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更新の間が(私にしては)開いてしまいました。ちょっと体調を崩し、週末の北海道旅行もキャンセルして療養に務めております。かなり、症状は改善されてきました。週明けには元気に戻りそうです。更新があいている間にもたくさんのコメントをありがとうございました。heike-sakura-iseさん、たくさんのご声援コメントをありがとうございました。まあ、こんな旅行なんです。是非引続きお付き合いください。常連さんのmaman.mさん、情報コメントありがとうございました。ご指摘いただくまで、あのギャル神輿の沼田と上越線の沼田駅が重なりませんでした。修理屋マイスターさん、ご感想コメントありがとうございました。ご指摘の通り、あの編成だと昭和50年代の八甲田とか津軽みたいですね。懐かしいです。私も随分お世話になったものなのです。ツェップさん、ご感想コメントありがとうございました。蒸気機関車の見え方は寒い冬の北海道と暑い夏の九州では全然違いますよね。さて、前回までで第8旅程レポートを終えました。今回からは第9旅程のレポートを開始します。第9旅程は、特別な列車が目的です。たった一日しか運転されない臨時列車「花回廊オープニング号」に乗車することが目的でした。まあ、チケッティングに異常に手間取りました。最終的に指定券を入手するまで「みどりの窓口」に300回以上行きました(ご迷惑をおかけしました、JR各社さん)。最終的に、運転前日にSLが停車した上越線渋川駅と高崎線高崎駅でチケットを入手できた訳です。はい。「花回廊オープニング号」の指定券・券面でございます。新潟を午前9時41分に出発し、新潟に17時40分に帰ってくるという行程です。車輌はこれです。改造キハ58+28の「こがね」です。JR東日本仙台支社保有のジョイフルトレインでございますね。以前の日記で仙台停車中に撮影したものをご紹介しています。この列車は、乗車証明書配布はもちろんのこと、帰路の始発駅の米沢では出発式も開催されました。出発式付きの列車は、「レトロ仙山号」以来でございますですね。はい。次回からnotoshun流のネチッとしたレポートを始めます。よろしくお願いします。【資料】第5旅程確定レポートへのリンク(53)石岡駅へ(54)鹿島鉄道石岡機関区(55)鹿島鉄道常陸小川駅(56)鹿島鉄道鉾田駅(57)鹿島鉄道石岡駅(58)茨城交通湊線勝田駅(59)茨城交通湊線那珂湊駅(60)常磐線東海駅(61)アトムワールド(62)第5旅程の終り【資料】第6旅程確定レポートへのリンク(63)第6旅程のプラン(64)発動機故障(65)米坂線(66)米沢駅(67)利用拡大フォーラム(68)長井駅へ(69)長井駅から荒砥駅まで(70)車輌基地(71)藻谷浩介氏(72)藻谷浩介氏の続き(73)荒砥から今泉まで(74)第6旅程の終り【資料】第7旅程確定レポートへのリンク(75)第7旅程の出発(76)燕三条(77)F19編成入線(78)地震直後(79)F19編成車内(80)月潟駅跡(81)モワ51など(82)新潟交通の除雪車「キ116」(83)ナマズ(84)ブルドック(85)第7旅程の終り【資料】第8旅程確定レポートへのリンク(86)外山恒一とE電(87)EL&SL奥利根号(88)D51蒸気機関車(89)SLで上越線(90)SLは水上駅へ(91)水上駅から(92)185系(93)SLはケム吐いてナンボ(94)第8旅程の終り【現在の卒煙式の表示】 ステータス: 大将卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 35日 23時間 39分延びた寿命: 5日と11時間56分節約できた金額: 21591円(節税分 13614円)節煙本数: 1439本 143.94m セリオン【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/30
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前回の日記で、「第8旅程」と書くべきところを「第7旅程」と記載しておりました。失礼致しました。さて、今回も、D51の画像です。とにかく、力強いドラフトをご覧下さい。ピストンから横に白い蒸気を出している姿をご覧下さいませ。最後は割りと近くで撮影した連続写真です。帰路で撮影した運転台です。仕業ダイヤの撮影が目的でございました。終着上野駅での撮影分です。機関車は高崎でEF64の1000番台に付け替えられています。以上で第8旅程のレポートを終わります。D51を割りとたくさん撮影できたので満足感がありました。次回からは、第9旅程をレポートします。【現在の卒煙式の表示】 ステータス: 大将卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 34日 1時間 48分延びた寿命: 5日と4時間56分節約できた金額: 20445円(節税分 12891円)節煙本数: 1363本 136.3m サン・ピエトロ大聖堂【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/29
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第7旅程は次回でお終いにします。今回はひたすらD51-498の画像をご紹介します。撮影地は全て上越線の水上駅です。表題にもしましたけど「SLはケム吐いてナンボ」という言い方が好きです。電気機関車や電車は加速時も減速時も外観に変化はないのです。はい。でもディーゼルやSLは違います。ディーゼル機関車はエンジンの黒煙が吹き上がります(悪名高い粒子状物質ですな)。蒸気機関車の場合にはピストンから排蒸気が出るのです。つまり、こんな感じです。真横に白い蒸気を吐いてくれるのは加速時だけなのです。惰性運転の際にはこのような、ピストンからの排蒸気は出ないのでございますね。真正面から、加速時の蒸気機関車を撮影するのは中々チャンスがありませんでした。今回は入換のために、機関区から駅に力行しながら入線姿を撮影できました。第一の連続写真をご覧下さいませ。と、こんな感じで入ってきます。シュシュシュポッポッポと走ってくる訳です(3ピストンですので)。次回もD51蒸気機関車の画像をご紹介します。次回で第7旅程レポートをお終いにします。【現在の卒煙式の表示】 ステータス: 大将卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 34日 1時間 48分延びた寿命: 5日と4時間56分節約できた金額: 20445円(節税分 12891円)節煙本数: 1363本 136.3m サン・ピエトロ大聖堂【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/28
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何だか体調悪いです。ついつい昨日は更新を見送ってしまいました。はい。たくさん、コメントを頂いたのに全然お返事してないです。ごめんなさい。でもって、余り面白いこともなかったので、直ぐに本題に入って参ります。前回の日記では、沼田で飯を食って水上駅に戻ってくるところまでレポートしました。今回は水上に停まっていた185系をご紹介します。はい。こんな車輌です。特急電車でございます。一応ですが…。私、この車輌が大嫌いでした。登場時のこの列車は酷いもんでした。何でかというと、特急電車のくせに、転換クロスシートだったんです。まあ、この185系が登場した当時は0系新幹線(この車輌も転換クロスシートでした)も沢山走ってましたけど…。でもでも、許せない事情があるのです。この185系が登場したのは、1981年なんですが、同時期の1979年に、国鉄の大阪鉄道管理局で117系(新快速ですね)が登場したのです。この117系は185系と外観も内装も非常に似ていました。どっちも転換クロスシートでしたし、どっちも窓が開きます。185系は普通電車としての供用も考えていたので、特急電車の癖に窓が開くのです。117系は新快速です。特急料金は不要です。185系は原則特急電車です。特急料金が要るのです。許せん…。新快速と同じ内装(まあ、デッキの有無はありますけど)で、新快速では必要ない特急料金を取るとは…。許せん。そんな訳で185系は意識して乗車を避けてきたのです。この185系は現在でも特急として運行されています。水上には「あかぎ」として乗り入れていました。でも、登場時と違って、内装は大幅に良くなっています。現代化されています。普通車車内です。もうリクライニングシートになっています。これなら許せます。登場時からこの椅子であったら、食わず嫌いにならなかったのに…。普通車内の便所です。80年代の国鉄風のデザインです。多分殆ど手が加わっていません。こっちは、グリーン車の便器です。洋式です。かなり、普通車との落差があります。車輌と車輌デッキの間の扉の足元です。自動開閉にはなっていますけど、なんとマット式です。この辺りは80年代の車輌の雰囲気がばっちり残ってます。グリーン車のマットです。こっちも絨毯が貼ってある以外は普通車と相違ありません。今度はグリーン車の車内です。割りと高級感があります。2-2シートですけど。こんなシートでした。現代のグリーン車としても十分です。この日は、発車前の185系に乗り込んで撮影しただけでお終いにしましたけど、結構気に入ってしまいました。この春の18切符シリーズでも乗車することになります。最後に、昔の日記へのリンクを二本ご紹介します。【実況】中央東線上諏訪駅 以前の旅先日記で185系を論評した時の日記です。【実況】東海道本線平塚駅 こっちは、日記本文は大したことありませんけど、ibukino-johさんのコメントで、185系をご紹介して頂いています。コンパクトなご解説コメントです。宜しければご覧下さい。次回で、この第7旅程レポートをお終いにします。殆ど文章なしで蒸気機関車の画像をご紹介します。是非、引続き、お付き合いください。【現在の卒煙式の表示】 ステータス: 大将卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 34日 1時間 48分延びた寿命: 5日と4時間56分節約できた金額: 20445円(節税分 12891円)節煙本数: 1363本 136.3m サン・ピエトロ大聖堂【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/28
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前回は、臨時快速「EL&SL奥利根号」で水上駅(みなかみえき)に着くところまでをレポートしました。今回は水上駅到着以降をレポートします。臨時快速「EL&SL奥利根号」の指定券です。往路は水上駅に12時02分に到着し、復路は15時18分まで発車しません。3時間もあるのです。温泉にでも入ろうかと思いつつ、駅前をフラフラ致しました。水上駅舎です。結構立派な駅舎なんですが、上越新幹線が止まらなかったことから徐々に衰退している感じでした。とうとうこの駅からは「みどりの窓口」も無くなってしまいました。遠隔操作の券売機しか設置されていませんでした。この旅行を実施している時点でチケッティングで解消していない案件が二つありました。 4月1日しか運行されない「花回廊オープニング号」 4月7日から運行される「風っ子くるり号」特に、「花回廊オープニング号」については、運転日が翌日に迫っており、焦り倒しておりました。とにかく「みどりの窓口」に行く度に端末を叩いてもらっておりました。この春の青春18きっぷシーズンでチケッティングに苦労したのは「ゴロンとなのはな」と「花回廊オープニング号」でした。「風っ子くるり」は3日後に見事に企画枠開放を確保し10枚の指定券を買い占め、鉄道ファンに原価で融通したのでした(こうして置くといずれプラチナチケットを流して借りを返してくれるのです)。水上温泉街です。なんだかいい雰囲気です。でも、外湯が見つかりませんでした。涙。水上駅前のバスターミナルに停車していた路線バスでございます。ゆびそ温泉経由で谷川岳ロープウェイまで行くみたいです。上越線の湯檜曽駅と土合駅の直ぐ近くに行くという訳です。上越線も水上までは特急が走るのですが、水上から北は物凄くダイヤが「薄い」のです。湯檜曽や土合に向うのもバスが主流なんでしょうなあ。水上に3時間も居ても仕方がありません。どうせ青春18きっぷですので、上越線を少し南下することにしました。ダイヤが合えば、雪の土合か湯檜曽に行きたいところなのですが、残念ながら、土合や湯檜曽にいってしまうと上りの「EL&SL奥利根号」に間に合わなくなってしまうのでした。とりあえず、沼田駅で下車することに致しました。小さくて可愛らしい駅舎でございました。何故か大きな天狗の面が掲げられておりました。なんか謂れがありそうなのですが、よく分かりません。天狗伝説があるのか、お面産業が地場産業なのか…。駅の掲示板にひっそりと、開業日時や標高の表示がありました。大正13年の開業だそうです。上越線の開業と同時に開設された駅なんですねえ。標高は333メートルだそうです。鉄道駅の標高としては結構高い方です。ここで昼食を頂きました。駅前のひっそりしたそば屋でざる蕎麦を頂きました。この蕎麦のレベルが非常に高かったのです。大変驚きました。昔はこのくらいの標高で米作が出来ずにそば文化が育まれたのでしょうか…。非常に美味しいそばでした。やるなあ、沼田。沼田駅構内の宣伝看板です。朝鮮飯店という焼肉店の看板であります。朝鮮焼肉の店でありながら「飯店」という中華料理風の店名なのが珍しいので撮影しておきました。沼田駅の「みどりの窓口」でございます。ここで3回トライするも、目標の列車4本(2種類×上下)の確保は全く進展ありませんでした。結局、帰路の上り「SL&EL奥利根号」が渋川で暫時停車した時に下り「花回廊オープニング号」を確保でき、更に高崎で暫時停車した際に上り「花回廊オープニング号」を確保することになります。前日に確保できただけ、「ゴロンとなのはな」よりは、ましな状況になりました。「ゴロンとなのはな」の際は当日になってやっと内房線の館山駅で確保できたのでございます。沼田駅に居ても仕方がなくなってきたので水上駅に戻ることにしました。水上行きの電車がこの107系でございました。その昔、この辺りは165系の天下でした。電車急行がバンバン減少して余剰になった165系急行電車が、地方の勾配線区の直流電化区間にじゃんじゃん投入されていったのです。しかしながら、165系には弱みがありました。デッキ付きの2扉という構成から乗降に時間がかかるのです。乗降客が多いと直ぐに遅延に結びつくという恐ろしい性格がありました。高崎線+上越線と言えば、上尾事件で有名でございます。乗客暴動のメッカなのです。乗務員はリンチ(電車乗客暴動の場合は長距離を歩かせるという刑が多かったみたいです)に遭ってしまうかも知れないのです。このような事情もあり165系を置き換えるために製作されたのが107系でした。国鉄末期からJR初期のお金がない時期の形式であり、165系の部品の再利用なんかも行われたみたいです。部品再利用という事情もあったのか、自社工場での製作になっておりました。この車輌の場合は大井工場の作品でした。車内です。ロングシート・両開き3扉です。これなら乗降に時間を要しません。107系電車の便器です。妙にクラシックなデザインです。165系急行電車の便器の再利用かも知れませんね。資料画像です。全検表示や所属表示を撮影しておきました。で、水上駅に戻ってきた訳です。再び水上駅前のバスターミナルです。上越新幹線の上毛高原駅と水上温泉街を結ぶシャトルバスです。廃止が決まっていると書いてありました。なんだかなあ…。駅構内の表示です。水上は、上野と新潟のちょうど中間です、と主張しておりました。それにしても錆びだらけですね。「EL&SL奥利根号」の12系客車はホームでずっと待っていたようです。扉も開いてました。でも、機関車はまだ連結されてませんでした。方向幕は既に「上野行き」に切り替えられておりました。12系客車の車内です。まだこの時点では人影もまばらでした。車掌室の中です。開いていたので撮影しておきました。貫通扉に貼付されていた使用説明です。「尾久客車区」というのが懐かしいです…。現在の所属は「高タカ」ですし、乗務員さんは高崎運輸区の方でした。上り「EL&SL奥利根号」の出発まではまだまだ時間がありましたので、上り特急「あかぎ」として場内に停車していた185系を撮影したりして時間を潰しました。次回の日記では185系特急電車をご紹介いたします。何を隠そう、この時点では、動く185系には乗ったことがないのでございました。私は185系を毛嫌いしておりましたので…。ちょっと反省でございます。現在の185系は良い車輌になっておりました。【現在の卒煙式の表示】 ステータス: 大将卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 32日 3時間 28分延びた寿命: 4日と21時間51分節約できた金額: 19286円(節税分 12160円)節煙本数: 1285本 128.58m レインボーブリッジ主塔【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/27
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皆さんコメントありがとうございました。ネタ過剰の解消に焦ってまして3日連続で猛烈更新を進めてしまいました。ちょっと疲れてまいりましたので、ペースが落ちるかも知れません。さて、今回も、臨時快速「EL&SL奥利根号」乗車レポートでございます。前回は渋川駅までご報告しましたが、今回はその続きでございます。はい。客室内です。空いてます。SL牽引列車は猛烈に混むのが相場なんですけど、半ば定期運行化している、「ばんえつ物語号」とか、この「EL&SL奥利根号」は割りと簡単に指定券を確保できることが多いです。いつもいつもOKと言う訳でもありませんけど。またしょうもないものを撮影してしまいました。洗浄液を流している便器でございます。クラシックな青い水です。便所で撮影を行っているうちにも、列車は上越線を北上し、段々と標高を稼いでまいります。車窓はどんどん山間部色を増して参りました。また暫時停車です。今度は上越線の沼田駅でございます。乗客も機関車撮影に飽きてきておりました。どんどん競争相手が減ってきました。素晴らしい…。記録用に12系客車のペインティングを撮影しておきました。所属表示「高タカ」は当然として、全検表示が土崎になっていました。秋田駅の一つ北の土崎です。へええ、この車輌は高崎じゃなくて、秋田支社でやっているんだぁ、という感じです。土崎工場は、「リゾートしらかみ」や「キラキラみちのく」を作っている(正確にはタネ車から改造している)工場です。アーティスティックな作品がたくさんある工場です。当然のように、D51蒸気機関車も撮影するのですけど、流石に飽きて来たので、今回はネチッと機関士さんを撮影することにしました。暗い環境で撮影しているので被写体ブレしてますけど…。石炭をボイラーに放り込む機関士さんか機関助手さんです。フォームが分かるように連続写真も撮影してみました。ご覧下さいませ。こんなものを撮影している間に出発時刻が参りました。D51蒸気機関車牽引の列車は再び上越線を北上いたします。沼田駅以降は暫時停車はもうありません。上越線の上牧駅です。終点水上駅はもう直ぐそこです。客車からの機関車撮影のチャンスももうないので(帰路は日没が近く、暗くてどうせまともな絵にはなりません)、バシバシとシャッターを切りました。と、こんな感じにD51蒸気機関車をファインダーで追いかけているうちに終点の水上駅に到着でございました。水上駅の渋い駅名看板です。跨線橋から取り降ろしたD51です。架線が邪魔でした。対向ホームから撮影したD51でございますね。休憩まで残り僅かです。この撮影を行った直後に切り離しが始まりました。12系客車をホームに残して機関区に去って行くD51でした。この「EL&SL奥利根号」は水上駅で、4時間くらい留置になりました。12系客車はずっとホームに居ましたです。12系客車を残して機関区に去ったD51は給水・給炭・方向転換を行って、上り運行に備えておりました。【現在の卒煙式の表示】 ステータス: 大将卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 32日 3時間 28分延びた寿命: 4日と21時間51分節約できた金額: 19286円(節税分 12160円)節煙本数: 1285本 128.58m レインボーブリッジ主塔【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/26
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最近、携帯からのアクセスが増加しております。携帯からご覧頂くと、私のブログの画像を見ることが出来ないのです(画像の殆どは楽天のサーバに置いていないので、携帯からのアクセスの場合にはリンクされないのです)。そんな訳でございますので、携帯からごらん頂いている方には、是非PCからもこのブログをご覧頂きたいのでございます。そんなに上手な訳ではありませんが、旅行画像をこれでもか、と掲載しておりますので。百聞は一見にしかず、でございます。はい。さて、今回も臨時快速「EL&SL奥利根号」乗車レポートでございます。前回の日記では高崎駅で、EF64を切り離し、D51を連結して出発するところまでレポートいたしました。今回は、蒸気機関車牽引運転で、上越線を北上する際の撮影分をご紹介してまいります。最初は車窓です。菜の花が美しいのでございました。3月31日の画像でございます。今年は菜の花づいておりました。1月末には南房総で菜の花を堪能し、3月の末には北関東の菜の花を堪能し、五月の下旬には下北半島の菜の花を堪能したのでございました。はい。そう言えば、このシリーズの最初の方で乗った臨時快速も「ゴロンとなのはな号」でございましたですね。583系での運転でした。新前橋が近づいて参りました。小さな車輌基地があるのでした。増殖を続けるE231系の巣でございます。二階建てグリーンをこの地域で目にするのが当たり前になるとは…。10年前には想像も付きませんでした。新前橋駅でございます。ここでは数分の停車でございますね。方向幕でございます。この編成で運行された、前々週の快速「村上ひな街道号」では、方向幕はステッカーでしたが、この快速「EL&SL奥利根」はこのように方向幕でした。準定期列車と申し上げた通りでして、かなり頻繁に運行される筋ですので、このような手当てになっておりましたです。これも新前橋で撮影したものです。2両編成の停止位置を示した標識です。高崎線は15両編成や11両編成がガンガン走ってますが、ここまで来ると2両などという可愛らしい標識も出てくる訳でございます。吾妻線用かも知れません。これも新前橋での撮影です。一昔前までは(昨年の3月17日までは)そこら中で目にした湘南色の115系ですが、現在はここまで来ないと見ることが出来なくなりました。昭和は遠くなりにけり、って感じです。はい。新前橋出発時の撮影です。吾妻線の115系電車としばらく併走しておりました。SL牽引の場合は、座席は可能ならば、後方の車輌に確保するのが吉でございます。後の車輌からは、カーブ通過時にこんな撮影も出来たりします。とは言うものの、上越線はかつての大幹線でございます。余り急なカーブは残っておりませんですね。はい。だんだん車窓は田舎びて参りました。いい感じです。無理と知りつつ、水上までなどというけちなことを言わず、是非、湯檜曽や土合を越えて新潟県内まで走って貰いたいなあ…。まあ、急勾配に長大トンネルですので、D51単機ではしんどいでしょうし、転車台がどこに残っているかも分かんないので、実現は難しいのでしょうけど。力行時です。石炭の黒煙が上がります。惰性運転です。白い水蒸気しか上がってません。上越線はかつて、161系電車での特急「とき」がバンバン走っていた大幹線なのでした。電化複線区間がずうっと続くのです。渋川駅に入線です。ポイントを通過しております。渋川駅に到着しました。この駅ではしばらく停車しましたので、この隙にまた機関車の撮影を行いました。12系客車の最後尾です。この形式も仲間を減らしました。出荷時の内装のままの12系はどれだけ生き残っているのでしょう…。相変わらず撮影を行う人が沢山居ました。でも、高崎駅に比べると断然減ってました。チャンスでございます。車号表示です。高崎の所属であることを示す「高」というプレートがあります。金文字です。凄い。やっと運転台を撮影できました。目当ては仕業ダイヤの撮影です。これを見ないと、中々撮影行動の計画が立たないのです。どの駅に何分停まるか秒単位で記載されています。炭水車の後ろ側のナンバーです。12系客車の車端です。貫通扉の上部にご注目ください。いつも蒸気機関車と組んでいるので、煤で黒くなっております。12系客車の便所です。和式です。素晴らしい。でも、異物を流されるのを防ぐために、孔が小さくされています。これも渋川駅での撮影分です。湘南色の115系電車でございます。前照灯を点灯していました。今回はここまでにさせて頂きます。次回も臨時快速「EL&SL奥利根号」乗車レポートを続けます。【現在の卒煙式の表示】 ステータス: 大将卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 31日 2時間 43分延びた寿命: 4日と18時間4分節約できた金額: 18667円(節税分 11770円)節煙本数: 1244本 124.45m エキスポタワー【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/26
