秋乱-АΚΙЯА-

[hollow]



MASTER_CALL-B.B.D 


hollow 空虚

物のなかみ、または物事の内容をなす価値が、何もないこと。
心のより所がないこと。からっぽ。



 青年は気付いてしまった。自分は孤独なのだ、と。そしてその瞬間、漆黒の海へと放り投げられたような恐怖を覚えた。

 青年は親に嘘をつき、友にも嘘をついた。だが気付いていた。そんな事をしても何にもならない、と。

 親は自分を見てくれていない。青年はそう思った。だがそんな自分こそ身勝手なのだ。それにも気付いた。でも、もうどうでも良いと思った青年は、一人で泣くしかなかった。

 本当は友達なんかいない。いや、でも喋る相手ならいた。青年は髪の毛をくしゃくしゃにして考えた。

青年:「…あいつ等、人を見かけだけで決めやがる…」

 僕が悪いのか?いや違うだろ?青年の頭の中でもう一人の青年が言う。

青年:「…ってか、どうせ死ぬし」

 自殺宣言。そこは夜の海が見える大きなテラス。死ぬ場所なんかどうでも良いって…。青年は自分に言う。そして夜空を見上げた。

 孤独なの?僕って…?青年は自分に聞くしかなかった。

青年:「つうか、一人称『僕』ってキモイな…」

 独りで苦笑い。青年はその時思い出した。

 俺の顔ってキモイ?キモイからあいつ等…。

青年:「あ―もぉ!思い出すなよ俺!!」

 いや、俺は思い出したくないわけじゃない。思い出して、自分は可哀想な奴だって主張しているみたいに思われるのが嫌なんだ。青年は頭を抱え床に座り込む。もう力はない。

青年:「…俺って可哀想な奴?…はっ!バカだよなぁ!バカだぞ俺ぇ!!」

 青年は独りでわめいた。それしか出来なかった。そんな事しか出来ない自分に、絶望した。

 青年は気付いた。ただ生きていくだけでは面白みがない。別に目立ちたいわけでもないが、何か尊敬されるような存在になりたかった。そうか…俺は優越感に浸りたかったんだ。

 今までそんな状況になった事がなかった。逆に暗い人生だった。気持ちを抑えていたら、こんな事になってしまっていた。コレで終わるのか…?

 青年は口の端をつり上げクスクスと笑った。今の彼の目には精気が感じられない。

青年:「…何でだ?何で俺ってこんなに運が良いんだ?いざって時に運悪いくせに…」

 呟きながら再び髪をくしゃくしゃにする。ウザいんだよ、この髪。青年はそう思って髪を引っ張る。

 大して邪魔そうな髪でもない。ただ今の青年は何かとムシャクシャしていた。

青年:「抜けて良いんだぜ?髪の毛さんよぉ。お前は能無しだ…」

 くだらねぇ…。こんな自分は死んでしまえ、と青年は思った。何も出来ない自分に腹が立つ。

 分かってるだろ?能無しなのは俺の方じゃないか。そう、俺は能無し以外の何者でもない。バカな能無しだ…。

青年:「あ―…俺ってバカ!!」

 そう思って口に出す。だが力が入っていない。

青年:「あ―!もうどうでも良いから誰か俺を殺してくれぇ!グッチャグチャのバッラバラにしてくれぇ!!」

 星の見えない夜空に吠える。月はどこに在るのだろう。

青年:「…人生やり直したってどうせ同じ事の繰り返し…意味ねぇし…」

 床に寝転がり目の前の暗闇を見つめる青年。ただそこに残るのは孤独感だけだった。

 青年は目をつむった。そして、まるで誰かに話しかけるように、落ち着いた口調で呟きだした。

青年:「…俺って人と同じが嫌なんだ…。でも何か時々淋しくなる。同じものが全くないと、そこで壁を作っちまう。バカだ…」

 静かに波の音が聞こえる。時を忘れれば、直ぐに死ねるだろうか…。心の中で思うが口に出さない。そして続ける。

青年:「…とにかく誰かの上に立ちたかったんだ。自分は特別だ、と思わせたかった。…優越感に浸りたかった…。でも思えば、何の特徴も持ってない。俺はただのバカだった…そうだろ?あぁ、恐らくね…」

