三姉妹の行方

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うーふ.

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2011.08.24
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カテゴリ: 大震災
7/30
山形県酒田市のホストファミリーのお宅へ一時避難。
原発から200km圏なので、放射線量は(公式発表では)平常時並み。

到着して早々、次女が「すっていい?」と聞く。

・・あぁ、空気のことか。

いいよ。
ここはマスクも要らない。
思いっきり吸っていいんだよ。

そう伝えると、口を被っていた手を外し


そんなごく普通の事さえ躊躇う福島での生活。
そんな生活をこれからずっと幼い子供たちに強いて
健全な肉体と精神を育むことが、果たしてできるのだろうか?

ひとまず放射能から解放され答えを探すことにする。

7/31
海へ。

それやっちゃうのね。

砂だらけの車内にため息。
ま、いっか。

午後、パパが福島へ帰る。

「寂しくない」




8/3
海はビーチテント必須なのだと学習した。
先日届いたそれを持参し、車で10kmほどの海へ。

お弁当を作って行けば、朝から夕方までいられる。
とはいえ、さすがに疲れたので14時に退散。


・・熱中症!?

病院へ行ったら、胃腸炎とのこと。
無理させちゃったな。

8/6
長女の誕生日や、花火大会もあるのでパパが早朝5時に来てくれた。
目を覚ました子供たちへのサプライズ。
夕方早めに酒田花火ショー2011 へ。


会場近くのショッピングセンターで時間を潰していると、
小2、5歳、3歳、9ヶ月の4人の子どもを連れ、
夏休みに入ってすぐに自主避難をしたというママさんに出会った。
我が家と同じ、マイホームを建てて10年も経たないというのに
この原発事故。
こんな遠くで同じ境遇の人に会えて、ホッとする自分がいた。

彼女の行動力にただただ敬服しきり。
私と彼女の違いは一体何だろう?
子どもを守りたいと思う気持ちの強さだろうか。

まだ、今後を決められないでいる自分。

酒田の花火はダイナミック。
福島のフィナーレ級が、初っ端から上がる。


花火を興奮しながら眺めている子供たちの傍らで
今後どうしたら良いのかずっと考えていた。

8/7
長女の誕生日。
お弁当を作って朝から皆で海へ行き、早めに退散。
今年は サーティーワンのアイスクリームケーキ
予約ナシでもスムーズに買えて良かった。
7歳おめでとう。

夕食を終え、福島に帰るパパを見送る。


ふと、幼少の頃の自分を思い出す。
末っ子の私は、毎朝兄達を見送り、母を見送り
父を見送り、祖父母と留守番だった。
祖父母がずっと一緒にいてくれる環境ではなかったので
自宅にいても、一人ぼっちが多かった。
だから毎日毎日、置いていかれるのはとても寂しかった。


パパが車の窓からいつまでも手を振る。
どんどん遠く、小さくなる姿を見えなくなるまで見ている。

あの時と同じ。
家族と離れるのはなんて寂しいのだろう。
置いて行かないで、と思う。
置いて行っているのはむしろ私たちの方だけど。

思わず涙がこみあげた。

そうだった。
見送られるより、見送る方が辛いんだ。


8/10
今日はいつもの海水浴場ではなく、車で7kmほどの
北へ向かってみた。

ところがここは波が荒く、早速次女が溺れかけ、
もう波打ち際でしか遊ばない。
長女的にはその荒い波が楽しいらしいんだけど。

昼食を食べようとしたところで電話が入る。

余命わずかと言われていた祖母が、他界したという知らせ。
おそらくお盆まで、と言われていたので覚悟はできていた。
ゆるゆると食事を済ませ、海水浴場を後にする。


12日が火葬で、17日が通夜、告別式は18日。
火葬から告別式まで大分時間があるので、
通夜から出席すれば良いと母は言うけど・・
きっと後悔すると思うので、12日の朝に酒田を出て
火葬に間に合うように行くことにした。

8/11
お土産を買いに市内を奔走。
個人的に気に入った一品。


だだちゃまめとオランダせんべいのコラボ。




ポッカリ空いてしまう13日~16日。
福島では、外で遊べない。
パパはずっと仕事だし、また酒田へ戻ろうか・・。

8/10
何気なく hahako を覗いてみたら
14日~16日の二泊三日のキャンプを緊急募集していた
場所は兵庫県朝来市和田山。

子供たちを外で思いっきり遊ばせられることと
西日本への避難も検討していたこともあり、
とても惹かれるものがあった。

行ってみようか・・。


8/11
一晩考え、朝7時にメールで申し込む。
一時間後に受付完了のメールをもらう。
なんてあっさり。

これも何かのご縁なのだろうか。

8/12
朝8時、酒田を出発。
途中寒河江で休憩し、およそ250kmの距離をひたすら走る。
11時、自宅に到着。
12時の納棺にギリギリ間に合う。

変わり果てた祖母の亡骸を見て、涙が溢れる。
やっぱり、来て良かった。
骨になった後の祖母に会っても現実味がなかったと思う。
もう二度と会えない。
声を聞くことさえできない。
訪れる虚無感。
死とはこういうことなのだ。

みんなで火葬へ向かう。
三姉妹も祖母の骨を拾った。
何年か過ぎてもこのことを覚えているだろうか。





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Last updated  2011.09.02 12:33:10
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Re:うちの夏休み(08/24)  
素敵な夏休みが過ごせてますね^^
長女ちゃま、お誕生日おめでとうございました☆

汚染域にムラがあるのでどうしていいやら分かりません
爆発やベントの時も普通に幼稚園に行ってた事に
今更ながらゾッとしますが・・・

郡山の先輩は相変わらずカウンターで計測し
『我が家よりここ(オフィス)のほうが数値高いぞ』
と言っています^^;
節電で窓を開けなくてはいけないのが辛いですね~ (2011.08.24 22:37:51)

いんここ1123さん  
うーふ.  さん
今日から学校・幼稚園です。
「あぁ、そうだった」と夏休み前の陰鬱としたあの日々を思い出しました。

いんここさんのお宅周辺は汚染されているのですか?
福島の場合ですが、爆発時は外にいても屋内でもあまり差はないと
昨日知人から聞かされ・・また絶望的になりました。

郡山、高いですよね。
心配を口にできない雰囲気もあって、なんかおかしなことになってます。 (2011.09.01 11:10:55)

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