秋乱-АΚΙЯА-

[odd_fellow]



MASTER_CALL-B.B.D


odd_fellow 変わり者

言動や性質が普通とは違っている人。
変人。奇人。



 午後三時過ぎ。高層ビルの群れの間を二台の黒い大型車が走っていた。だが直ぐに小さなショップの前で止まる。

 辺りは静かだった。風もなく、人の姿も全く見当たらなかった。

 大型車の後方から季節外れの黒地のコートを羽織った青年が現れた。手に何も持たずにショップへと足を踏み入れる。

店員:「あーいらっしゃいませぇ…」

 ショップの奥からダルそうな声が聞こえた。だが動きは見られない。

 ショップの中は静かな音楽が流れ、室温も心地好い程度だった。客は男が三人と、女が二人。あと、高校生らしきカップルが何か喋っている。

店員:「何か用っすか」

 青年は先程の店員を見つけた。そして何か話す。

店員:「分かりました。ちょっと待って下さい…」

 店員はいかにもダルそうに椅子から立ち上がり、手に持っていた漫画を元の場所に戻した。そしてレジの向こう側へ消える。

 青年はそれを待ちながら無言で店内を見回した。特に印象に残るものは無い。

 何回か青年はこのショップに足を運んでいたが、その記憶はほぼ消えていた。

 店員が戻ってきた。両手で小さい段ボール箱を抱えている。少し重そうに見えた。そして青年は息を吐き出すと同時に、レジの隣にソレを落とした。

店員:「…これですねぇ。昨日届いていたみたいっすけど……」

 そこで初めて店員が青年に興味を抱いた。今時何で黒のコート?と眉をひそめながら青年を見る。

 青年はこれまた黒のサングラスを掛け、髪を後ろで束ねていた。いかにも不審人物といった感じだ。見たからには青年は店員より若く、そして知的だった。

店員:「…あっ、えっと…代金を…」

 店員は我に返り、言葉を発した。それを待っていたかのように、青年はコートの奥からケースに入ったコンピュータ・チップを取り出して段ボールの上に
乗せた。既に店員の視線はソレに注がれていた。

店員:「…CTですか」

 青年に全く反応はなかった。店員は何も言えずコンピュータ・チップを手に取る。そして青年に視線を戻した。

店員:「…じゃぁ、コレで…支払われますか?」

 ぎこちなく青年に尋ねた。勿論言葉が返ってこない事は分かっていた。

 青年は段ボールを持ってショップを出た。そして黒い車体の影に消える。店員は茫然としてしばらくその場に立ち尽くしていた。

 そこへ店長らしき女がやって来た。そして店員に気付く。

店長:「ちょっとアンタそんな顔して何してんの?仕事しな、仕事っ!」

店員:「……てっ店長…こっコレ…」

 店員が力なく言葉を漏らした。そして指で挟んでいたコンピュータ・チップを店長に差し出す。

店員:「し…CTです」

 再び言葉を漏らす。店員の異常な反応を見て店長も動きを止めた。

店長:「…しっ…CTって……CT?」

 店長もソレに凝視する。そして確認の為に聞き返した。少し沈黙が続く。

 そこに若い女の馬鹿笑い声が割り込んだ。どうやら先程のカップルの話が盛り上がっているようだ。

店員:「…てっ店長、俺達買収されちゃったみたいっすねぇ……」

 先に店員が口を開いた。苦笑いを浮かべている。そして店長も無言でゆっくり頷く。

店長:「…終わりね」

 店長は声を漏らしてヨロヨロとショップの奥へと消えていった。

 現在の世を出回るのは〈情報〉。数少ない情報学者の中には、〈情報〉は金より強しと言う者もいる。その通りだ。今この小さなショップはその〈情報〉で買い取られたのだから。〈情報〉は金より価値が有るという事の象徴だ。

 そしてこの考えは《情報戦争》勃発の原因でもあった。2066年。その頃から人間は自らの〈情報〉を売るようになり、終には〈情報〉を金の如く使うようになった。

 今店員に渡されたコンピュータ・チップ即ちCTもそのような〈情報〉が埋め込まれたものの一つだ。だが普通は〈情報〉など全く埋め込まれていない。ただ、CTと名の付くモノ全てに人間が怯え、《情報戦争》を思い起こす。一年で全てに決着がついたと考える者もいれば、〈終わりない戦争〉と考え震え上がる者もいる。