 自問自答。

 その時、右ポケットの携帯電話が鳴った。耳障りな曲調。だがそれを気にせず、思い切り床に叩き付けてしまった。着信音はプツリと途切れ、携帯電話は粉々になる。

青年:「…あ~あ。ウザいな。死ぬって言ってるだろうがぁ!」

 立ち上がりテラスの端へと足を運ぶ。その瞳には一粒の涙すらなかった。

 頑丈そうな柵の上に白い包帯が目立つ両手を置く。だが次の瞬間、何を思ったのか青年は拳で柵を殴った。鈍い音がしたが痛くなさそうだ。

 そして周りが静かになり、再び波音が耳に届く。

 パァン!!…………………………………

 突然の銃声。それほど遠くないようだ。青年は驚き咄嗟に目を凝らして音のした方を見た。

青年:「ぎゃぁ!!」

 声を上げ床に倒れた。何を見たと言うのか。青年は腰を抜かし小刻みに震えている。

 パキンッッ…………………………………

 何かが割れるような音がしたと思ったら、今度はテラスが揺れだした。

青年:「な、なな何だよ!!」

 白い光が青年を照らす。懐中電灯よりかなり大きい光だ。青年は両手で目を塞ぐ。

 だが直ぐに何かに両手を引っ張られた。

 青年は恐る恐る瞼を開く。彼の目に映ったのは黒い塊だった。まるでそれは死に神のようだ。そこで初めて自分はここで殺されるのだと悟った。

死に神:「…死にたいのか、お前」

青年:「……あ、あぁ。死にたい。殺してくれるのか、あんた」

死に神:「…殺してやっても良いだろう。その代わりお前のも頂く」

青年:「俺のもって…何の話だ?」

死に神:「お前の『情報』は高くつくぜ?」

 青年はわけも分からず、ゆっくりと立ち上がった。死に神は不気味に笑っていた。

青年:「…あんた…まさか、噂の『殺し屋』か?」

 今度は死に神の眉が歪んだ。

死に神:「…そんな噂があるのか。言っておくが、そんな可愛いもんじゃねぇぞ」

青年:「じゃぁ、何だってんだ?」

 沈黙が過ぎる。死に神の目はしっかりと青年を捉えていた。青年の中に密かな恐怖が再び蘇る。

死に神:「……死ねば良いんだろ?じゃぁ聞くな」

 そう言って死に神が青年の胸倉を掴む。青年は両足をバタつかせもがくしかなかった。

青年:「はっ放せ!このクソ野郎!!殺されてたまるか!!」

死に神:「何だよ。やっぱ死にたくねぇの?」

 呆れたように死に神は青年から手を離した。そして上から覗き込む。

死に神:「逃がさねぇ。お前は俺の『獲物』だ」

 青年の額に、冷たく光る死に神の鎌があてられた。青年は言葉も出ない。逃げる事すら出来ない。

 だが死に神は青年から目を逸らし、遠い暗闇へと視線を移した。何かが見えているようだ。青年の目では捉えられない。

死に神:「…俺の『獲物』だぞ。邪魔すんじゃねぇ」

 死に神が暗闇の〈何か〉に言った。青年は隙を付いて逃げようと思ったが、足が震えて立ち上がれない。我に返り、これが自分かと疑った。

死に神:「…それともアレか?ここでヤり合おうってのか?」

 暗闇の〈何か〉が小さく笑った。そしてゆっくりと姿を現す。青年の目にも映った。もう一人の〈殺し屋〉。

殺し屋:「…そんな事、ココでなくても出来る」

 殺し屋が口を開く。そして死に神と少し距離をとって立ち止まった。青年には何の話なのか全く分からない。だが、この死に神と殺し屋が〈仲良し〉ではない事は分かった。

殺し屋:「…そんな事より、その『削除』は許可を取ったのか」

死に神:「許可なんか要らない。コイツは俺の『削除』を覗き見しやがったんでな。現行犯『削除』ってヤツだ」

殺し屋:「おいおい。そんなもの聞いた事ないぞ。…俺なら、先に許可を取って」

死に神:「貴様の意見なんか聞いてない。コレは俺のやり方だ。俺に指図すんじゃねぇ」

 そう言うと死に神が鎌の先を殺し屋に向けた。いや、鎌じゃない。青年は目を擦った。すると、今まで目にしていたものが何かが分かった。

 死に神は黒いコートの眼鏡男、殺し屋は薄い黒のワイシャツを着た茶髪男。死に神の鎌は、黒い拳銃だった。青年は幻を見ていたのだ。と言うより、青年自体がそうだと思い込んでいたのだ。

