秋乱-АΚΙЯА-

[enigma]



MASTER_CALL-B.B.D


enigma 謎

はっきりわからない不思議な事柄。



 呼び鈴が鳴った。ドアの前には一人の青年が立っていた。黒い背広を着て、手には花束を握っている。

女:「…はい」

 ドアのスピーカーから女の声がする。

青年:「林藤です。杉谷君に会えますか?」

 林藤はカメラに向かって会釈おすると、手に握る花束を見せた。

女:「………どうぞ…」

 女は少し戸惑ったが、ドアを開けて林藤を招き入れた。ドアは小さな機械音を発し、ゆっくりと開く。

コンピュータ:「いらっしゃいませ」

 女が奥から顔を出す。

女:「…大きくなったのね、惷君…」

 女は弱々しく微笑みかけると、林藤の上着を受け取った。

林藤:「何年ぶりですかね。あまり記憶にないんです、すみません」

女:「良いのよ。…良い思い出もなかったでしょうから…。さぁさ、之彦に会
ってやって」

 林藤は奥の部屋に入り、地下への階段を下りた。短い廊下を進み、突き当たって右の部屋に入った。

女:「……之彦からの最後の手紙よ」

 女は部屋の隅に置かれたデスクから手紙を一通取り出し、それを林藤に手渡した。林藤は受け取ると封を開けた。

女:「冒頭に『極秘情報』ってあるでしょ?…見れないと思って、ずっと置い
てあったの」

 林藤はハッとして咄嗟に手紙を閉じた。

林藤:「これはいつ、届いたんですか?」

女:「…之彦が死んで2日後だったと思うわ」

林藤:「そうですか…」

 林藤は手紙を見下ろして小さく言った。

女:「…出来ればその手紙、処分して頂けません?…持っているだけで不安になるんです」

 女はうつむいて言うと、立ち上がって再びデスクに手を伸ばした。

女:「…いつこちらにいらっしゃるか分からなかったもので、ずっと貯めていたんです…」

 女は何通もの手紙を取り出して林藤に言った。

女:「嫌なんです。こんなに送られても、どう処分したら良いか分からなく
て…これ全て、持ち帰って頂けますよね?林藤さん」

 女は林藤に訴えた。まるで自分はもう、杉谷之彦の親ではないと言わんばかりに。いや、確かに親ではないのかもしれない。《情報戦争》当時に彼女が息子である杉谷を捨てたのは事実なのだから。

林藤:「…分かりました。その代わり、この事は誰にも言わないで下さい」

 林藤は営業台詞を口走るように女に念を押した。

女:「えぇ勿論言いませんよ。こんな事で死にたくありませんから…」

 女ははっきり言うと、そそくさと部屋を出ていった。林藤は横目でソレを見送り、デスクの上の手紙の束に視線を下ろした。

林藤:「つくづくムカつく女だ…」

 手に持っていた花束を床に捨てると、林藤は一通の手紙に目を留めた。

林藤:「…これは……」

 送り主が情報学園子校となってる手紙だった。直ぐに手紙を開けて読む。

林藤:「…『【情報管理保護法】に基づき、杉谷之彦を【情報削除】させて頂きました。またその親類の方々におかれましても同様に対処しますので、そちらの方も御了承頂きたく』…ってどういう事だ!杉谷は【削除】されたのかっ?…親も…って、どうなっているんだっっ?」

 林藤は頭の中が混乱した。アイツは自殺じゃなかったのか…?林藤は部屋を歩き回って考えた。

 ふと林藤は足を止めて、周りの異変に気付いた。そして部屋から出ると、女を探しだした。

 薄水色の壁が広がりシンプルな構造の家の中で、林藤は胸のモヤモヤに気付かずにはいられなかった。

 そしてやっとの事で女を見つけた。そこは地下から天井まで吹き抜けになっている所だった。女の足は宙に浮いていた。女はダラリとぶら下がり、ピクリ
とも動かない。

林藤:「…これで手間が省けたな……」

 林藤は女から目を逸らすと、ポケットの携帯電話を取り出した。

林藤:「もしもし、林藤です。少し遅れましたが、杉谷之彦の親の【情報削除】が完了しました……はい。いえ、たまたまです…」

 林藤は話しながら先ほどの部屋へと戻る。

林藤:「……え?」

 部屋を入り直ぐに林藤は立ち止まった。

林藤:「わ、分かりました。直ぐに行います…。はい…了解しました」

 電話を切ると再び彼は、最初に受け取った手紙を開いた。

林藤:「……『極秘情報』か…」

 そう呟いて他の手紙の束を見下ろす。そして手元の手紙に視線を戻した。

林藤:「……『私は或る人物の【情報】を手にしてしまいました。許して下さ
い。そして、逃げて下さい。もう私は逃げる事は出来ません。ですが、貴方だけは逃げ延びて下さい』…」

 林藤は声を殺して手紙を読み上げた。そしてなぜか涙が彼の頬を伝って流れ出した。

林藤:「……『最後に伝えてほしい事があります、惷に。…未練はないよ。ただ…惷、真実は思わぬところに在る。だから常に周りを警戒しろ、と…。P.S.帰れない…もうここには、帰れない…。さようなら。杉谷之彦』……」

 やっとの事で林藤は自分が涙を流しているのに気が付いた。咄嗟に手の甲で涙を拭く。そして周りに視線を配った。

林藤:「…何してんだ、俺は。仕事がまだ在るのに」

 誰も居ない一軒家に、林藤は火を放った。全てを燃やし終わる前にその場を去った。



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