へっぽこのととほでくだらなな生活録

へっぽこのととほでくだらなな生活録

第六話



~第六話~

 日野家では日に何度か、甘いバリトンを繰り返し聞けるという廊下があり、時間になるとどこからともなく若い女中がこぞって集まってはうっとり聞き入るのであった。

「R」
「R」
「R」
「R」
「ノンノン、R。舌を丸めてルッ」
「ア~ルッ」
「N」
「N」
「ノンノン、エンヌ。エン~ヌッ」
「エンッヌ!」
「OKOK、かなり良いデっシャろ~ウ。ちょっとおやすみシマ~スカ?」
「ええ、できれば」
 英語教師がうなづくと、ひむらは教本をテーブルに置き思い切り伸びをした。こりかたまった筋肉が気持ちいい。
 それから「一息つきますか」と、手元のベルを鳴らして女中頭の早川を呼んだ。
 すぐに「あふたぬーんちーをお持ち致しました」と、ワゴンにティセットと焼き菓子を乗せて早川が現れる。
「うれしいデ~ス。早川サンのおケーキはトテモおいしーでッス!」
 日野家英語教師オヌーはお茶がなみなみと注がれたカップを受け取りながら言った。
 長い黒髪の、どこか異国情緒あふれる優しそうな女性で英語他、数か国語を操れるそうだが日本語はかなり怪しい。
「ありがとうございます。本日のお菓子はまどれぃ~ぬです。オヌー先生、ぼっちゃまのお勉強は進んでおりますか。ひむら様は何をおやりになってもすぐにお出来になってしまいますから」
焼き菓子を皿に盛り付けながら早川が聞いた。
「おいおい、早川」
ひむらは珈琲に口をつけた。
「ヒムラは発音はマダマダです~、が声がすっばらシーのでGOODでっせ~」
「THANK.YOU! ミセス・オヌー」
「OH! どうかいたしまっす~」
「ミセス・オヌー、あなたの日本語は少し変ですね。今の場合『どういたしまして』と言うのが正しいのですが」
「OH! そうでっしゃろかいね。日本語むずかシー。だからヒマに、アオキに習ってイルネ」
「アオキ……庭師の青木氏に。そうでしたか。だからですね。彼は、独特の趣深い発音をしています。日本の西の方の出身者なのですよ」
それを聞いてオヌーは「OH! ソーでやんしたカイネ~」と、おどけた。
「…それも青木氏から?」
 さすがのひむらも少しだけ驚いている。
「ちッがーイマスね! これはコウユからでや~んす! 日本はユーモアも必要なんでっせネ! アオキもコウユもトテモ親切にシテ遅れマスネ。ワタシ、お礼にイングリッシュ教えておりまっせ! 異文化交流と言うで~すヨ」
「!」
 早川は驚愕したが顔には表さなかった。
「……そうでやんしたか。それは良いことでっせ。異文化交流でや~んすね」
 と、ひむらも甘いバリトンでおどけて言った。
「!!」
 早川はまたも驚愕したが顔には表さなかった。
「OH! ひむらもお上手で~す」
「そうですか。はははは」
「あはははは」
 爽やかに笑うひむらとオヌーの後ろで早川もにこやかに笑っていた。
 その内心を気付かれないよう唇を噛み締めて小刻みに打震えながらも怒りに耐えて立っていたのであった。

 ~つづく~

今迄で一番くだらない回であいすいません。楽しくて書いちまいました


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