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最近、私の昔の(ブログを始める前の)旅行写真のウェブサイトへのアクセスが増えております。どこかで紹介されたのかしら…。それも、南米編とか沖縄の離島編と言った自信作ではなく、何故か九州新幹線開通時のつばめレディのページにアクセスが集中しております。何ででしょう…。どこかで紹介されてしまったのかしら…。2004年以前の旅日記は、こちら、に保存してます。技術も今より更に未熟で、自分でも見直すのが辛い写真も多いのでございますけど…。さて、本題に入って参ります。前回の日記では、臨時快速「EL&SL奥利根号」で上野から高崎まで移動して、高崎で、茶色の電気機関車EF64-1001が切り離されて行くところまでご紹介いたしました。この電気機関車でございますね。これもこれで見応えがあるのですが、この電気機関車を切り離した後に、この列車のメインディッシュである蒸気機関車D51-498号機の併結作業に入ります。今回ご紹介するのは、この蒸気機関車の画像でございます。客車の先頭に蒸気機関車を連結しますので、当然のことながらバック運転で近づいて参ります。テンダ式蒸気機関車は普通はバック運転はしません。後が見えませんから。でも入換のように、どうしてもバック運転をしなければならない場合には、機関車の後に機関区員を載せて、前方を確認しながらゆっくりと後に進みます。機関区員は、進んで(退いて)大丈夫なら緑の旗を振り、停止しなければならない場合は赤い旗を振ります。機関士は、機関区員を旗を見ながら運転します。快速「EL&SL奥利根号」の乗客全員がホーム前方に集まったかのような混雑でした。クリーンな撮影など夢また夢…。駅員さんが、危ないですから下がって~、と声を嗄らしていました。駅員さんの「危ないですから下がって~」と言う叫びを聞くたびに、オウム真理教地下鉄サリン事件の際の営団地下鉄の駅員の叫びを思い出してしまいます。あの事件で旧営団地下鉄は数名の殉職者を出してしまいましたですね。そんな私の感慨に全然関係なく蒸気機関車は客車に近づいて参ります。バック走行で、加速もしていないので、余り迫力のある絵になりませんのは当然でございます。この旅程で、まあまあの画像を撮影できたのは水上駅に着いてからでございました。はい。以前の日記でも書いたことがありますが、蒸気機関車の撮影に付いては「SLはケム吐いてナンボ」と言う格言がございます。やっぱ、シュッシュポッポと煙を吐いていないと迫力が出ないのです。蒸気機関車も他の鉄道車両と同様に、殆どの走行区間を惰性で動きます。動力を使った走行を力行というのですが、これは、発車する時と勾配を登る時くらいなものなのです(そんな訳で肥薩線の大畑ループだの、函館本線のニセコなんかは大人気なのでした。急勾配で重連力行ですもの)。SLの撮影は、電気機関車や電車よりも場所を選ぶのでございます。このような構内の入換では、余り良い絵にはなりませぬ。連結が完了した後も撮影者が群がっております。もうまともな画像は撮れそうもありません。仕方ないですな。いつみても、動輪付近は迫力があります。整備状態もOKです。新津のC57ほど磨き上げられていないのがグッドです。ヘッドマークはこんなのでした。今のSLは100%イベント列車として運行されますので、常にヘッドマークを装備しています。たまにはヘッドマーク無しの姿を撮影したいものでございますね。ちなみに、ちょっと引くとこの通りです。みんな無理な姿勢で撮影したます。その位混雑していたのです。往路の運行では、まだ乗客は元気一杯なのです。運転台付近です。この人だかりです。運転だの撮影は諦めました。この列車のサボです。微妙な記載内容でした。上野→高崎→水上→高崎となっていました。最後は上野まで運行するのに…。こんなものを撮影しているうちに、発車時刻が迫って参りました。高崎駅ともそろそろお別れです。高崎駅を出発する際のアナウンスと汽笛を録音しましたのでご紹介いたします。宜しければお聞きください。約1分です。【音声】EL&SL奥利根号高崎発車(約1分)「窓からモノを出さないで下さい」とアナウンスが流れていますね。出発時には車掌は客車の側面を見張っています。異常時に直ちに車掌ブレーキを引くためです。ブレーキ弁に手をかけて見張っているのです。発車時にホーム側の窓からモノを出すと必ずばれます。車窓から乗り出しての撮影は非常に危険です。レンズを窓枠にかける程度にして置くのが吉でございます。撮影中に死亡した鉄は何人も居るのです。【現在の卒煙式の表示】 ステータス: 大将卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 31日 2時間 43分延びた寿命: 4日と18時間4分節約できた金額: 18667円(節税分 11770円)節煙本数: 1244本 124.45m エキスポタワー【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/25
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今日も東京は雨でした。なんだかなあ…。梅雨だから仕方ありませんけど。やっぱ気が晴れませんね。それにしても、この「春の青春18きっぷ」が中々終わりません。ご紹介しておきたい画像が多すぎるのですね。夏の青春18きっぷの119回を更新してしまうかも知れません。そんな訳でこの週末は全速力で更新してしまいました。読むのが追いつかないというクレームを半ば覚悟しております。はい。申し訳ありません。さて、続けてまいりましょう。前回の日記で、上野駅13番ホームまでレポートしました。上野駅13番ホームには、超豪華寝台特急カシオペアにちなんだ五つ星広場などと言う待合室もございます。今回は臨時快速「EL&SL奥利根」がターゲットです。早速ですが車号をご紹介いたします。いつもの12系客車6両編成でございますね。もちろん、所属は高タカでございます。 スハフ12 161 オハ12 369 オハ12 368 オハ12 367 オハ12 366 スハフ12 162でございましたです。先日村上駅でお世話になったのと同じ車輌です。12系客車は昭和44年に登場した急行型客車です。波動輸送用に開発された形式でしたけど、冷房装置を標準装備していたことや、発電機を客車に積んでおり、機関車を選ばずに運用できたことなどから幅広く使われるようになり、最終的に600両以上が製造されたそうです。そうそう、12系客車は分散電源なのです。だから分割併合も割りと簡単です。14系客車に先行する系列でもあった訳です。12系と言う割りには形式のバリエーションは少なく、オハフ12・スハフ12・オハ12しかありません。ファミリーは少なかったのです。まあ、その後、12系客車からの改造系列が増えて、最終的には色々になるんですけど。私にとっての、12系客車は夜行列車と言うイメージでございます。お若い方はご存知ないかも知れませんけど、その昔、周遊券という鉄道切符がありました。例えば、北海道周遊券ですと、上野からフリーゾーンの入口である函館までは、急行の自由席にしか乗れませんけど、フリーゾーンに入った後は特急自由席乗り放題と言うような性格でした。北海道周遊券や九州周遊券は東京都区内からだと有効期間が20日もあったので、まあ、使い出がありました。その頃の鉄は、北海道なら上川折り返しだの「まりも」だの「利尻」、「にちりん」と「かいもん」など、島内の夜行列車を宿泊に用い、車中泊だけで19連泊したりしておりました。私も九州で16連泊(ちょっとだけ常識人)しましたが、毎晩顔を合わせる鉄が居て、凄いところだなあ、と感動したものでございます。昔話でした。さて、本題に戻ります。「EL&SL奥利根」は名前の通り、上野からしばらくは電気機関車牽引で進みます。路線密度が非常に濃い、東北・高崎系列を走行しますので、速度が極端に遅いD51牽引で走る訳には行かない、ということなのでしょう。電気機関車はこれでございました。EF64-1001号機です。茶色に塗られています。通称茶釜です。これもお若い方はご存知ないかも知れませんが、その昔は、機関車と言えば蒸気機関車でした。蒸気機関車には当然ながら必ずボイラーがあります。日本語で表現すれば釜です。そんなところから機関車のことを「釜」と表現する習慣がありました。もう廃れつつありますけど。EF64系列でございます。中々いわくありげな系列なのです。これまたお若い方には分からないかも知れませんけど、1970年代から80年代にかけて、日本国有鉄道の労使紛争は猖獗を極めました。組合は国労・動労・鉄労に分かれ、ストライキ・順法闘争が蔓延し、電車がいつ来るか分かんない。無茶苦茶でした。労組は政治に深く踏み込み、もう何のためのストだか分かんない状態でした。そんな中で、上尾事件だの首都圏国電大暴動だの利用者の反発も強まり、やがては、国民からの同情も得られずに、民営分割として八つ裂きにされるんですけど…。今日は横道にそれ倒してますね。で、EF64系列に話は戻るんですけど、EF64は0番台と1000番台でもう全然違う機関車なんです。本来ならEF68と付けたかったのでしょうけど、新形式の機関車を導入すると、組合が猛反発するんですね(そう言えば、当時はブルートレイン乗務拒否闘争なんというのもありましたですね)。そこで、EF64の1000番台と称して、マイナーチェンジを装ったのです。この辺りは、C62の新製をドッジラインで許されなかったので、D52の改造だよ~ん、と言い張って通してしまった昭和20年代の国鉄に通じるものがございますですね。ちなみにEF68は実在しました。EF64-1000番台登場の遥か後に、瀬戸大橋開通後の四国電化路線用にEF61を改造して作られた機関車の名前になりました。あっという間に消滅した形式でございますね。瀬戸を引いていたとのことですが、記憶にないですねえ。車内です。空いてます。この列車は、大宮とか、熊谷に停まりながら北上して、高崎で、電気機関車を蒸気機関車に付け替えて、水上まで行きます。そんな訳ですので、上野からずっと乗っている人はそんなに多くありません。私もお金に余裕があれば、寝坊して、高崎まで新幹線で行って待ち構えたかも知れません。まあ、お金もありませんので、青春18きっぷを使い倒すために、上野から地味ーに乗りました。車内には灰皿があります。凄い…。ただし使用禁止です。全社金縁でございますね。日本の航空会社が全席禁煙になってもう10年近く経ちます。飛行機で昔は煙草を吸えたことを知っている人も少なくなって行くでしょう。電車も一緒ですね。N700系は全席禁煙ですし(喫煙スペースはあるみたいです)。さて、そろそろ出発でございます。出発アナウンスを載せて置きます。宜しければ聞いて見てください。【音声】EL&SL奥利根号出発(約3分)高崎までは、普通の通勤路線です。しかも結構頻繁に乗っている区間です。はっきり行って退屈です。ゲームでも持ってくればよかった…。本庄駅でございます。そろそろ高崎が近づいて参ります。高崎で、機関車付け替えと言う一大イベントがあるので、だんだんワクワクして来ました。【音声】EL&SL奥利根号高崎到着(約1分)着きました、高崎に。高崎には16分停車します。ここで、電気機関車を外し、蒸気機関車に付け替えです。るんるん。早速カメラを抱えてダッシュでございます。うへえ、鉄道ファンで一杯です。客車の車端付近はもう立てません…。涙。しょうがないので、機関車の前に出ることにしました。EF64-1001が外されて、渡り線へ進んでいくところです。機関区員さんが列車の前で旗を振ってます。こういう光景って鉄道ファンには堪えられんです。それにしてもカメラを抱えた人が多い…。クリーンな撮影は無理でした。他人の機材を撮影してみました。みんな良い機材持ってます。お金はどうしたんだろう…。世の中でレースクィーン好きが最強の機材を持つような気がします。鉄道ファンはそんなにカメラにお金をかけない方が多いような気がします。まあ、貧乏人の趣味なのかも知れません。お金持ちは電車に余り乗りませんから。EF64-1001が側線を通って、客車の後方に走り去っていきました。このEF64-1001はD51-498の無火回送の際の相方も務めているそうです。今回はここまでに致します。次回はD51-498が登場です。競争相手が多過ぎて、高崎では余りクリーンな写真は撮れていないのですが…。【現在の卒煙式の表示】 ステータス: 大将卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 31日 2時間 43分延びた寿命: 4日と18時間4分節約できた金額: 18667円(節税分 11770円)節煙本数: 1244本 124.45m エキスポタワー【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/25
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今回からは第8旅程のレポートをお送りいたします。第7旅程の鉄道での移動経路は、 新宿→新潟 ムーンライトえちご 新潟→吉田 越後線普通電車(115系) 吉田→燕三条 弥彦線普通電車(115系) 燕三条→燕 弥彦線普通電車(115系) 燕三条→東三条 弥彦線普通電車(115系) 東三条→越後湯沢 上越線普通電車(115系) 越後湯沢→高崎 上越新幹線「とき」(E4系) 高崎→新宿 湘南新宿ライン特別快速(E231系)と、115系がやたら多いものの、少しは複雑な乗車経路になりました。これに対し、第8旅程の乗車経路は物凄く単純です。 上野→水上 EL&SL奥利根号 水上→上野 EL&SL奥利根号実質これだけです。路線名で言えば、東北本線(上野→大宮)、高崎線(大宮→高崎)、上越線(高崎→水上)と少しは複雑になるのでございますが…。この「EL&SL奥利根号」は、殆ど定期列車と化している臨時列車です。高崎が保有するD51-498と12系客車のホームグラウンド的な運行です。この「春の青春18きっぷ」シリーズの前半でご紹介した「SL村上ひな街道号」は、この編成が新潟県に出稼ぎに行ったものでした。余談ながら、JR東日本でSLを持っている支社は、高崎支社と新潟支社だけです。JR東日本の支社編成は、 東京支社 横浜支社 八王子支社 大宮支社 高崎支社(D51-498) 水戸支社 千葉支社 仙台支社 盛岡支社 秋田支社 新潟支社(C57-180) 長野支社の12支社で構成されているのですが、蒸気機関車を持っているのは新潟と高崎だけなんですねえ。新潟支社は自前のSLを持っているのですが、全検中だったみたいで、高崎からの借り出しになったとのことでした。新潟支社の蒸気機関車についても以前の日記で乗車レポートを作っています。宜しければご覧下さいませ。本題に入る前に、鉄道ブログの重鎮ibukino-johさんのコメントを一部ご紹介させていただきます。<コメント引用始め>キーホルダーの下にある白い紙は、かつてあった水冷機用の紙コップでは? 最近の新しい新幹線車両には水冷機設備がなく(「飲料水」は「買ってください」というスタンスになってしまいました)在来線特急などの水冷機設備のある車両でも使用禁止にしていたりするなど、今やほとんど見る機会も減ってしまいました。<コメント引用終り>そうなんです。ご指摘の通り、あのキーホルダーの下にある白いものは「懐かしい紙コップ」なんです。これを燕三条で記念品として配布してました。この紙コップは絶滅したのかなあ、と思っていたのですが、先日青森に行く際に利用した「あけぼの」車内では健在でした。あの列車は秋田に着くまで車販も自販機もないですから…。さて、本題の最初の画像です。「政府転覆」とありますが、選挙ポスターです。東京都知事選挙の際の外山恒一候補の選挙ポスターなのです。この第8旅程(3月31日実施)は、東京都知事選挙の期間中でして、画像ファイルを開けると最初にこの画像が出てくるのです。凄い候補でした。YOUTUBEで100万ビューを選挙期間中に達成したのもむべなるかな…。こんな凄い泡沫候補は久しぶりで、物凄く関心を惹かれていた時期でございました。選挙ポスターの経歴部分です。マジなんだか、冗談でやっているのかイマイチはっきりしないところがありました。ちなみにこの人、交通違反で逮捕されたみたいです。やっぱ凄い。カムバック外山恒一!。なお、衝撃の外山恒一政見放送はこちら<YOUTUBEの政見放送>で見ることが可能です。既にご覧になった方も多いでしょうが、まだの方は是非一度ご覧下さい。衝撃の5分間です。今回は前置きが非常に長くなってしまいました。そろそろ本題の「EL&SL奥利根号」の話題に入って参ります。最初の画像は、指定券です。使用後に撮影したものです。安房鴨川駅で「ゴロンとなのはな(仙台支社の583系で運行された安房鴨川→仙台間の臨時夜行快速)」を待っている間に購入したものです。左上の朱色のは水上駅の無効印(乗車記念印)、左下の青いのが高崎運輸区の検札印、右下の赤いのが上野駅の改札印です。今回のレポートは、普段と違って秋葉原から始めます。この画像は、秋葉原駅から北の方を見たものです。山手線御徒町駅が見えますね。やはりE電区間だけあって、駅間は断然短いのです。秋葉原駅の駅名板でございますね。この駅はつくばエクスプレスの開業で根本的に変わってしまいました。非常に近代的な駅になってしまいましたです。E電の画像を殆ど載せていないので、このチャンスに載せて置きます。山手線内回りのE231系です。E231系は山手線のような短距離(つまり加速力が要求されます)から、東海道本線や高崎線のような中距離(トップスピードが要求されます)まで、どこにでも投入される万能形式なのでした。同じくE231系ですけど、こっちは京浜東北線です。京浜東北線にはまだ209系が残っています。JR東日本の車輌の神髄は、在来線特急でも、東北上越新幹線でもなく、E電だと思うのですよね。もう数々の新機軸なんです。秋葉原から京浜東北線で上野に向いました。こっちは上野駅の上ホームです。上野駅は今でこそ、東北・上越・長野の各新幹線の開通でターミナル機能を大幅に減じておりますが、その昔は、北に行く優等列車の始発駅・終着駅でございました。行き止まりのターミナルが下ホーム、通り抜ける途中駅が上ホームになっているのでした。上野駅のメインコンコースです。その昔、夏の帰省シーズンには、東北地方に帰省する大量の自由席客がここで行列を作ったものですが、今はそんな使われ方もなくなりました。上野駅の「みどりの窓口」です。夜遅くまで開いているし、係員は非常に有能です。東京駅八重洲口の「みどりの窓口」と並んで、私がもっとも愛している「みどりの窓口」です。上野駅の下ホームです。ちょっと分かり難いかも知れませんけど、行き止まりになってますよね。その中でも私が一番愛している13番ホームです。ここから「EL&SL奥利根号」は出発するのです。このホームは、「北斗星」や「カシオペア」や「北陸」や「あけぼの」等のブルートレインが出発しています。上野発の夜行列車がこれだけになってしまったと言うのもなんですけど…。第8旅程の初回なので、今回はここまでに致します。次回は「EL&SL奥利根号」の車輌をご紹介します。【現在の卒煙式の表示】 ステータス: 大将卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 30日 1時間 55分延びた寿命: 4日と14時間17分節約できた金額: 18047円(節税分 11379円)節煙本数: 1203本 120.32m 甲子園本塁センター間【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/25
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★久しぶりにやってしまいました。今回のミスは、画像のファイル名の入力ミスでした。初出時には、バウチャーが全部カレー引換券になっておりました。汗っ。今回のミスをご指摘頂いたのは、鉄道ブログの重鎮ibukino-johさんでした。ご指摘ありがとうございました。これでまた少し完成度が高まりました。長いことお付き合いありがとうございました。新幹線F19車輌展示会と新潟交通のバス撮影会を中心に据えた第7旅程レポートも今回でお終いです。枚数は少ないですが、最初は帰路の画像をご覧下さい。燕三条からの帰路は、青春18きっぷを使って、弥彦線と上越線を使って南下しました。この画像は、弥彦線と上越線の乗換駅である東三条で撮影したものです。しかし、在来線の普通電車と快速電車では、その日のうちに上野につけないので、越後湯沢から高崎までは上越新幹線を使ったのでございました。それにしても、この春の青春18きっぷシーズンには上越線に良く乗ったものでございます。実は次の第8旅程も第9旅程も上越線のお世話になるのでございます。ここから先は第7旅程の資料編です。先ずは、車輌展示会での配りもののご紹介です。結構色々と記念品を配布しておりました。200系新幹線旧塗装の方向幕のキーホルダーです。「あさひ」という列車名が泣かせます。新幹線下敷きです。下敷きを使わなくなって久しいです。何だか懐かしいです。続いて券面をご紹介します。メインツアーのさよなら「新幹線F19編成」車輌展示会の会員券(バウチャー表紙)です。メインツアーの最初のバウチャーです。NRE新潟支店(復刻ビュッフェカレー)引換券です。これもメインツアーのバウチャーです。キヨスクのお買い物券1050円分です。これで時刻表を購入しました。同じくメインツアーのバウチャーです。新幹線F19編成の車内見学整理券です。このバウチャーで改札を通ったり、車内に入ったりしました。この三つのセット+上でご紹介した記念品で2000円なのです。まあまあ、お買い得感のある旅行商品でした。JR東日本新潟支社やるじゃない、という感じでした。このバウチャーがこんな感じのパックで自宅に送付されてくる訳です。ちなみに購入はインターネット通販でした。続いて、オプショナルツアーのバウチャーです。会員券です。「新潟交通電車線廃線跡とバス車輌撮影会」と言う名前のコースだったのです。なんか表現がチラシと違います。チラシでは「『新潟交通電車廃線跡』と新潟交通バス『ブルドック乗車』・『なまず』など人気車輌撮影会」でした。オプショナルツアーのバウチャーです。新潟交通バス乗車券です。貸切バスに乗り込む際に回収されました。券面に「座席数が少なく立席になる場合があります」とありますね。オプショナルツアーに含まれるJR移動部分の乗車票です。代理店発券なので右にナンバーが入っています。発行所は燕三条のビュープラザになってますね。この3枚で2000円でした。2000円の価値は十分にあるオプショナルツアーでございました。はい。かなりの満足度でした。バスマニアと呼ばれる種族の生態に触れることも出来ましたし、何より月潟駅跡は素晴らしかった…。以上で、第7旅程の全レポートを終了致します。次回から第8旅程の模様をご報告いたします。第8旅程は、EL&SL奥利根号に乗りに行きました。もうD51-498を撮影することだけが目的の非常に単純な行程です(上野=水上単純往復)。撮影枚数が尋常ではないので、文章は少なく画像満載のレポートになる予定です。引続き是非お付き合いくださいませ。【資料】第5旅程確定レポートへのリンク(53)石岡駅へ(54)鹿島鉄道石岡機関区(55)鹿島鉄道常陸小川駅(56)鹿島鉄道鉾田駅(57)鹿島鉄道石岡駅(58)茨城交通湊線勝田駅(59)茨城交通湊線那珂湊駅(60)常磐線東海駅(61)アトムワールド(62)第5旅程の終り【資料】第6旅程確定レポートへのリンク(63)第6旅程のプラン(64)発動機故障(65)米坂線(66)米沢駅(67)利用拡大フォーラム(68)長井駅へ(69)長井駅から荒砥駅まで(70)車輌基地(71)藻谷浩介氏(72)藻谷浩介氏の続き(73)荒砥から今泉まで(74)第6旅程の終り【資料】第7旅程確定レポートへのリンク(75)第7旅程の出発(76)燕三条(77)F19編成入線(78)地震直後(79)F19編成車内(80)月潟駅跡(81)モワ51など(82)新潟交通の除雪車「キ116」(83)ナマズ(84)ブルドック(85)第7旅程の終り【現在の卒煙式の表示】 ステータス: 中将卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 29日 23時間 10分延びた寿命: 4日と13時間52分節約できた金額: 17979円(節税分 11336円)節煙本数: 1198本 119.86m 三十三間堂【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/24
