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西に低気圧が発生すると体がだるくなる。気象病である。つねづね母が言っていた「らっきょうを漬ける時期は体が辛い」。母の頃は気象病などと言う言葉はなかった。母は辛かっただろうな。その母の体質を受け継いでしまった。だるい。頭も重い。やりたい事はあるが気持ちが追い付かない。朝、がんばって起きる。洗濯機を回しながら朝ごはんを作って食べる。20分ほど寝る。洗濯物を干す。濃いめのコーヒーを飲む。やっと頭と体が少しだけ楽になる。足が冷えていまだに湯たんぽを入れている。元気になりたい。連休も後半。なんの予定もない高齢者の我が家。なんだけど、世の中のザワザワの空気がテレビを通して漂ってくる。気持ちがザワザワしている。はやく落ち着きたい。
2026年05月03日
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孫が熱を出して学校を休むことになった。娘も連れ合いも大事な仕事で休めないという。なら、私が孫の面倒をみに行くしかない。娘宅に着くと孫は平熱になって元気である。一日中、孫と遊んでクタクタである。テレビで録画してあったモンスターナントカというアニメを一時間半くらい見た。面白かった。ドリルをした。「ちはやふる」の漫画を読んだ。コナンの話をした。ドラえもんの話もした。バガボンの話もした。学校の話もした。学童ではちょっとトラブルがあるらしい。昼ごはんを食べて、ごろごろした。孫が先生になって、九九をされられた。一の段から九の段まで。五の段まではスラスラ言えたのだが六の段から怪しくなった。引き算をさせられた。頭の中での引き算は難しい。三桁ひく二桁になると出来なくなって降参した。ウノとトランプの七並べをした。私が勝つと怒ってしまうのだった。そして娘の仕事が終った。バスに乗って、電車に乗って、またバスに乗って我が家に帰ってきた。楽しかった。
2026年04月28日
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Tさんとお茶した。Tさんの弟さんは独り身で実家で両親と暮らしていた。Tさんの実家は遠方にあって両親は年老いてから施設に入っていた。Tさんは時々しか遠方にいる両親のいる施設に行くことが出来なかった。だから両親の老後は弟さんがみていたわけで。ご両親が他界したとき遺産の全ては弟さんに貰ってもらうことにしたそうだ。だけど、弟さんは遺産は二人のものだからTさんにも受け取ってもらいたいと言って。家を売るわけにはいかないからと現金と株券を渡されたそうで。そっか、、、、Tさんは遺産のすべてを弟さんにあげたい!!と思ったのだ。弟さんは2人のものだから2人で分けようと言ったのだ。互いに思いやったのだ我が家は遺産などという大げさなものではない。ただ、姉が土地も家も預貯金も全部私のものよ。と言う。それを聞いたとき言いようのない怒りのようなものが胸にこみあげた。姉は何故そんなことを言うのだろう。私のこの怒りのような気持ちは何故なんだろう?ずっと考えていた。そして、それは怒りでなくそう言う姉の気持ちを悲しく思ったのだ。私は悲しかったのだ。追記この数週間、考えてきた。頭の回転が鈍いから、気持ちの整理をつけるのに時間がかかり過ぎたけど。自分の気持ちをちゃんと話そうと思う。姉との関係が気まずくなるのが怖かったけど。そのことを言うのは姉に対して悪いように思ってしまっていたけど。姉との関係性が悪くなるのが怖かったけど。姉と気まずくなるのが怖かったけど。勇気を出して。「法律に則って分割したい」と言おう。お金ではなく、父と母が残してくれたものだから。大切にしたい。それは悪いことではないはず。姉が自分の老後が不安で心配でたまらないのならその不安を少しでも和らげることができるようにしたいと思う。
2026年04月21日
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窓の外は薄ぼんやりして頼りげない。なんだか、何をしていいのか曖昧な時をもてあます。この数週間、頭に血の気が上ったような状態で過ごしていたなぁ、、、、と思った。だけど、なんだかスッーと血の気がおさまってきた。冷静になってきた。何が一番の問題なのかがハッキリと分かったから。それは、姉に私の気持ちを伝えることなのだ。姉を怖がらないで、きちんと伝えることなのだ。そして、それを何時言うか。どうやって伝えるか。対面で伝えるか? 対面でつたえる時は姉と私だけで? それとも第三者を交えて? 第三者と言っても相応しい人が見当たらない。 それとも手紙で伝えるか?。何時? 何処で? どんなふうに言えばいいのだろう。どうやって文章にすればいいのだろう。考えよう。
2026年04月16日
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法務局の無料相談に行ってきた。口うるさい遠い親戚○×が言っていたことは間違いだった。私の言っていたことが正しいのだと法務局で確認できた。良かった。で、そのことを娘に報告すると娘は言った。お母さんはただ○×おじさんにマウントを取りたいだけでしょう。○×おじさんも、お母さんにマウンドを取りたいだけ。とりあえずその案件は延期できると確認できたのは良かったね。あとは裏付けをとってお母さんが自信を持って○×おじさんと向き合えるといいね。って言った。そう!!!私はナンノカンノと悩んでいたのは○×が何かと支配してくるのが嫌なのだ。○×が口出ししなければ大きく揉めることもない。はず、、、○×なんかに負けるもんか。どっと疲れた。
2026年04月14日
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私は小心者だから、もしかして検索ワードでこのブログを彼が読んでしまったら、ややこしくなるからブログには書けないよなぁと心配して。ブログを書けなくなっている。いやいや、そんな事はない、心配し過ぎでしょう!!と自分を笑ってしまうのだが。彼は高齢者でヒマを持て余しているようで。パソコンが出来る!!という事が自慢らしく。何かとネットで調べてる。遠い親戚で血も繋がっていない彼だがズカズカと我が家の相続について調べては口出ししてくる。ウザイ!!(はしたない言葉だが)というか、、、、、そもそも姉が法律事務所に相続税について相談に行ったところ我が家には相続税がかかるほどの資産はない!!と言われたそうで。なんだけど、土地がある。それについて、彼はなにかと口だししてくる。我が家の土地の評●価格など調べている。なんでやねん(はしたない言葉だが)姉との関係を崩したくないのだが、いずれ揉める。気が重い。私も高齢者だけど、、、、、、。ヒマではない、、、、、、。
2026年04月13日
