中古住宅をリフォームして快適子育て

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形見の朝顔の種


<形見の朝顔の種>

夏になると思い出す事がある。
ヘルパー5ヵ月目の私は毎日が緊張と時間との戦いだった。

介護保険が施行され、今まで緩やかだった「時間」がとてもシビアになった。
約束された時間にきちんと訪問しなければお叱りの言葉が降ってくる事もしばしば。

一人暮らしの男性Bさんもまた時間に厳しい人。
病院への付き添い、買い物、掃除、1週間に5日はヘルパーが訪問していた。

最初は「恐い人」だと思われていたBさんも、だんだんと本当の姿が垣間見れるようになった。

借家の周りにはお花が。
彼はお花が大好きだった。
朝顔の花が開く朝が楽しみの様子。

彼はお孫さんが大好きだった。
寝室には写真がたくさん飾ってあった。

彼はまだ盛んではなかった海外旅行(中国や香港)に旅するのが好きだった。
時々その旅の話しをしてくださった。


「すぐ花を枯らしてしまうんですよ。幸福の木だって枯らしたくらいですから」という私に、Bさんは手のひらに朝顔の種をパラパラと乗せてくれた。
花が大好きなのを話しをしている中で読み取って下さったのだろう。

「朝顔なら絶対枯れないよ。小学校の時、育てたろ?」
ニヤリとBさんは笑った。


そしてBさんは急に旅立ってしまった。
偶然にも奥さんが旅だったその日に。

Bさんの形見の朝顔はまだ実家の庭に植えてある。
夏になるときちんと咲き、また種を付けてくれる。

朝露に濡れた朝顔を見ていて思った。
訪問時間に遅れた私達に不機嫌になるのは、「待っているから」こそ生まれる物だったんだ、と。
私達の訪問を心待ちにしているからこそ、「なんでこんなにも待っているのになかなか来ないんだ!」という怒りに変わるという事を。

暑い夏。
朝顔の咲く涼しい朝。
また夏がやってくる。


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