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東京は今日も雨でございました。梅雨ですねえ…。来週末は北海道は道北に出かける予定でございます。北海道はどうか晴れていて欲しいものでございます。一日どこにも出なかったので書店でまた濃そうな本を買って読んでしまいました。宝島社のムックですけど、余りディープではなかったです。まあ、参考にはなりますけど…。さて、第7旅程の確定レポートもいよいよ大詰めでございます。今回もJR東日本新潟支社と新潟交通の合同企画(主催旅行)「『新潟交通電車廃線跡』と新潟交通バス『ブルドック乗車』・『なまず』など人気車輌撮影会」への参加レポートの続きでございます。なかなかディープな企画でした。この企画に家族連れが沢山参加しているのが不思議でした。JR東日本新潟支社はどのような営業を行ったのでしょうか…。今回のお題はこのバスでございます。1970年代後半から1980年代に製作された三菱自動車のベストセラーである「ブルドック」です。このバスの撮影会がオプショナルツアーの目玉だったのであります。早速でございますが、新潟交通による紹介文を引用いたします。<引用始め>「ブルドッグ(三菱ふそうK-MP118K)」写真左フロント部分がブルドッグに似ていることからこの愛称で呼ばれるようになった。新潟交通西(株)の潟東営業所と弥彦営業所に1台ずつあるが今年の3月をもって廃車の予定。<引用終り>確かに以前はそこここで走っているのを見たような気が致します。さすがに有名な車種らしく、ウィキにも出てました。真横から撮影したものです。曇り空、しかも、かなり雲が分厚い曇り空の夕刻です。もう露出は難しいのなんのって…。AEでは全然絵にならんのです。3月での廃車が決まっているので、中々の人気でございました。うんうん。バスマニアにとっては垂涎なんでしょうな。真後ろからです。ブルドックの写真撮影を続けるバスマニアの皆さんが左の方に見えますですね。もう一台の方を前から撮影したものです。上に掲げた画像よりは露出が少しましになっておりまする。車内に入ってみました。クラシックなシートでございます。バスマニアの皆さんは、鉄道ファン同様に、車内撮影にも余念が無いのでございました。バスにありがちな、交通安全のお札でございます。何故か象のぬいぐるみがぶら下がっておりました。何かのおまじないでございましょうか…。鼻面でございます。これがブルドックに似ているから、「ブルドック」だそうな…。似ているような、似ていないような…。もう一台のブルドックの車内です。こっちは一部ロングシート化されておりました。バスのロングシートは余り好きではないのでございます…。バスマニアの皆さんが、余りにブルドックを熱心に撮影なさっているので、私も、バスマニアの真似をしてシャッターを切り続けました。私も「バスマニアだよん」という振りをしないと居たたまれなかったからでございます。接写でございます。ちょっと引いて、望遠で撮影したものでございます。この辺りの撮影手法は鉄道車両を撮影する際とあまり変わりはございません。ただ、露出が…。こんなものを撮影しているうちに、小用を催してしまいました。便所が遠いのです。撮影会場から遠く離れた、新潟交通潟東営業所の便所を借りに参りました。トイレから帰ってくると、ブルドックの行先表示が変わっておりました。なんと、解散場所である燕三条駅まで、このブルドックで送ってくれるのでした。バスマニアの皆さんにとっては至福のひと時であったことでしょう。鉄道ファンにして見れば、廃車解体2週間前のオンボロ気動車で最寄駅まで送ってもらうようなものでございますな。燕三条駅に到着したブルドックでございます。ブルドックの2台フリート走行と言うのもバスマニアには堪えられないでしょうなあ。以上で、2000円のオプショナルツアーは完了で、解散となりました。ブルドックに乗車するチャンスも多分二度とないでしょうねえぇぇぇ。ちょっと哀愁気分でした。この第7旅程レポートも次回で終了に致します。続いて、第8旅程の確定レポートに進むつもりです。次回で、このツアー(車輌展示会とバス撮影会)の券面や配り物をご紹介いたします。【現在の卒煙式の表示】 ステータス: 中将卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 29日 23時間 10分延びた寿命: 4日と13時間52分節約できた金額: 17979円(節税分 11336円)節煙本数: 1198本 119.86m 三十三間堂【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/24
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天気が悪い今のうちにさくさく続けてしまいます。今回も、JR東日本新潟支社と新潟交通の合同企画(主催旅行)「『新潟交通電車廃線跡』と新潟交通バス『ブルドック乗車』・『なまず』など人気車輌撮影会」への参加レポートの続きでございます。前回までに、今は亡き新潟交通電車線の月潟駅跡及び、ここで保存されている3台の鉄道車両の模様をレポートいたしました。月潟駅駅舎です。ここを出発して次の目的地に向う訳でございました。移動手段はこの路線バスです。貸切路線バスで、新潟交通潟東営業所に向った訳でございました。潟東営業所についたところです。バスマニアの皆さんが、ガンガンシャッターを切っていきました。着く前からノリノリでした。まどからブルドックの姿が見えたところで喚声が上がったのです。やるなあ…。この日のメインディッシュである車輌は2種類でした。「ブルドック」と「なまず」であります。と言っても、私も区別がつくわけではなく、今回初めて知ることばかりでした。これが「なまず」であります。「なまず」とは何か、早速、新潟交通の紹介文を引用いたします。<ここから引用>「なまず(いすゞP-LV314Q)」写真右1985年~1988年に北村製作所(新潟市)で製造された車体。フロント部分が傾斜しているデザインと両側の窓が大きいのが特徴。斜め横から見た感じが「なまず」に似ていることからこの愛称で呼ばれるようになった。同社から新潟交通(株)に多数納車された。<引用終り>バスマニアにとっては割りと常識のようなのですが、日本には北村製作所と言うバスの車体メーカー(コーチビルダー)があるそうなのです。そもそもバスにはシャーシメーカーとボディメーカーがバラバラに作って組み立てるという伝統があるみたいで、昔は三菱ふそうみたいな一貫メーカーは珍しかったみたいです(現在は三菱ふそうの車体は子会社の三菱ふそうバス製造に統合されているみたい…)。ボディメーカーは減少しつつあり、この「なまず」を作った北村製作所も、現在ではバスの車体の製作からは撤退してしまったようです。中部以東では目にすることはありませんけど、西鉄系の西日本車体工業なんかはピンピン元気で、西日本各地のバス会社に車体を納入しているみたいです。「なまず」の運転席です。「なまず」の車内でございますね。電車マニアとバスマニアはやっぱ親戚です。何だか良さが分かって来てしまうのが恐ろしい…。電車は情報も多いですけど、バスの乗り潰しなんぞ始めた日には…。新潟交通の社員さんたちです。余りバスマニアに慣れていない感じでございましたです。潟東営業所の全景でございます。結構な規模でした。新潟交通というのは大企業なのでした。この「なまず」クンは新潟交通にしか納入されなかったレアな車種みたいでした。そして、「なまず」も経年劣化には勝てず、間もなく全車引退の時を迎えるそうです。既に95年に北村製作所はバス車体製造から撤退しておりますので、北村製作所製造のバス車体を見ることが出来るのも、後僅かということのようでございます(田舎に行けば残ってるのかも知れませんけど)次回は「ブルドック」をご紹介いたします。【現在の卒煙式の表示】 ステータス: 中将卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 29日 14時間 25分延びた寿命: 4日と12時間32分節約できた金額: 17760円(節税分 11198円)節煙本数: 1184本 118.4m 三十三間堂【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/24
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さくさく続けます。前回の日記では、廃止された、新潟交通電車線の月潟駅跡の保存されている車輌3両のうち、モハ10形モハ11号電車とモワ50形モワ51号電動貨車の画像をご紹介いたしました。今回は残りの一両である、キ100形キ116号ラッセル車の画像をご紹介いたします。ドーン。これがキ116です。「キ」という形式もJR(国鉄)では遥か昔に死に絶えてしまいました。その昔の除雪車は事業用貨車に分類されて、機関車に押されて使われたのでございますね。現在の除雪車は機関車の一種として扱われています。前回の日記でもご紹介しましたが、この除雪車は元々は鉄道省の車輌として昭和8年に製作されたものでございます。既に建造後70年以上経過していますですね。戦前製ですので、完全鋼製車ではありません。ところどころ木製部品が入ってます。早速車内に入ってみました。恥ずかしながら除雪車の車内に入るのは、これが生まれて初めての経験でございました。発電機が装備されています。モワ51とコンビを組んで運転されたようですが、電源は自前で供給していたようです。左奥にダルマストーブが見えます。これだけでも時代が知れます。このストーブの燃料は当然のことながら石炭です。蒸気機関車の時代の車輌であることが直ぐに分かります。まあ、これを見なくても真っ黒な車体を見れば分かりますけど。前面窓ガラスです。丸いのは凍結した際に氷を落とすためのもののようです。排雪羽根の制御弁ですね。このラッセル車はモワ51とコンビを組んで運転されていたと申し上げましたが、電動貨車モワ51をこの除雪車から制御できるように改造されていたみたいです。統括制御と言うのか、協調運転というのか分かりませんけど、そんなことができるようだったみたいです。色々なところにちょこちょこと改造された跡がございますね。モワ51とキ116の連結部分です。あんまりジャンパはありません。これで統括制御できたんでしょうかなぁ。外板はもちろんリベット止めです。電気溶接が普及する前の車輌な訳です。形式及び車号表示です。形式キ100、車号キ116です。最後にもう一度編成の外観を撮影しておきました。はい。以上で、旧新潟交通電車線の月潟駅跡での撮影分のご紹介を終えます。このツアーでは、月潟駅跡の次には、新潟交通潟東営業所に向かい、そこでバスマニア垂涎の「ブルドック」や「なまず」の撮影会に向いました。次回は、「ブルドック」の画像をご紹介いたします。除雪車をご紹介したので、今年の冬に雪の中を旅行した際の確定レポートへのリンクを残して置きます。宜しければ是非!。【資料】真冬の夕張旅行へのリンク(1)発端(2)夕張線(3)新夕張駅から夕張駅(4) 閑話休題 都知事選挙雑感(5) 夕張線夕張駅(6) 夕張市民会館へ(7) 住民説明会(8) 石勝線の移動(9) 千歳市内へ(10) 光と氷のオブジェ(11) 支笏湖へ(12) 氷濤まつり(13/終) 帰路【現在の卒煙式の表示】 ステータス: 中将卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 29日 3時間 10分延びた寿命: 4日と10時間25分節約できた金額: 17416円(節税分 10981円)節煙本数: 1165本 116.53m お台場大観覧車【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/24
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皆さん、月潟駅跡をご紹介した前回の日記にコメントありがとうございました。この旅行に出かけるきっかけを作って頂いたibukino-johさんからコメントを頂きました。「月潟駅が、当時のまま残ってるんですね~。何も知らなければ、間違えてずっと電車を待ち続けてしまいそうです。」と。そうなんです。物凄く保存状態が良いのです。これには驚きました。公開日をうんと絞っているせいかも知れません。さて、この月潟駅跡には3両の車輌が保存されています。具体的には以下の通りです。かぼちゃ電車保存会のウェブからの引用でございますが…。【引用】保存車輌の紹介モハ10形モハ11号電車1933年(昭和8年)の新潟電鉄開業時に日本車輌で製造されたモハ10形14号が元となった車輌。1966年(昭和41年)に日本車輌でモハ10形11号として車体更新され、通称「日車標準車体」と呼ばれ、日本各地のローカル私鉄で使われた。ただ、新潟交通では正面を非貫通としたため他の私鉄とは形が変わっている。1999年(平成11年)4月の全線廃止まで活躍した。2003年かつての塒であった東関屋に放置されていた車輌が解体され、残った車両は月潟駅の保存車輌のモハ11のみである。モワ50形モワ51号電動貨車1933年(昭和8年)の新潟電鉄の開業時に日本車輌で製造された車輌。新潟交通では電気機関車は使用されず、自車で積み込みのできる電動貨車が使われた。かつては米や果物を積んだ貨車を引き連れて国鉄の燕駅で貨物受け渡しが行われ活躍した。貨物営業廃止後はラッセル車の推進機として1999年(平成11年)の新潟交通廃止まで活躍した。新潟交通のオリジナル車輌では最古の車輌。キ100形キ116号ラッセル車1932年(昭和7年)に鉄道省大宮工場で製造され、永らく奥羽本線新庄駅で使われ、1968(昭和43年)に新潟交通にやってきました。新潟交通ではキ116の車内からモワ51の操作ができるように改造されました。1999年(平成11年)まで雪国新潟で活躍しました。現在青森県・秋田県の私鉄でも現役活躍しています。このうち、今回の日記では、モハ10形モハ11号電車とモワ50形モワ51号電動貨車の画像をご紹介してまいります。先ずは、モハ11です。なかなか保存状態は良いのです。当然架線は撤去されていますが、駅のホームも車輌も保存状態が良いので、今にも走り出しそうな錯覚に囚われてしまいます。モハ11の側面でございます。バス窓というのが、クラシックで良いですね。それにしても廃止後8年を経過してこの保存状態というのは凄いです。何回塗り替えたのでしょうね。真正面からです。あ、架線は残してありますね。失礼しました。モハ11の台車です。古臭い板バネがいいです。凄くいいです。動いている時に乗りたかったですねえ。モハ11の車内です。モハ11とモワ51の連結部分です。連結器は電車にも関わらず、密着連結器ではなく、自動連結器になっていました。モワ51の前面です。実に古めかしい良い面構えです。連結面です。埋め込み式ではない、前照灯がクラシックで魅力的でございます。モワ51の側面扉です。当然自動ではありません。モワ51の全景です。一応ボギー車なんですが、車長は非常に短いのでございますね。今度は、モワ51の車内です。モワ51の車内はこのような新潟交通電車線関連資材の保管倉庫になっておりました。このような資材が保管されておりました。このようにトロッコなんかも置いてありました。たまにはトロッコで廃線を走るようなイベントをやっているのでしょうか…。モワ51の運転台でございますね。こちらもこの通り、素晴らしい保存状態でございました。今回はここまでに致します。次回も旧月潟駅での撮影分をご紹介いたします。次回ご紹介するのは、キ116除雪車でございます。モワ51とコンビを組んで、新潟交通の除雪に当たった車輌でございますな。次回も是非お付き合いくださいませ。【現在の卒煙式の表示】 ステータス: 中将卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 29日 3時間 10分延びた寿命: 4日と10時間25分節約できた金額: 17416円(節税分 10981円)節煙本数: 1165本 116.53m お台場大観覧車【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/23
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今回からは、JR東日本新潟支社と新潟交通の合同企画(主催旅行)「『新潟交通電車廃線跡』と新潟交通バス『ブルドック乗車』・『なまず』など人気車輌撮影会」への参加レポートです。それにしても、この主催旅行商品はあまりに名前が長いのでございました。この商品は、東北上越新幹線開業時の塗装で唯一残ったF19編成車輌展示会(これも主催旅行商品)のオプショナルツアーとして販売されたものです。バスマニア向けの商品でして(バスマニアなんと言う人種もいるのです。鉄道マニアよりも少数精鋭です。この人たちはバスの排気音で直ぐに車種を当てたりします。電車マニアよりも音に詳しい傾向がありますな)、行程は、 燕三条駅(集合) ↓弥彦線普通電車 燕駅 ↓貸切路線バス(普通の路線バスで移動する訳です) 旧新潟交通月潟駅跡 ↓貸切路線バス 新潟交通潟東営業所(ここで撮影会) ↓ブルドックと呼ばれる古いバス(目玉らしい) 燕三条駅(解散)と言うものです。マイレージジャンキーにしてディープ鉄の私も未体験ゾーンな訳です。バスマニアの生態やいかに…。行程の詳細は、PDFファイル(JR東日本新潟支社作成のビラ)をご覧いただきたいのですが…。とにかく凄そうな企画です。このツアーでは、燕三条駅から燕駅までの普通乗車券(正確には契約乗車票)が送られてきていました。とりあえず、自力で燕駅まで来て下さいね、と言う訳ででした。で、先ずは弥彦線の普通電車で燕駅に移動した訳です。この電車も混んでました。パンフレットでは60名定員とされてますが、その後申し込みが多かったので増車されて100名程度まで膨れていました。この参加者が一斉にこの電車で燕三条駅から燕駅まで移動した訳です。この電車でも顔見知りの鉄と出会いました。春の青春18きっぷシリーズは一応一人旅なんですが、旅先では大抵知り合いに会って統一行動を撮っておりました。ピン鉄ではなく群鉄でございますね。こいつが弥彦線の燕駅舎でございますね。クラシックな雰囲気の駅舎でございます。弥彦線のダイヤです。直流電化区間とは言え、新潟県のややローカル色が漂う路線でございます。余り頻繁に電車は来ないのでございました。はい。といっても1時間に1本は来ますので、乗り潰しは簡単ですね。やっぱ厳しかったのは只見線や江差線でございます。燕駅前広場のモニュメントです。「広げよう緑豊かな街づくり(燕市)」と言う、余りオリジナリティを感じさせないスローガンが掲げてありました。やっぱ、この手のスローガンで迫力があるのは、沖縄県内ですよね。「時間を守ろう」とそこら中に書いてあります。もちろん誰も守りません。ウチナータイムと言う奴です。やがてバスが来ました。普通の路線バスです。乗合バスでございます。もちろん、この手のバスの定員には立席も含まれております。全員が座れる訳ではございませんでした。2000円も取る主催旅行にも関わらずです。この辺りはバスマニアの嗜好に合わせたものでございましょうか…。40分くらい走りました。なかなか疲れるのでございます。はい。こちらが貸切表示です。「『新潟交通電車線廃線跡』と「ブルドック乗車」「なまず」人気車輌撮影会」と記されておりました。こちらが最初の停車地でございました。旧新潟交通の月潟駅でございます。新潟交通はその昔は新潟市内からここまで走っていたのですが、徐々に路線を縮め、1999年に全線が廃止になってしまった私鉄でございますね。月潟駅には3両の車輌が保存されています。「かぼちゃ電車保存会」という方々が保存や管理を行っているみたいです。ありがたいことです。待合室と改札です。今でも営業しているかのような保存振りです。「かぼちゃ電車保存会」の方々の努力と力量が偲ばれます。さすがです。駅名板です。この月潟駅は終着駅だったようです。知り合いの鉄が「最終日に来た」と言ってました。クラシックな手書きの時刻表です。行先はみんな東関屋でした。駅務室でございますな。これまたクラシックな感じでございます。先ほど少し触れました通り、この月潟駅には3両の鉄道車両が保存されており、中に入ることも出来ました(毎日公開されている訳ではありません)。次回は、保存車輌を撮影した画像をご紹介いたします。【資料】この旅程の実況レポート【出動】これより山形県米沢市へ向けて出発します。【実況】米坂線手ノ子駅付近 【実況】米坂線団臨 【実況】東北本線泉崎駅停車中 【実況】東北本線西那須野駅 【実況】東北本線新白岡駅【実況】信越本線新潟駅【実況】弥彦線燕三条駅に到着 【暫定】新幹線と地震と路線バス【帰投】200系新幹線F19編成鑑賞会から帰ってきました。 【現在の卒煙式の表示】 ステータス: 中将卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 29日 0時間 39分延びた寿命: 4日と10時間25分節約できた金額: 17416円(節税分 10981円)節煙本数: 1161本 116.11m お台場大観覧車【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/23