眼鏡男:「…まぁ良い」

 そう言って黒いコートの内側から携帯電話を取り出す。拳銃は仕舞われた。

眼鏡男:「…もしもし。俺です、梅咲です。『削除』終了しました。…はい……知っていたんですか。それなら………………了解しました」

 梅咲は携帯を切り無表情で茶髪男の方に向き直った。やけに丁寧な口調に、青年は違和感を覚えるしかなかった。

茶髪男:「…許可は?」

梅咲:「『捕獲』だ」

茶髪男:「何?」

梅咲:「聞こえただろ。『情報捕獲』だ。…って事で俺は帰る」

茶髪男:「おい待て!放っておく気か!」

 立ち去る梅咲を睨む。そして逃げようとした青年の首襟を掴んだ。

梅咲:「……林藤。知ってるだろ?俺の任務は『情報削除』だ。そいつは『捕
獲』対象者。俺の『獲物』じゃねぇ」

 肩越しに答える。だが彼の手にはブラック・ホースが握られていた。林藤はそれには気付いていなかったが、小さく鼻で笑った。

林藤:「…じゃぁ俺の『獲物』でもないな」

 青年を掴む手を緩めた。だが次の瞬間、青年の頭を掴む〈もの〉が現れた。

青年:「ぎゃゃぁ!!」

 青年は必死にもがくが、ソレはピクリともしない。

 林藤は動揺せず頭上をゆっくりと見上げる。するとそこには銀色に光る大きく歪な塊が浮かんでいた。そこから伸びた〈手〉が青年の頭を掴んでいたのだ。

青年:「クソ!放せこの野郎!俺はまだ死にたくない!!」

林藤:「うっさい!!」

 イラ付いていた林藤が青年の腹に蹴りを入れる。するとやっと青年は静かになった。

 〈手〉は青年の頭を掴んだまま引き上げた。そしてなんと林藤に手を振ったのだ。

林藤:「っく!吉海の野郎か!ふざけやがって…」

 そう言うと、頭上に浮かぶ銀色の塊から3D映像が流れ吉海が現れた。

吉海:「Z‐22、吉海冰悟『情報捕獲』させて頂きまぁす!ごめんね~惷君」

林藤:「…勝手にやっとけ」

 林藤はそれだけ言うと再び暗闇へと姿を消してしまった。

 静かな波音がする。何も無かったかのように。銀色の塊は大きな白い光を帯びながら風とともに消え失せた。そしてそこには孤独感と暗闇だけが残る。



コンピュータ:「『情報捕獲』。『CHEST』確認」

 耳に残る機械音。決して静かとは言えないが、人の話し声は聞こえない。

 そこはコンピュータの言葉の羅列が集まる小さな個室。銀色の壁が、床にうずくまる青年を映していた。

 無音のその空間に一人の男が忽然と現れた。そして青年の体を調べ始める。

コンピュータ:「『RIEN』対象。『捕獲』ナンバー13、確認」

 多数の機械音が壁の中を行き来する。すると今度は銀色の壁に黒い文字が浮かび上がった。

 『I’m ready for a check.Voice input,please.』
 (検査の準備が出来ました。音声入力をお願いします。)

男:「…If there is no abnormality,please begin to check it.」
  (…異状がなければ、検査を開始して下さい。)

 コンピュータに答え、流暢な英語が男の口から流れ出る。

 数分後、再び銀色の壁にコンピュータ文字が浮かび上がった。

 『…The CHEST code is AAP29105.The attribute is a human man.』
 (…CHESTコード、AAP29105。属性、人間の男。)


男:「I see.Is there abnormality for a body?」
  (なるほど。身体に異状はありませんか。)

 『…The body temperature is 36℃.There is no abnormality for his body.He‘s in the sleep state at present.』
 (…体温、36度。身体異状なし。只今、昏睡状態。)

男:「Ok…please appoint him to RIEN while keeping this state.」
  (分かりました。…それではこのままRIENに起用して下さい。)

 『I understood…』
 (了解しました。)