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母の102歳の誕生日を姉と私とでお祝いした。あとから子供家族がビデオラインで参加したが話があちこちに飛んで耳の遠い母はただニコニコ笑っていた。小さなホールケーキに3本のローソク。100歳と2歳のつもりで。家に訪問してくださるヘルパーさん看護師さん往診の先生。これで在宅での看取りが出来る。とりあえず安心。あとは姉と私の体力をしっかり保って母をみるだけ。しばらくしてまた実家に行くことにしている。一人残される夫の食生活が心配だけど、頑張ってほしい。実家への交通費は往復でシニア割引を使っても5万円余りかかる。なんと、キャリーケースが壊れた。新しいキャリーケースは1万円、キッチンの蛇口が壊れた。取り替えに5万円。どうする我が家!! お金と体力と気力の問題ね。
2026年04月08日
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昨日は孫Kのダンス発表会、今日は孫Sのダンス発表会で二日間遠出をした。あちらのお母さんと、いまどきの子供のダンスってなんなんでしょう!!!すごいですねぇ!!!と言い合った。小学低学年なのに大人みたいに踊る。踊るっていう言葉が当てはまらない早いテンポで体を動かすわけで。もうすごかった。私など小学生のときオクラホマミキサーしか踊ったことない。実家に帰る。スマートシニアの航空券購入。空席がけっこう在るので寝ることにして、明日の朝に購入することにしよう。ずっと気持ちが重いのは姉と相続の話し合いをしなければならないからで。第三者がいてくれるといいのだけど、信頼できる第三者は意外といないもので。ほんとに気が重い。実家はパソコンがない。不便になる。
2026年03月08日
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一週間を振り返ってみる。日曜日 礼拝に行った。午後から美容院に行った。月曜日 確定申告に行った。帰りに丸亀製麺でうどんを食べた。火曜日 一日中雨で朝からクロスワードを解いて友達に電話して一時間近くおしゃべりした。 午後は佐野洋子さんの本を読んだり昼寝したりした。水曜日 花を植えた。年金事務所に行って申告した。図書館に行ったが学生でいっぱいだった。寝ている学生が多かった。ドトールでクラムチャウダーを食べた木曜日 お雛様を片付けた。紙類を仕分けして処分した。新聞の切り抜きも処分した。 午後は佐野洋子さんの本を読んだ。金曜日 スケルトンパズルと格闘した。解けなかった。録画したテレビを見た。洋子さんの本を読んだ。なんだかダラダラした一週間だった。生活がピリッとしていない日々をすごしている。来週から実家に帰る。難問が待ち受けている。土地の名義変更をしなければならない。姉は姉一人の名義にしたいと言っているのだが、、、、、。司法書士に相談することになるだろう。互いの考えの擦り合わせをすることになる。
2026年03月06日
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●アリョーシャの心から血がしたたった ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー読んでいた時はとても気持ちに刺さった言葉だったのに、こうして部分的に取り出してみると、そうでもない。やっぱり本の世界に没入しないと感情がついてこないような気がする。このアリョーシャとラキーチンのやり取りの後の章で「一本の葱」が出てくる。これって「くもの糸」とまったく同じなので、どうして??って芥川龍之介で検索したらドフトエフスキーに影響を受けていたそうで。そうなんだーとビックリした。数年前?に録画していた「100分で名著」の亀山郁夫さんの解説は本を読み終えるまで見ないようにしていたのだけど、、、、見てしまった。びっくりな解説だった。ドミートリーが犯人だと思っていたのに。今年中に読み終えられるのだろうか。時系列がこんがらがってしまわないように。ガリラヤのカナ。忘れないように。
2026年03月03日
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確定申告に行った毎年、私が申告していたのだけど、昨年は夫がネットで申告すれば簡単だからと夫が申告した。間違って申告していた。例年に比べて健康保険料など収める金額が増えていて何かがオカシイと市役所や税務署に問い合わせたら申告が間違っているのが分かった。なので、やっぱり私がしなければと申告会場に行った。スマホで予約して行ったのだけど待ち時間は長かった。待ち時間に本を読んだ。佐野洋子さんのエッセイ集「今日でなくてもいい」。面白かった。谷川さんのことをあの人は非常識じゃなくて無常識なんだとどこかのエッセイで書いていたように記憶していて。それで谷川さんのことを、ちょっと嫌いになっていた自分がいて。だけど、たぶん2人ともどこかフツーの人と違っていて、たぶんとても深い人たちだったのだろうなと思う。この本の中にこんなことが書かれていた。息子さんを出産したときに。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー初めておっぱいを飲ませた。赤ん坊は巨大な私のおっぱいに必死に小さい口をあてて吸いついて来た。健気で不憫でいとおしかった。私は泪がだらだら流れて来た。どんなことをしても私はこの小さなものを守らねばならぬ、と思った。そして突然、この子が八十になった時、その孤独を誰が慰めるのかと考えた。私は生まれたばかりの赤ん坊にお乳をやりながらその子の八十の孤独のために泣いた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー私は私の子供と孫の八十の時を思って泣きたい気持ちになる。この先の世界はどうなっていくのだろう。ほんとうにどうなっていくのだろう。どんな世界で子供や孫は生きていくのだろう。申告会場で、ご自分でパソコンに入力とマウスが出来る方は先に案内しますとアナウンスがあったので私は入力出来ます!!と言って順番より先に申告できることになった。パソコンの前に来てハタと困ってしまった。スタッフの人に「わたし、ひらがな入力しかできないのですけど」と言ったら「頑張ってローマ字入力してください」と言われた。どうしても、小さい「ょ」のローマ字が分からない。仕方ないから住所の人形町を、ひと、かたち、まち と打った。成功した。そんな感じで切り抜けた。娘には「ひらがな入力」していることを笑われている。
2026年03月02日
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2月もおわり。道端に咲いていたクロッカス。 長かったようにも短かったようにも思う2月がおわる。体調が悪かった。でも、いろいろやった。いろいろ考えた。いろいろ悩んだ。なんとかしのいだって感じかな。3月もいろいろある。体調はイマイチだけど気持ちは強くもっていないと頑張れない。がんばろ!!!!