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さらさらと続けてまいります。前回は、地震が治まって、電車が停まって、クラシック新幹線F19の中に入れないというところまでをレポートしました。地震が終わってから1時間以上経ってから、F19編成の車内にようやく入れるようになるのでございます。こちらは、参加者全員に配られた、車内掲示用の路線図です。新潟支社の管内+その周辺のものですね。燕三条駅の構内の展示です。上越新幹線開通後25年の歩みが掲げられておりました。この路線も山あり谷ありでございますねえ。東北新幹線のように、飛行機との激しい競争に晒されて、ひたすら高速化の道を歩んだのとは対象的に、沿線の小さな輸送需要をちょこちょこ発掘してきた歴史でございますね。同じく燕三条駅構内のミニコンサートの会場です。いろいろやっていたようですが、私は、この後に、オプショナルツアーに参加してしまいましたので、燕三条に居られなくなってしまったのです。詳細はよく分かりませんでした。記念品の配布コーナーです。ここで、JR東日本新潟支社発行の主催旅行バウチャーと引き換えに、記念品を受け取りました。貰ったものは切符券面と一緒に、この旅程レポートの最終回にてご紹介します。鉄道グッズ売り場でございます。最初の予定では、F19編成の9号車のビュッフェで販売するはずだったのですが、いつまで経っても参加客を車内に入れることが出来ないので、止む無くホームでの販売が始まりました。サボを主として売っていました。この旅程の前の週に参加した「SL村上ひな街道号」のサボなんぞも売ってました。売れ残ったものはこのように処分している訳でございますなあ。午前11時頃、ようやく車内に入れるようになりました。やはり、車輌展示会で人気になったのはグリーン車でございます。古色蒼然という感じではございますけど。前の回の日記に修理屋マイスターさんから、自動車の椅子と電車の椅子に関わるコメントを頂きましたが、この時期の電車の椅子はまだまだ大したことがなかったものでございますね。続いて便所です。洋式便器です。男性用小便気です。自動フラッシュバルブが付いてました。やはり更新されているのかな…。バリアフリー便所もしっかりありました。もし、地震がなければ、通り抜け出来ないはずだったのですが、地震のせいで、この掲示は無効になっておりました。電話室です。この装備も着々と姿を消しつつあります。その昔は、車内から電報を打ったり、電報を受け取れたりした時代もあったものですが…。携帯電話の普及で全てが押し流されつつあります。こちらは普通車の車内です。グリーン車と違って、全然人気がありませんでした。非常ボタンが二種類です。火災用と非常用と…。どのような違いがあるんでしょう…。ビュッフェです。更新された200系には当然残っていない装備です。もうこの編成だけです。速度表示板がありますね。最初に乗った頃は、この速度表示に興奮したものでございます。ビュッフェとして営業していた当時から、車販全盛期に入っていましたので、ここば車販基地としても機能しておりました。一方で、簡単な調理は出来る機能を残していたのでした。先ほどのカレーなんぞはここで、ルーとご飯を一緒にしていたんでしょうね。新幹線の高速化に伴う運転時間の短縮などから、食堂車に続いて、ブッフェも姿を消しています。現在は売店がある車輌が残るのみでございますね。以上でF19レポートはお終いに致します。次回からは、JR東日本新潟支社と新潟交通の合同企画(主催旅行)「『新潟交通電車廃線跡』と新潟交通バス『ブルドック乗車』・『なまず』など人気車輌撮影会」に参加した際の画像をレポートします。【現在の卒煙式の表示】 ステータス: 中将卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 28日 23時間 25分延びた寿命: 4日と10時間14分節約できた金額: 17385円(節税分 10961円)節煙本数: 1159本 115.9m お台場大観覧車【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/23
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何だか体調がすぐれませぬ。中年性無気力症になった気がします。旅行に行く気になれないのです…。どうしたんでしょう…。暑いからかしら…。そんな訳で今のうちに確定レポートを進めてしまいます。ところで、皆さん、コメントありがとうございました。ツェップさんからは「非常にリアルです」と頂きましたが、あんな経験は初めてだったのです。架線がシャンシャンと鳴いたと思ったら、グラリと来たもんですから…。思わず中越地震を思い出しました。常連さんのmaman.mさんからは「"滅多にないこと"に遭遇したければnotoshun随行旅行」と頂きました。自分でもそう思います。実際、ダイヤ通りに行程を完了できる確率が以上に低くなってきたような気がします。トラブルの神様が微笑んでいるような気も致します。まあ、なんだかんだ言いつつも、ちゃんと予定通り帰って来ますので、そんなに深刻な障害ではないのですけどね…。さて、能登半島地震直後の模様をレポートします。あの揺れですので、当然のことながら上越新幹線は送電停止により即時全面停止になりました。延々と同じアナウンスが構内に流れます。【音声】新幹線前面停止アナウンス(1分30秒)地震直後の送電が復旧しない時期の、9号車ビュッフェの様子です。NRE販売員も頭を抱えておりました。まあ、私も同じ心境でした。これでは車輌展示会もクソも無くなったかも知れないなあ、と悲しい気持ちでございました。予定の10時になっても当然、車輌展示会は始まりませんでした。運輸指令が新幹線停止を命じている間はF19編成の車内にお客を入れられないようだったのです。【音声】車内見学延期アナウンス(14秒)こんな感じで、新潟支社の営業部員のアナウンスが延々と続きます。1時間近くも延期になってしまったのです。まあ、地震は仕方が無いとは言えですね、停止中の新幹線の車内見学に、線路の安全確認もクソもないのです。これは合理的な推測です。早く見せろ、と営業部員に詰め寄るお客も出始めました。これも気持ちはわかります。しかし、私は、トラブルずれしてしまっており、妙に心が広くなってしまっています。マイル修行中は、少しでも遅れようものなら、俺様の乗り継ぎをどうしてくれるんだあぁ、航空会社の地上係員に詰め寄ったものですが、今は、もう何でも許せて仕舞うのです。じじいになったのか、成長したのか…。お客を車内に入れないことには、鉄道グッズの販売も始めることが出来ません。販売待ちの行列はどんどん伸びていきました。JR東日本新潟支社はここで一つの判断をします。鉄道グッズの販売を車内でやる予定だったのですが、商品をホームに運び出して、特設販売ブースを作って、ここで販売を始めたのでございました。車内にお客を入れられないことへのお詫びか、何故か、方向幕をぐるぐる回し始めておりました。ここから方向幕の連続写真です。「なすの」シリーズです。今は亡き「あさひ」の東京行きです。そんなことをしていると、上りの「とき」が入ってきました。新潟と燕三条の間で停まっていた車輌を何とか、この駅まで動かしてきたものです。この上り「とき」は延々と2時間以上、このホームに停まっておりました。乗客の皆さんはお気の毒でした。こんな状態でしたので、当然のことながら、大量の運休を出しておりました。はい。僕もちゃんと東京に帰れるのかなあ、と心配になってしまいましたです。こんなところで待っていても仕方がないので、復刻カレーを食べに行くことにしました。この車輌展示会はJR東日本新潟支社催行の主催旅行でして、2000円払うと、社内に入れてもらえて、更に、1000円分の買い物券と、上越新幹線開業時のレシピを再現したカレーを食べさせてくれるという旅行商品だったのでございます。カレーもバウチャーと引き換えで頂きました。燕三条駅の1階に食堂があるのですが、ここでカレーを配布していました。昔のビュッフェのカレーですので、あまり美味しいものではありません。懐かしくはありますけど…。昔の私はたいそう貧乏でしたので(今でも貧乏ですが)、そもそも新幹線に乗ることが少なかったのです。更にビュッフェでカレーを食べるなどとんでもない贅沢でした。当時は大変美味しく感じたのです。でも、今となってみると、大したことないなあぁ。包み紙です。このルーの少なさが、70年代の日本食堂らしいです。これでも、当時の私にとってはとんでもない贅沢でした。ちなみに、当時の私の旅行中の食事は三食立ち食いそばでした。二階のコンコースの鉄道グッズ売り場です。こっちは余り人気はありませんでした。【音声】車内見学延期アナウンス(28秒)結局1時間遅れの11時頃から車内に入れるようになりました。次回はF19編成車内での撮影分をご紹介します。【現在の卒煙式の表示】 ステータス: 中将卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 28日 18時間 35分延びた寿命: 4日と9時間30分節約できた金額: 17264円(節税分 10886円)節煙本数: 1150本 115.1m お台場大観覧車節煙本数: 1141本 114.18m 鎌倉の大仏10体節煙本数: 1121本 112.18m 世界最大のセコイア【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/23
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燕三条での撮影分の続きです。上越新幹線の開業当初のクリーム色と緑色のツートンカラーの塗装での最後の生き残りであるF19編成の車輌展示会の開始直前からです。改札階コンコースの準備の模様です。車輌展示会が開始されると、ここで記念品の配布が始まるのです。この日(3月25日)のダイヤです。F19編成は臨回9832C列車として新潟第一運転所から燕三条に9時30分に到着する予定でした。記念撮影用のプレートも出ていました。このイベントはJR東日本新潟支社の主催旅行として催行されていましたので、割りと参加者に占めるマニアの比率は低かったのです。ホームに掲げられた掲示板です。オリジナルグッズの争奪戦が凄いのですよ、本当に。車輌のうちの1号車から9号車まではオリジナルグッズの販売待ち行列スペースとして使うという参段にしていたようです。この算段は瓦解するんですけどね…。下りの「とき」として燕三条駅にやってきた200系です。0系は間もなく終焉の時を迎えようとしていますが、200系はこのような感じで、外観もがらりと変わるリニューアル工事を行っていますので、当分は現役で上越新幹線を走りそうです。新潟方向に走り去る「とき」です。すれ違いで上りの「とき」が入ってきました。E4系の「MAXとき」でございますな。いつ見ても凶暴そうな面相ですねえ。新潟方向からF19編成が入ってきました。懐かしい色です。この編成は、明日か明後日に東北新幹線をラストランする筈ですね。この頃の東北上越新幹線は東海道山陽新幹線とデザインの統一性を持たせておりましたですね。ゼロ系の面影がばっちり残っている方の200系でした。200系の顔は、ゼロ系風の丸目タイプと100系風の流し目タイプがありましたですよね。F19編成は9時30分に燕三条駅に到着したのですが、車輌展示会は10時スタートです。直ぐには始まらないのです。早速準備作業が開始されておりました。9号車のビュッフェには鉄道グッズや記念弁当が所狭しと並べられておりました。ここで販売を行う予定だったのでした。実際の販売はここでは行われませんでしたけど。1号車付近です。こっちからグッズ購入客を入れるのです。上野方の先頭車両です。編成名のF19と言う文字が見えますよね。ドアが壊れたみたいでした。背広姿のJR東日本社員がガムテープで応急補修作業をやっておりました。ちょっと強引な直し方です。私が撮影したいる間に、グッズ購入客の列はどんどん長くなっておりました。こんな状態の時に、突然F19新幹線編成の空調の音がふっと消えて、見ると、車内の照明も全て消えていました。JRの不手際かなあ、あはは、と見ていると、北のほうから架線がシャンシャン鳴る音が聞こえてきました。音がして数秒で、ガツンと揺れがきたのでございます。能登半島地震でございました。時に9時42分のことでございました。先ほどの新幹線車輌の諸設備の停止は、遠くの地震をも検知して、揺れが伝わるよりも前に電力供給を遮断し、列車を停めてしまう、と言う新幹線の最新保安装置が作動した故のことだったのです。電力供給が遮断されたのは、燕三条駅だけではなく、上越新幹線の殆ど全線でのことだったようです。次回は地震がおさまった後の燕三条をレポートします。【現在の卒煙式の表示】 ステータス: 中将卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 27日 17時間 39分延びた寿命: 4日と5時間41分節約できた金額: 16641円(節税分 10492円)節煙本数: 1109本 110.94m サターン5号【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/22
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さくさく続けます。東京は雨になってしまいましたですね。これから出かけようかとしているんですけど、ちょっと憂鬱でございます。前回のレポートへのコメントありがとうございました。SHIZUKAGOZENさん、お返事ありがとうございました。掃除したてか、というくらい列車の便所はきれいなのでした。ヒデオ1999さん、コメントありがとうございました。私も夢空間には一歩も入ったことがありません。チャンスが中々…。何回も駅で見たんですけどねえ…。今回は燕三条からレポートを再開します。弥彦線の車輌です。ワンマンの編成と、車掌乗務の編成で色を変えていました。この編成は車掌乗務でした。燕三条駅の弥彦線のダイヤです。やはり、薄い。まあ、仕方ないですけど。新幹線よりも本数は少ないですね。当然か…。こちらは燕三条駅の在来線改札です。なんと無人駅でした。まあ、そんなに珍しくないかも知れませんですけど。新幹線乗換駅で無人と言うのは新花巻なんかもそうでした。もちろん、新幹線側にはちゃんと駅員さんが居ましたけどね。燕三条駅構内の産業展示です。たくさんあります。帰りに撮影したので、後の回でもう一回ご紹介しますけど。燕も三条も工業都市なんですよ。幼い頃に少年朝日年鑑で紹介されているのを読んだことがあります。少年朝日年鑑で紹介されるくらいの街だったのです。得意科目は洋食器と刃物なんですね。ビュープラザの店頭掲示です。私の場合は、クレジットカード決済にしたのでバウチャーは宅配だったのですが、電話予約系の場合は店頭受取りも可能だったみたいです。この日のイベントスケジュールです。うんうん。ちょこっと駅前に出てみました。雨が降っていたので、深追いせずに駅に戻ってしまいましたけど…。新幹線の改札です。まだ7時台です。眠い…。しばらく待っていると、JR東日本新潟支社の営業部員がわらわら出てきて準備を始めました。やっぱ主催旅行だけあって、気合が入ってます。準備中の新潟支社の営業部員です。そろそろ新幹線F19編成をお迎えするためにホームに上がることに致しました。次回は新幹線ホームでの撮影分をご紹介いたしますね。ところで、第5旅程(廃止直前の鹿島鉄道レポート)と第6旅程(山形鉄道フラワー長井線の利用拡大イベント参加レポート)の確定レポートへのリンクを載せて置きます。宜しければ是非!。【資料】第5旅程確定レポートへのリンク(53)石岡駅へ(54)鹿島鉄道石岡機関区(55)鹿島鉄道常陸小川駅(56)鹿島鉄道鉾田駅(57)鹿島鉄道石岡駅(58)茨城交通湊線勝田駅(59)茨城交通湊線那珂湊駅(60)常磐線東海駅(61)アトムワールド(62)第5旅程の終り【資料】第6旅程確定レポートへのリンク(63)第6旅程のプラン(64)発動機故障(65)米坂線(66)米沢駅(67)利用拡大フォーラム(68)長井駅へ(69)長井駅から荒砥駅まで(70)車輌基地(71)藻谷浩介氏(72)藻谷浩介氏の続き(73)荒砥から今泉まで(74)第6旅程の終り【現在の卒煙式の表示】 ステータス: 中将卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 27日 14時間 42分延びた寿命: 4日と5時間14分節約できた金額: 16567円(節税分 10445円)節煙本数: 1104本 110.45m 国際宇宙ステーション【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/22
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今回から、第7旅程のレポートに入ります。この旅程もibukino-johさんのブログを見て旅程を策定しました。具体的には、ibukino-johさんの日記「デビュー当時の塗装編成引退-上越新幹線200系」でのイベント紹介を見て、これは行かねば、と思った訳なんです。鉄道旅行好きには是非ともお勧めしたいブログなのです。さて、旅程レポートに入る前にmaman.mさん、修理屋マイスターさん、コメントありがとうございました。JR九州のコマーシャルは「へええ」です。コマーシャルにも高級感がありますなあ…。米沢ラーメンのご解説も感謝です。結構大派閥なんですね。不勉強がお恥ずかしいです。ところで、今回から第7旅程のレポートに入ります。この旅程の目的も鉄系イベントです。前回の第6旅程は地元自治体主催のイベントでしたが、第7旅程の目的イベントは、JR東日本新潟支社主催の車輌展示会でした。詳細は、PDFファイル(JR東日本新潟支社作成のビラ)をご覧いただきたいのですが、立派な旅行商品として販売されてました。うんうん。早速ですが主催者の口上を引用します。【引用始め】主催者の口上このたび、上越新幹線開業当時のオリジナルの外観を留めている最後の200系新幹線12両F編成(F19編成)が4月いっぱいで引退することとなりました。 この最後の雄姿を多くの皆さまにご覧いだきたいと考え、3月25日(日)燕三条駅にて車両展示を行います。特典が付きましたおトクな「車内見学入場券付きびゅうパック」の限定発売や駅構内でのおもてなしイベントをご用意しておりますので、この機会に、ぜひ、お出かけください。【引用終り】主催者の口上とこんなイベントなのでした。ちなみに、前の第6旅程でもトラブルを背負い込みました(気動車の発動機故障)が、この第7旅程でもトラブルがありました。能登地震です。地震発生と同時に上越新幹線の送電が遮断されました。揺れ始める数条秒前に、すぱっと列車の電気が消えるんです。なんだろうと思っていると、ぐらりと来る。凄いと思いました。まあ、我ながら、まともに行程を完走することはないんじゃないか、と思うくらいトラブルに遭います。トラブル自体が楽しみになってくるから不思議でございますな。本当にいい思い出になるのですよ。もう一件、コメントをご紹介します。SHIZUKAGOZENさんからもコメントをいただきました。撮影されている便所がきれいですけど、掃除してから撮影しているのか、と言う趣旨のご質問だったのです。私が列車の便所掃除をする訳がありません。最近の列車の便所はかくもきれいなんです。一昔前は酷いものでしたが、今は大変きれいに整備されています。流石はJRです。今回は第7旅程の初回なので、ほんの数枚の写真を掲げてお終いにしますけど…。大宮駅で見かけて夢空間らしき車輌です。なんだったんでしょうね。団臨かなあ。二日連続でお世話になった「ムーンライトえちご」です。普段の「ムーンライトえちご」は国鉄特急色なんですけど、この日は新潟色の485系で運行されてました。新潟駅到着は午前4時50分でした。一方で、車輌展示会の開始は弥彦線燕三条駅で午前10時です。もちろん、新潟第一運転所からの入線を撮影するために先乗りしなければならんのではありますけど、早過ぎました。新潟駅前のファミレスで時間を潰して、夜が明けてから移動を始めました。最初は越後線で吉田駅に向いました。もう完全に趣味的な遠回りなんですが、越後線で吉田に出て、吉田から弥彦線を下って燕三条駅まで移動することにしたのでした。越後線の115系の車内でございますね。シートは更新されてます。でも余り変わらんですねえ。今度は弥彦線の115系です。こっちの115系はワンマン化されています。別にワンマンと表示しなくても良いかなあと思いつつも、方向幕はワンマン弥彦行きになっておりました。晴れていればそのまま弥彦神社にお参りに行くのですが、結構な雨でしたので、そのまま南下し、燕三条へ移動することに致しました。ワンマン115系の運転室です。運転士が切符や運賃の収受を行うために、半室化されています。運賃箱も見えますね。車内は、どうも更新していない感じです。いつ頃の投入なんでしょうねえ。もう一両のシート(2両編成でした)は更新されておりました。弥彦線の線路です。直流電化単線です。長閑なものでした。西燕駅のホームに入線するところです。西燕駅のすぐそばに著名ラーメン店があって、時間が許せば寄りたかったのですが、時間に余裕なくそのまま南下しました。沿線に結構家があります。こういう路線はやりようによっては結構行けるのですよね。沿線に民家が見えない路線は厳しいものですけど…。交換列車です。単線ですので、時々列車交換がありました。燕駅です。職人さんの街です。金属加工業で音に聞こえた町でございます。かの背脂を浮かせた日本海ラーメンは職人さんの出前で育まれたと聞いた事があります。出前で冷めない工夫があの背脂だとか…。本当かどうかは知りません。でもありそうな話です。燕三条駅のみどりの窓口です。ここで、F19編成の新幹線の入線時刻を確認しました。今回はここで切ります。なんだかんだ言いながら、それなりの画像枚数になってしまいましたですね。次回は燕三条から再開します。ステータス: 中将卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 27日 4時間 11分延びた寿命: 4日と3時間38分節約できた金額: 16304円(節税分 10280円)節煙本数: 1086本 108.7m 神戸ポートタワー【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/22
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駆け足で更新しております。迷惑トラックバックも消さず、コメントへのお返事も遅れています。すみません。maman.mさん、前々回の藻谷浩介氏講演へのご声援ありがとうございました。さて、第6旅程レポートも今回でお終いに致します。前回は、荒砥駅構内の車輌基地で開催された藻谷浩介氏による記念講演を終えて、山形鉄道フラワー長井線を今泉まで戻ってくるところまでレポートしました。今回は米沢駅からの再開です。米沢駅舎です。何だか東京駅みたいな形状ですよね、ひょっとしたら真似したのかも知れません。山形新幹線の開業以降、米沢から東京まで乗換え無しで行けますしね。米沢からは、普通電車で延々と南を目指し、帰京することにしていました。しかしながら、奥羽本線(山形線)の米沢=福島間の普通電車は物凄くダイヤが薄いのです。相当の列車時間町が生じたので駅周辺を歩き回ることに致しました。この画像は川原で撮影したものです。何かのタンクに見えました。なんだったのでしょうか?。米沢市内で見かけた看板です。かの人気映画「スウィング・ガールズ」のロケは、山形鉄道以外にも米沢市内でも撮影がありました。ロケ地にはこのような看板があります。市内の街路です。特に変わったところはありません。米沢市内で頂いたラーメンです。米沢ラーメンを名乗っていましたが、余り聞かないですね。米沢のラーメンは何かの共通の特徴があるのかしらん。米沢駅構内には米沢市観光協会のオフィスがあります。その中に飾ってあった方言番付です。殆ど意味が判りませんでした。難しいですなあ。米沢駅の駅名の由来を示す掲示です。最近はこういうのが増えてきましたですね。暇にあかせて、再びホームに戻りました。下りの快速「べにばな」が止まっていました。快速「べにばな」の車体です。この色が新潟色でございますな。懐かしいナローボディのキハ52でした。キハ52の運転台です。当然のことながらアナログ計器ばかりでございました。快速「べにばな」は2両編成でした。キハ52の相方は、40系気動車でした。流石にキハ52+キハ52での運行ではありませんでした。これが、米沢=福島間のダイヤです。奥羽本線(山形線)の山形県と福島県の県境ルートは、沿線人口が大変少ないので、このように一日5本しか定期列車がないと言う、薄いダイヤなのです。もちろん、山形新幹線はガンガン走っています。米沢駅から福島駅までは、この719系でした。もちろん、標準軌タイプの719系でした。傑作鉄道漫画「鉄子の旅」にも登場する、「峠の力餅」というお菓子です。奥羽本線に峠と言う駅がありまして、上下合わせて一日10本くらいしか電車が止まらないところなんですけど、ここのホームで立ち売りしているんです。福島から黒磯までは、最新形式の車輌に当たりました。3月18日のダイヤ改正で登場したE721系電車です。この電車が701系を駆逐してくれる事を祈っています。黒磯で撮影した外観です。ちょっと顔が濃いです。E721系電車の内装です。素晴らしい。ちゃんとしたセミクロスシートです。うんうん。ロングシートは辛いのでございます。このようなセミクロスシートの長距離普通電車が増えると、青春18きっぷももっと楽しくなるのですが…。E721系のクロスシート部分です。窓際にペットボトルを置く、小さなテーブルが出来てます。E721系の便所です。新しい形式の便所だけあって、バリアフリー化はOKでした。英語チックに言えば、車椅子レディです。素晴らしい。なお、この撮影は3月24日に撮影しました。この車輌が営業運転に入ってまだ1週間も経っていませんでした。車内には「新車の匂い」がしてました。黒磯からは直流電化区間です。車輌も直流用の211系になりました。車内はロングシートでした…。涙。黒磯から宇都宮まで乗った211系の所属表示でした。「高タカ」でした。高崎から黒磯まで走っている訳です。結構遠いところまで来ているのだなあ、と思ってしまいました。この後に、宇都宮から、普通電車上野行きに乗り換えて、一旦帰京する訳です。帰り着いたのは、出発23時間後のことでした。概ね丸一日電車と気動車に乗っていた訳です。我ながらよくやります。長い間お付き合い頂きありがとうございました。第6旅程の「フラワー長井線利用拡大フォーラム」参加レポートはこれでお終いです。続いて、直ぐに第7旅程に出発致します(第6旅程と第7旅程は実質的に連続した行程でした)。前日に引続き、また下りの「ムーンライトえちご」に乗り込みました。流石の私も、下り「ムーンライトえちご」普通車連泊は初めての経験でした。当然ボロボロに疲れてしまうのですが…。次回からレポートを始める第7旅程は、上越新幹線の燕三条駅で開催された、上越新幹線F19編成車輌展示会への参加と、新潟交通のバス撮影会の参加レポートです。バスマニアに混じっての撮影会参加は初体験でした。鉄道ファンに優るとも劣らない強力な機材をそろえた皆さんの姿をレポートします。引続きお付き合いくださいませ。ステータス: 中将卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 26日 11時間 48分延びた寿命: 4日と1時間8分節約できた金額: 15894円(節税分 10021円)節煙本数: 1059本 105.97m サッカーグラウンド【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/21
