとでも言うつもりか?」

 是だから女と言うものは下らない生き物なのだ、と思いながら呆れたような視線をシャルビーに向けた。ちょっと見た目がイイとか、ちょっと逞しい身体をしているとか、ちょっと声が渋いとか......。

「いやだア、まっさかー。そんな訳無いじゃ無い。たださ、いつもレムオンが旅先での出来事を話して聞かせろって言うからさ、強い男の話なんてきっと聞きたいだろうって思ってさ。」

「......私の聞き違いかもしれんが、今の話の何処が『強い男』の話なのだ?お前の口からは『イイ男』しか出てこなかったと記憶しているのだが...?」

「あれ?そうだったっけ?」

「......話がそれだけなら私は忙しいからもう...」

「だからさあ、あのね、私がエンシャントのギルドでさあ......。」

 『...部屋から出てくれないか』と続くはずだったレムオンの台詞等全く無視したシャルビーは、目をきらきらと輝かせてその男に出会った時の光景を事細かく報告し始めた。
 思いきりため息を付いて、顳かみに手をやりながら小さく頭を左右に振るレムオンの様子に、シャルビーの背後に控えた執事が『どう致しましょうか?なんでしたら私がつまみ出しますが』と目で語り掛けてくる。レムオンは何故か即答せず暫し考えてから、『構わん。下がってよい』と目で合図した。その常ならぬ心境に我ながら驚いてしまう。
 普段この野生児の様な女の事を考えると、あの時とっさの判断で義妹に仕立て上げた自分の行動を後悔したりもする癖に、こうしていざ本人を目の前にすると、大きな瞳に宿る無限の可能性のようなものにどうしても魅かれずにはいられない自分がいる事を思い知らされてしまう。何処をとっても自分の好みとは掛け離れている娘なのに。
 がさつで品が無く、取り柄といったら.......さて、何処にあるのやら?この周り等気にしない迫力、バイタリティー位......だろうか?
 まあ、明るい金色の髪や、それなりに見られん事も無い風貌や、年相応に、いや多分それ以上に発達しているような姿体など、これから相当な努力をして磨けば光らん事も無いだろうが。

「だからァ~、聞いてるの?レムオンってば!」

 つい物思いに更けってしまった彼の両頬をまたがしっと鋏んで、シャルビーが耳許で自分の名を叫んだ。

 今の今まで頭の中で色々と思い巡らせていた本人の顔を正に目の前にして、レムオンは再び冷静な仮面を崩した。

「......あっれ?レムオン何か顔赤くなって無い?」

「五月蝿い!そんな事ある訳なかろう!それからどうでも良いが私の事はお兄様と呼べといつもいっているだろう。まだ判らんのか!」

 自分が動揺した事を誤魔化そうとした訳では無いのだが、つい声を荒外てしまってその態度が逆に自分を不利にした事に更に憤慨する。

「やだあ、”お兄様”だなんて、全くあたしの柄じゃ無いわよ、口が腐っちゃうわ。そうでしょう?」

 屋敷の者なら誰しも震え上がるであろうレムオンの怒鳴り声を一笑にふしてしまうシャルビーのこの豪快さも、取り柄と言えば取り柄なのだろう。

「そうねえ、どうしてもレムオンが駄目ってんなら”にいちゃん”とか”アニキ”っていう言い方もあるけどさあ......。もしくは”あんた”、とか......」

 やっぱり自分の判断は狂っていたのだ。どうしてあの時出会ったのがこいつだったのだ。どうしてもう少しマトモな奴じゃ無かったのだ?

 レムオンは自分の人生を呪いたくなった。
 不本意ではあるが、少しばかりチャカの気持ちが判るような気がするぞ......。あいつがどんどん不憫に思えて来るではないか。

「.....もうよい、レムオンで。レムオンと呼べ。だから決して他の呼び方では呼ぶな!!」

 半分諦めの境地でそう言ってからシャルビーに目をやると、以外にも満面の笑みを浮かべて嬉しそうにレムオンを眺めている。

「............何だ......?」

「あたしってずっとチャカと二人で生きて来たじゃ無い。あのこはかわいい弟なんだけどさ、何といってもまだ子供じゃ無い。なかなか大人の会話ってのが出来なくてさ。こんなふうに語り合えるのって、嬉しいな。」

『これは語り合っている、と言うのか?』

 懸命なレムオンは勿論口にこそ出さなかったが心でそう突っ込んだ。勝手に悦にいってうれしがっている義妹を眺めながら、早くに親を亡くし幼い弟を抱えて生きて来たシャルビーと自分には、ほんの少しだけだが共通点もあるのだな、と考えた。

「たまにはさ、こんなふうに共に語り合おうよ。」

「天真爛漫とは、お前の様な奴の事を云うのだろうか。」

「...それって誉めてンだよね?」

「好きに考えろ。」

「羨ましいんでしょ、レムオン苦労性だから。」

「誰がだっ!」

「嬉しいなあ、『おにいさま』とこんなに楽しくお話出来るなんて。」

「............」

 天真爛漫なのか、物凄い策士なのか、もうレムオンにとってはどちらでも良かったが、この無限のソウルの持ち主は是から先もこんな風に自分を苛立たせ悩ませ続ける存在になるのだろう。

 それもまた、悪くは無いのかも知れない。

 そう考えた自分自身が、既にこの娘によって変わり始めている事に、まだ本人は気付かない......。

 運命は動き始めた。この娘と共に。レムオンと共に。世界と共に。

 それならば、共に語ろう。

 他愛も無い日常を。

 大いなる世界を。

 この娘と共にーーー。



 ......いや、世界は語れん、か。


HOME



2003.12.7 UP
********************

寝込んでしまう前に書いていたものの、頭が溶けてしまって推敲出来ず、やっと今日あげる事が出来ました。何と云うか、中途半端なギャグ...のような...?

すみません......。


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