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チョーサン8278さんFreepage List
Richerd.B.Gale (1985 ~ 1986)
生年月日: 1954 年 1 月 19 日
背番号45 右投右打・投手
出身地:アメリカ合衆国ニューハンプシャー州リトルトン
球 団:阪神 (85 ~ 86)
表彰等:なし
阪神在籍:2年 60 試合 18 勝 18 敗 353 回 1/3 228 奪三振 自責点 173 防御率 4.42
(1)オルセンで失敗し、メジャー経験のあるゲイルを獲得
1984 ( 昭和59 ) 年10月23日、吉田監督が就任した時、すでにオルセンが解雇されていたため外国人一軍枠のひとつは空白になっていた。相変わらず先発投手不足が解消できないため、この枠は再び外国人投手で埋められることになった。
12月20日、阪神はリチャード・ゲイル投手の入団を発表する。198㎝・102㎏の長身で、足のサイズは32 cm ! 背番号は「45」、登録名は「リッチ・ゲイル」。
ロイヤルズ-ジャイアンツ-レッズ-レッドソックスと移籍を繰り返しているが、メジャー7年間で195(先発144)試合に登板し、通算55勝56敗2セーブの実績を残している。
1978(昭和53)年は新人でいきなり14勝8敗の好成績。1980(昭和55)年には13勝を挙げてロイヤルズのア・リーグ制覇に貢献し、フィリーズとのワールドシリーズでも登板している。実は吉田監督は監督浪人時代の1980年のメジャー視察でワールドシリーズで投げるゲイルを現地で直接観ている。

1984年秋に外国人選手の獲得のためヘッドコーチの土井淳が渡米し、ウィンターリーグで投げるゲイルを見て興味を惹かれ、日本に残っている吉田監督に連絡を入れたところ、「すぐ契約してくれ」との返事だったため即交渉し獲得が決まったという。

もうひとつ付け加えると、ゲイルは1981 (
昭和56 )
年にはハウザー監督率いるロイヤルズの一員として、親善試合での来日経験もある。当時は「ゲール」と表記されていたため同一人物と判りづらいが、ゲイルは第2戦と第5戦で投げている。第2戦は二番手で4回から3イニングを投げ、4安打・自責点5と散々な目にあった。第5戦は先発したが四球と味方の失策から崩れ、3回4失点でKOされている。
このシリーズのロイヤルズは第3戦から第7戦にかけて5連敗。不名誉な「日米親善シリーズ負け越し」の事態を恐れたハウザー監督は、不調のゲイルを2試合で見切り、その後は使わなかった。ゲイルにとっては、あまり良い思い出とは言えないかもしれない。
(2)長身投手にありがちな弱点を抱えるゲイル
1985 ( 昭和60 ) 年2月、キャンプに合流したゲイルは5日から投球練習を開始した。長身から投げ下ろすボールに角度があるが、投球フォームがなめらかなのでさほどの威圧感はない。変化球は豊富で、ドロンとしたカーブとスライダーのほかに、シュートやシンカーも器用に投げ分ける。ただし制球力は実戦を見るまで未知数だった。
オープン戦初登板は3月10日の阪急戦。先発したゲイルは4回を投げ1失点、特に低めによくコントロールされ四球を与えない投球が光った。2度目の登板となった23日の広島戦でも、二番手で2イニングを完璧に抑え、評価を上げている。

ところが、29日の南海戦で3回3失点、4月7日の大洋戦でも4回3失点と崩れ、大柄な投手にありがちな「立ち上がりの悪さ」を露呈する。欠点は他にもあった。突っ立ったままのフォームは、ボールに体重が乗らないため球質が軽く、まともに当たればホームランになる確率が高いことや、体の重心が高すぎてバランスが崩れやすいので、突然コントロールを乱すことなどが指摘されている。実際これがゲイルの特徴で、「投げてみないとわからない」というタイプのピッチャーだった。
(3)巨人を2試合連続完封して自信をつけたゲイル
公式戦開幕は4月13日の広島1回戦。阪神は池田が先発し競り合いになったが、延長10回3対4でサヨナラ負け。翌14日、何としても勝ちたい開幕第2戦でゲイルは先発マウンドに登る。今度は阪神打線が奮起して8得点、ゲイルは8回まで3失点で楽勝ムードだった。ところが9回に中山の2ランを浴びて尻に火がつき、さらに二死からエラー、ヒットと続いたため、最後は山本のリリーフを仰がなければならず、終わってみれば8対7の辛勝。自責点5で、冷や汗ものの初勝利だった。