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今回もフラワー長井線(山形鉄道)レポートの続きです。藻谷浩介氏の講演が終わると、もう出発間際でした。講演が時間をオーバーしていたのでした。恐ろしい…。参加者は小走りにキハ28+キハ58(発動機1台が故障)に乗り込んだのでした。はー。ちょっと名残惜しい、山形鉄道の車輌基地ですね。このくらい撮影する余裕はありました。藻谷浩介氏がやっと列車に着きました。そうか、この人が乗るまで絶対発車しないに決まってるんだから、もっとゆっくり撮影してもよかったんですね…。山形鉄道の本社の人が、荒砥駅の人に挨拶していたようです。ここからは、イベント列車の帰路です。イベント列車は往路は盛り上がるんですけど、帰路は大抵落ち着いてしまってます。寝ている乗客もたくさんいました。最上川橋梁ですね。往路のレポートでもご報告しましたが、明治の作品で、なんとイギリス製の橋桁です。もともと東海道本線で使われていたものを長井まで持ってきて再利用したものです。連続写真にして見ました。往路で撮影できなかった、長井駅の小中学生が描いた壁画でございます。ガイドさんは長井駅で降車でした。お疲れ様でございました。復路の列車仕業ダイヤです。長井駅では、往路も復路も列車交換でした。復路も、今泉で、一旦山形鉄道のホームに入って停止、方向転換、坂町方向に本線進行、方向転換、JR米坂線のホームに進入と言う手順で進みました。この画像は本線上の方向転換の際に、列車を降りて編成最後尾に移動する乗務員さんです。そして今泉駅に入場したのでございました。はい。ステータス: 中将卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 26日 1時間 59分延びた寿命: 3日と23時間38分節約できた金額: 15649円(節税分 9867円)節煙本数: 1043本 104.33m 琵琶湖最大深度節煙本数: 51箱 102.01m 博多ポートタワー【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/20
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今回も、藻谷浩介氏のお話の続きです。赤字のローカル線でも、熱意と工夫で生き残れるんです、というストーリーの後半でございます。高岡短大の学長さんとかが議論した。でも、残せと言ってるだけじゃだめなんです。一日6000人の人が乗ってる。山形鉄道は何人ですか、あ、2200人。そうですか、ありがとうございます。この人たちが殆どお年寄りだったんです。止めたらどうなるか、絶対にバスを走らせなきゃなんない。でないと6000人の人が動けなくなっちゃう。病院も行けなくなっちゃう。じゃ、車に乗れっ。つったって、70や80の人が運転できるかっ。逆に年々、今まで車に乗ってきた人が、75とか80になると、危ない訳です。やーっぱり電車の方が楽だって言って、免許を返す人が出てくる訳です。こういう人がどんどん増えて来るんですよ。どうせバスを運行しなきゃなんない。どっちが安いんだ。計算しました。電車とバスと。この話の場合は、実は同じだと言う結論になった。どうしてかと言うと、電車の運行費用は殆ど人件費です。運転士さんと車掌さんの給料です(notoshun注:万葉線はワンマン運転で車掌さんは殆ど乗ってません)。バスも同じだったんです。ただ、6億円出して、一度線路を直さないとバスと同じ条件にならない。バスは道路を走ってるから。バスは道路代払っていないです。誰か6億円出して、もう一度線路を直してくれたら、バスと同じですね、と言う話になるんです。だったら6億円無駄だべ、という話になるんです。ですが、電車の方がバスよりも全然お客さんが多いんです。これは明らかなんです。他の街で、耐え切れずに列車を廃止したところが一杯あるんです。平均して10年くらい経つと、お客さんが3人に1人くらいまで減ってしまうんです。どうしてなんだべ、っていうと、バスはバス停に立って、いつ来るか分かんないバスを待つのが結構辛いんですね。誰か送って下さいよ、っていう話になる。電車は時間通りに来るんで。後は、駅もあるし、雪も降らないし、雨も降らないんです(notoshun注:万葉線は路面電車なんで、多くの停留所に屋根はありません)。やっぱ安心なんです。それで、やっぱ電車にしておいた方が、お客さんが全然多いんです。第一電車だったら観光客が、当時誰も居なかったんだけれど、観光客だって乗るかも知んない。それと、余りにも全員が車に乗っていた富山県は不味いんじゃないの。電車の一つくらい、シンボルにして残すくらいの余裕はないのかよ、と提言したんです。そんなことで6億円払えるかよ、喧喧諤諤の議論になったんです。その結果、どうせ行政が支援するなら、子供が喜んで、全国からお客が来るような、チャンスを作ったほうが良いじゃないか、6億円出そうじゃないか、という結果になったんです。それで、赤字を絶対に一定に抑えると言う約束で、6億円出そうじゃないかと言う話になったんです。黒字にはなりませんよ。でも、市民に6億円出せる訳が無いんです。高岡市と新湊市と県でそれぞれ1億5千万円、これだけ行政が出そうと。でもそれだけじゃだめなんです。行政がお金を出しただけではみんな乗らないんです。じゃあ地元の有力企業が出しましょうか。それだけじゃ市民は何とも思わない。本当は税金から出しているんで懐痛んでいるんですけど、税金払っていない人も多いですから。それで、皆さんお金出してください、と募集したんです。それで寄付を集めたんですが、この寄付は税控除の対象にします、という英断を当時の財務局がやるんです。これはその後も全国に普及していてて、知らなかったら、是非覚えて置いてください。万葉線以降、鉄道を維持するために寄付すると税控除の対象になるんです。これは当時の高岡市長が財務局OBだったんで出来たことなんですけれども、一度やってしまったら、これは既得権なんで、全国どこでもなんです。で、何とか1億5千万円集めた。行政の4億5千万円と合わせて6億円集まった。乗る人は運賃としてお金を払います。大事なのは、鉄道を残したいと言う変わった市民が身銭を切ったことなんです。分かりますか。市民全員は税金としてお金を出すし、使っている人間はどうせ運賃を払うんだけれども、「使わないかも知んないけれどもあたしは金くらい出します」という人たちが居たんです。これが非常に大事なことなんです。それだけじゃないんです。ラクダ高岡と言うNPOの人たちが「電車乗ろうよ」と言って毎日のようにイベントをやるんです。さっきのガイドさんみたいに色々面白いことを考えるんです。そんなことをしていると奇跡が起きたんです。全国どこでも起きたことがないことが起きたんです。日本の電車は山手線とか京浜東北線ですら、お客さんは毎年減ってます。知ってますか。この線はなんと5年連続でお客さんが増えているです。びっくりしたんですが、毎年毎年増えているんです。何で増えてるんだ。高校生は少子化で毎年減ってます。客が増える訳無いんです。ところがこの線は増えているんです。調べてみたら、どうも、やっぱ10万円出したんだから、1年に3回くらいは電車に乗ろうや、ていう人が居るみたいなんです。こういう人がちょっとだけ増えたんです。ちょっとだけです。正確に言えば20人に1人くらいです。驚くべきことに、だんだんこういう意識が拡がって来ているんです。年々客は増えつづけているんです。で、これで終わっちゃあいないんです。どう終わっていないかと言うと、真似するところが出てきたんです。隣の福井県で越前鉄道って言うのがあるんです。京福電鉄という会社がやってたんですが、運行停止命令になったんですよ、事故起こして。設備がボロくなって、人は死ななかったんですけど、電車が暴走して、駅にぶつかってぶっ壊れるという事故を起こしたんです。それで、運行停止になって、そのまま廃止だろ、ってずっと思ってたんです。ところが、この万葉線の動きを勉強した人たちが居て、た~めし~に、同じやり方でやってみようか、みんなでお金出し合って。実は僕は馬鹿にしてたんです。福井県。何のとりえもない福井県。日本地図で、どこが福井か当ててみろっていったら、日本人で一番分からないのが福井県なんです。そんな地味で面白くないところでやったってどうせダメだろうと思ってたんだけど(notoshun注:失礼過ぎです)。これは、ホントに、申し訳ありませんって謝るしかないだけど、客増えたんですよ。それを見ていたのが、富山県の富山市なんです。JR富山港線から作った富山ライトレールなんです。実にどうしようもない田舎を走っている。でも、ちょっと運河がきれい。富山にですね、JR富山港線という線があったんです。これを廃止して、3セクが引き取ったんですが、このままでは客が乗らない。そこで作り変えまして、ホームを低くして、それから、電車をお洒落なヨーロッパ風の高性能路面電車に入れ替えたんです。電車の本数を15分に一本にしたんです。そして、どうなったかと言うと、お客の数はきっかり以前の2倍になったんです。これはかなりやらずぶったくりなんです。線路はJRからタダで寄付させて、鉄道高架事業と言うのをぶち上げて国から補助金取りまくって、市長は巧みでしたよ。まあ、やった訳です。彼の狙いは、全国初の取組みなんで、全国から視察が殺到して富山のホテルの客が増えると言うことだったんですけれども。こういう格好のいい例もあるんですが、スタートはさっきの万葉線というボロボロの電車を何とか残したいと、一生懸命ラクダ高岡という住民の人たちが頑張って、最初は市議会全員が、バカかお前らと言ったのに、最後は全員が、あんたの方が立派だと言って、やりましょうと変わったんです。これが日本の歴史を変えたんです。後はくどくど言わないけれども、和歌山でもありました。和歌山の悪口を言う訳じゃないんですけれども、和歌山が最後に新聞をにぎわしたのは、もう忘れたかも知れないけれども、和歌山の毒入りカレー事件と言うのがありました(notoshun注:悪口にしか聞こえません)。誰も地元の企業が引き受けない線を、なんと岡山の会社が、運営だけなら手伝ってやっても良いよ、と言い出した。岡山電気軌道という会社が引き受けた。今度は三重県の三岐鉄道って会社でも起きました。三重県のね、桑名っていう、ものすご~く荒れちゃった町があるんです。その手は桑名の焼ハマグリっていう言葉しか多分誰も知らないんです。非常にボロボロになっちゃた町なんですけれども。実際電車が残っております。線路が普通の線路の半分しかない小さな電車なんですけど。以下、長井線の話題に入るんですが、省略します。ストーリーは簡単ですね。ボロボロの赤字線であっても、やり方によっては残せるんです。お客も増やせるんです。私も、京福が生き残るとは全然思っていませんでした。これって凄いことだと思いませんか。無論全ての路線で可能な訳ではありませんけど。この講演が終わると、もう、復路の電車の出発ギリギリでした。荒砥駅舎を見るまでもなく、急いで電車に乗り込むことになったのでございます。次回は、荒砥から米沢までの撮影分をご紹介します。【卒煙式の表示】ステータス: 中将卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 26日 1時間 59分延びた寿命: 3日と23時間38分節約できた金額: 15649円(節税分 9867円)節煙本数: 1043本 104.33m 琵琶湖最大深度節煙本数: 51箱 102.01m 博多ポートタワー【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/20
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今回は藻谷浩介氏による記念講演をレポートします。場所は山形鉄道の荒砥駅構内にある車輌基地の中の特設会場です。本番前の藻谷浩介氏です。全然緊張してません。場慣れしてますなあ。最初に、今泉駅の画像を掲げてました。さっき撮ったばかりの画像です。いんちき講演屋と自己紹介してました。つかみはOK、と言うわけです。ここから先は、藻谷浩介氏のお話をかいつまんでご紹介していきます。鉄道を残すために頑張っている人のためにお話するつもりで来ました。ちょっと真面目過ぎかも知れませんが…。こうやると鉄道が残る例があるんですよ、と言う話をします。山形鉄道に野暮ったい昔の色のやつが乗り入れる、これが凄い。山形鉄道と米坂線がしばらく一緒の線路を走る。4つの線路が全部使われている。こういうものが残っている。これが珍しい。4つの線路が一つにまとまっていく姿が美しい訳ですよ。大昔にこの橋(notoshun注:最上川橋梁のことです)を架けるには大変なお金がかかった。物凄いお金を使った訳ですよ。最上川は凄い川なんです。わざわざ最後の一駅のためにこんな凄い鉄橋を架けた訳です。エゲレスからわざわざ買ってきた訳です。サラ金で借金しまくっている人がアメリカ大統領を食事に招くようなもんです(notoshun注:荒砥の方に失礼です)。物凄い苦労して金を集めて造ったのです。廃止されれば、一部だけ切り取られてどこかの博物館に入って、後は写真が並ぶだけになります。お墓みたいに。世の中にね、どうやったら鉄道が残るか一所懸命考えてる人がいる。専務さんがとっても苦労していると言う話をしたのを覚えていますか。必死に考えている訳です。最近、大赤字だけど生き残っている電車が漸く出はじめたんです。まだ山形の方は知らないかもしれないけど。よその場所に来て、よその場所の話ばかりするのは行けないのだけれど…。(notoshun注:ここから本題です、この直後に万葉線の赤い車体が表示されました)見てください、こんな電車が日本にあったのです。どこ は知って → 走って るんだ、道路です。危ないじゃないか、危ないです。これはね、富山県の高岡と言うところを走っている万葉線と言う線なんです。 →常連さんのmaman.mさんの校正コメントで修正できました。 →今回もありがとうございました。万葉集を作った大伴家持と言う人が、大昔富山県のこの田舎で国司をやっていたんです。ただそれだけで万葉線と名づけたんです。見ての通り、これで黒字になったらビックリであります。もちろん、赤字も赤字、大赤字でありました。ですが、何とか地元の市が二つあって、お金を出し合って生き残っていたのであります。ですが、とうとう止めなきゃいけなくなった。なぜ?。設備がボロくなり過ぎたんです。皆さんもご存知の通り家もね、50年間全く手入れをしなかったらボロボロになります。鉄道も何十年も経ってボロボロになってしまうと、何億円もかけて直さないと、運行停止命令と言うのが出るんです。直さないと運行しては行けませんと当局に言われてしまうんです。福井県の京福電鉄と言う会社はこれを無視して事故まで起こしてしまいました。フラワー長井線も、設備がボロくなった10年後か20年後に運行停止命令が出てしまいます。さっきの名物車掌さんも(notoshun注:車掌ではなく運転士です)仕事無くなってしまったら可哀想ですよね。ま、彼ならどこでも食べていけるかも知れないけれども(notoshun注:その通り、彼ならどこでも雇うでしょう)。でも是非車内でやって欲しい。と言うことでここでは大議論になった。このまま(万葉線を)止めてしまうのか、続けるのか。そしたらなんと、地元の市議会議員が全員「やめちまえぇ」と言ったんです(notoshun注:表現がオーバーです)。こんなものに突っ込む金があるなら新しい建物を建ててくれ、そしたら俺は票が稼げる、と言ったわけです。ところが、結果的にこの線は蘇るのです。それどころか、驚くのは、新車輌まで入ってしまいました。こういうことが何故起きたかと言うと。走れば走るほど赤字になると言う訳です。それどころか6億円かけてボロいところを直さないと、もう走れないわけです。誰かが6億円出さないと走れないわけですよ。富山県は山形県よりも金持ちですけど出さない訳ですよ。ケチだから(notoshun注:言い過ぎです)。お客さんが払っている運賃では払えない訳ですよ、運転士さんの人件費も電気代も。ましてや6億円なんか払えない訳ですよ。車と比べてあらゆる面で負けているんです。一ヶ所も勝っていないんですよ。非常に困った線でした。山形はねえ、やっぱり雪降ったら電車でしょ。私だって、帰り新幹線に乗るときは、赤湯まで長井線に乗りたいわけですよ。富山県はねえ、物凄い道路が良いんですよ。車よりボロいに決まっている訳ですよ。道路を走っているわけなんですから。富山県の人は金持ちだから(notoshun注:本当です)みんな車持ってるわけなんですよ。その上、乗る人は、お子さんと本当に年をとった人だけなんですよ。高校生はみんな自転車に乗ってたんですよ、ケチだから(notoshun注:正確には高校生の親がケチだからです)。で、地方中心都市は富山市なんですよ、でも、富山に行くためには遠回りだから誰も乗らない訳なんですよ。フラワー長井線とそっくりなんですよ。左沢まで繋がっていれば。そういうことで誰も使わないんですよ。半分の新湊はやる気だったんですけど、半分の高岡市は全然乗らないんですよ。だけど残った。何で残ったのか。議論したんですよ、最初は。地元に凄い立派な人が居て、この人がたちが、勝手に乗って残そう万葉線という運動をやってたんです。俺達が客が乗るイベントやるべえ、と言って、行政の支援も受けずに、勝手に万葉線を使ってイベントをやりまくっている団体があったんです。その名もラクダ高岡と言うんです。何がラクダだか良く分かんないですけど(notoshun注:路面電車と都市の未来を考える会の頭文字です)。電車に乗っていると楽だからかも知れない。この人たちが議論した。一日6000人も乗っていると。この人たちが殆どお年よりだったんです…。レポートを書くのに疲れてしまいました。次回もこの項目が続きます。【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/20
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皆さんコメントありがとうございました。中でも、ibukino-johさんのコメントがやはり重々しいです。【引用】ibukino-johさんのコメント(抜粋)但し、私の乗りつぶし定義は「索道を除き、かつ、もっぱら旅客定期列車の運行設定がない貨物専用線は除く」としております。こうしておかないと「日本全国のスキー場のリフトも乗ったのか??」とのツッコミが必ず入るので…(これを実行しようとすると、日本全国のスキー場にあるリフトを全部乗らなければならなくなるので…)そうなんです。鉄道ファンには常識かも知れませんが、日本で鉄道を営業するためには国土交通省から免許を受けねばなりません。鉄道事業法という法律に免許の区分がありまして、以下の免許のいずれかを取得しないと営業できません。 第一種鉄道事業 第二種鉄道事業 第三種鉄道事業 索道事業 専用鉄道とあります。また、鉄道事業法とは別に、軌道法と言う法律があります。路面電車(や路面電車が元になっている鉄道)は軌道法で免許を受けているケースがあります。ibukino-johさんがおっしゃっている「索道」を除くとあるのは、上の索道事業なんですね。ロープウェイなんかも索道なんですが、スキー場のリフトも索道だったりするのです。notoshun的には、昔の地方鉄道法のころの方が馴染みがあります。国鉄民営分割後も大分長い間、JR各社と民鉄は違う法律によって免許されていたのでした<国鉄再建関係法>。現在は、鉄道事業法に一本化されています。さて、本題に入りましょう。藻谷浩介氏の記念講演に入る前に、山形鉄道の終点の荒砥駅にあった車輌基地をご紹介します。車輌基地に入れてもらえるのも珍しいので写真をガサガサ撮影しておきました。車輌基地の中で寝ている車輌です。ドアは開け放しでした。何故か三台も洗濯機が置かれていました。結構、中は広いのでした。工作機械もたくさんありましたです。この基地は全般検査も行う本格的な基地です。装備品も中々のものです。せっかくのチャンスですので、台車にも寄って撮影してみました。新造車を運び込む時などに使う、仮受け台車だそうです。車輌基地の一番奥から撮影した画像です。そして、こちらが藻谷浩介氏による記念講演の会場です。さすがの私も、車両基地の中の特設ステージでの記念講演は初めてでした…。【卒煙式の表示】ステータス: 少将卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 25日 2時間 33分延びた寿命: 3日と20時間3分節約できた金額: 15063円(節税分 9498円)節煙本数: 1004本 100.42m キングギドラ昭和節煙本数: 976本 97.63m 自由の女神【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/19