2026年02月28日
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どうもウツ傾向にあるらしい。どっぷりウツではない。家事はそれなりに出来ている。このどんよりした気持ちは何なんだろう。夫がバイトを辞めて数か月になる。夫が居ることで生活リズムが変わったことも関係しているのだろう。元来、パーソナルスペースをしっかり取りたい私にとっては、、、、、。シンドイ。母を老々介護をしている姉のこと。姉一人では母の介護が限界になってきている。実家に帰って母を介護したいのだけど夫を一人には出来ない。世間の人はご主人を甘やかしすぎよ。って言う。夫のことを知らないからそう言える。なんというか、夫をこわがっている自分がいる。何がこわいのだろう。 結婚○周年だと花をプレゼントしてくれた。「これからも宜しく」と夫は言った。ありがとうと私は言った。でも、違う、違う、そうじゃない!!と心の中はフリーズした。お花なんか要らない。お酒を止めてほしい。体のためにも経済的にも。いや、体のことなんかとっくに心配しなくなっている。何十年も心配してきたからもう心配するのは止めた。ただ経済的なことが心配なだけ。って酷い話だけど、実際そうなの。さあ、愚痴を吐き出した。あしたからは少しは元気になりたい。たぶん、ちょっとは元気になる。
2026年02月12日
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選挙報道をラジオで聞いている。危惧していた結果にため息がでる。
2026年02月08日
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文章を書くのが苦手である。もっとも苦手なのが手紙。病気の方への返信。一日、考えたのだけど下書きだけで終わった。重くならずに書きたい。三寒四温である。先日は陽ざしも暖かく水も温く見えた。明日は当地でも雪が降るらしい。 気がかりなことが明後日に待っている。我が家のターニングポイントになる事案である。気が重い。眠りが浅い。睡眠の質が悪い。体調がイマイチ。寝込むほどではないが。たぶん、ストレス。
2026年01月20日
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子供たちファミリーが泊りがけでやって来た。3日目の夕方に帰って行った。ホッとしたり寂しくなったり。とにかく泊まるとなると準備が大変である。数日前から布団干しや食材の買い出し。昨年までは外食もしていたが物価高で外食など出来ないわけで。1日目 昼 焼きそば(肉、キャベツ、もやし、ピーマン) 夜 鍋(白菜、春菊、人参、しいたけ、春雨、豆腐、肉、鱈) 〆はウドン2日目 朝 トースト、目玉焼き、ハム、サラダ、コーヒー、牛乳 昼 子供たちファミリー外食 夜 タコライス(とびっきり美味しかった) ポテトサラダ、モヤシのナムル3日目 朝 前日におなじ 昼 サンドーレのサンドイッチいろいろ(ピーナッツとコールスローが好評) サラダ(冷凍のエビ湯引きオーロラソース添え、ブロッコリー、レタス)一緒に出掛けたり遊んだり体力的にできなくなった。来年のために書き残しておこう。娘が作ってくれたタコライスの具材は絶妙の取り合わせだった。合いびき肉をニンニクと玉ねぎと炒めてウスターソース、ケチャップ、醤油、砂糖、あとなんだったっけ?味付けして。ご飯の上にとろけるチーズ、レタス、肉、アボガド、トマトをのせて、混ぜ混ぜしてスプーンで食べる。来年も同じように一緒に食べようね。いい3連休だった散歩道で。
2026年01月13日
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歌声喫茶に行った。今年もよろしくおねがいしますと挨拶を交わして。ピアノを弾いて下さる先生はピアノはそんなに上手ではない。ご本人がそうおっしゃる。でも、その下手さ加減がとってもいいのだと皆が思っている。だからみんながリラックスして歌える。思いっきり声をだして歌ってスッキリな気分。脳トレなんかも行って。老化防止にね。むかしから好きな「冬の星座」。二番にこんな歌詞がある。 ほのぼの明りて流るる銀河 オリオンまいたちスバルはさざめく 無窮を指さす北斗の針と 煌めきゆれつつ星座はめぐる今朝、ヨブ記を読んでいたんだけど あなたはすばるの鎖を結ぶことができるか オリオン座の綱を解くことができるか あなたは十二宮をその時にかなって、 引き出すことができるか 牡牛座をその子の星とともに 導くことができるか あなたは天の掟を知っているか 地にその法則を立てることができるか読んでて、ヨブ記が書かれた当時からスバルとかオリオン座とか牡牛座とか名前が付けられていたの??ってか、この38章を書いた人ってどうして神さまをこんな風に書いたんだろうか。友達3人はどうして神さまに叱られたのにエリフはなんのお咎めもないの。41章までは良く分からない。などと思った。いい1日だった。
2026年01月08日
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朝早くにお掃除のおじさんが家庭菜園で取れた野菜をもって来てくれた。ブロッコリー、サニーレタス、菜ばな、春菊、カブ。ありがたい。ブロッコリーは蕾が大きく茎も固くなっていて今シーズンはそろそろ終わりかな? カブの葉はめんつゆ、鰹節、白ごま、七味唐辛子で炒めた。美味しい。実はそのままでもホンノリ甘みがあるが塩もみして浅漬けに。美味しい。菜花は茹でて辛し和えに。ブロッコリーは茹でて冷凍に。春菊とサニーレタスはそのまま冷蔵庫へ。 一日家で過ごす。ブックカバーがようやく出来た。表紙裏に刺繍をしたので時間がかかった。刺繍が上手になりたい。いい一日だった。
2026年01月07日