 《情報戦争》は一年で終戦したが、死者は数えられない程だった。東京などといった大都市は勿論、外国の国々も影響を受けた。

 生き残ったのは〈情報〉を金の如く使い、売買する者達。そして情けなくも死ねなかった者達。この世に存在する人間のほとんどが、そのような者達の子孫である。中にはそれらの〈情報〉を書き替え、〈無〉にしようと考えた者達の子孫もいる。

 今ショップの前から姿を消した青年もまたその一人だった。だが、正確に言うと少し違う。彼の両親は彼に殺されたのだから。しかも《情報戦争》初日に。青年が六歳の頃の事だ。だが、もし彼の両親が殺されずに戦場へと赴いたとしても、死ぬ事には変わりはなかっただろう。



 山のふもとに立ち並ぶいくつかの鳥居。触ると直ぐに倒れそうな程に古ぼけ、赤茶色の塗装もはげかけている。

 鳥居に向かって大通りが延び、その左右を高層ビルが挟んでいた。

 今その一本の大通りを走り去った車があった。黒のオープン・カー。運転席には若い女が乗っている。

 車はビルの影を次々と踏み、鳥居をくぐった。そして小さな神社の前でブレーキを乱暴に踏む。土煙が立ち上った。

 そこは人気のない神社。辺りは物音一つなく静まり返っていた。若い女は落ち葉が舞い上がる程乱暴に車のドアを閉めた。そしてサングラスを外す。

女:「…あ‐ダルい。せっかくの休日が台無しじゃない、もぉーー!」

 未成年者が使うような言葉を漏らしたが、声は低い方だった。所謂ハスキー・ヴォイスだ。

 しかも女は短いジーパンとヘソの出そうな短さの白いTシャツを着ていて、そこら辺の若い女よりは大人しい感じがする。

 黒い髪は背中半分を覆っていた。肌は程良く焼け、左の二の腕に黒のタトゥーが在った。ドクロの形をしたタトゥーで、その下には『2K19』と文字が
刻まれている。

 女の携帯電話の着信音が鳴った。それに出る。

女:「…分かりましたー。じゃ、ここで待ってたら良いんですね?…了解」

 電話を切るのと同時に地響きがし始める。若い女は驚く事無く車に乗り込んだ。地面が沈むのを待つ。

 遂に動きが止まった。車の前で機械音がしたと思えば、次の瞬間扉が開き始めた。ゆっくり開く。

 車が発進する。思い切りアクセルを踏み、目の前の道を行く。

 周りには何もなく、ただ真っ直ぐな道が続いていた。天井は床から二メートルの位置に在った為、時々現れる蛍光灯が頭の直ぐ上で音を立てて過ぎていっ
た。

 風が冷たい。

 少し広い場所に着いた。そこで若い女は車から降りると何もない壁に手を触れた。

 すると何やら複雑な機械がそこに現れた。女はそのカバーを開け、中のキーボードを打ち始めた。機械音と共に、空気の抜けるような音が耳に届く。

 車が彼女の背後で回転し床へと消えていった。彼女はそれを見届けると、再びキーボードに向き直る。

 女は打ち終わるとジーパンのポケットからカード・キーを取出し、キーボード横の小さなセンサーにかざした。

コンピュータ:「IDチェック。……名前、性別、年齢をどうぞ」

女:「面倒ねぇ。…広野要。女で十九歳です」

 広野はカードキーをしまって髪の毛をかき上げた。そして面倒臭そうに言う。次に網膜チェック。

コンピュータ:「…確認完了。おかえりなさいませ、コウノ様」

広野:「はいど‐も。…只今戻りましたよ―」

 目の前の自動扉が横にスライドする。中は広々とした所だった。そこを度々人が横切る。男女問わず、年代も様々だ。〈地下都市〉を感じさせる雰囲気がそこにはあった。

女:「カ~ナメちゃ‐ん!おかえりィーー!」

 どこからか黄色い声が聞こえた。見ると、人混みの中から若い女が手を振ってやって来る。周りを気にせず、派手な女だ。

広野:「あぁ!安倍、この野郎っ!こんな時に呼び出して何の用だっっ!」

 安倍と呼ばれた若い女は髪を今風に束ね、色も明るい茶色に染めていた。少しケバい、と言ったら分かるだろうか。

 背はヒールで高くなり、広野と並ぼうと背伸びをしているように見える。
腕にはチャラチャラと光る物を付け、蛍光ピンクのT‐シャツに黒のミニスカートを履いている。まさに今風の十代女だ。