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うー、前の日記にたくさんのコメントをありがとうございました。あの山形鉄道運転士のアサクラさんの方言ガイドはいかがでしたか?。中々のものでしょ。この画像は、前回同様に長井駅での撮影分です。今年は、山形花回廊キャンペーンをやっているので、この3月以降も何回か、山形鉄道に国鉄急行色という組合せが登場しているはずです。このキハ28のジャンパ線の数はただ事ではないですよね。どんなものと連結することを考えたのか知らん。前回の日記に付けて頂いたコメントの中で、常連さんのmaman.mさんのものが、ちょっと荷重いのです。「地元の力の入り方がとてもよく伝わる、良いイベント列車ですね。独特の歴史を持つ東北へ、また行きたくなります。たいへんたいへん僭越ですが、花丸レポートと^^;」と過分にお褒め頂いてありがたいのですが…。この第6旅程、と言うか、「フラワー長井線利用拡大フォーラム」のVAST POINTは、この長井駅でもなく、山形鉄道運転士による方言ガイドでもなく、この次の回でご紹介しなければならない記念講演なのです。あんまり本文と関わり無い画像が次々に出てきますが、この画像は、長井駅ですれ違った、フラワー長井線の普通の車輌です。この「フラワー長井線利用拡大フォーラム」の記念講演は藻谷浩介と言う人物の演説でした。この人物は日本政策投資銀行の従業員であり、かつ「鉄」という微妙なものです。出発直前のキハ28の運転台です。JR東日本の職員と山形鉄道の従業員が両方乗ってました。講師の藻谷浩介と言う人物は、いかにも東大出身と言う感じの、実に軽薄な話し方をする人物であり、普通の鉄道マニアがあの講演を聞いたら90%が反感を持つだろうと言う話し方でした。何と言っても喩えが分かり難いのです。インテリ臭すぎて。「スペースシャトルに乗ったらキリタンポが出てきたみたいな」と言われても良く分かりませんし、大体ですな、藻谷先生ねぇ、ここは秋田ではなく山形です。それも県南部の置賜地方です。その上「日本の鉄軌道は全部乗った」等と簡単に言うし…。今里筋線は乗りましたか?、武蔵野南線を走る年に数回しか運行されない臨時の快速に乗りましたか?、と突っ込みを入れたくなってしまいます。普通の鉄道ファンが完乗を誇る場合には、いついつ時点で、定期列車が運行されている、とかきちんと定義しますよね。非常にいかがわしくて胡散臭い雰囲気を醸す人物でしたが、記念講演の内容は目からウロコでした。一言で要約すると「赤字ローカル線もこうすれば生き残ることが出来るのだよ、山形の諸君!(今度はデスラー総統役の伊武雅刀風に読んで下さい)」と言う内容なのです。この私でさえ括目し、瞠目する内容であったのでした。ストーリーは素晴らしかった。これが記念講演を行った方の近影でございますね。怪しげな予備校の胡散臭い物理講師みたいな感じですけど…。記念講演のストーリーは素晴らしかった。もう一度書きますが「こうすれば赤字ローカル線は生き残れる、日本の歴史は変わったのだ、全ては万葉線から始まったのだよ、山形の諸君!(敢えて表現を外山恒一風にしています、実際の藻谷浩介氏の話し方とは異なります)」です。また、画像が元に戻ります。この画像は、長井駅出発直後の車内です。この「フラワー長井線利用拡大フォーラム」で、主催者が参加者に伝えたいメッセージは、正に藻谷講演がそれなのです。「山形鉄道は確かに赤字である。しかし、生き残れる可能性は十分にあるのです。沿線に皆さん、是非協力してください!」と言うメッセージなのです。そこで、私が重荷に感じているのは、その記念講演の藻谷大先生の演説を上手にレポートに出来るか自信が沸かないのです。どうしようかなあ…。次の荒砥駅に到着すると、そこは藻谷講演の世界なのに…。ううむ、困ってます。長井駅を出発すると、このような「花咲かじいさん」みたいな格好をした人が出てきて、終点の荒砥駅到着直前までガイドしてくれました。16分の長尺なんですが、リンクを載せて置きます。このところ音声ファイルを置いてますけど、生のmp3ファイルです。インターネットエクスプローラーの設定で「ネット上のmp3はメディアプレーヤーで再生する」を選択して頂かないと長尺の音声ファイルは再生できないかも知れません。また、携帯からご覧頂いている場合には、音声ファイルは再生できません。これは楽天さんの仕様ですので、どうにもなりません。【音声】地元有志による真面目な沿線ガイド(約16分)ガイドを聞いているうちに、長井線の象徴である最上川橋梁が迫ってきました。英国製の逸品です。東海道本線の木曽川橋梁として使用されていた橋桁を、架け替えた際に、長井に持ってきて、使用したものらしいです。兄弟橋が左沢線にもあるみたいです。しばらく運転台の後におりました。国鉄急行色の気動車の長井線への入線に群がる撮り鉄の皆さんです。荒砥駅に到着したところです。駅舎に寄らずに、真っ直ぐ山形鉄道の車輌基地に向いました。給油設備ですね。次回は藻谷浩介氏の講演の内容をレポートします。上手く書けるかなあ…。上手く行かなかったら、スキップして、次の行程に進めますね。【卒煙式の表示】ステータス: 少将卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 23日 23時間 36分延びた寿命: 3日と15時間56分節約できた金額: 14390円(節税分 9073円)節煙本数: 959本 95.93m ビッグベン【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/19
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最近、迷惑トラックバックが久しぶりに復活しましたですね。エロ系ではなく、パチンコ必勝法みたいなものが多いです。既に消してしまいましたけど…。でも、本数は大したことはありません。さて、今回も「フラワー長井線利用拡大フォーラム」の模様のレポートを続けます。前回は米坂線の今泉駅までレポートしました。今泉駅から、特別列車はいよいよ山形鉄道フラワー長井線に入って参ります。最初の出し物はこれでございます。「山形鉄道運転士による方言ガイド」です。あさくらさんと言う運転士さんが、山形方言で爆笑ガイドをやってくれました。まあ、お聞きください。やはり映画「スウィングガールズ」関係の話題が多かったのでした。【音声】山形鉄道運転士による方言ガイド(約4分)方言ガイドが終わると、山形鉄道オリジナルグッズの販売が始まりました。その名も「日本一長いカレンダー」と言うものでした。「長井」と「長い」を引っ掛けたダジャレ商品でした。このカレンダーにはガイドをしている山形鉄道の運転士さんが登場しているそうです。買わなかったので画像はありませんですが…。置賜観光協会がウェブで紹介しています。宜しければ…。【音声】カレンダーの紹介(約1分)方言ガイドが妙な盛り上がりを示しておりましたので、車窓を見る余裕がありませんでした。うーむ、いいのか悪いのか…。こんな中でも、運転士のあさくらさんによる沿線紹介が長井駅直前まで続きました。【音声】山形鉄道運転士による方言ガイド2(約1分)長井駅に到着すると、スウィングガールズ弁当の積み込みが始まり、直ぐに配布されました。【音声】スウィングガールズ弁当紹介(約1分)これがスウィングガールズ弁当です。電車賃とこの弁当全部込みで500円のツアーでした。実に安い。この弁当だけでも、仕入れ値は1000円弱はするでしょうな。今度は長井駅構内での撮影分をご紹介します。長井では列車交換を行いますので、20分くらい停車しておりました。夜桜ツアーの案内がありました。やはり東北なんですねえ。桜の季節は4月中旬みたいです。東京よりは2週間くらい遅いです。これが弘前まで北上すると、5月上旬になるのでした。長井駅舎の線路側の風貌です。中々の雰囲気でした。早速線路を渡って駅舎に向いました。長井駅は山形鉄道の沿線の中でもっとも人口の多い長井市の中心にある駅でした。駅員さんも居ました。立派な有人駅でした。最近は良く見る構成ですが、駅舎の中にギャラリーが設けられていました。地元のアマチュア芸術家が展示会などに活用しているようでした。長井駅の正面玄関です。これも昔風のデザインで良いですよね。JRのままだったら建て替えられていたかも知れません。長井駅の改札口の上の部分です。スウィングガールズのポスターがありました。この映画はとても面白かった。再びホームに戻りました。構内の植木に、このような、雪除けが被せられておりました。私が行った時には積雪ゼロでしたが、普通の年は物凄い積雪になるんでしょうね。山形鉄道の乗務員さんです。乗務員さんも休憩していました。先ほどの「山形方言ガイド」でも紹介されていた、長井駅の壁画です。長井市の小中学生の作品だそうです。ちょっと枚数が多くなってしまいました。今回はここで切ります。次回も長井駅構内での撮影分をご紹介いたします。【卒煙式の表示】ステータス: 少将卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 23日 9時間 18分延びた寿命: 3日と13時間45分節約できた金額: 14032円(節税分 8848円)節煙本数: 935本 93.55m スチールドラゴンの落差【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/18
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今回から、第6旅程の本題に入れます。この第6旅程の目的は、「フラワー長井線利用拡大フォーラム」に参加することでございました。主催者側の係員さんです。どうも山形県長井市の職員のようでした。この「フラワー長井線利用拡大フォーラム」は、フラワー長井線利用拡大協議会と言う組織が主催のイベントでした。このフラワー長井線利用拡大協議会は、長井市・米沢市・高畠町・小国町・飯豊町の沿線各自治体で組織されているようでした。使用する車輌はこれでした。坂町から米沢まで3時間近くもお世話になった車輌にまたお世話になる訳です。この国鉄急行色のキハ58+キハ28車内でイベントが開催される訳です。鉄道ファン的には、国鉄急行色のキハ58+キハ28が旧長井線に入線するだけでも意味があることでございました。キハ28とキハ58の製造銘板です。富士重工宇都宮工場で昭和42年に製造され、昭和50年に日本国有鉄道長野工場で改造され、更に平成4年にJR東日本の新津車輌所で更新工事を受けているようです。JR九州の「あそ1962」よりは新しいですが、それでも古い車輌でした。ご報告するのを忘れていましたが、このイベントの存在自体を知ったのは、ibukino-johさんのブログ記事「山形鉄道・フラワー長井線に国鉄色気動車が乗り入れ運転。」によってでした。ibukino-johさんは、ブログテーマ「鉄道雑談」の主催者でもあり鉄道ブログの重鎮なのです。ブログで、鉄道系のイベントなどをよくご紹介していらっしゃるので、旅程策定の際には大いに参考にさせていただいております。このイベントの主な予定は以下の通りでした。 10時53分 米沢駅出発 11時50分 今泉駅発 山形鉄道運転士による方言ガイド 11時59分 長井駅着 ガールズ弁当による昼食 12時41分 荒砥駅到着 藻谷浩介氏による記念講演 13時46分 荒砥駅発 15時06分 米沢駅到着・解散路線的には、米沢駅を出発して、今泉駅までは米坂線を西に進みます。今泉駅で山形鉄道(愛称:フラワー長井線)に入り、終点の荒砥駅まで行く、と言う行程でした。ガールズ弁当とありますが、山形鉄道は人気映画「スイング・ガールズ」のロケに使われた鉄道でもあります。映画の中に出てきた、応援団用の弁当を再現したものが出てくるそうです。映画の中では集団食中毒を引き起こす、恐ろしい弁当だったりするのですが…。こんなイベントに向けて特別列車が出発しました。最初のうちは、山形鉄道の専務取締役の事業説明、長井市長のご挨拶など、堅苦しい、放送が続きました。【音声】長井市長のご挨拶(約3分)山形鉄道の経営環境は厳しい…、という内容です。みんなで乗らないと鉄道が消えてしまう…。危機感が募ります。なお、市長の挨拶の中で「山形花回廊キャンペーン」について説明がありましたが、このキャンペーンの初日に運行された「山形花回廊オープニング号」にも乗車しております。後日詳細にご報告します。余談ながら、春の青春18きっぷシリーズでチケット入手に最も苦労したのが、この「山形花回廊オープニング号」と「ゴロンとなのはな号」でした。米坂線の羽前小松駅です。ここで臨時列車は、列車行き違いのために短い停車を行いました。米坂線の対向列車です。40系気動車とキハ52の2両編成でした。対向列車のサボと車号表示です。キハ52-123でした。121号機、122号機、123号機が米坂線で働いていることが確認できました。サボにある通り快速「べにばな」でございました。列車は米坂線を進み、今泉駅に入線して行きました。今泉駅では、最初にJR米坂線用のホームに入り停車しましたが、戸扱いはしませんでした。山形鉄道の社員が乗り込んでくるだけです。先ず、山形鉄道の列車を一本やり過ごします。その後に非常に複雑な動きをするのです。今泉駅のJRホームを出発し、本線を坂町方向に僅かに進みます。4本のレール(JR米坂線の上下線と、山形鉄道の上下線)が一本のレールに収束していきます。本線上で方向転換をして、今泉駅の山形鉄道のホームに入線するのでした。山形鉄道のホームに入って初めて扉が開きました。今泉駅でのキハ58です。JR社員に聞いたところ、この時点では故障した発動機のうち1台の修理に成功し、止まっている発動機は1台だけになっていたそうです。上から、JR東日本仙台支社の営業部員、山形鉄道の運転士、事務局の山形鉄道本社社員です。今泉駅で積み込まれたノベルティ各種です。今泉からは、いよいよ山形鉄道に入ります。イベントも本番に入っていく訳です。そろそろ出発です。次回も「フラワー長井線利用拡大フォーラム」の模様をレポート致します。【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/18
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続きでございます。前回は、坂町駅から延々と米坂線に乗って米沢駅に到着するまでをレポートしました。米沢で、いよいよ、鉄イベントに参加するのですが、今回のレポートは、イベント列車の発車を待つ間に米沢駅構内で撮影した画像です。最初の画像です。キハ40-583です。この配色はかつて首都圏色と言われ、八高線とか相模線の気動車がこんな色に塗られておりました。サボも変わってます。「羽前椿⇔今泉⇔米沢」なんですが、矢印の配置が微妙です。キハ58-677です。上の画像のキハ40と同じサボをつけています。なお、この配色が新潟色と言われる配色で、新潟支社の気動車は一時みんなこんな色でした。今は110系気動車の増配備で随分仲間を減らしています。新潟色とはこんな色なのです。奥の方に国鉄標準色に塗り戻されたキハ52が居ます。以前の日記でご紹介した、キハ52-122号機です。気動車は言うまでもなく軽油で動きます。米沢駅にはこのような給油設備がありました。首都圏色のキハ40を上手く撮れないものかと試行錯誤している時にシャッターを切ったものです。キハ52-122号機の運転台付近です。ピカピカに磨き上げられていますね。ひょっとしたら、イベント列車的な運行も視野に入れているのかも知れませんね。今度は出発待ちの列車です。当然車内に入れました。キハ52-121号機です。こっちは新潟色のままでした。全検表示は平成17年8月の郡山総合車セでした。新津じゃないのが不思議です。どうやって郡山まで回送したのかしら…。磐越西線経由ですかねえ。キハ52-122の側面です。見事なまでの新潟色でした。車内です。当然のように非冷房車でした。少し古い気動車は、機関出力に余り余裕がありませんので、冷房を載せるのがちょっと難しいのです(工夫して載せた事例はありますけど)。キハ52の便所です。キハ52-121の車内のプレートです。平成2年に長野工場で改造されているのでした。今度は併結されていたキハ47-1130の車内です。キハ52に比べると、随分現代的な車内になってしまっています。残念。国鉄標準色のキハ52-122の方をもう少しだけ撮影しておきました。キハ52も車齢が随分行ってますので、余り長持ちしないかも知れない形式です。撮れるうちに撮っておきました。米沢駅舎です。大層な造りになってました。山形新幹線開業時に作り変えたのかなぁ。一旦改札を出て、山形鉄道のイベントの受付を済ませました。受付時にこのような分厚い封筒を渡されます。中には資料が一杯入っていました。沿線自治体主催の税金を投入したイベントです。妙に堅苦しい運営が目に付きました。山形県は真面目な土地柄ですからねぇ。列車を待つ間に、米沢牛入りの蕎麦を頂きました。列車を待っている間に、つぎつぎに400系新幹線が通り過ぎていきます。この米沢駅まで乗ってきた車輌です。キハ58の発動機が2台ともいかれてしまった編成です。いつの間にか表示が「普通」から「臨時」に変わっています。なんと、今回の「フラワー長井線利用拡大フォーラム」は故障車で運行するのでした。あはは…。乾いた笑いが漏れてしまいました。【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/17
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ご報告が遅れましたが、この週末は関西に行っておりました。大したものは撮影していないのですが、新大阪駅でこんな車輌を見かけたので撮影しておきました。余りにも有名な新幹線電車0系です。昭和39年に東海道新幹線が開業した際に登場した形式でした。新大阪を出て行く0系です。この形式は、昭和39年以降、昭和50年代まで延々と増備されました。非常に長寿な形式でした。この0系の後継として100系、300系、500系、700系が続きました。いずれの形式も0系に比べれば短命な形式でした。往時は16両編成で東京=新大阪をガンガン橋っていましたが、現在では、山陽新幹線のこだま号として6両編成でほそぼそと走っています。ひょっとしたら、今回が見納めになるかも知れません。さて、本題でございます。今回ご紹介するのは米坂線の山形県内の車窓などです。私が乗った米坂線の仕業ダイヤです。坂町駅を7時過ぎに出発して、米沢駅到着は午前10時なのです。もう延々と走るのです。越後片貝と越後金丸の間にあったダムです。発電設備が見えますね。この辺りまで来ると、人里離れた山中です。妙に味わい深い車窓でした。越後金丸駅です。ここが新潟県内最後の駅でした。次の小国駅はもう山形県です。県境付近の車窓です。大抵の県境は人気のない場所なのです。手ノ子駅です。妙な駅名です。どんな由来があるのかなあ。手ノ子駅で列車交換になりました。この段階では、まだ、クリーンな編成写真を撮影できていないので、ちょっとあせっていました。せっかくの国鉄急行色なのに…。羽前椿駅です。「羽前」という駅名が欲しくてシャッターを切りました。この辺りは置賜郡です。米沢藩の旧領地に入ってます。今泉駅です。ここで20分近く停車しました。こちらは山形鉄道の駅名板です。今泉駅付近では、JR東日本の米坂線と山形鉄道が線路を共有しているのです。線路は共有していますが、今泉駅のプラットフォームは別々に持っていました。単線非電化区間で、4面を全部使うと言う珍しい駅でした。今泉駅で、初めて、このキハ28+キハ58のクリーンな編成写真を撮影できました。うんうん。しかし…、キハ58の方は発動機が止まったままなのですよ。故障編成ですね。キハ28の方の車号表示も撮影しておきました。キハ28-2371でした。こちらが今泉駅の駅舎です。駅前のバス停です。3本もありました。といっても2本はタクシー用ですけど。駅前旅館です。これまた風情のある建物でした。その昔は交通の要衝だったのでしょうねえ。再びホームに戻ってきました。この米坂線にはいまでも快速「べにばな」が走っています。昔の急行「べにばな」ですね。しかし、快速と言っても、駅を飛ばすのは羽越本線だけでして、米坂線内では各駅停車のようでした。米坂線は、米沢市街を迂回するように、西米沢→南米沢と回って参ります。やっと米沢駅に到着しました。到着時刻は定刻でした。恐るべきゆるいダイヤです。発動機故障のために、3分の1の馬力になってしまった編成でも、遅れを取戻しての定刻到着でした。次回は米沢で撮影した画像をご紹介します。私が撮影を行っている間にこの編成の発動機のうち1台の回復がなされていました。本来の3分の2まで出力が回復するのです。【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/17
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今回は米坂線での移動をご紹介します。米坂線と言うのは、JR東日本のローカル線です。奥羽本線の米沢から羽越本線の坂町まで走っています。山形県と新潟県を結ぶ路線です。この路線紹介に入る前に積み残しの音声ファイルを一つご紹介します。ムーンライト越後で新潟駅に到着する直前のアナウンスです。新潟到着は4時50分と凄い早朝です。乗換え案内もいろいろでございますね。全然案内ありませんでした。【音声】ムーンライトえちご新潟到着これがこの日にお世話になった米坂線の車輌です。この区間は、新潟支社が受け持っているようです。普通は新潟色と言われる塗装の気動車が走るのですが、この日に乗ったのは、このような、国鉄急行色でした。もちろん、形式はキハ58+キハ28です。キハ58とその派生形はもともとは急行用の気動車として生産されたのですが、急行が急速に数を減らしていく中、ローカル線の普通列車や快速列車に充当されることが多くなっていきました。普通列車としての運用も随分減ってしまいましたが…。何と言うか、クラシックな側面です。車号はキハ58-1022ですね。サボの表示は「米沢⇔小国⇔坂町」となっています。この米坂線は線名の通り、米沢が起点で坂町が終点なのです。小国は山形県内でもっとも新潟県に近い駅です。この路線も県境を越えます。県境近辺は人口が閑散なケースが多く、ローカルな線になってしまいます。今まで乗った中では、只見線の福島=新潟県境が凄かったです。製造銘板です。製造は昭和47年の日本国有鉄道土崎工場、平成3年に新津車輌所で更新されているようです。新津は現在では工場に出世していますね。E231系なんかも造ってます。所属表示です。「新ニツ」でした。新津の車輌な訳です。新潟支社の気動車は大抵新津の所属ですね。車内です。新造時のキハ58は全席クロスシートだったのですが、普通列車への供用のためか、車輌の両端部はロングシートに換装されておりました。便器です。キハ58は急行用の車輌ですので、トイレ付きの車輌が殆どの筈です。このタイプの便器は珍しいです。新造時は、垂れ流し式の便所だったと思うのですが、当然現在はタンク式になっています。フラッシュボタンです。「ランプが点灯していない時は、ボタンを押しても洗浄水は出ません」と言う表示がありました。これも余り目にしない形式でした。トイレットペーパーの部分です。「このトイレはタンク式です。新聞紙、布きれ、ボール紙、テッシュペーパーなど水にとけないものは故障の原因になりますので捨てないでください(捨てるときは右の汚物入れに入れてください)」と書かれています。まだタンク式便所が珍しい時代の作品だったのでしょうか…。米坂線の車窓です。まだ新潟県です。このようなダム湖が見えました。飯田線も只見線も北上線もそうですけど、山岳路線は、川沿いに建設されるケースが多く、このような電源地帯になっていることがままあります。水辺の車窓はいいものです。非電化単線という感じがしますでしょ。非常にいい雰囲気なのです。米坂線は。路線自体がローカル色満載で十分楽しめます。今回の旅程の目的は、山形鉄道のイベント参加だったのですが、米坂線自体で十分楽しめます。越後下関駅付近です。まだこの辺りでは積雪はありません。暖冬のために、平野部には殆ど雪が積もっていないのです。同じく越後下関駅です。いい雰囲気でした。次回は秋に訪れたくなる風景でした。この越後下関駅の次は越後片貝駅です。越後片貝駅の手前くらいから、積雪がありました。段々無人地域化してきます。越後片貝駅舎です。この駅を出発してしばらくすると、列車は停止してしまいました。山間部で険しい地形の中でした。運転士が運転台を降りて、台車や機関を見に行ってました。そして、アナウンスが流れたのです。【音声】点検中のアナウンス運転士が運転席に戻ったあとに、何が起きたかの説明がありました。【音声】再起動前のアナウンスなんとエンジン故障だったのです。こんなの初めてでした。キハ27とキハ58の2両編成でしたが、よりによってキハ58のエンジンが2台ともダメになってしまったのでした(キハ58はエンジンを2台積んでます、キハ28は1台しか積んでません)。2両編成をキハ28だけで駆動することになったのでした…。【音声】小国駅出発時のアナウンス小国を出発した時のアナウンスです。編成のエンジン3台のうち1台しか動かない運行でした。当然加速もトップスピードもメロメロなのでした。なんだかなあ…。次回も米坂線乗車レポートを続けます。【卒煙式の表示】ステータス: 少将卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 0年 0ヶ月 22日 23時間 18分延びた寿命: 3日と12時間13分節約できた金額: 13782円(節税分 8690円)節煙本数: 918本 91.88m バベルの塔(推定)【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/17