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世界はまったく穏やかでない。新しい戦前の始まりが現実になろうとしている。もう始まってしまったのかもしれない。そんな世界情勢に気が滅入りながらも私の一日は穏やかに過ぎた。こんな穏やかな一日一日がずっと続きますように。芸人の光浦さんは手芸がプロ並み。テレビに出演されていた時に視聴者の方の「三日坊主にならないためにはどうすればいいですか?」の質問に、こう答えらおられた「やりかけのままにしておくのです。片付けない。そうするとやりたいと思ったときに直ぐにやれるでしょう」って。深く頷いた。出しっぱなしのミシンとアイロンと生地と糸と。これでいいのだ。いい一日だった。哀しいけど。いい一日だった。
2026年01月05日
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元旦 初日の出は雲がかかり見えなかった。近年になく大勢の人出だった。 2日 箱根駅伝の応援に行った。こちらも大勢の人が応援に来ていた。 大晦日にオーチャードホールで行われたジルベスターコンサートはボレロ。カウントダウンは零時ピッタリに終わり思わずワォッと声が出た。ボレロと言えば2014年のカウントダウンで熊川哲也さんが踊ってらして、それはそれは感動したことを覚えている。いい一年にしたい。手仕事をしながら聞きのがしのラジオを聴いて一日が過ぎた。飛ぶ教室とヤマザキマリさんのお話が良かった。いい一日だった。
2026年01月02日
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昨日は花を活けてみた。昨年はどこの花屋さんにも水仙がなくてガッカリだったけど今年は水仙があって良かった。昔むかし、小笠原流をすこし習った。真・副・控だけ覚えているが自己流で。今日は筑前煮を作った。出汁は干しシイタケの戻し汁だけ。出汁を入れないのは心配だったが薄味でまぁまぁかな。だけどゴボウを入れ忘れた。 紅白をラジオで聴きながら書いている。これから東テレで中継されるオーチャードホールで行われるジルベスターカウントダウンコンサートを見る。娘が結婚するまでは娘と二人でドキドキしながら見ていた。いつか見に行こうねって言ってたけど叶わなかった。私は叶わないけどあなたは何時か行ければいいね。ラジオからは矢沢永吉の歌が流れている。一年が終わった。ふりかえると様々なことがたて続けて起こった。精神的に弱い自分だがよく頑張ったとおもう。
2025年12月31日
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買い物はスマホアプリ決済にしている。支払いも早くポイントも付く、購入履歴も残る。家計簿の記入に便利だと思っていた。スマホ決済が出来ない店もあるので外出するときはスマホも財布も両方とも持って出る。先日、スマホを忘れて買い物に行った。レジで現金で支払った。そのとき。財布からお札が消えていくのを肌身で感じた。スマホでは感じない現金の減り方。うすうすは気づいていたのだ。スマホ決済は使いすぎてしまうという事に。これからは財布から現金で支払うようにした方がいいかも。と思ってはみるがスマホ決済の便利さに慣れてしまったからなぁ、、、、。なにもかもが上手くいかない一年だったとマイナス思考が加速する。つらい。だが、なんとか持ちこたえよう。書くことは気持ちの整理になる。だから、書こう。なんでもいいから。パソコンに向かってでも、ノートに書いてでも。ってことで、写経ならぬ写聖書をときどきやっている。結構、無心に時間が過ぎていく。袋作りはなかなか進まない。就寝前に本を数ページ読む。ゾシマ長老とアリョーシャとラキーチンと。筑前煮、、、、野菜が高すぎて作るか止めるか悩んだけど少しだけ作ることにした。
2025年12月29日
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昨日は冷たい雨が降っていた。朝食をすませて換気扇の掃除に取り掛かった。最近の換気扇は掃除が簡単に楽になっているらしい。だが我が家のは二十数年前の物。換気扇の構造が複雑で大変である。 特にこの細かい溝のある二枚重ねのフィルターが面倒である。浸け置き洗いにしなくても吹きかけて5分後に洗い流せばいいという強力な洗剤があり時間が短縮できた。取り替えて数年経つガスレンジは五徳が掃除しやすいデザインになっている。 掃除を終えコーヒーを淹れているとゴミ収集車の音が聞こえてきた。冷たい雨の中で収集する作業員の方にありがたいなぁと思いながら、ふと雪の降る町のゴミ収集はどうなっているのか気になってネットで調べると、ある新聞記者が豪雪地帯のゴミ収集を体験した記事があった。ほんとに大変だったらしい。知ることは大切。
2025年12月25日
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毎日、まぁまぁお掃除をしてるし大掃除をやらなくても大丈夫だ!!なんて思ったけど。やらなきゃ!!お風呂場の天井、本棚の上、食器棚の上、エアコンの上、カーテンレールの上、窓のサッシ、ベッドの下、チェストの裏側ect. けっこうやることある。だけどバッグを作り始めてしまった。大掃除は後回しにしよう。家庭菜園をしている方から頂いたキャベツと特大のブロッコリー。ブロッコリーは一昨日買ったばかり。夫はブロックリーは食べない。冷凍してセッセと食べなきゃ。キャベツは千切りにしたみたが固いので茹でた。キャベツもセッセと食べなきゃ。 イワシのショウガ煮 なんというか、、、、、いろいろあるけど。がんばろう。
2025年12月23日
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久しぶりに写真を取り込んでみた。12月、羽田へ向かう上空で。富士山が見えた。写真の編集のやり方を忘れた。 毎年、知り合いの方から頂くカレンダー。絵が好きなので一年が終わると保管していたのだけど、何十枚にもなるので飾る場所もないし、そろそろ処分しようかなぁと考えている。ぼやけてる写真。 写真が綺麗に撮れるスマホが欲しいなぁ。買えないけど。本も読みたい。A4サイズが入るバッグも作りたい。刺繍もしたい。やりたいことが沢山ある。いつも小掃除をやっているから大掃除はしなくても大丈夫。換気扇はやらなくては。
