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オーディオ的考察2

アンプupやっと続きが書ける。アナログレコードを最初から聴き直そうと思ってからもしかしてこれを全部聴くためには気が遠くなるほどの時間が必要になることは、当時所持していたレコードの量だけ数えてもぞっとした。少なくとも約10000枚くらいはある。それでも数年を掛けて主要なものは聴き直したのである。聴いていく内に自ずとその音楽再生についてより深く考えるようになった。オーディオはどこまでいっても手段である。目的は歴然としていて音楽を聴くということなのだから。ただ出来るならやはり良い音で且求める音楽の表現に適ったもので聴きたいというのは当然のことである。

数年をこの組み合わせで聴いた。仲間内にもオーディオ、音楽がすきな人たちが多く、日を見ては聴きに参じたものである。世の中上には上がある。財力で到底適わぬ人もいれば、自分の世界をトコトン追及している人と様々である。
だからなのか同じ機械を使ってもまったく異なった音がするのも不思議なのだ。
使い手の魂というか、気持ちと聴くソースによって音は変わってくる。アンプもスピーカーもその音楽に慣れてくるのかいたって判断が難しい。そして最大の違いを生むのは最終的には聴く部屋であり室内というところに行き着く。とわいっても日常音楽を楽しむにそこまでするのは一般的には少ないだろうし、こうなると音楽人生よりもオーディオ人生になってしまう。

楽器には調律をするのに平均律と完全律がある。平均律の代表は何と言っても鍵盤楽器のピアノがある。また完全律の代表には弦楽器であるヴァイオリンやチェロといったものがある。平均律の楽器は調律が完全であるといたって美しい響きは生み出せない。反対に完全律の弦楽器は調律が狂っているとおおよそ聴くに耐えない音になる。ピアノは誰が弾いても一定の音が出る。ドの音を弾けば誰でもドになる。ヴァイオリンはそうはいかない。

では何故ピアノの調律が完全だと美しくないのか。これは歪の美学である。
微妙にずれた調律は音響的に濁りを生み出す。その濁りが美しさの元になっているのである。聴いていて本当に綺麗と感じる響きは余韻を生む。ピタッと合った調律はどちらかというとややデットぎみであり、残響の少ない味気ない音色になってしまう。オーディオも大きく分けるとピアノ系、弦楽器系、ヴォーカル系、そしてその他と区分けすることができる。何故こんなにピアノと弦と歌とそれ以外なのかは根拠があるのだが、その他にはロックも有りジャズもあり洋楽、邦楽も入る。それはダイナミックレンジの広さの違いがこのような区分けを可能にしたのである。圧倒的にSN比の高いピアノ、周波数帯域のダントツ的広さで弦、そしてオンオフ状態で最も変動率の高い声という3分割になるのである。ロックやジャズはどうしてと思うかもしれないが、その他のジャンルの音は実は音量に関係なく平坦なのである。聴感とまったく比例しないのだが、事実なのである。それによって組み合わせも大きく変わってくるのである。....
今日はちょっと長くなった。また続きを書いていきたい....




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