へっぽこのととほでくだらなな生活録

へっぽこのととほでくだらなな生活録

第五話



~第五話~

 正門を過ぎてから数分は経っただろうか。
 車は入口から続く両脇の林を抜け広場に出ると、凍りかけた噴水の横にようやく止まった。
 後方のドアが開いて黒いコートを着た女性が車から降り立つ。
 吐く息が白く変わる。見上げる空から雪が舞って髪やコートに模様を造った。
「素晴らしく広い庭だわ」誰ともなしに美声が呟く。
「まあ~、ほかと比べたらここん家は別世界ですねぇ~」
 運転手は話かけられたのかと勘違いしたようだった。
 慌ててふらふら外へ出ると、身震いしながら車のトランクを開ける。中から重い荷物をようやっと下ろしている様子だったが女からは見えなかった。
「い、いま~ひとを呼んできますっから~そ、それまでく、車んなか、待ってててくくくだっさい~」
 息切れと寒さで歯が噛み合わないようだ。
「いいの。このまま向かいますわ。私、寒いのには慣れておりますから」
 女は反対に美しくもさらりと言った。
「そ、そ~うでっすか~、女せんしぇいはどっからいらしたんすか~」
「北の方から」
「へ、へ~、なななんでまたこちらに~」
 先生と呼ばれた女は運転手の問いには答えず、ただ低く笑うのであった。

「集合!」
 呼び子がピリピリと鳴り響く。
 渡り廊下の窓拭きをしていた廣川こつみが慌ててホールに着いた時、すでに女中頭早川と、もう一人見掛けない人物の姿があった。
「すんません!」
 と駆け付けてきたねえやの隣に急いで並びながら誰だろうと思う。
「番号~!」
「弐!」
「参!」
「四!」
「五!」
「ろ・・」
「ちょっと待った」
 と早川が止めた。
「壱はどうした壱は!」
「あ、あの~」
 廣川は言いにくそうに
「こうゆさん昨日の掃除で筋肉痛みたいで」
「何を言っているんだい」
「こうゆさん、体弱いから」
「かばわなくたっていいよ。何が弱いもんか! この寒空に外で寝てたって平気な子なんだよあの子は!」
「はあ、すいません」
 廣川につられて他の女中達も頭を下げる。
「もういいよ、工藤には特別に罰を与えることにします!」
 女中達は人ごとながら震え上がった。
 早川の罰といえば巷では地獄の鬼も誤ると言われている。
「皆に仕事中集まってもらったのは他でもないよ。今日から新しい子が入りました。ほら」
 早川は後ろで俯いているいかにも田舎風の娘を促した。
「あ、はい」
 娘は恥ずかしそうにおずおず前に出る。
「挨拶おし!」
「あ、お、おら野口ごいれっいうだ。ごんなお屋敷初めてだべさ。よろしぐおねげぇします」
 こいれはぺこりと頭を下げた。
「おら?」
「ごいれ?」
 どっと笑いが起こる。
 こいれは恥ずかしくて真っ赤になった。
 そんな中ただ一人、廣川だけは「よろしくお願いします」とにっこり笑いかけた。
「なんかあったらみんなに聞きなさい。朝は五時起床。これは絶対です。それから……」
 早川がこいれに注意等を伝えていると、後ろから「早川さん」と声がかかった。
 すらりと背が高く眼鏡をかけた当家の奥方、りえであった。
 皆の背筋がすっと伸びる。
 りえは黒いドレスを着た彫りの深い女性を連れていた。
「まあ、皆さんおそろいで何よりだこと。ご紹介致します。こちらは中神きあ様。子供達の国語学の先生として今日からお招きしましたのよ。今後、宜しくお願い致しますわね」     
 おっとりと話す声は優しく嫌味が無い。
「はい、奥様。中神先生、女中頭の早川でございます」
「そう。よろしく」
 はっきりとした口調の中神の声は美しくも高飛車に聞こえた。
「こちらこそ、どうぞよろしく」
 早川は何か感じとったのかいつもより少し厳しく睨み返したようだった。
 そんな二人をはらはら見始めたこつみの耳元で誰かが小さく笑った。
「なんか、楽しくなってきたじゃん」
「こうゆさん!」
 いつの間にいたのか、工藤こうゆがにやにや笑って立っている。
「早川さんとやりあえるなんてあの先生只者じゃなさそうだね」
「あの、あの、大丈夫ですか。あの・・・」
 二人もともかく、この後工藤が受けるの罰の事を考えると、より一層はらはらしてしまう廣川こつみなのだった。

 ~つづく~

こつみちゃんがかわいいんでお気に入り。さあ、ついに、きあ先生の登場です。いかがでしょうか


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