3-4 突然の電話



有芯は、自室のベッドの上にいた。

布団に入るでもなく、眠るでもなく、頭の後ろで手を組み、彼はただ天井をじっと見つめ横たわっている。

ベッドの隣には、有芯が昔から使っている黒い旅行バック。東京行きは2日後に迫っていた。彼は口にくわえた煙草に火をつけることも忘れ、考え込んでいる。

お袋は、突然一人で東京に行くと言い出した俺に、何も言わなかった。疲れた顔で笑い、「分かったよ。好きにしなさい」と言っただけだった。

………生活が苦しくないはずはない。まして、これから俺もお袋も一人暮らし。

なのにお袋の言葉を聞いて、俺は何も言えなくなった。

苦労をかけてごめんとか、許してくれてありがとうとか、謝罪も感謝も何も言えず、ただ短く頷くことしかできなかった。

悪い、お袋……。でも俺、必ず成功して戻ってくるから。そしたら存分に親孝行するよ。……親父の分まで。

そこまで考え目を閉じると、不意にせつなさで胸が痛み出した。唇がひとりでに心に浮かんだ名前を呟き、くわえていた煙草が床にポトリと落ちた。

「……朝子………」

彼は裸のまま自分に抱きつく朝子を思い出した。

“有芯、抱いて。………もう一度だけ”

そう言い自分を抱き締める白い腕や、腹に押し付けられた乳房、雫の散った胸にしっとりと張り付いた髪などを思い出し、有芯は身体の一部に血が集結するのを感じた。

抱きたい、朝子……………。

目を閉じたまま、有芯が下半身に手を伸ばしたちょうどその時に携帯が鳴ったので、彼は必要以上に驚き、慌てふためきながら電話を取った。

「雨宮!! アサはどこ?!」

開口一番、ものすごい剣幕でそう怒鳴ったキミカに、有芯は面食らった。

「えっ、アサ、って、朝子?!」

有芯はガンガン鳴る耳を押さえながら携帯を持ち替え、考えた。朝子なら裸で俺に抱………………じゃない!! それは俺の妄想だ!! 余計なこと言うと、なぜだか怒ってるキミカ先輩をもっと怒らせかねない……!!

「……ちょっと待て、落ち着けよ!!」有芯はキミカに言いながら自分にもそう言い聞かせた。「何かあったのか?! 朝………っ、子、先輩がどうかした?!」

キミカは落ち着くどころか更に金切り声で怒鳴った。「本当に、本当に本当に本当に知らないの?! それとも私が信用できない?! 隠し立てすると、あんた承知しないわよ?!」

キミカの言動を聞き、有芯の思考から裸の朝子が消えた。彼は真っ白になった頭で必死に考えた。………隠し立て?! ……俺が?!

そしてキミカの言った意味を理解すると、彼は愕然とし言った。

「………朝子先輩はいなくなったのか?! ………何で?! 『頑張ってよ』って………俺には言ったのに」

有芯の言葉を聞いて、キミカの声色が変わった。

「雨宮………嘘?! 本当に………知らないの?」




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