安倍:「そんなに怒らないでよ―。アタシも呼び出されたんだもん」

 安倍は幼い子供のように頬を膨らませた。だが直ぐに切り替えて広野の手を掴む。同時に長い爪が少し触れた。

安倍:「社長が呼んだの。何かあったんじゃない?…何かした?」

広野:「何もしてないっちゅうにっ!」

安倍:「じゃぁ…?」

男:「そこの二人、社長がお呼びだ。来なさい」

 安倍の言葉を一人の男が遮った。

広野:「だからぁ、何もしてないってば!」

 そう言いながら安倍に手を引かれ、広野は男の後をついて行く。

安倍:「…要ちゃん、何かヤバそう…?」

広野:「いや、何もしてないから…」

 尚も言い続けた。

 男が一つの扉の前で立ち止まる。そしてノックを二回した。

男:「…船越か。入って良いぞ」

 扉の向こうで中年らしき男の声がした。そして扉が開かれた。



 広い部屋の床を絨毯で覆い、一番奥に長いデスクが在った。そしてその前に男が立っていた。

船越:「広野と安倍を連れてきました」

 船越ははっきりそう言うと再び歩きだした。

男:「いやー。好い眺めだなぁ、船越。『両手に花』ってか?」

船越:「…社長。冗談でなければただじゃ済みませんよ…?」

社長:「はっはっはぁ!ジョ‐ダン、冗談!怖いよ、船越クン」

 男はふざけたように笑顔を見せる。相変わらず社長って若いなぁ…。広野は忍び笑いをして思った。

安倍:「何なんですか、社長。アタシは何もしてないですよぉ―?」

 安倍は直ぐに抗議した。たがブリッ子口調だ。

社長:「あぁ、分かってる分かってる。すまんが船越、席を外してくれんか」

船越:「…分かりました。では失礼します」

 会釈をして船越は部屋を出ていった。

社長:「………今日も良い天気だなぁ。こういう日は出掛けたいもんだ」

安倍:「社長!本題は何なんです?」

社長:「ん~周平って呼んでくれて良いよぉー?亜矢子チャン」

安倍:「いやーっ!セクハラです!社長っっ!」

 男はケラケラ笑った。全て冗談だ。二人とも分かっている。

広野:「…冗談は結構ですから、本当に本題は何なんですか」

 広野が口を開いた。

社長:「……我が社にも問題が発生したようだ」

 社長の低い声で辺りに冷たい空気が過った。緊張の面持ちだ。

広野:「も、問題?」

社長:「…我が『情報保護整備会社』の社員は全て的確な判断と活動をしてき
た。だがそれは私の思い違いだったようだ。広野君」

広野:「は、はい」

 社長は広野に向き直った。広野の眼差しも真剣だった。そして生唾を飲む。

社長:「…広野君。君のパートナーは私の言う的確な判断を怠ったようだ。…君は知らないと思うが」

広野:「え…?」

 広野は言葉を失った。

社長:「…この事は我々だけの秘密にしてほしい。それと、君のパートナーを
辞めさせるのは不可能だという事を分かってほしい」

 広野はまだ黙っていた。動揺して何も言えない。

社長:「…我が社の目的はあくまでも『情報』の“保護”。社名には“整備”
などと入っているが、真の目的は前者の方だ。…君のパートナーは後者を目的
に活動しているようなのだ。何か聞いていないかね?」