 男は立ち上がり銀色の壁に手をついた。すると次の瞬間、男が壁の中に吸い込まれた。再び無音の空間がそこに残る。

 しばらくすると、床にうずくまっていた青年が跳ね起きた。そして辺りをキョロキョロと見回す。どうやら自分の置かれている状況を把握出来ていないようだ。

青年:「……俺は確か…家のテラスで…」

 息を荒げながら呟く。そしてふと自分の足元に視線を落とした。右足首に巻き付く〈何か〉。しゃがみ込みソレが何であるかを理解しようとする。

 生唾をゴクリと飲み込んだ。外れそうにもない白輪。冷たく皮膚に触れる。間違えればただのアクセサリーにも見える。

コンピュータ:「警告。その『ニクス』に触れないで下さい」

 青年は驚いた拍子に壁に背中を打ち付けてしまった。そして〈声の主〉を探そうと上下左右に目を動かす。だがそんなもの存在するはずがない。そこには銀色の空間だけがただ静かに存在しているのだから。

青年:「…何なんだ、ココは……」

 呟くしかない。青年はとりあえず自分を落ち着かせようとゆっくり深呼吸した。まだ心臓の鼓動は収まらない。まるで異世界に踏み込んで好奇心が漏れ出したような感覚。青年の顔には不思議にも笑みがあった。

青年:「…ココは空気が美味しいな。こんな場所が在るなんて……」

 わけも分からぬ言葉を発する。青年は狂ってしまったのか。だがわずかに警戒心が彼の中に残っていた。

青年:「…でも狭いな、ココは。どういう意図があってこんな」

 『Open…』
 (開…)

 青年が指で叩いた銀の壁に突如現れた黒い文字。だがその意味を理解する前に、背の高い男が忽然と現れた。

 青年は声も出ずただ後退りするだけだった。男も口が在るにも拘らず何も言わない。ただ現れた所に立っていた。

青年:「……な、何なんだ…?」

 やっと出た頼りない声。青年は好奇心に従い男に尋ねていた。それを聞いて男が微動する。そしてその重い口を開いた。

男:「…『Z』と呼んでもらおうか」

青年:「……はい?ソレがあんたの名前?」

Z:「口に気をつけろ、『捕獲』ナンバー13」

 〈Z〉という男が無表情のまま青年に言う。青年には名前が無かった。

青年:「…何だよソレ。『捕獲』ナンバー13?」

 〈Z〉はまだ無表情のままだ。そして再び口を閉ざす。だが青年を睨んでいるようにも見える。

青年:「…っておい!無視かよ!あんた頭大丈夫?」

 半笑いで青年が自分の頭に人差し指をあてた。もう恐怖はなさそうだ。だが直ぐに、その言葉に後悔する事になろうとは思いもしなかっただろう。



 個室で男が二人。狭いとしか言い様がないその空間に、小さな殺意を感じさせる空気が漂い始めた。

青年:「ん~…。で?俺の運命はどうなるわけ?」

 青年は相変わらず頭が狂ったような笑みで男を見ていた。もはや死んだ方がマシだと言える。無表情の男〈Z〉は黒いサングラスを掛け純白の衣に身を包んでいた。そしてその瞳は密かに青年を殺していた。

青年:「…なぁ何か言えよ。俺、沈黙恐怖症なんだよ」

 笑みの後、青年が真顔になった。だがその次には苦しみを露にしていた。何かに耐えるような、それでいて何かを訴えているような表情。

 〈Z〉は何も言わず青年を上から見下ろす。そしてしゃがみ込むとサングラスを外した。その目は青年を覗き込んでいた。それこそ、穴が開くほどに。

青年:「…な…何だ……コレは……」

コンピュータ:「『RIEN』対象。『捕獲』ナンバー13、確認。アクセスコードを入力して下さい」

 〈Z〉の瞳が青く光った。そしてそこから放たれた青い光線が青年の瞳に注がれる。すると青年が仰向けのまま痙攣し始めた。

 何が起こったのかも理解せぬまま青年の意識は途絶えた。個室に再び静寂が戻る。

 しばらくして〈Z〉が銀の壁に手を付いた。だが今度は吸い込まれなかった。その代わり再び先程の男が現れた。〈Z〉とは違い、人間味のある瞳をしている。

男:「…お前は馬鹿か。気絶させてどうする?」

 男が〈Z〉の頭を叩いた。まるで仲の良い友人同士の絡み合いのようだ。

男:「まぁ良い。お前は俺がいないとココから出られないからな。そこで待っていろ」

 薄蒼のワイシャツが銀色の壁に再び映る。そして同時にカチャリと音を立てて黒いズボンのポケットからチェーンの付いた金属が顔を出した。小さいキーホルダーのようなものだ。だが男は気にしていない。