2025年12月22日
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人は生まれると苦しみに会う。火花が上を飛ぶように。神は傷つけるが、それを包み、打ち砕くが、その手でいやしてくださるからだ。味のない物は塩がなくて食べられようか。卵のしろみに味があろうか。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー卵のしろみ!なんて言葉が出てくる。身近に感じる。しろみは味ないけど醤油で食べると美味しい。
2025年12月19日
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コミュニティーは大切だと思うのだが、どうも苦手だ。だからといって全く離れると寂しくなるのは分かっている。どちらを選ぶかなのだが。と、常々思いつつ思いつつ、ずっとコミュニテイーに属しているんだよね。程よい距離感を保ちつつ属していればいいではないか。と思いつつ、程よい距離感を保つ器用さなんか持ってなくて。なんかもう嫌になっていて。打破したいこの感情。ヨブ記がこんなにも面白いとは。
2025年12月15日
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実家に行ってきた長い滞在だった母と姉と私の3人の生活母の介護はあるが、なんとなく解放感があったなぜだろう?たぶん、どこのコミュニティにも属してなかったからかもしれない隣近所とも教会ともサークルの仲間とも離れた地域にいてさまざまな感情の入り交じりから解放されていたからかもしれない旅に出るのは日常からの解放なんだと聞くけれど、きっとこの解放感はそうだったんだまた、日常にもどってきた。あれこれとお付き合いの悩みもかかえながらコミュニティに属していくけれど、コミュニティは大切だから頑張ろう。
2025年12月07日
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やっと楽天ブログのトラブルが解消されてほっと安堵した。何ケ月も投稿しないで放置することもあるのに、いざブログが不安定になるとこちらの気持ちまで不安定になる。いやはやなんとも。書きたいことはあるのだけど、どう文章にすれば良いのかわからない。こんなこと。NHKEテレで再放送された寂聴さんと梅原猛さんの対談のなかで寂聴さんが言った「サイの角」のこと。梅原さんが言った「アリストテレスとイエスと釈迦」のこと。藤原章生さんの「不思議なムトゥワ」のこと。ヘルマン・ヘッセの「ゴータマシッダールタ」のこと。友達のこと。青年のこと。これらの一連が繋がったこと。文章に出来ない。文章にできないけど、文章にできないから、ここに置いておこう。
2025年11月10日
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6日から続いている楽天ブログのトラブル。現在、10日午後2時すぎ。アクセスしてみたら入れたのだが、はたして解決されたのだろうか?この日記の投稿が出来れば解決したということだろう。トラブル解決にあたったスタッフさん達に感謝である。解決していたらの話だけど。とりあえず送信してみよう。
2025年11月10日
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昨夜から楽天ブログにアクセスできない状況になっていた。今朝もアクセスできない。接続を確認するようにとかプロシキとファイアウオールの確認をするようにとか表示される。ほかのプラットフォームは問題なく見れるのだけど楽天ブログだけがアクセスできない。初歩的な再設定をしたら開けた。原因は分からないのでこれから先アクセスできるかどうか分からない。楽天ブログを利用してから20年ほど経つのだから生活の一部になっているわけでブログがなくなるのは生活の一部を失ってしまうように思う。他のプラットフォームにブログを作るのは気が重い。このままこのブログが使えるようにしたい。とりあえず送信してみる。
2025年11月07日
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日記が続かないなぁ、、、、。カタカナの森に迷い込んでいるようなキュウヤクセイショ。カタカナを振りはらい振り払い読んでも意味をつかみ取れないキュウヤクセイショ。だったけど、ぱっと視界がひらけたようにおもった今日。レキダイエズネヘイザヤエレエゼダニル。塊で掴めばいいんだな。新聞のコラムに載っていたことば。「日本にこんなに美しい心あります。なぜ、西洋のまねをしますか」小泉八雲の言葉。
2025年11月03日
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久しぶりに友人とカフェでお茶した。ほぼ彼女が話してて私は聞くだけなんだけど。なんてことない雑談で楽しかった。会って話すってことは大切なんだなって思う。ニュースを見る。自民と維新で落ち着くとは思えない。まだ一波乱ふた波乱ありそう。はやく落ち着いた政治が行われるのを願う。テレビやネットで様々なコメントを見てみた。明るい話題は野球だけ。母が坂を転がるように落ちていく、、、、のではなく崖からストンと落ちたように物事が分からなくなってしまっている。姉がいつまで介護できるか。私が帰って姉と二人が看るか。老々介護のむつかしさ。
2025年10月20日