 社長は静かに彼女に尋ねた。安倍も動揺しているのか、ただ彼女を見つめているだけである。

広野:「何って…。バイトをしているとしか聞いてませんけど……」

社長:「バイト?」

広野:「どこかの工場で配達をしてるって…」

社長:「工場…」

 社長は何か思い当たる節が在ったように、そう小さく呟いた。

広野:「…社長。何かしたんですか?…冰悟が、何かしたんですかっ?」

 広野は心配そうにして社長に詰め寄った。

社長:「いや…君が心配するような事じゃないよ。大丈夫、私の勘違いだろ
う…安心なさい」

広野:「勘違いって…」

 社長はデスクに腰掛け、笑顔を見せて言った。

社長:「何、大した事じゃないさぁ―!後で奴に聞いておいてやるから、安心しなさ‐いっ!」

 いつもと同じように若々しくケラケラと笑う社長を見て、二人は肩の力を抜いた。だが直ぐに広野が社長に尋ねた。

広野:「…って事は、今居るんですか?」

社長:「あ、あぁ。君が来る二時間程前に来たんだ。電話もかかってきたしね
―。何事かと思ったよ」

 社長は頭をポリポリと掻き、腕を組んで答えた。それを聞いて広野が口をポカリと開ける。思ってもみなかった返答だったようだ。一瞬だけ時間が止まったかに思われた。

社長:「帰ってきた“問題児”ってとこか……」

 社長が呟いて付け加えた。その時にはもう既に広野の姿はなかった。

 安倍はそこに残っていた。社長に呼び止められたからだ。

社長:「……君のパートナーの事なんだが…」

安倍:「タ、タマちゃんに何かあったんですか?」

 再び重苦しい空気が広い部屋を包んだ。

社長:「その…弓原君だがね…。そのー…」

 社長は言葉を濁した。

安倍:「死んじゃったとかじゃないですよねー?」

 安倍は冗談半分で聞いた。空気を少しでも軽くする為だ。だが冗談で済むような事ではなかった。

社長:「し…知っていたのか…?」

安倍:「え?…マジ?」

 弓原珠貴はもう死んでいるのだから…。しかも彼は吉海冰悟に殺されたようなもの。だがその事は社長も知らなかった。勿論広野も安倍も知らない。

安倍:「そ…そんなぁ…。タマちゃんが……?」

 顔を真っ青にして力なくそう言うと、安倍は床に崩れ落ちた。涙も出ない。
何が何だか分からない…。彼女は心の中で泣き叫んだ。なぜ涙が出ないのかも分からない。突然にも程があるのに…。

 〈情報保護整備会社〉。社員数は世界トップを誇る大企業。社長は夢路周平、五十二歳。地方に〈情報ステーション〉という名の子会社を数百件置き、社員の情報屋(インフォーマー)を常に派遣している。ちなみに社員は十八歳以上の男女で、ペアとなり活動している。

