2-24 不安定



朝子は、相変わらず夫とのセックスを避け続けていた。それが、これから篤と夫婦を続けていくに当たってよくないことだというのは充分わかっていたが、彼女には他に成す術が無かった。

その夜、朝子は夢を見た。高校時代の夢のようで、しかし夢の内容は現実とは違っていた。

場所は高校、合宿場近くの中庭だ。制服を着た有芯が泣いている。同じく制服を着た朝子は記念樹にもたれ、なぜか右手の平に分厚く包帯を巻いていて、有芯をじっと見つめている。

「私、もう疲れたよ。別れよう、有芯」

有芯は何も言わず、青ざめ涙の跡がある顔で朝子を見つめている。

何か言ってよ・・・有芯、どうして何も言わないの? 別れたくないとか、そばにいてほしいとか、そんな一方的な別れ話ひどすぎるとか!!

どうして引き止めてくれないの!?

朝子はそこで、目が覚めた。すでに瞳に滲んでいた涙が、勢いよくこぼれ落ちた。

有芯・・・。

あなたは、こんな気持ちだったの? 私に別れようって言った時・・・。別れたくないと、言ってほしかったの・・・?!

でも私は・・・先輩ぶって、いい女ぶって、必死に自分を押し殺してた。かっこ悪く泣いてあなたにすがれば良かったっていうの?!

朝子は隣で寝ている篤を起こさないようにそっとベッドを抜け出すと、隣の部屋のドアを開けた。

「いちひと・・・」

彼女は息子の髪を撫でた。自分に似た柔らかい髪質。安らかな寝顔に、不意にぱぁっと笑顔が広がった。朝子の顔にも、自然と笑みがこぼれる。

「あなたがいるんだもの・・・私は間違ってなかったわよね。こんな素晴らしい子に会えたんだもの。私は・・・お母さんはとっても幸せよ、いちひと・・・」

翌朝、篤に肩を揺すられて朝子は目覚めた。いちひとの傍らでいつの間にか寝てしまっていたらしい。

「ごめんなさい、寝坊しちゃった」

彼女が笑顔でそう言い、慌ててキッチンへ向かおうとすると、篤が無言で腕を掴んだので、朝子はおどおどと振り返った。

「・・・何?」

「朝子。何か俺に隠してないか?」

「隠してって? ヘソクリならないわよ?」

「そういうことじゃない。・・・・・・・・・まあいい。とにかく、心配事があるなら、俺はいくらでも聞いてあげるよ?」

「・・・ありがとう。でも大丈夫よ」

「朝子」

「・・・・・何?」

「君が近頃不安定なのには気付いてる」

「・・・・・」

「君は自分がそうなるのは己の勝手だと思っているかもしれないが、いちひとはどうなる? 子供は母親の情緒にもろに影響を受けるんだぞ。母親なら、そのくらいのことはちゃんと考えてもらいたい。君はいつもよくやってくれているし、あまり口出しはしたくないが、最近少しひどいぞ」

「・・・・・分かってるわ。ちゃんと何とかするから」

篤はため息をつくと言った。「しっかりしてくれ。君は頭が良いし、信頼しているんだよ。家にいられない俺の分まで、いちひとを頼む」




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