へっぽこのととほでくだらなな生活録

へっぽこのととほでくだらなな生活録

第七話



~第七話~

 アラビアを踊り終わった。
 素晴らしい出来であったが、本人は満足がいかなかったのか小さな頭を何度も左右に振っている。
 彼女の名ははっとり。旧日野家、二番目の娘である。
 はっとりは、幼少からバレエを覚えた。
 踊ることが大好きで小さな舞台に何度か立っているうちに、その舞台映えする体つきと生まれ持った抜群のバレエセンスが日本バレエ界第一人者である神倉みぐめの目にとまったのだった。それは近い将来、世界のプリマへの夢が現実となった瞬間だった。現に、未知なる才能を秘めた天才バレリーナとして世の注目を集めている。
 そんなはっとりは、ことバレエに関すると自分に厳しすぎるところがあった。
「駄目、全然駄目だわ!」
 彼女が一人、自分を叱咤する姿は珍しくない。
「こんな出来で主役を踊ろうなんて! きっと誰も認めてくれないわ。プリマドンナの座を奪われてしまうわよ! それでいいの、はっとり! わかってて?」
 見つめる天井に豪華なシャンデリアがきらきらと輝いている。
「あの光のように美しくありたい! よし、もう一度やるわよ、はっとり!」
 自らに激を飛ばし、再び踊り始める。が、やはり納得がいかぬままに曲は終わった。
「馬鹿!はっとりの馬鹿!どうして出来ないのよ!」
 両の拳で頭を叩く。「トゥシューズを脱ぎたいの?」
 すると後ろから「うづぐしか~」と声が聞こえた。
 驚いて振り返るとおかっぱの頬の赤い女中が立っていた。新人らしく真新しい女中服を着ている。
「いや~、天女ざまみてぇだな。どうやればそんな動きができるだよ」
 はっとりは赤くなって
「あ、あなた、だあれ? どうしてここにいるの? 失礼よ!」
と叫んだ。
「あ、あの。ぎれえな音がしだがら、づい」
 女中は困ったようだった。
「私、練習中は邪魔されるのが大嫌いなのよ! 知らないの?悪いんだけど出ていって頂ける?」
 ことバレエに関すると他人にも厳しいはっとりであった。
「す、すいませんです、し、知らなぐで」
 女中は頭を下げたまま後退り、出て行こうとした。
 はっとりはそれを聞いて「あなた、見ない顔だけど、お名前は?」と声をかけた。
「あ、おら、野口ごいれでいいますだ」
「うちに入ったのは最近?」
「はい。おっついからですだ」
「そう。今度から部屋へ入ってくる時はノックをなさい。それがこの家のルールです」
「は、はい。あ、あのお、のっぐでのはなぐ野口ですだ」
「はい?」
「それがら、る、るるーってゆうのはなんだべ…」
「ルール。決まりごとって意味です」
「うだみてえだあな。るーるーるー」
「……あの、あなた、言葉遣いも直したほうがいいわ。早川に言っておきます」
 はっとりは少し飽きれ気味に言った。「もう行って良くてよ」
「は、はい、あ、あのぉ」
「まだ何か?」
「おじょさまの名めえは? 踊り、とでもうづぐしかったですだ」
「お褒め頂きありがとうございます。私ははっとりといいますの。さ、もうお行きなさい」
「はい。はっどりさま」
 はっとりは出ていくこいれの後ろ姿を見送ってから「さあ、もう一度!」と曲を掛け直した。
 しかし踊り始めてみたもののやはりうまくはいかず、俯いたまま座り込むと
「もう! 馬鹿はっとり! 最初からやらないと駄目だわ!」
と、親指の爪を噛んだ。込み上げる涙を噛み締める。
 邪魔が入ったからとは思いたくなかったがしばらく宙の一点を睨みつけたままだった。
「あら、溜め息?」
 はっとして顔をあげると姉のうめつがほほ笑んで立っていた。
「姉様!」
 思わず顔がほころぶ。
「朝、お父様が今日あたり古美術品が来るかもしれないと言っていたでしょう。先程、庭を散歩していたら古美術商の矢島様がいらっしゃるのを見掛けたの。きっと何か届いたのだと思って呼びに来たのよ」
「姉様、姉様~!」
 ついに、はっとりの涙があふれた。
「あらあら泣き虫さんね」
「だって、だって」
「根を詰めすぎるのも良くないのよ。はっとりさんは頑張りやすぎるもの。さあさ、涙をお拭きなさいな」
 うめつはレースのハンケチを取り出すと優しくはっとりの顔を拭う。はっとりは姉を見上げた。
「もう一度、踊っても、いい?」
「はつさん。気分転換も必要なのよ」
「姉様がいるとうまく踊れるの! ね、いいでしょ、見てらして! そしたら行くわ!」
 妹は元気が出たようだった。
 うめつも「いいわよ、お好きにどうぞ」と笑った。
 笑顔を取り戻したはっとりは、素晴らしいアラビアを本番さながらに踊り切ったのだった。さすがは世界に期待されている実力の持ち主である。

 ~つづく~

ワタシ、もしかしたら、はっとりちゃんが誰よりも好きかも知れません。彼女を越える個性は登場させられるかなあ~
がんばる~


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