 親会社は人工山〈エコ・マウンテン〉の下に位置し、出入口は様々な場所に存在する。広野要が先程入ってきた所もその一つだ。大概古びた神社が目印となっている。

 安倍は落ち着いてから部屋を後にした。それを見届けた夢路は大きくため息をついて椅子に体を預けた。そして呟く。

夢路:「…あの子がもし真実を知ったら、私はどうしたら良いだろうか…」

 その眼差しは何か悲し気だった。頭を抱え、腕時計の秒針の音が耳に届くのを塞いだ。



 クリーム色の壁にもたれている。小さくため息をつき、何も考えずに床を見下ろした。再びため息が漏れる。

 ふと、壁の向こう側から誰かの足音が聞こえた。それを機に、気持ちを切り替えてドア・ノブに手を掛ける。

青年:「うわっ!ビックリしたー…。いきなり入ってくんなやぁ」

 部屋に入ってきたのは若い女だった。女は部屋から出ようとした青年の前に立ちはだかった。

女:「ビックリしてないくせに…。相変わらず性悪ね、冰悟って」

吉海:「はぁ?性悪なんはお前やろ。名高き『性悪女広野要』はお前に似合っとるしなー」

広野:「うっさいなぁー!放っとけっちゅうに!」

 広野は吉海の胸を叩いて背を向けた。

吉海:「…てか、口悪いでお前。本間…直せよ?」

広野:「ご心配なく。他人の前ではちゃんとしてますから……」

 広野は背を向けたまま、今度は丁寧に言った。だが直ぐに自分が言った事に対して耳が熱くなった。

吉海:「うわっ!可愛くねー。相っ変わらず可愛くねーな、お前」

 吉海はそれにも気付かず、そのままどこかへ行ってしまった。慌ててその後
を広野が追い掛ける。

広野:「ちょっと!ちょっと…。戻ってくるんだったら連絡くらいしなさい
よ。いきなり帰ってくるなんて卑怯でしょー」

吉海:「何でやねん。卑怯って、お前、人聞き悪いねェ…」

広野:「…ずっとバイトで居なかったんでしょ?」

吉海:「残念。仕事で居らんかっただけや」

広野:「何でいっつも単独行動をとるわけ?パートナーでしょ、あたしら。…それなりに」

吉海:「おい。誰がパートナーやって?」

 吉海が恐い形相で振り返った。そして広野に詰め寄りながら言う。

吉海:「悪いけどなぁ、俺は一人でやるんが好きなんや!パートナーとか居っ
たら足引きずるだけやろ?邪魔、邪魔……っ!」

 一瞬、吉海の目の前が真っ暗になった。次に左頬が熱くなる。

広野:「馬鹿っっ!…人の気持ちもちょっとは考えなさいよ!」

 その言葉で直ぐに状況が判断出来た。広野が涙ながらに怒鳴ったからだ。吉海の胸が熱くなる。

広野:「社長にさっき呼び出されたのよ、あたし!何でか分かる?…冰悟が、
間違いを起こしているかもしれないって言われたのよ!……どれだけ人を心配させたら気が済むのっ?」

 震える声で広野が言った。今にも床に崩れ落ちそうだ。だがその前に吉海が彼女の手を引っ張った。

吉海:「…ごめん……悪かったよ……」

 そう呟いた時には既に吉海の腕の中に広野がいた。崩れ落ちないようにしっかりと抱き締めている。

広野:「…遅いっちゅうに……」

 鼻をすすりながら広野が答える。体が熱くなるのを感じた。思っていたより吉海の体は大きかった。長い両腕で彼女を優しく包んでいる。

 トク………………トク………………

 吉海の胸に耳をあてる。心臓の鼓動はゆっくりとしていた。それも一定のリズムで、まるで作ったような音だった。

吉海:「…今度帰ってくる時は、ちゃんと連絡するからさ……」

 広野の耳元で優しい吉海の声が聞こえる。目をつむると心臓の鼓動より彼の声の方が大きく聞こえた。

青年:「こーんな所でイチャイチャすんなって!」

 吉海達の背後て若い男の声がした。同時に二人は離れる。

青年:「羨ましいなぁ~。俺もそんな事出来たらエエねんけど…」

 青年はわざとらしくため息をついて壁に手をついた。広野の耳が赤くなる。

吉海:「…お前も戻っとったんか、周士。社長にテルしたけ?」

青年:「今からしよ思てんねんけど、面倒やし顔合わせるわぁ…久々に」

吉海:「親孝行や、親孝行!せやないと、仕舞いに親不孝者になるぞ、お前」

青年:「ったく!年上に対する口調か、ソレ?失敬やなぁ!」

 青年の名は夢路周士。ここ〈情報保護整備会社〉の社長息子だ。現在は二十一歳で、父親の下で働いている。

 夢路青年は威勢良く吉海の後頭部を叩いた。

吉海:「イッてぇな!」

 悪戯顔で社長息子はその場を去っていった。父子共々やんちゃ坊主だ。

広野:「…仲良いね」

吉海:「まぁな、兄貴みたいなもんさ」

広野:「久々に会うって言ってたけど、そんなに親孝行してないの?あの人」

吉海:「あ‐見えても息子には厳しいからな、社長。かなりの頑固親父らしいぜ?鬱陶しいくらい…」

広野:「それだけ愛されてるって事でしょ?幸せじゃない……」

 広野は小さなため息をつくとクリーム色の冷たい壁にもたれかかった。

広野:「…いつ出るの?また出掛けるんでしょ?」

吉海:「いや、もう少し居てやるよ」

広野:「『居てやる』って何よ!」

 広野は顔が熱くなるのを感じた。恥ずかしいんじゃない。嬉しいんだ。吉海が優しく笑いかけている。

吉海:「…明日の夕方には出る。それまでにこっちの仕事を済ますつもりだ」

広野:「そう…。また単独行動ですかい?」

吉海:「いや、一緒に行こう」

 その瞬間、広野の心臓が勢い良く弾んだ。

 広野は嬉しすぎてまともな言葉を出せなかった。

広野:「バーカ……」

 そっぽを向いて赤い顔を隠す。吉海は何も言わずに、そんな彼女の手をとってその場を後にした。



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