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今回から第6旅程のレポートを始めます。この旅程は、山形県の長井市周辺を走る私鉄である山形鉄道の利用拡大を目指すための「フラワー長井線利用拡大フォーラム」と言うイベントへの参加が主体となります。長井市などの沿線自治体が主催ですので、米沢から、山形鉄道の終点の荒砥までの往復運賃と、弁当代を含めて僅かに500円と言う極めて低廉なツアーでした。詳細はイベントパンフレットをご覧頂きたいと思います。このイベントツアーは山形県にある奥羽本線の米沢駅が集合解散地点ですので、ここまで進まねばなりません。東京からの最短ルートは、東北新幹線と山形新幹線を乗り継ぐルートなのですが、青春18きっぷシーズンですので、思い切って大回りし、新宿→新潟→坂町→米沢と移動しました。米沢まで利用した線区は、山手線・東北本線・高崎線・上越線・信越本線・白新線・羽越本線・米坂線です。更にツアーとして山形鉄道の殆どに乗り、米沢駅で解散し、今度は奥羽本線と東北本線の普通電車で帰京するという暴力的な旅程です。最初に乗車券をご覧下さい。最初に乗った全席指定の定期快速「ムーンライトえちご」は、新宿を23時9分に出発し、高崎駅で日付を越えます。青春18きっぷの残枚数の関係でこの区間(新宿→高崎)は普通乗車券を使用することにしました。通しで普通に買うと1890円なのですが、このような 新宿→西川口 西川口→与野本町 与野本町→本庄 本庄→高崎と言う分割発券にして、少しだけ安く上げました。このような普通乗車券を有人のみどりの窓口で買うのは恥ずかしいですが、指定券自動販売機でなら、恥ずかしい思いをしなくても買うことが出来ます。<と言っても乗変している私は…。もう恐いものなしですな♪>最初の画像は新潟駅です。ムーンライトえちごには、今年に入って何回も乗っていますので、全然ありがたみが沸かず、今回は撮影しておりません。ムーンライトえちごの終点の新潟から撮影を開始しました。新潟からは白新線の普通電車で新発田を先ず目指しました。形式はE127系でございましたですね。殆ど通勤電車です。これが増えてくると、新潟近辺の115系の危機になるのですが、今のところは余り繁殖してません。当分は新潟支社の115系は大丈夫そうです。割りと長い区間を走ることもあるので、このように便所完備の編成でございました。早朝の阿賀野川です。日の出直後の車窓です。眠かったです。はい。終点の新発田に到着です。新発田からは羽越本線の普通電車で、米坂線が出ている坂町まで東に進みました。羽越本線は全線完全電化路線なのですが、この時に乗った羽越本線の普通電車はキハ110と言う気動車でした。で、乗換駅の坂町駅に到着しました。奥のほうに国鉄色のキハ28が見えると思います。最近国鉄色に塗りなおした車輌です。この車輌で米坂線を坂町まで進むことになります。この車輌が食わせ物で、米坂線の山間部で突然発動機故障を起こしてくれました。次回は米坂線の移動をレポート致します。【卒煙式の表示】ステータス: 大佐卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 21日 4時間 1分延びた寿命: 3日と5時間36分節約できた金額: 12700円(節税分 8007円)節煙本数: 846本 84.67m ヤフードーム【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/16
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前回の日記で表記上の誤りがありました。喜多山栄さんのご指摘で修正することが出来ました。喜多山栄さん、ありがとうございました。今回で第5旅程レポートをお終いにします。今回も、東海村です。前回のアトムワールドの次には、日本原子力発電が運営しているテラパークです。内部は以前の日記でわりとねちっとご紹介しているので、今回は軽くご紹介します。低レベル放射性廃棄物の廃棄用のドラム缶です。放射線管理区域内の作業時に着用した衣類などが、このドラム缶に詰められて、埋設処分されます。モニタリングポストです。原発などの原子力関連施設の周囲にたくさん設けられています。このモニタリングポストで放射線を常に監視している訳です。臨界事故が起きれば、大量の放射線が環境に飛び散りますので直ぐに分かると言う訳です。前回見落とした記念植樹です。見事に枯れてます。この木は、英国首相のサッチャー女史がこの東海発電所を訪れた際に植えた物のようです。残念ながらこの通り、枯れ木になってしまっていました。このテラパークは日本原子力発電の東海原子力発電所の中にあります。残念ながら原子力発電所は撮影禁止なのです。しょうがないので高圧鉄塔を撮影しておきました。電線のどこまでが日本原子力発電のもので、どこからが東京電力のものなのか…。こんな感じで東海村営の無料観光バスツアーを終えて、常磐線の東海駅まで戻って参りました。また常磐線に乗って今度は南に戻りました。次の目的地は水戸駅です。水戸駅のキオスクというかNEWDAYSの建物です。特急電車の形をしてました。東海道本線には湘南電車の形をした売店がありますが、こっちは特急「ひたち」でした。「ときわ路パス」ではこの列車にも乗れます。鹿島臨海鉄道です。以前の「ときわ路パス」では新鉾田までしか乗れなかったのですが、この春のものでは終点まで乗れました。長距離を走破する列車ですので便所もあります。車内はこんな感じでした。鹿島臨海鉄道は、鹿島工業地帯の貨物路線として建設されたものです。重い貨物列車を通すために、かなりしっかりしたつくりになっています。高架区間が長く、全然ローカル色はありません。名前は似ていますが、鹿島鉄道とは全然違いますね。夕暮れの鹿島臨海鉄道です。この列車で大洗いまで行きました。大洗駅です。この大洗駅では、私鉄では割りと珍しい駅弁を売っています。この日は「たこめし」にしました。結構美味しいものでした。大洗でターンして水戸駅まで帰ってきました。水戸駅からは常磐線普通電車のグリーン車で上野に戻りました。当然E531系です。E531系グリーン車の車内です。アコモデーションはE231系と変わりないですね。以上で第5旅程のレポートを終りにします。乗車区間は、日暮里→取手→石岡→常陸小川→鉾田→石岡→勝田→那珂湊→勝田→東海→水戸→大洗→水戸→上野でした。鹿島鉄道に乗ったのはよかった………。合掌………。鹿島鉄道のご冥福をお祈りいたします。次回からは第6旅程に入ります。フラワー長井線利用拡大フォーラムと言う鉄イベントへの参加をご紹介します。次回も濃いレポートとなります。宜しければ是非お付き合いください。【卒煙式の表示】ステータス: 大佐卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 21日 4時間 1分延びた寿命: 3日と5時間36分節約できた金額: 12700円(節税分 8007円)節煙本数: 846本 84.67m ヤフードーム【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/16
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★この回の日記には表記上の誤りがありました。喜多山栄さんのご指摘で修正することができました。ありがとうございました。前回は東海駅西口から原子力展示館無料巡回バスに乗り込む直前までをご報告しました。今回は、無料バスレポートです。これが無料バスですね。まあ、普通のバスなのです。バスのわき腹に無料展示館の名前とイラストがあります。最初に茨城県立原子力科学館に立ち寄ります。非常に短時間の立ち寄りです。原子力科学館の内部です。既に昔のレポートでご報告済みなので、この画像だけにして置きます。茨城県立だけありまして、茨城県の観光地図なんかも掲示されていました。5分間停車しただけで、バスは次の目的地アトムワールドを目指しました。サイクル機構のアトムワールドでございます。サイクル機構というのは、正式な名前を日本原子力研究開発機構と言います。日本原子力研究所と核燃料サイクル開発機構が合併して発足した独立行政法人です。旧核燃料サイクル機構というのは、事故を起こしまくって大幅に機能を制限されて再編成された動力炉・核燃料開発事業団の後身だったりする訳です。その任務は幅が広く、かつては、ウラン採鉱(人形峠の施設もここが持っていました。あそこでウランを掘ったり、濃縮からペレット造りまでやっていました。現在は核燃料製造は止めてます)から、「ふげん」や「もんじゅ」などの新型炉の開発、核燃料再処理技術の開発やテストプラントの運転(使用済み核燃料を硝酸で溶かして、残ったウラン235を回収したりプルトニウムを回収したりします)、更には核分裂生成物(高レベル放射性廃棄物ですね)の最終処分なんかの研究開発までやってました。言ってみれば、核燃料サイクルの発電所以外の部分は何でもござれの巨大組織だったのです。しかし、ナトリウム漏れとかアスファルト固化施設での火災などの事故が相次ぎ、機能を大幅に制限されて再編成されました。ウラン採鉱などは民間に行きました。東海村の再処理プラントはその役割を六ヶ所村の日本原燃に譲りました。今は高速増殖炉や高レベル放射性廃棄物の最終処分の研究などをやっているようです。手袋のお化けみたいな箱です。この箱の中で、核燃料の組立てなんかをやっていたようです。と言っても、かなりクラシックな雰囲気が漂っていましたので、60年代か70年代の設備という感じでした。最終処分の技術展示のコーナーの展示です。日本人が一生分使う電力を発電すると、このくらいの大きさの高レベル放射性廃棄物が出ますよ、という意味です。死の灰でございますね。こちらは高レベル放射性廃棄物をガラス固化して処分する容器です。高レベルというだけあって、強烈な放射線を発するのです。熱も発します。ガラスで固めても、強靭な金属容器に入れても何年持つか分からないと言う、恐ろしい代物なのです。マジメにこんな処分を考えている現代日本はましな方で、ソビエト時代には、地面にまいていたみたいです。前の画像で作った、高レベル放射性廃棄物をガラスで固化して金属容器に詰め込んだものを、このような分厚いコンクリートで囲って、地下数百メートルとか地下1千メートルくらいの深い深い穴を掘って埋めましょう、と言うのが、日本の最終処分の方向です。でも、全然始まってません。北海道の幌延町に埋めてしまおうか、という検討は始まっていますが、何分、技術面で分からないことが多過ぎて、実用化がいつになるかは全然不透明なのです。今度は、使用済み核燃料の輸送容器です。キャスクと言うものです。使用前の核燃料は、ウラン235の濃度が2~3%で、二酸化ウランを細かく固めたものです。大した放射線は出ませんし、そんなに危険なものでもありません。しかし、使用後は違います。ウラン235の核分裂で、色々な放射性同位体が出来ていますし、当然死の灰も入っています。プルトニウムも出来てます。強烈な放射線を出しますし、熱も出ます。もう大変な危険物なのです。この危険物をプールに入れて数年放置して(半減期が短い放射能がどんどん減ります)、これをこの容器に入れて、再処理工場まで運ぶ訳です。燃料棒の模型です。今は日本原子力研究開発機構は核燃料の製造はやってませんけど、旧動力炉・核燃料開発事業団(懐かしい「動燃」ですね、まだ、PCで一発変換できます)の時代には、核燃料の生産は表芸だったのでございます。商用原子力発電所は、殆どが沸騰水型軽水炉(BWR)か加圧水型軽水炉(PWR)なのですが、ここでは、高速実験炉「常陽」用の燃料棒とか、今は亡きガス冷却炉(GCR)用の燃料棒なんかも展示されていました。核燃料にも歴史ありでして、その昔は、金属ウランで無濃縮の燃料を使う形式が主流でしたが、余り高出力に出来ないので、濃縮燃料がだんだん主流になって行きます。現在は二酸化ウランの濃縮燃料が断然主流です。今度は燃料集合体です。核燃料と言うのは、中々複雑な構成になっています。ペレットと言う、大き目の錠剤くらいの背の低い円柱状の濃縮ウランを先ず作ります。この小さな円筒を金属筒の中に入れて、長い棒状のものに組み上げるのです。これが燃料棒です。この燃料棒を何十本も組み上げて燃料集合体を形成します。これが原子炉の中に入っている訳です。核分裂反応というのは、本来立体的なものです。核分裂の連鎖反応は、ウラン235核分裂時に飛び出す中性子が、周囲のウラン235に衝突し、更に核分裂を引き起こす訳です。中性子が上手く飛ぶようにいろいろと考えて配置している訳ですねえ。核燃料の組立工程を説明しているパネルです。こちらは高速増殖炉「もんじゅ」の模型です。高速増殖炉というのは、ウラン235の核分裂のエネルギーを取り出すと同時に、核分裂時に出てくる中性子をウラン238に当てて、核分裂するプルトニウム239をバンバン作ってしまうと言う形式の原子炉です。冷却材には熱効率が軽水よりもはるかに優れる金属ナトリウムを用います。ただ、金属ナトリウムは空気中に置いておくだけで発火しますし、水に入れれば苛性ソーダになります。扱いの難しい冷却材なのです。マニュピレータでございますね。放射能は放射線を発するので危険です。人間の身体に直接の悪影響を及ぼすのは放射線なのです。放射線は、ちょっと距離を置くと 被爆 → 被曝 量が急速に少なくなります(逆に体内被曝は悲惨です)。そんな訳で、放射能を扱う時に、このようなマニュピレータを用いて 被爆 → 被曝 量を抑制する訳です。ちなみに動きます。操作は非常に難しいものでした。これの操作には熟練が必要です。 →被曝と被爆の用法が混乱してました。 →喜多山栄さんのご指摘で修正できました。 →ありがとうございました。 →このブログは皆さんのご指摘で少しずつ資料的な価値を増します。 →表記や内容の問題にお気づきになった方は是非ご指摘下さい。この物体は直接は核燃料とは関係ありません。ウランガラスです。ガラスに微量のウランが含まれており、暗い場所で微量の光を当てるとこのように緑の光を発するのです。いい感じです。謎のオブジェです。最後の画像は、私を案内して下さったコンパニオンさんです。ご本人のご諒承を得て撮影致しました。以上で、アトムワールドについてのレポートを終りにします。アトムワールドには上記の他にも、再処理工程に関する展示があるのですが、暗くて撮影できませんでした。次回は原電東海原子力館(テラパーク)を軽くご紹介して、水戸に進みます。宜しければ、引続きお付き合いください。なお、以前に東海村を訪れた際の模様を過去日記に収録しています(JCO臨界事故展示 原電関係)。宜しければ是非!。【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/15
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本日の東京地方は大雨です。気分が滅入ります。今年は、現在レポートを掲載中の「春の青春18きっぷ」で力を使い切ってしまったような気がします。ある種、鉄の最高峰の皆さんに一ヶ月も付いて行って気力を使い果たしてしまった…。なんか、この旅に出る気がしばらく薄くなっているような気がします。この間にブログのネタ過剰を解消して参ります。今回のレポートは常磐線東海駅から再開でございます。立派な駅舎です。現在、乗り鉄的な気合が薄れてきていますが、昔から好きだったものが再び関心の焦点に再浮上してきました。それは核です。原子力でございます。私が幼い頃から核燃料サイクルがあたかも未来の必然のように語られてきました。あれからウン十年。実験炉ベースでは、漸く核燃サイクルが閉じました。しかし、商業利用がいつになるのかは全然見えてきません。つまり核エネルギーの商業利用はかくも儚い可能性なのでございますね。そんな日本の原子力はここ東海村からスタートしたのでございます。日本で初めての臨界は東海村だったような気がします。日本で初めての臨界事故も東海村でした。今回は久しぶりに東海村の村営無料観光バスに乗ることにしました。村営バスを待つ間に東海駅でさんざんシャッターを切りました。駅前モニュメントも変わっていました。何故かこのような裸婦像が飾ってあったのです。テーマはエーゲ海に捧ぐです。東海村発足40周年記念の彫像だそうです。へぇぇ。しかし、東海村とエーゲ海に関係あるのかしら…。東海駅にはこんな照明がありました。こんな石碑がありました。村松山嘘空蔵尊と書いてあります。余り解説がありませんが、地元の名刹のようです。東海駅にはE501系が停まっていました。E531系に押され、最近では上野では目にしなくなってきました。こちらがバス停です。原子力展示館無料巡回バスです。東海村営で茨城県立原子力科学館=サイクル機構アトムワールド=原電テラパークと回るコースです。原子力展示館と原電テラパークには行ったことがありますが、サイクル機構のアトムワールドには行ったことがありません。今回の目的はアトムワールドなのです。次回はアトムワールドをレポートします。【卒煙式の表示】 ステータス: 大佐卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 20日 2時間 37分延びた寿命: 3日と1時間43分節約できた金額: 12065円(節税分 7607円)節煙本数: 804本 80.44m デーモン小暮閣下【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/14
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今回も茨城交通レポートです。那珂湊駅からレポート再開です。那珂湊駅には車輌基地が隣接しています。車輌基地は大変魅力的なのですが、かつて日記で既にご紹介していますので、今回は駅舎とその周辺をレポートします。これが那珂湊駅舎です。渋いでしょ。木造のクラシックな駅舎なのです。あまりに雰囲気の良い駅舎なので、引いて更に撮影しました。空が青いです。いい天気でした。駅前です。モニュメントの代わりに「暴走族追放」の看板が出ていました。いかにも暴走族が好きそうな土地柄です。広くて真っ直ぐな道路が沢山ありそうな街でした。茨城交通湊線にも暗雲が…。こんな掲示がありました。廃止の足音が聞こえてきているみたいです。待合室です。「祝開業90周年」と言う文字が見えます。鹿島鉄道も茨城交通もSL時代からの古い私鉄なんですよね。よくここまで保ってくれました。駅名板です。これもクラシックなデザインです。マンホールの蓋でございます。もちろん、汚水用です。マンホールの蓋は、電気用、ガス用、電話用と色々ありますが、旅情が足りません。やはり、汚水(下水)が良いのです。汚水処理は市町村の仕事ですので、地域性の強いデザインになるのです。電気だと、関東地方全域が東京電力かTEPCOですので…。勝田→那珂湊→勝田と同じ車輌のお世話になりました。こちらは那珂湊駅前に停車していたバスです。鉄道車両とデザインに統一性を持たせているのでした。鉄道車両の銘板です。那珂湊に隣接している車輌基地は、湊機関区と言うのでございますねえ。もう一回湊機関区を撮影しておきました。ホームにいつも停車している貨物編成です。いつ動くのかしら…。こんな感じで、那珂湊から勝田まで戻って参りました。勝田から、再び常磐線に乗って更に北上しました。E531系が猛烈に繁殖しています。もう常磐線の鄙びた雰囲気はすっかりありません。まるで、東海道本線か横須賀線みたいな雰囲気です。411系に乗り継いで更に北上しました。次の目的地は東海駅です。次回は東海駅周辺をご紹介し、更に、独立行政法人日本原子力研究開発機構(かつての動力炉・核燃料開発事業団)の東海展示館アトムワールドをご紹介していきます。東海村は以前の日記でご紹介していますが、茨城県の原子力展示館と日本原子力発電の展示館しかご紹介出来ていません。素粒子物理学に注力した茨城県、原子力発電に注力した日本原子力発電に対し、日本原子力研究開発機構は、核燃料の製造に注力した展示になっており、中々楽しめました。【資料】以前に茨城交通湊機関区を訪れた際の日記(1)鹿島鉄道(2)鹿島鉄道鉾田駅(3)鉾田駅の602(4)鹿島鉄道石岡機関区(5)茨城交通湊線(6)茨城交通那珂湊駅(7)茨城交通那珂湊駅の続き(8)那珂湊から水戸へ(9)鹿島臨海鉄道(10・終)大洗駅【現在の卒煙式の表示】ステータス: 中佐卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 19日 4時間 11分延びた寿命: 2日と22時間18分節約できた金額: 11504円(節税分 7253円)節煙本数: 766本 76.7m 秦の始皇帝陵【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/14
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さて、鹿島鉄道の追悼レポートの次は茨城交通でございます。鹿島鉄道は常磐線の石岡駅から出ていました。一方で茨城交通湊線は同じく常磐線の勝田駅から出ております。先ずは石岡駅から勝田駅まで常磐線で移動でございますな。石岡駅での撮影分です。E501系電車です。交流通勤電車なんです。209系の雰囲気の車輌でございました。常磐線は交流区間まで通勤区間なのです。石岡駅から勝田駅までの移動に特急「フレッシュひたち」を使ってしまいました。ううむ…、贅沢です。この日は「ときわ路パス」を使っておりましたので、特急料金の支払いで乗れるのでした。常磐線勝田駅の橋上駅舎からの撮影です。勝田は常磐線の車輌基地があり、更には、「ひたち」系の増結車輌の併結や開放を行う駅なのです。いつも、色々な車輌が止まっております。常磐線の南側は現在はE531系グリーン車付きの天下ですけど、ここまで来ると411系なんかもゴロゴロ居ます。勝田駅で昼食だか朝食だかを頂きました。うんうん。11時までモーニングを食べさせてくれるお店があったのです。300円ちょっとで食べられてお得でした。食事の後には茨城交通湊線でございますね。早速、茨城交通のホームに進みます。茨城交通には何回か来ています。もうこの辺になると「元を取る」行動に近くなってきますね。駅名板です。ちょっと安っぽい感じでした。この日の茨城交通の車両です。日曜日にはキハ20が出てくるのですが、3月21日は祝日とは言え水曜日でして、こんな無粋な車輌でした。ちょっと落胆です。形式はキハ3710-02でした。気動車にしてはちょっとインフレ気味の車号です。インフレ車号と言えば、往時の近鉄でございますね。特急車輌は5桁当たり前の時期がありました。最近は小田急が5桁を出してますね。茨城交通湊線キハ3710-02の運転席の上の方です。「NIIGATA1998」と言う製造プレートが見えます。新潟鉄工所時代の作品なのか、新潟トランシス時代の作品なのかはよく分かりません。経営理念なんかも掲げてありました。 茨城交通は、つねに 安全な運行 職場と社員の安全 経営安定に努め 地域社会の豊かな発展に貢献しますだそうです。知りませんでした。運転台です。メーターが少ないです。アナログな感じです。新しくもなく、古くもない感じでした。古い車輌の運転台もいいですけど、最新型の運転台もかっこ良いですよね。液晶ディスプレイにデータがバチバチ表示される運転台は嫌いではありません。サボと言うか、方向幕です。「勝田-阿字ヶ浦」です。殆ど一日中このままでOKでしょう。車内に掲示されていた運賃表です。起点の勝田から終点の阿字ヶ浦まで乗って570円です。「ひたち路パス」の元を取るのは実に簡単でございますね。出発でございます。どこまで乗るかは決めていなかったのですが、結局、列車基地のある那珂湊駅で降車することに致しました。はい。那珂湊に居た車輌です。茨城交通は羽幌炭鉱鉄道や鹿島臨海鉄道からクラシックな気動車を沢山受入れてきました。車輌的に魅力的な路線ではあるのですが、余り古い車輌は走っていないようです。今回は那珂湊駅の駅舎を少し味わうことにしました。次回は那珂湊駅をご紹介します。はい。最後に以前に茨城交通の車輌を味わいに来た時のレポートへのリンクを載せて置きます。古の国鉄標準気動車であったキハ20系列の写真主体です。宜しければ!。【資料】2006年春の茨城交通のキハ20(1)発端と勝田駅までの移動やE531系車輌の内装など(2)勝田駅で撮影したキハ205の外観と車内の装備などのご紹介(3)キハ205で勝田駅→那珂湊駅→阿字ヶ浦駅と移動する過程で撮影したキハ222及び阿字ヶ浦駅放置のキハ221 (4)阿字ヶ浦駅で撮影したキハ205(帝国車輌昭和40年製)の外観(5)キハ222 (6/終)羽幌炭礦鉄道からの転入車キハ222の車内及び帰路で撮影したその他の画像など【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/13