男:「Ok…」

コンピュータ:「『RIEN』対象。『捕獲』ナンバー13、確認。アクセスコードを入力して下さい」

 個室に再びコンピュータの声が流れた。男はそれを待っていたかのように、壁に人差し指と中指をあてた。するとその指を食らうように銀色の液体が指を覆い始めた。

 男は小さく息を吸い込んだ。そして先程より強い口調で英単語を吐き出す。

男:「…RIEN execution.Open a gate of power 300.…Change.The CHEST code is AAP29105.NIX start.…Lock a chain of new world CHEST…」
  (RIEN実行。パワー300のゲートを開け。…置換。CHESTコードはAAP29105だ。NIX起動。…新規CHESTのチェーンをロックしろ…)

 男が言い終わると銀色の液体は指から離れ、多数の機械音を発し始めた。同時にコンピュータの言葉が羅列し始める。個室が一気に騒がしくなった。

コンピュータ:「……NIX起動。キーナンバー入力。『CODE NAME』をどうぞ」

男:「…『CODE NAME』Z‐22」

 耳に痛い音が一瞬聞こえる。だが次の瞬間、小さな個室がぐにゃりと歪み始めた。

コンピュータ:「……『CODE NAME』を確認しました。…NIX起動。『Gモード』解除まで、あと20秒です…」

Z:「…My master.時間です」

 〈Z〉がボソリと呟くように言う。それに何の返事もせず吉海冰悟は壁に手を付いた。彼が〈Z〉の腕を掴んだその瞬間、二人はその空間から姿を消す。



吉海:「…故障かな」

女:「どうかしましたか。My master」

 独り言を言うのと同時に扉を開けると、漆黒の瞳をした女が現れた。黒いスーツの上に白衣を着ている。

吉海:「マザー『Z』。コイツの頭、ちょっと調べといて」

 そう言って、遅れて出てきた長身の男〈Z〉を親指でさす。そしてそのまま少し歩いて近くの黒い椅子に腰掛ける。

マザーZ:「了解しました。My master」

 〈マザーZ〉と呼ばれた女性は突然〈Z〉の首を掴んだ。身長差は頭一個と半分にも拘らず。だが〈Z〉も気にしていないようだ。

吉海:「おいおいこらこら。こんな所で分解すんな。別の部屋でやれ」

マザーZ:「失礼しました…」

 〈マザーZ〉は一度〈Z〉の首から手を離し頭を下げると、再び首に手を伸ばした。そしてそのまま〈Z〉とともにその場を後にする。

吉海:「ったく…」

 吉海は椅子に座りながら伸びをした。すると今度はこれまた白衣を着た男が現れた。

男:「My master.報告書が出来上がりました」

吉海:「ん。見せてみ?」

 男の持つ一枚の紙を覗き込む。そして一分も経たずに吉海が頷く。

吉海:「Ok.んじゃソレ、ソコに入れといて。後で全部持って行くから」

 男は吉海の言う通りに、近くにあるデスクの上の銀色のボックスに入れた。そのボックスには大量に文字を刻まれた紙が入れられていた。

男:「…忙しそうだな」

吉海:「おぅ!玲瑠じゃん。おかえり~」

 四角いデスクの向こう側に梅咲が現れた。相変わらず暑そうな黒いコートを着ている。

梅咲:「…それにしても、明る過ぎないか?この部屋」

吉海:「そうか?…アレだろ。玲瑠は暗闇に目が慣れすぎてんだ。ずっとソトに居たから」

 その通りだった。

 今彼らが居るこの部屋は情報学園子校の一室。情報捕獲部隊《ムルタ》達が使う部屋だが今は吉海が占領している。

 本来《ムルタ》達が使っているのは小さな《メルヴェルーム》だ。だがこの部屋はそんな部屋とは比べものにならないほど広い。所々仕切りを張っているがそれでも十分広さがある。

