第五話「罪を天に向かわす」 | 七転八起にてものモウサン

第五話　「罪を天に向かわす」

　イエムは霊峰ミレウを越えを果たした。

長く続いた下り坂を終えたところに小さな街レッドポンドで宿を求めていた。

「いい加減くだばりやがれぇー」

ナイフがもの凄いスピードでイエムに差し迫った。

イエムは間一髪のところでナイフをかわした。

イエムは腰が抜けて動けなくなってしまった。

更にそれを追うようにナイフが振りかざされた。

しかしである、イエムの鼻の先でナイフは止まった。

「はっ俺は何てことを、、、、」

イエムは何事かわけがわからない。

周囲に居た人が気づいて、街役人に伝えたのであろう、装備を整えた役人たちが男を取押さえた。

「お怪我はないですか？一応男の話を聞きますので、ご同道、願えませんか？」

イエムは震えを抑えながらなんとか立ち上がると、役人の言うがままに従った。

「一体、急にあなたのような聡明な方が殺人を犯そうとすなんてどうしたのですか？」

役人は柔らかに男に尋ねた。

「おれはあいつに追われていた。振り払おうとしただけなんだ。」

役人は何度もイエムを眺めたが、到底、イエムが人を脅かすように見えなかったらしい。

「話の意味がわかりません、もう少し詳細に話して頂けませんか？」

役人は尋問を続けた。

「家内がいるうちは忘れかけてたんだ。

だが家内が死んでから急にまたうなされるようになっちまった。」

「奥様がなくなられたのはつい先日ですね。それが原因なんですか？」

役人は話の続きを促した。

「いやそうじゃない。あいつが昼夜問わず、現れるんだ。」

「あいつとは誰なんですか？」

「友さ、、、、」

「友が何故、貴方を脅かすのですか？」

「俺はあいつの肉を食らっちまった。戦争中の出来事だった。

あいつと俺は共に激戦を潜り抜けてきた。

しかし、俺たちの前線は補給線を断たれて２週間以上も物資に恵まれなかった。

飲まず食わずの戦いは続いていた。

戦地はジャングルだった。

あいつは前線で弾に射抜かれた。

俺たちはその事を知らなかった。

何か食べねば生き残れない。

上官はあろう事か、やつの亡骸の肉をおれたちに食べさせやがったんだ。

上官にとってみれば苦渋の選択だったに違いない。

俺たちを守る為の。。

それを俺が知ったのは奇跡的に戦地から帰った後の事だった。

以来、おれはあいつの夢に襲われる日が続いていたんだが、家内と知り合っ

てからは不思議とそれは消えていたんだ。」

「なるほどそれでまた友が夢の中に現れて貴方を苦しめるのですね？」

役人の目はじんわりと虚ろだ。

「最初は夢だけだったんだが、今じゃ昼日向からあいつは現れる。
腕がない返せと」

イエムは話を聞いて、ポケットから数珠を取り出すと、それを男の首に被せた。

「もう４０年以上も貴方は苦しんだ。」

イエムはささやいた。

「貴方は苦しみ続けましたね４０年も、お互い不幸でしたね。。。」

貴方の心の奥に眠る自戒の念が魍魎となって貴方を黄泉に誘ってるにちがいないです。

奥様を亡くされた事も関係してるでしょう。

実際に友の念があるとは到底考えられません。」

男は困惑し

「もう死じまった方が楽かもな、天国に行けばあいつに会って心の底から許しを請える。」

男は呟いた。

イエムはポケットから香水を取り出した。

そして香水を少しふりかざし、男の額に手を当てた。

男は眠りに入った。

　イエムの体が光で包まれる。

イエムは男に向かってささやく。

「俺はお前をうらんじゃいないさ！むしろお前が俺の事を魍魎扱いするのは

我慢ならない。いいか俺はお前に苦しみを与えると俺も苦しくてならない。

俺はお前の思念がたまに俺に通じる時がある。いつも呼び出されて迷惑だ。

呼び出しがあると次の橋を渡れないんだ。俺の事を思い出してくれるのは嬉

しいが、苦しむじゃない！わかったな。」

イエムは男から数珠を取り外した。

男は眠りから覚めた。

「今、夢に家内が現れた。俺に言いやがった。河が汚れす

ぎている俺に河の掃除をやれと。」

役所からイエムは開放された。

イエムは役人が手配してくれた宿で一晩を明かした。

その次の日以降の事である。

男の表情は晴れやかに一変した。

男はそれ以来追われる夢を見ないらしい。

男は毎朝、川原のゴミを拾い、亡くなった家内を惜しんでは祈りを続けてい

る。

　　　　　　　　　　　　　ーつづくー

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