Tomorrow The World

Tomorrow The World

詩人 桜井哲夫



おじぎ草
夏草を震わせて 白樺に鳴く蝉に おじぎ草がおじぎをする
包帯を巻いた指で おじぎ草に触れると おじぎ草がおじぎする
指を奪った「らい」に 指のない手を合わせ おじぎ草のように おじぎした

「たとえば詞の構成を考えているとき、どうにもすっきりまとまらない「ことがあるでしょう。それで頭がキリキリしてきても、ああ、めんどくさいから今日はここまでにして明日またやろう、なんてことは絶対にしないの。そんなことをしてては、いつまでたってもいい作品は書けない。もう明日はないんだと思って、この今日という日に自分の全力を尽くす。そういう気持ちで今日まで生きてきたし、書いてきたんだから」

「今を青春」

「俺はね、自分の顔に誇りを持ってるの。この顔には、苦しみやかなしみがいっぱい刻まれてるのね。またそれを乗り越えてきたという自信も刻まれてるの。だからね、くずれちゃってはいるんだけど、いい顔なんじゃないかな。だってこの味わいは、俺にしか出せないものでしょ。エステに行って磨いても、そう簡単には出せないよな。でもね、この顔で人を怨んだり、泣いたりしていると、もう目も当てられない。自分だって見ているのが苦痛なくらいひどい顔になっちゃうと思うよ。だからね、いつだって笑顔でいるの。」

「知らないことが罪ではない。知ろうとしないことが罪なのだ。」

花便り
看護婦さんが封筒をあけた 手紙の間から紫の花びらが散った
手紙の文字は盲目の私には読めないけれど
紫の花びらを舌に乗せると 手紙を贈ってくれた人の優しさが読める
花の手紙は舌先でおどる 花の文字は何時までも忘れられない

天の職
お握りとのし烏賊と林檎を包んだ唐草模様の紺風呂敷を
しっかりと首に結んでくれた
親父は拳で涙を拭いて低い声で話してくれた
らいは親が望んだ病でもなく お前が頼んだ病気でもない
らいは天が与えたお前の職だ
長い長い天の職を俺は素直に務めてきた
呪いながら厭いながらの長い職
今朝も雪の坂道を務めのために登りつづける
終わりの日の喜びのために

「お香を気だと思ってはいけない。命だと思いなさい。おkの香りを放つために、命を燃やして捧げているのだから。あんたもそういう人になりなさい。黙って命を燃やしなさい。」(桜井さんの出会ったある婦人の言葉)

「俺は三十歳の時に一回死んでるの。死んでから神と出会って、また生まれたような気がする。”生まれた”って実感するとき、信じられないくらいうれしいんだよね。俺なんか、もういつ死んでもおかしくない年齢だから、いつでも死の支度はしてないといけないんだけど、”死にました”っていうのは誰が決めるかっていうと、うちの医者じゃないんだよね。医者なんかに俺の死を決められちゃ、たまんないよ。だから俺は、毎晩寝るときに布団に入って、自分で自分の死亡診断書を書くの。何月何日、桜井哲夫死亡、というふうに。それで眠る。次の朝、目が覚めるともう感激。やったー!だよ。今日生まれたと思うと本当にうれしくて、全てに感謝しちゃう。そうすると、一日がとっても素敵なの。その素敵な一日を一生懸命生きる。悔いがないように。それで夜、布団に入って、死亡診断書を書く。次の日にまた目が覚めたら、またまたやったー!なの。そうやって毎日死んで、毎日生まれるの。いいでしょ」

「世の中に詞を書いている人はたくさんいて、何も五十を過ぎて、今更俺なんかが詞を始めなくたっていいんだけど。俺が書いてるんじゃないんだよね。何かに書かされているというか、書かせてくれるというか。俺は文字で詞を書かない。文字で詞を書いてる人はたくさんいるから。俺はね、言葉で詞を書きたい。俺の詞は、たくさんの人が俺にくれた優しい、暖かい、愛がいっぱいの言葉から生まれてくるわけだから」

「俺が、なぜこの中で強く生きてこられたかって言うと、何も持たないから。何かを持ちたいと思ったら、もうここでは暮らしていけなかっただろうね。」

私は侵略者
「侵略者の娘を抱いたあなたは侵略者」
聞きなれない言葉を聞いたのは 結婚して間もない妻の真佐子の口からであった
真佐子に「あなたは侵略者の娘だよ」と言ったのは真佐子の父であった
真佐子の父は水力発電の技師で 真佐子は父と共に全国のダムを巡り歩いた
鴨緑江に水豊ダムを造るため 父は平壌に来ていた
平壌の店先で 父は真佐子にチマチョゴリを買ってくれた

昭和二十八年 二十六歳で真佐子は死んだ
再び「侵略者」と日本人の口から聞いたのは 詞の先生村松武司からであった
村松武司もまた侵略者の子として生まれ 韓国の中学校を卒業している
村松武司が死に 村松武司を偲ぶ会が開かれたときには 多くの韓国人が集まった
集まった韓国人達は村松武司に「お前はなぜ死んだ」といって号泣した
村松武司は言っていた 
「私は侵略者、そして韓国人」と

妻の真佐子と村松武司以外に私は日本人の誰からも聞いていない
「私は侵略者」と

私は行こう韓国へ そして韓国人の前で言おう
「私は侵略者」と
そして深く膝を折り謝罪してこよう
私には謝罪のほかに何もできないのだから


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