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やっと体調不良から抜け出せたような気がする。耳の塞がりからくる頭のボンヤリ感がなくなった。体の調子が悪いと生活全般が不調になる。精神にもダメージを及ぼす。体の痛みのある人の大変さを思う。9月7日に石破茂首相の辞任表明があった。どうすれば良かったのか と言う言葉が耳に残っている。10月10日に戦後80年の所感発表があった。 国民一人一人が能動的に平和について考えていきましょうとの言葉が残っている。どちらの表明も素晴らしいと思った。アンチ石破さんもいるだろうけど。私は石破さんの誠実さが好きだった。80年所感の報道は総裁選挙でかき消された感じだったのが残念だった。総裁選挙から以降は見るに堪えない騒動で、ありえない日本の政治状況が続いている。どうなっていくのだろう日本は。などと私が嘆いてもどうしようもないのだけど。久しぶりに礼拝に行けて感謝だった。家から外へ出よう。
2025年10月19日
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風邪をひいて2週間余り経つ。病院に行く前に市販薬を3日間飲んだ。医師に処方してもらった咳止めと痰を切る薬は3日分。解熱剤(カロナール)10日分。NHKの「みみより解説」で風邪には抗生剤は効きませんと言っていた。症状を和らげるが治すことは出来ないらしい。熱が下がって体が楽にはなるが風邪そのものが治るにはそれなりの日数がかかる。体温を測っていて気付いたのは自分の平熱を知らないということだった。そこでこの数日、一日に数回測ってみたところ36.3度から36.4度が平熱である。熱があると出来ることと出来ない事があると分かった。36.8度 朝昼夜の食事作りと後片付け 洗濯物を干す クイックルワイパーで床を拭く37度 朝昼夜の食事作りと後片付け 洗濯物を干す 床掃除はやる気がない37.5度 朝夜は作るが昼食は作りたくない。洗濯は出来るが干したくない 床はやらない37.8度 頑張れば簡単な食事作りは出来る。洗濯機は回せる。干したくない38度 頑張ればご飯を研いでレトルトで済ます38.8度 何も出来ない夫は、ご飯はどうする? ご飯、作ろうか? と言う。私はイラっとする。そこは「ご飯を作るよ。ゆっくり休んでいていいよ」でしょう!!結局、夫はスーパーのお弁当を数日。私はレトルトのお粥。レトルトのお粥を温めるのは私。コロナでもインフルエンザでもなかったんだ。ただの風邪だねー。じゃぁ、たいしたことないねーと言う夫の心の声が私には聞こえる。イラッとする私なのだった。愚痴った。
2025年10月09日
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やっと風邪から回復しつつある。まだ咳がつづいているが体が楽になった。38.8度の熱が続いたときは体中が痛み寝ているのも辛かった。病院で検査したがコロナもインフルエンザも陰性であった。喉が変だし体も怠いと思ったら休むこと。これを肝に銘じよう。ふつうに動けることの有難さをしみじみ感謝する。まだ何もやる気がでないので今週は外に出るのはやめてしっかりと治そう。だけど過去の経験から咳がおさまるのは一か月はかかると思う日本はこれからどうなっていくのだろうかと不安ばかりが広がる。
2025年10月07日
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この本の中の一章を印しておこう。フランスのマチルド・ロウという小さな女の子の詩。 わたしの咽喉が痛いとき あの子の咽喉も痛み わたしが夜 咳をする時 あの子も眼をさまして咳をする わたしがママから叱られて泣く時 あの子もわたしと一緒に泣いている 夕陽にうつるわたしの影法師のように あの子はいつもわたしと一緒だこの「あの子」というのが少女にとってキリストをさしていることは言うまでもない。ちなみにマチルドは子供の時から病身で11歳で死んでしまわねばならかなった。この幼々した詩をたんに病身で一人ぽちの子供が友だちを求めた可憐な詩として片づけられないものがある。この詩のなかには幼い心に既に生まれた苦しみの連帯への欲求と孤独からの解放とが素直に歌われているからだ。それはあの聖書のなかの女たちの叫びにも代えられるだろう。それらはもっと悲痛でもっと慟哭的であるが。 ---------------------------------------------------------------------これが書かれたとき遠藤さんは30歳前後。あの「海と毒薬」を執筆中だった。昨日から風邪気味。寒暖の差に気をつけなくては。
2025年09月29日
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さて、午前中は何をしていたっけ? すぐに思い出せない。夫がバイトの有給休暇をとって休んだので朝はゆっくりと起きたのだった。7時に朝食、洗濯、ベランダの掃除。録画してあった「魔改造の夜」を夫が視ていたので一緒に見たのだった。昼食後、ワンピースの型紙を出して洋裁の下準備をしたのだった。それから教会の掃除に出かけたのだった。行く道すがら公園の隅っこに彼岸花が咲いていた。 夜は夫が出かけたのでNHKで放送されたテレビドラマを録画していた浅田次郎さんの「母の待つ里」を見た。第二回目は録画を忘れていたので一回から三回と四回まで三時間を一気に見た。目がショボショボしている。浅田次郎さんの作品を読んたのは少ないけどどれも幸せを与えてくれる。穏やかに一日が過ぎた。
2025年09月27日
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秋晴れで過ごしやすい一日だった。ベランダに置いている植木鉢の土の入れ替えを夫にしてもらった。春先に入れ替えをしたかったのだが忙しくて出来なかった。カポック、風知草、アガパンサス、アマリリス、砂漠のバラ、オリズルラン、これらは友人たちの庭に咲いていたものを株分けしてもらった。アジサイ、ゼラニウムは実家から持ってきたもの。大きくならないように鉢は小ぶりにしている。どれも思い入れのある鉢植え。母と電話する。携帯をかけるのは姉が手助けしてくれている。何もかも忘れてしまって、話すこともなくなったと母が言う。かなしくなる。午後、教会のグルーブラインに動画が送られてきた。その動画の内容に不安を感じる。怖れさえも。信仰的ではあるが政治的背景もしらなければならないのではないかと。この動画が流されていることを牧師は知っているのだろうか。教会はどう捉えているのだろうか。
