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 外科室」



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何の期待もせずに映画「外科室」を観た。邂逅する映像美を朴訥と語るシーンから、気が付くと動けずにこの映画に魅入る自分がそこに存在する。こういう強烈な印象を残す映画は、日本の美学とともに坂東玉三郎の謡いや舞踊芸術、歌舞伎と、日本芸能を垣間見る哲学的な美学の集大成だと思った。俳優陣も主役の吉永小百合さんと中井貴一、中村勘九朗、鰐淵晴子、そしてこの映画の印象を決定づけた主役の加藤雅也という顔ぶれだ。公爵夫人を演じる写実的な描写の美しさは、たぶんに彼女が出演した作品の中でもとりわけ美しい。回想するかのような、一瞬のすれ違いにみる纏綿し難い縁故の強さ、そして池を境に凝視する約3分間の沈黙する眼と眼。ただ一度だけ一瞬の運命的な出会いに互いの心に秘められた愛は、9年後に再会したとき非現実的な形で結ばれた。そして自殺。二人が掛け合う言葉の陰影は計り知れない重さを持った。ただ二言。「あなたは知りますまい」「忘れません」この二言が全てを表していた。普通に話せば、「存じてます、もしくは覚えています」と話すだろうと思われる表現を、究極の脳裏に焼きついた記憶がそう語らせたのだと痛感した。

映像を受持ったのは写真家の篠山紀信だ。それに玉三郎が歌う謡曲の不思議な魅力、そして渾身の監督業は、泉鏡花の原作をこれ以上美しくは表現できないだろうという限界の映画に仕上げたといえる。挿入されたラフマニノフのチェロ・ソナタが絶大な効果を生んでいる。50分という短時間に凝縮された、どこか三島由紀夫の世界を思い浮ばせ、日本古来の美学の集積といえる映画だった。



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