 更に、ココに備え付けられている情報捕獲専用のコンピュータ、通称《ジャック》も他のより数十倍大きい。部屋全体を明るくしているライトも半端な量じゃない。

 そんなだだっ広い部屋に吉海と梅咲、そして純白の衣をまとった十人程の男女。彼等は全員吉海の手伝いをするアンドロイド達だ。

吉海:「…なぁ。コレ持って行くの手伝ってくんね?」

梅咲:「は?」

 吉海は先程のボックスを指差した。そしてデスクの上を滑らせ、梅咲がそれを止める。

梅咲:「何だコレ?」

 いかにも嫌そうな顔をする。紙に書かれている文字は英単語が八割を占めていた。梅咲は英単語には飽き飽きしていたのだ。

吉海:「『捕獲』のリスト表だよ。ずっとたまってたヤツ」

梅咲:「何でためんだよ」

 半切れの梅咲。そう文句を言いながらも一枚眺める。

吉海:「しゃーねぇだろ?…アレ以来、資料保管庫出入り出来てないんだから…」

梅咲:「ふ~ん…」

 半ばどうでも良い、と言いたげな返事を梅咲はした。だが吉海はそれを気にせず、椅子を転がして更に奥にあるデスクに向かった。そして目の前のパソコン画面に指をあてる。

吉海:「…ほら見てみ。校内ネットで注目浴びてんだぜ?」

 画面上で立体的に映像が現れた。そして平面に文字が浮かぶ。そこにはあの〈出来事〉の記事がびっしりと載せてあった。

 梅咲も吉海の近くに来て画面に目を向ける。

梅咲:「『資料保管庫、謎の故障』?どういう事だ」

吉海:「MASTERの考えだろうけど。川田先生にまで嘘つかせちゃうなんてね」

梅咲:「…知ってたのか、あの男」

吉海:「おぅよ!俺が頼んどいた。『ちょっと荒れそうだからしばらく出といて』って」

梅咲:「何じゃそりゃ…。で?何か言ってたのか」

吉海:「『分かった。じゃしばらく旅にでも出るか』ってさ」

 それを聞いて梅咲が鼻で笑う。

梅咲:「旅ね。まぁあの男なら暇潰しには十分だろうな」

吉海:「で、今日帰ってきたらしい」

梅咲:「長いな…。今日何日だと思ってんだ」

 少し穏やかな空間がそこにあった。いつもあまり交わさないような会話。だが突然、耳障りなブザー音がその空間を断ち切った。

吉海:「おい!何が起こった?」

 咄嗟に吉海が音のした方へ走っていく。

男:「申し訳ありません。システムに異常が発生しました」

 ブザー音を発したコンピュータの前で一人の男が言った。このアンドロイドは眼鏡を掛けている。

吉海:「システム異常?馬鹿言え!そんな事起こるはずないだろ!」

 梅咲には全く動きは無く、ただ椅子に座って先程のパソコン画面をボーっと見ているだけだ。

 吉海は少し怒りを露にしたが、小さくため息をついて己を落ち着かせた。

吉海:「まぁ良い。とりあえずココは俺に任せろ。お前は玲瑠と資料保管庫に行ってくれ」

 そう言って遠くにいる梅咲の黒い背中を指差した。眼鏡男は頭を下げ一定の速さで歩き出す。吉海はそのままコンピュータの前に留まった。

男:「梅咲様。My masterに仰せ付けられました、サンキエム『Z』です」

 いきなり見知らぬ男に肩を叩かれ少しびくりとする。だが直ぐに状況を把握し椅子から立ち上がった。

梅咲:「…サン…何だっけ?」

サンキエムZ:「サンキエム『Z』です」

 〈サンキエムZ〉が丁寧に口を動かす。だが梅咲は、コイツに眼鏡なんか必要なのか、とただ眉をひそめていた。

梅咲:「あぁ、サンキエムか。最近物忘れが酷くてな…。それじゃぁ、サンキエム。あの箱持ってくれ」

 梅咲はデスクのボックスを指差し自分はさっさと出口へ急ぐ。軽々と持ち上げ〈サンキエムZ〉はボックスを頭に乗せた。それを横目に見て梅咲が密かに笑う。そして独り言を呟いた。

梅咲:「…どこまで真似させる気だ?冰悟…」



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