初完投は、3試合目となった4月25日のヤクルト3回戦である。この試合はバースと掛布が2本ずつ、平田にも1本出て計5本塁打の猛攻で阪神が12得点を挙げた。この大量援護に守られゲイルも153球の力投、2失点で完投している。
調子を掴んだのは5月18日の巨人7回戦だった。1回裏の無死満塁のピンチを切り抜けたあとは、カーブを主体に変化球のコントロールが抜群に冴える。岡田の2ランによる2点の援護を守り、スイスイと完封して4勝目を挙げた。

気を良くしたゲイルは、5月23日の広島7回戦では味方打線が完封されたため敗戦投手になったが、8回まで2点に抑える好投。さらに6月1日の中日9回戦は6回2失点で5勝目を挙げている。
そして迎えた6月6日の巨人12回戦。バースのソロ2発による2点を守りきって、対巨人戦2試合連続完封勝利を達成した。この時点で名実共にエース格として首脳陣にもファンからも認められたと言えるだろう。ただしシーズン全体から見ると、この試合が好調のピークだったようである。
(4)打線の援護と強力リリーフ陣に助けられて13勝!
6月11日の広島8回戦では、1点リードの2回裏に四球から崩れ3失点。味方が追いついた直後の4回裏も衣笠の2ランを浴びて5失点KOと、元のゲイルに戻ってしまう。
この頃には首脳陣もゲイルの特徴を把握したようで、リードした場面では早め早めに交代させ、抜群の安定感を誇る福間・中西・山本らの強力リリーフ陣で逃げ込むという必勝パターンを確立させていった。7月は5回もたずにKOされた試合が3試合もあり未勝利、8月後半になってやっと復調してきた。
ゲイルは9月11日の大洋22回戦で7回まで2点に抑えて勝利投手になり、この試合でマジック22が点灯する。10月16日のヤクルト24回戦では2点リードの6回途中に4点を失い3対5と逆転されて交代したにもかかわらず、リリーフ陣が踏ん張るうちに打線が同点に追いついたため敗戦投手を免れた上に、チームのリーグ優勝が決まるというツキもあった。
ゲイルの最終成績13勝8敗はチーム最多勝だが、打線の大量援護とリリーフに助けられた試合が多く、防御率4 . 30は決して褒められた数字ではない。12勝を記録した中田良弘や9勝の池田も、投球内容は似たようなものだった。この先発3本柱の防御率はいずれも4点台である。
その反面リリーフ陣の福間・中西・山本の3人が合わせて24勝、中西と山本の防御率は2点台だ。しかも、福間と中西は投球回数が100イニングを超える過酷な使われ方だった。阪神はエースらしいエースがいない状態で、ペナントレースを制したことになる。プロ野球史上でも、これだけ打線とリリーフに偏った優勝チームは特異な事例だろう。
(5)日本シリーズで2戦2勝、胴上げ投手の栄誉
阪神ファンにとって、ゲイルの印象が悪くない理由は、おそらく日本シリーズでの好投と胴上げ投手になったことに尽きるだろう。
ゲイルが日本シリーズで重要な役割を果たす予想はあった。春季キャンプ中に並木打撃コーチが「背の高いゲイルが投げると、ボールがゴルフボールのように見える。」と形容したことがあったように、ボールが小さく見える。しかも、一方ではマウンドまでの距離が近く感じる。こうした「錯覚現象」が短期決戦では馬鹿にできない。加えてワールドシリーズで投げた経験も心強い要素だ。首脳陣はゲイルをシリーズ用ローテーションの二番手に位置付けたのにはそういう背景があった。
西武球場で始まった日本シリーズ第1戦は、先発した池田がバースの3ランで挙げた得点を守り抜き、見事な完封で阪神が先勝する。「阪神が突き放すか?西武が追いつくか?」大きな意味をもつ第2戦の先発がゲイルだった。

ゲイルは1回・2回とランナーを背負う苦しい立ち上がりで、3回には石毛のソロを浴びて1点を先取されてしまう。ところが直後の4回表にバースの逆転2ランが出るとその裏から立ち直り、4・5・6回は3人ずつで片付ける。ゲイルは7回まで投げ、あとは福間・中西の盤石リレーで1点差のまま逃げ切り、大役を果たした。
阪神3勝2敗で王手をかけて迎えた第6戦。先発したゲイルはまたツキに恵まれた。1回表にいきなり長崎の満塁ホームランが飛び出し、まだマウンドに登る前に4点という大きなプレゼントをもらう。その裏石毛のホームランで1点返されたが、2回表にすぐさま真弓のソロで突き放す。4回裏にスティーブのタイムリーで1点を許すと、直後の5回表には掛布の犠牲フライで1点。取られてもすぐに取り返してもらえる最高の援護の中で、ゲイルは楽々と完投勝利を収め、胴上げ投手の栄誉に輝いたのである。