2025年09月25日
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歯医者に行く道すがら彼岸花が咲いているのを見つけた。20数年間、通っていた歯医者さんが閉院してしまってから3年になる。歯医者にかかりたいが家の近所には歯科医院はたくさんあってどこの歯科医院にかかればいいのか迷った。歯科は行ってみなければ腕の良しあしは分らない。医師との相性もあるし。迷っても仕方ないから最近できた歯科に行くことにした。最新の検査機器が整っており丁寧な説明なのだが治療に関しては、うーーーん??という感じである。上手な医師にあたるか否かは運である。歴代誌下を読む。刺繍を少しする。本を少し読む
2025年09月24日
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お彼岸である。まだ彼岸花を見かけない。暑さがつづいていたからだろうか。一日中家の中で過ごす。10時から自民党総裁候補者の共同記者会見を見た。実家の姉に電話して母に代わってもらったが母は「元気にしているの?」と言ったきり電話を切ってしまった。つい最近までお箸でご飯を食べていた。昨日から姉がスプーンで食べさせているという。私のことを忘れてしまうかもしれない。そう思うと気持ちが沈む。私自身も物忘れが多くなっている。認知症関連の記事などを読んでは不安になる。新聞に鎌田實医師による記事があった。「主観的認知機能低下」という段階があるらしい。どうも私はその段階にあるのかもしれない。では、どうすればいいのかという本を出版されているので図書館にリクエストしよう。日記を書くのも予防になるかもしれない。私のことだから三日坊主になるかもしれないが。
2025年09月23日
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朝、洗濯物を干す手の先に秋の空が広がって気持ち良い。母は毎日携帯から電話をかけてくれていた。電話がないときは私からかけると母は携帯にでて話すことができた。ほんの一週間ほど前に携帯の操作が出来なくなった。少しの変調の兆しはあった。一ケ月ほど前までは電話をかけてきては昔話を長々と話した。その時間は少しづつ短くなってこの頃は話す内容も「元気にしてますか? ご飯はちゃんと食べてますか? そちらの天気はどう? こちらは暑くてね」という内容で10分ほどで「またね、元気でね」と言って切るようになっていた。同居している姉から母が物忘れがひどくなっているが生活には変わりはないから心配しないようにとのことだった。暑い夏を乗り切ったのだから、また気力を取り戻してほしい。そして携帯の2番は私に繋がることを思い出して私に電話してほしい。姉から年賀はがきで使う住所と氏名の印鑑が欲しいのでネットで注文してほしいと頼まれた。沢山のサイトがあってとこの会社に頼むか迷ってやっと注文した。手数料はかかるがコンビニ支払いで人はクレジット払いにすれば簡単だと言うが心配で
2025年09月22日
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久しぶりにハンバーガーを食べた。テレビで流れている○ックの月見バーガーを友人が食べたと聞いていて私も食べてみたかったのだが、新しくできた店舗は注文がタッチパネルなので操作が出来るのか心配で入るのをためらっていたのだが,しょっちゅう○ックに行っているという孫たちが来たので誘って行った。美味しかった。扇風機が壊れたので買った。いつのころからか紙の聖書よりスマホやタブレットを見ながら説教を聞く人が増えてきた。
2025年09月21日
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8月20日から22日にかけてTICAD9(アフリカ開発会議)が横浜で開かれた。その時期はアフリカの関連のニュースがテレビなどで多かった。そのなかの一つの番組で、アフリカ大陸は中国、アメリカ、インド、ヨーロッパ、ブラジルなどを合わせたより大きく、平均年齢は20歳ぐらい。2050年には世界人口の四分の一はアフリカ人になると言っていた。これは面白いことを知ったと思い、誰彼に、こんな事を知っているよーって自慢しようと考えた。そこで子供たちが来た時に「知ってる? アフリカ大陸はねーー云々カンヌン」と話したら「ふーん、そうなんだ。地図だと、そう大きくもないけどね」の一言で、ちっとも興味を示さないでスルーされてしまった。ちっとも自慢にはならなかった。残念。だけど、それからアフリカのことが気になっていて。地図を調べる。日本が使っている地図は主にメルカトル図法。最近は面積が正しく表される「イコールアース図法」が奨励されているらしい。さまざまな地図を見比べると面白い。アメリカが中心の地図、中国が中心の地図、ブラジルが中心の地図。などなど。知らないことだらけだ。アフリカ大陸の54の国はこれから世界を圧巻していくのだろうな。一日中、紙類の整理をした。やっと涼しくなった。
2025年09月20日