このシリーズのゲイルには、シーズン中以上の粘り、根気が感じられた。MVPはバースで文句なしだが、ゲイルの投球内容も高く評価され、優秀選手賞を受賞している。日本シリーズでの活躍は、ゲイルの残留を決定づけたと言えよう。

(6)偏った戦力なのに補強を怠ったツケが2年目に
1986 ( 昭和61 ) 年、阪神に対する評価はふたつに分かれた。ひとつは「主軸の年齢から見て、今後2~3年は優勝を争うだろう」というもの。もうひとつは「所詮打撃は水もの。投手陣にテコ入れがないと危なっかしい」という見方だ。
チームを預かる立場の者は、後者の考えに耳を傾けるべきだろう。しかし吉田阪神は、打ち勝つ野球で優勝した自信が「慢心」になっていたのかもしれない。ドラフトで5人、トレードでは柏原純一ひとりを獲得しただけで補強を済ませてしまっている。
当時の阪神は、主力と控えの力の差がケタ違いに大きく、誰かが故障すれば即チームの危機に直結する。補強を怠ったツケは、特にゲイルをはじめとする先発投手の成績に跳ね返った。
(7)けが人続出で打線の援護がなくなり黒星を重ねる
開幕を迎えて最初の3連戦でゲイルは3戦目の先発だったが、この起用に対して「なぜ開幕投手が俺じゃないんだ」と言ってゴネたという。前年の13勝を自分の力で挙げたように思いこんだのか、自らの起用に対していちいち不満を述べる扱いにくい投手になっていく。
吉田監督も後年になって「ゲイルは1年で切っておくべきだった」と語っている。もともと神経質で細かいことが気になる性格だったが、2年目に不協和音の一つになった。

4月20日に掛布が死球で戦列を離れたことで、阪神の得点力は大幅にダウンした。バース、真弓、岡田も前年のような調子にはいかず、投手陣にかかるウェートが大きくなった。しかし、先発・リリーフともに前年より悪く、チームは低迷する。
ゲイルは5~6月を3勝2敗と勝ち越しているが、勝った3試合は打線が8点、13点、13点という大量援護をしてくれたことに依存したものである。6月を終わった時点で4勝5敗、不安定だが最終的には10勝程度はできそうだった。ところが、首脳陣の淡い期待は、その後大きく裏切られることになる。
(8)後半戦はわずか1勝?!
7月から9月までの3ヶ月間で12試合に先発し、1勝もできず5連敗。相変わらず四死球やエラーで動揺したところに、2ラン・3ランを見舞われ、序盤で致命的な失点をするパターンが目立った。10月7日の大洋25回戦で、久しぶりに完投で5勝目を挙げたが、もはや残留をアピールすることにはならなかった。
阪神は、かろうじてAクラスを確保したものの、貯金は0。チーム全体が優勝時に比べて弱体化し、2年連続三冠王に輝いたバースのワンマンチームに成り下がった。
ゲイルは、もともと球威があるわけではなく、コントロールも大雑把なのに加えて、他球団にも研究されたため、2年目は並以下の投手でしかなかった。しかも、主砲・掛布の怪我などもあって打線の破壊力が落ちており、前年ほどの援護が得られなかったことが、そのままゲイルの成績に反映したようだ。結果的には5勝10敗と大きく負け越して、シーズン終了後に解雇されてしまう。
けれども、21年ぶりのリーグ優勝に貢献し、初の日本一をもたらした一人として、ゲイルの名は、これからも阪神ファンの間に語り継がれていくだろう。
リッチ・ゲイル[完]
ゲイルの年度別投手成績


ゲイルさんに対してのタイガースファンの印象はバースさんに比べると全くと言っていいほど薄いみたいだわ 察するところ数字では13勝したけど半分は打線の援護がなきゃ負けてるような内容だったからだよきっと ボコボコに KO されながら勝利投手になってるのは差し引かなきゃね しかも2年目は天狗になってる
でもこの先実際に見た人が減っていけば ゲイルさんも歴史になって 記録や数字で評価されていくのね ここに実態を残しておくのは意義があるとおもって今回はあえて厳しいことを書かせてもらいました
さていよいよCSが近づいて来たので異人伝は一時休止するね 相手はDeNA 巨人が2試合で負けちゃったのでファイナルステージの初戦は東投手だとおもう やな感じ! 3戦目あたりでケイ投手が来るよ これまた苦手だから不安すぎ やばい展開になりそうだわ・・・
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