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先日のニュースを見て思ったこと。先月末、アフガニスタン東部でマグニチュード6.0の大地震が起きた。壊滅的な街中で瓦礫になってしまった自宅の前で男性が天を見上げて嘆いている姿がテレビ画面に映し出された。手を天に挙げた男性が言っている言葉が字幕に流れた。その言葉は「これは私に与えられた神の思し召しだ」だった。この字幕の言葉がずっと心に残っている。もし私が同じ状況に置かれたら私はこのようには言えない。どんな言葉を発するのか?おそらく「神も仏もあるものか」などと怒るかもしれない。この男の人と私との違いはどこにあるのだろう。これを書きながら、他人事のように思っている自分に気づかされる。今現在被災されたアフガニスタンの方々に支援物資が届くように、支援しなさいと促された。郵便局で振り込みが出来る。日本赤十字社 アフガニスタン地震救援金たくさんは出来ないがあした振り込むことにする。
2025年09月15日
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義母が亡くなって半年近くになる。転倒して座骨骨折。入院して二か月後に亡くなった。あっと言う間だった。義母は骨折し入院したことが理解が出来なかった。突然、知らない場所知らない部屋に独りでいる事はただただ恐怖だったのだろう。ナースステーションの隣の部屋で一人で叫んでいると看護師から聞いた。担当医師の許可が出て個室に入りいつでも面会できるようになってから、出来る限り義母に付き添った。できることは声掛けと足をさすることだった。皮膚が薄くなった足をそっとさすった。甘く煮てペーストにしたカボチャをスプーンで口に持っていくと半分ほど舌で舐めた。それが最後の食事だった。ときどき意識が正常になることもあった。聞こえますか?聞こえたら手を握ってください!!と声をかけると握り返してくれた。思いのほか強く握り返しくれた。入院して二か月ののち明けがた亡くなった。プネウマの風に吞み込まれていった。義母に優しくできなかったと自責の念にかられきた。だけどもう区切りをつけよう。半分の自責と半分の良くやったという思いと。私はそれしかできなかった。ごめんなさい。もう、ここで区切りをつけようと思う
2025年09月11日
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介護は気力も体力も心までも削られていく、、、、ような気がする。義母の日々の言動には距離感をもって対応したい、都度に反応していては身がもたないと思っている頭ではそう思っている。だが、体が反応する。義母の発する声に心臓がドキッと反応する。義母の部屋の襖がスーと開くと体がビクっと反応する。呼吸が浅くなっている。深呼吸を忘れている。心が削られていくようだ。
2024年11月09日
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楽天ブログの嫌なところ品のない広告がベタベタ出てくること。気分が悪くなるほど気持ち悪い広告が表示されるのはどうしてなんだろう。今はいろいろなブログのプラットフォームがあるから。ほとんど広告などないものもあるから。楽天ブログを利用する人は少なくなっていると思う。ただ、ここから新しいプラットフォームに移るのはシンドイな。このままで続けよう。公民館で刺繍の無料講座があったので参加した。実家の母からもらった刺繍糸と布がたくさんあって、いつか刺繍を習いたいと思っていた。楽しかった。5人集まればグループを作って講師を呼んでひと月に一回やりませんか?と公民館主事から説明があった。参加者たちは「やります!!」と返事をしていた。私も参加したい。ほんとに参加したい。だけど今は出来ない。いいなぁ、やれる人たち。ちょっと悲しくなった。いつか参加したい。
2024年11月01日
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図書館で借りた本村井さんの本二冊目を読む 先日の朝はやく起きて一気読みした。あした図書館に返却しようとおもって、もういちどパラパラと目をとおしたいたら再読したくなった。小学生の良一君のことがいちばん気になっている。表紙の裏にはこう書いてある「警察署からの電話で兄の死を知った。体を壊し、困窮し、這い上がることもなく。」内容は、ほぼ疎遠になっていた遠方に住むお兄さんのこと。小学生の息子さんと二人暮らしで。ある日アパートで倒れて亡くなった。第一発見者は小学生の息子さん。警察署から村井さんにご遺体を引き取ってくださいと電話があった。それからの日々が綴られている。もう一度じっくりと読んでみたいが読む時間が取れるかな、、、。
2024年11月01日
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先日、もずさんがご自身のブログ「祈りと幸福と文学と」を閉じる(消してしまおう)と投稿されていて何とも言えない気持ちになった。この何とも言えない気持ちってなんだろうかとこの数日考えていた。もちろん寂しさなのだけど。それは楽天ブログで繋がっていた方々を懐かしく思い出していたからだと思う。veronicaさん、ねこ背のたぬきさん、いうさん、コスモスさん、さるすべりさん、ceciさん、そして、もずさん。いろんな方々と出会えた。20年も経つのだなぁと感慨深い。いまは、やまひで先生がいらっしゃる。どうぞ長く続けてくださいと思う。当初、ネットについて全くの無知であった。閉ざされた仲間内だけの交流サイトだと思っていた。匿名で書いていたので思い出すだけで顔から火が出るほど恥ずかしい投稿をしていた。いまでも身がすくむほどである。ネットの交流を大切にしてこなかった。誰に向かって書いているのか何に向かって書いているのか何のために書いているのか不安定なまま書き続けていた。しかし、こうしてブログを続けているのは私にとって心の安定のためであるのだと思うようになっている。ときどき、もう投稿されなくなった方々のブログを見に行く。懐かしくてありがたくて。たくさんの豊かな話題を提供してくださって沢山のことを学ぶことが出来た。ほんとに感謝しかない。 いつの日か書店に「瀬崎峰永」のお名前を見つけたら嬉しい。神さまに感謝して。
2024年10月18日
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