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今回も鹿島鉄道レポートを続けます。第3艦隊さんの日記で鉾田駅舎の解体が始まったというレポートがありました。鹿島鉄道の痕跡がちょっとずつ無くなっていくのですねえぇぇぇぇ。悲しいです。他にもキハ602解体など、鹿島鉄道の廃止後のレポート満載のブログです。悲しいですけど、覗く価値大です。さて、今回も鹿島鉄道の最期をご紹介します。前回は鉾田駅から石岡駅まで帰ってくるところをご紹介しました。今回は石岡駅で撮影した画像群をご紹介します。石岡から常陸小川駅までお世話になったKR501です。こんなところで寝てました。鉾田から石岡までお世話になったキハ601です。引き上げ線に入っていくところです。引き上げ線でターンしてきました。給油設備が見えますね。一両だけ残った有蓋貨車です。キハ431ですね。連結面です。鹿島鉄道石岡駅の待合室の中の広告です。酒造会社の広告なんですが、何故か英語なのでした。立入禁止の表示です。どうもマナーの悪い鉄がたくさん居たようです。鹿島鉄道公認和菓子などもあったみたいです。タンク車に登るなという表示が悲しいです。航空燃料輸送を行っていた時代の看板でしょう。「かしてつを救え」という幟が色褪せております。今となっては全てが空しい…。涙。キハ601です。もう目にするのも最後でしょうなあ…。この特徴ある台車も関東では見納めでした(九州の博物館で見られますけど、動きません)。鹿島鉄道追悼レポートはここまでです。石岡から、今度は勝田に移動し、次は茨城交通に乗っておきました。こっちも廃止されそうな、嫌な予感がしましたので…。次回は勝田からレポートを再開します。鹿島鉄道乗車中に撮影した動画をアップしておきました。動画レポートへのリンクを貼って置きます。数が多いのですが、宜しければ!。【資料】動画レポートへのリンク鹿島鉄道の車窓(下り列車、石岡駅出発直後)鹿島鉄道の車窓(石岡付近)鹿島鉄道の車窓(続き)鹿島鉄道の車窓(続き)鹿島鉄道の車窓(続き)鹿島鉄道の車窓(続き、新高浜駅出場)鹿島鉄道の車窓(続き、四箇村駅出場) 鹿島鉄道の車窓(続き、四箇村駅~常陸小川駅間)鹿島鉄道の車窓(玉里駅での列車交換)鹿島鉄道の車窓(続き、新高浜駅) 鹿島鉄道の車窓(続き、四箇村駅入線) 鹿島鉄道の車窓(続き、常陸小川駅入場)鹿島鉄道の車窓(続き、桃浦駅出発)鹿島鉄道の車窓(続き、霞ヶ浦かな…)鹿島鉄道の車窓(続き)鹿島鉄道の車窓(続き)鹿島鉄道の車窓(続き、車内)鹿島鉄道の車窓(続き)鹿島鉄道の車窓(続き、玉造町入線)鹿島鉄道の車窓(続き、車内)鹿島鉄道の車窓(続き、車内)鹿島鉄道の車窓(続き)鹿島鉄道の車窓(続き)鹿島鉄道の車窓(続き、混雑する車内)鹿島鉄道の車窓(続き、普通の車窓)鹿島鉄道の車窓(続き、終着鉾田駅)鹿島鉄道の車窓(続き、キハ602)鹿島鉄道の車窓(続き、後方視界)鹿島鉄道の車窓(続き、運転台)鹿島鉄道の車窓(続き、前方視界)鹿島鉄道の車窓(続き、これも後方視界)鹿島鉄道の車窓(続き、直線が続く…)鹿島鉄道の車窓(続き、前回の小さな駅を出発)鹿島鉄道の車窓(続き、小さな駅への入線)鹿島鉄道の車窓(続き、これも後方視界)鹿島鉄道の車窓(続き、平地走行)鹿島鉄道の車窓(続き、出場・これも駅名不詳)鹿島鉄道の車窓(続き、普通の走行)鹿島鉄道の車窓(続き、これも高速走行)【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/12
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前回は鹿島鉄道常陸太田駅を出発するところまでレポートしました。今回は終点の鉾田駅に着いたところからレポートします。ところで、jiyma21さんから、この鹿島鉄道追悼レポートシリーズにトラバを頂いております。トラバではなんですので、本文でご紹介させていただきます。jiyma21さんも鉄道ファンの大家のお一人です。過去日記をご覧頂くと分かるのですが、鉄道史への深い造詣を感じさせるレポートがたくさんあります。私も「なるほどねえ…」と思いながら拝見しています。そのjiyma21さんがこの3月に鹿島鉄道レポートを掲載なさっています。下にリンクを載せて置きますので、宜しければ是非!。さようなら鹿島鉄道 第1回 第2回 第3回 第4回 最終回さて、本題に入って参ります。前回は常陸小川駅から終点の鉾田駅に向けて普通列車(優等列車の運行はありませんでしたが)に乗り込むところまでをご報告しております。今回は鉾田駅に到着したところから再開です。これが鹿島鉄道の終着駅の鉾田駅の駅舎です。クラシックな雰囲気です。木造平屋建ての駅舎です。ファサードが印象的です。良い駅舎ではありませんか…。でも取り壊しでしょうねえぇぇぇぇ。涙。鉾田駅は廃線バブルの様相を呈しておりました。オリジナルグッズは飛ぶように売れていました。はい。石岡でもそうでしたけど。鹿島鉄道オリジナルグッズ入手はこの3月限りでしたので、人気になるのも、むべなるかな…。鉾田駅のホームです。単線で、両側にホームがあります。路面電車の終着駅では時々見る配置ではありますが、地方鉄道では珍しい配置でありましょう。これも時の彼方へ…。涙。で、ここでターンします。往路と同様にキハ601で石岡を目指しました。車内では動画ばかり撮影しておりましたので、車内の静止画は殆どありません。動画へのリンクは次回にまとめて載せます。途中の巴川駅です。数少ない車内の画像です。写真やビデオの撮影をする際の注意が書いてあります。ううむ、結構前から鉄道ファンに占拠されていたのでしょうね。うんうん。分かります。車掌ブレーキの紐が車内客室にぶら下がっています。ワンマン改造の際にこのようにしたのかしら…。車掌さんが乗務する列車では、駅を出発する際に車掌さんが非常ブレーキに手をかけていますね。その紐です。車内です。下り列車は随分混んでいたのですが、上り列車の混雑はこの程度でした。みんな鉾田で降りたみたいです。降りて何をしていたのかしら…。新鉾田から鹿島臨海鉄道に乗り換えたのかしら…。キハ601車内に掲示されていた運賃表です。石岡から鉾田までで1080円もします。フリー切符(ときわ路パスも鹿島鉄道のフリーパスも)がいかに安いか分かると思います。途中駅での入換の際に撮影したものです。駅名を思い出せないのですが、多分玉造町です。車輌の正面左下にご注目ください。なんと製造銘板が外されています。盗まれたのでしょう。何と言う…。許せん。「撮り鉄」は許せますが、「盗り鉄」は許せん。製造銘板の後が痛々しい…。盗人に鉄槌を!。捜査当局の犯人検挙に期待いたします。入れ違いの列車が接近してきました。キハ601の兄弟のキハ602です。昭和12年製の古強者です。このような感じで、鉾田でターンして石岡まで戻ってきた訳です。はい。石岡到着後に、太陽の位置が変わって違った味わいになっていましたので、石岡機関区に停車中の車輌をもう一度撮影しました。次回は石岡撮影分をご紹介いたします。【現在の卒煙式の表示】 ステータス: 中佐卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 0年 0ヶ月 18日 1時間 15分延びた寿命: 2日と18時間11分節約できた金額: 10831円(節税分 6828円)節煙本数: 722本 72.21m 楽山大仏【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/12
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今晩(昨晩)は大学の同級生と神田のベトナム料理屋に行っておりました。2580円でまあまあのコースをいただけました。割安感があります。バリューフォーマネーでした。またベトナムに行きたくなってきました。ああん。さて、今回も今は亡き鹿島鉄道の追悼レポートです。前回はこの列車で、石岡駅を出発するところまでをレポートしました。この列車の終点である常陸小川駅で下車しました(終点なので当たり前ですね)。常陸小川駅の駅名板です。KR-502と言う車号が見えます。新潟鉄工所製の車輌でした。鹿島鉄道というとクラシックな気動車が魅力な会社でしたので、ちょっとこの新しい車輌では興ざめなのですが、それはそれとしまして、この常陸小川駅を楽しむことにしたのでございます。常陸小川駅のホームでございます。有人駅なのです。駅員さんが居ます。切符も買うことが出来ます。旅客ホームが対向式に設置されておりまして、列車の行き違いも可能です。この駅の周辺には県立小川高校があります。この高校の通学列車として使われていたのでございます。近所の方にお話を聞いたところ「小川高校がバイク通学OKになったからねえ」とのことでした。小川高校のばかっ。鹿島鉄道の死期を早めて…。号泣。この常陸小川駅では貨物が扱われていました。これは貨物ホームです。ちょっと前まで、ここにディーゼル機関車が放置されていたのですが、3月21日の時点では既に解体されてしまったようです。涙。改札の外から見た貨物駅舎です。こうなるとただの廃屋にしか見えませんですね。今度は旅客駅の駅舎です。コンクリート製の平屋の駅舎でした。駅舎入口の駅名表示です。既に過去帳入りです。駅舎内の業務掲示です。「鹿島鉄道線ご利用の皆様へ。永年にわたり、皆様に親しまれご利用いただいております鹿島鉄道線は平成19年3月31日(土)をもって廃止することになりました。永年のご愛顧にこころから感謝とお礼を申し上げます。83年間ありがとうございました。鹿島鉄道常陸小川駅」とありました。涙。この時点で代替バスの路線・時刻表・運賃表が掲げられていました。当然定期券の引き換えも始まっていました。出札口では入場券が売られておりました。当然のことながら、D号硬券でした。同じく出札口で売られていた、廃止記念の一日乗車券と硬券乗車券のセットです。待合室周辺の掲示物です。地元小川高校の学生が作った「かしてつ応援団」の絵が悲しいです。さよなら鹿島鉄道…、ぐすん。撮影を終えた頃に後続の鉾田駅行きの列車が入ってきました。昭和11年製のキハ601です。営業運転を行っている日本最古の気動車です。元キハ07です。鹿島鉄道はこうでなきゃ。このクラシックな気動車に揺られて(余談ながら古い台車を履いているので本当に良く揺れる車輌なのです)、終点の鉾田駅まで参りました。次回のレポートは鉾田駅から再開します。【現在の卒煙式の表示】 ステータス: 少佐卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 0年 0ヶ月 17日 3時間 18分延びた寿命: 2日と14時間50分節約できた金額: 10282円(節税分 6483円)節煙本数: 685本 68.55m ガラタ塔節煙本数: 33箱 66m 国会議事堂【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/12
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今回も「春の青春18きっぷ」第5旅程のレポートです。前回のレポートでは、常磐線を北上して、石岡駅に到着するところまでをご報告しています。今回は石岡駅に到着した以降をご紹介します。この表示は石岡駅の跨線橋に掲げられたものです。鹿島鉄道のホームは常磐線の線路を挟んで駅舎と反対側にあり、JRとは改札を出ずに乗り換える構造になっていました。鹿島鉄道のホームに鹿島鉄道の改札口があるものの、実際に改札を行っていない場合の方が多かったと思います。土日祝日は、鹿島鉄道のフリー切符を売っていたようです。1100円で乗り放題ですので、簡単に元が取れます。起点の石岡と終点の鉾田を往復するだけで簡単に元が取れるお得な切符でした。この日の私は、「ときわ路パス」を持っていたので、この切符派購入しませんでした。構内に留置されていた新しい車輌です。富士重工製か新潟トランシス製かは忘れましたけど、方々の第三セクター鉄道で目にします。わき腹の「83年間ありがとう! LOVE&FOREVER 鹿島鉄道」と言う文字が涙を誘います。本当にさようならなんですねえぇぇぇ。加越能鉄道かたの転入組のキハ430ですね。昭和30年代初頭の東急車輌の作品です。廃止後はどうなったのかしらん。涙。この車輌に限らず、全ての車輌に「83年間ありがとうございました」と書かれたヘッドマークを取り付けていました。機関区の脇に留め置かれていた貨車です。鹿島鉄道は、かつては、航空自衛隊百里基地への燃料輸送を担っておりました。割りと貨物のウェイトが高い会社だったのです。この貨車の手前にディーゼル機関車があったのですが、既に売却されたみたいで、姿はもうありませんでした。涙。キハ602ですね。昭和12年の鉄道省大宮工場の作品でした。この時点で、国内で現存する、営業運転に用いられている最古の気動車でございました。もともとはキハ07でしたが、その後の改造で、前面にキハ07の面影はありません。でも側面はキハ07の雰囲気を濃厚に残しています。 →旧州鉄道記念館のキハ07を以前の日記でご紹介しています。 →宜しければこちらもご覧下さい。ホーム上の詰め所の看板です。木製というのが泣かせます。「鹿島鉄道株式会社・石岡車掌区・運転司令室」とあります。普段は人の出入が少ない場所なのですが、この日は、記念切符を買うマニアが入れ替わり立ち代り入室しておりました。ホーム上の人数にご注目ください。殆どが「鉄」です。結構な人出になりつつありました。この日に最初に乗った鹿島鉄道の車輌です。常陸小川行きの車輌です。わき腹にはこんなペインティングがありました。「鉾田線」と書かれていますが、その昔、鹿島鉄道は関東鉄道の一部となっていた時期があります。その時代には鉾田線と呼ばれていました。それにしてもイメージソングとはねえ…。車内です。新しい車輌は人気が無いのか、割りと空いておりました。ホームに居た人々のうち半分も乗りませんでした。皆さん、後続の鉾田行きを待っていたようです。出発でございます。この車輌で、とりあえずは、常陸小川駅まで進むことにいたしました。移動中はデジカメをしまって、ひたすら動画を撮影しておりました。このブログの4月30日分の日記と5月1日分の日記として、大量に動画をアップしています。宜しければご覧下さいませ。今回はここまでに致します。次回も鹿島鉄道レポートを続けます。常陸小川駅での撮影分をご紹介いたします。【現在の卒煙式の表示】 ステータス: 少佐卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 16日 2時間 31分延びた寿命: 2日と11時間3分節約できた金額: 9662円(節税分 6092円)節煙本数: 644本 64.42m 初代通天閣【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/11
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今週は旅行に出かけないので、やや駆け足で更新を進めます。この更新は終わったら、洗濯に出かけます。今日の東京地方の天候は酷くて、何回も強力な雷雨がありましたが、今は晴れています。コインランドリーに行くには良い感じになってきました。さて、前回までで「初の青春18きっぷ」シリーズの第4旅程をレポートしました。今回からは第5旅程をレポートします。実行日は3月21日でした。行先は茨城県南部です。メインディッシュはこの3月をもって廃止された鹿島鉄道の最期です。本題に入る前に、第4旅程レポートの積み残しを二枚ほどご紹介します。第4旅程の最後で使った券面です。余り新幹線に乗らなかったので、赤い新幹線改札通過の印刷が少ないですね。ココから本題です。第5旅程最初の画像は、早朝の日暮里駅です。早朝の常磐線に乗って、先ずは取手まで行かねばなりません。常磐線の普通電車です。首都圏の中心部は直流電化区間ばかりです。電化されるタイミングが早かったので直流ばかりなのです。勾配が多い等の理由で戦前に電化された線区は皆直流電化ですが、戦後に電化された東北本線や常磐線などは東京に近い部分は直流電化ですが、東京から遠い部分は交流電化になっています。常磐線の場合は、上野から取手までは直流電化です。首都圏でも有数の輸送量の路線ですので、最新のE231系<E233系が既に走り始めているので最新ではないかも知れませんね>が投入されています。早朝ですので、ガラガラに空いています。鹿島鉄道目当ての「鉄」の姿はありませんでした。まあ、特急で行く方が多いのでしょうねえ。所属表示は「東マト」でした。取手駅でございます。もうここは茨城県内なのです。昔は、取手というと結構遠い場所でしたが、現在は完全に通勤圏内です。黒磯とは随分雰囲気が違うのです。取手までの移動に用いた乗車券です。取手はバチバチの「近郊区間」です。普通なら、券売機で買える赤い小さな切符を使うのでしょうが、鉄にしてマイレージジャンキーの私は指定券券売機でこのような大きな切符を分割して購入します。メリットは2点です。一つはクレジットカードでの購入が可能なので、ショッピングマイルを稼げます。二つ目は、二区間に分割して発券することにより、通し発券より若干安く購入できるのです。今回の目的である鹿島鉄道は、常磐線の石岡駅から出ているのです。普通に考えればとりでで下車する必要は無いのですが、今回はどうしても取手で一回降りねばなりませんでした。理由は、この切符を買うためです。「ときわ路パス」という切符です。2000円で、茨城県南部のJR・鹿島鉄道・鹿島臨界鉄道・関東鉄道常総線・茨城交通湊線に一日乗り放題というチケットなのです。なお、このチケットは期間限定の販売です。ついでにこんなビラも貰っておきました。NHK大河ドラマ「風林火山」に合わせて発売されている期間限定チケットの「諏訪フリーきっぷ」です。4月の末にこのチケットを使って長野県南部を訪れることになります。こちらが「ときわ路パス」の券面です。関東鉄道常総線の車輌です。この路線は取手から出ています。今回は乗りませんでしたが、この路線には、元国鉄キハ30が走ってますので、結構魅力があります。取手から北上を再開しました。「水カツ」所属のE351系での移動になりました。水戸行きの普通電車です。以前の日記でもご紹介したことがあるE531系の車内です。旧国鉄の称号規定では、電車の形式は3桁とし、最初の1桁目は電源を示していました。1~3は直流、4~6は交直両用、7~9は交流電車であると言う意味になっています。JRも概ねこの区分を踏襲しております。E531系は交直両用の電車なのです。非常にE231系に似た車内です。E531系電車の便所です。新しい車輌らしく、バリアフリー化されていました。石岡に到着しました。早速鹿島鉄道へ乗換えです。次回からしばらく、鹿島鉄道の最後の力走をレポートします。なお、この第5旅程ではわりとこまめに実況レポートを書いてます。リンクをつけて置きます。【資料】第5旅程の実況レポートへのリンク【出動】久しぶりに茨城県内(ときわ路パス)へ! 【実況】間もなく自宅の最寄駅に向けて出動いたします。【実況】常磐線松戸駅 【実況】常磐線ひたち野うしく駅【実況】鹿島鉄道石岡機関区 【実況】鹿島鉄道常陸小川駅【実況】鹿島鉄道玉里駅 【実況】鹿島鉄道石岡駅【実況】茨城交通湊線日工前駅 【実況】常磐線東海駅 【実況】鹿島臨海鉄道常澄駅 【暫定】常磐線普通グリーン車【帰投】鹿島鉄道から帰って参りました 【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/10
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「春の青春18きっぷ」シリーズの第4旅程のレポートも今回でお終いにします。前回は新庄駅をネチっとご紹介しました。今回は新庄駅を山形新幹線「つばさ」で出発したところからの再開です。新庄から山形へ向う区間の車窓です。完全に雪国の風景です。山形県の沿岸部は全然雪が積もっていなかったのですが、山間部はこの通りでした。こうじゃなきゃいけません。途中駅の大石田です。何とも言えない車窓が続きました。福島到着が丁度日没でした。福島駅に到着です。ここで「つばさ」を降りました。それにしても自由席がいつも混んでいます。新庄で満席になってしまったので、山形や米沢で乗った人は殆ど座れない状態でした。福島駅を出発していく「つばさ」です。暗いので、こんなように流れてしまうシャッター速度になりました。福島には、分割併合を行う駅らしく、「こまち」と「はやて」の分割併合を行う盛岡同様に、こんな表示がありましたですね。福島から真っ直ぐに帰宅しても良かったのですけど、土日きっぷで、まだ午後6時だったので、仙台に向うことに致しました。仙台では牛タンを頂きました。アメリカ産牛肉禁輸措置のせいで、値段が高止まりしているのが辛いです。「きすけ」のタレたんです。この旅行の後に分かったことなのですが、「きすけ」は東京に支店を出していました…。くくーっ。わざわざ仙台まで行かなくて良かった…。仙台駅構内での撮影分です。銘菓「萩の月」ですな。かつて仙台営業担当をやっていたころには、出張の旅に職場へのお土産として購入してました。仙台駅の巨大な「みどりの窓口」です。仙台駅では「みどりの窓口」を新幹線用と在来専用に区分しており、在来線専用窓口では新幹線の発券は断ってます。割りと珍しい運営ですけど、良い運営です。仙台駅構内の便所です。多目的室ですね。これも仙台駅の便所での撮影分です。妙にきれいで豪華な便所でした。空港のさくらラウンジの便所みたいな雰囲気でした。ホームの駅弁販売所です。なかなか美味しそうな弁当なんですけど、牛タンを食べた直後だったので見送りました。仙台からはE2系新幹線で帰宅しました。E2系新幹線電車の便所です。今までに何回も撮影しているのですが、ついついまた撮影してしまいました。E2系新幹線の車内公衆電話です。漏洩同軸ケーブルを用いた電話ですので、携帯電話と違って、走行中でも快適に通話できます。東京に到着した時の撮影です。20時36分でした…。私にしては早い帰京かも知れません。以上で第4旅程のレポートを終了します。長期間お付き合いいただきありがとうございました。第4旅程の目玉列車は臨時快速「SL村上ひな街道号」と臨時快速「キラキラうえつ」でございましたですね。まあまあ、楽しめた旅程ではなかったかなぁ、と思っております。JR東日本は支社の営業担当者の方針で、鉄道マニアに受ける企画を連発する支社と、あまり出してこない支社があるのですが、今年の新潟支社は中々の企画が目白押しだったのです。このシリーズでも、今後何回も新潟を訪れる(訪れざるを得ない企画がある)ことになります。第4旅程の移動は以下の通りでした。 新宿→新潟 快速「ムーンライトえちご」 新潟→長岡 新幹線「とき」 長岡→亀田 急行「きたぐに」 亀田→新潟 信越本線普通電車 新潟→村上 臨時快速「SL村上ひな街道号」 村上→坂町 特急「いなほ」 坂町→村上 特急「いなほ」 村上→新津 臨時快速「SL村上ひな街道号」 新津→新潟 信越本線普通電車 新潟→上野 新幹線「とき」 上野→酒田 寝台特急「あけぼの」 酒田→新潟 特急「いなほ」 新潟→村上 臨時快速「SL村上ひな街道号」 村上→酒田 臨時快速「キラキラうえつ」 酒田→新庄 快速「最上川2号」 新庄→福島 新在特急「つばさ」 福島→仙台 新幹線「MAXやまびこ」 仙台→東京 新幹線「はやて」最後に第4旅程の確定レポートへのリンクを載せて置きます。次回からは第5旅程です。3月31日で廃止された鹿島鉄道への最後の挨拶で、撮影に出かけました。次回からは鹿島鉄道の最期をお送りします。【資料】第4旅程確定レポートへのリンク(32)「ムーンライトえちご」のグリーン車(33)信越本線終端部(34)白新線(35)村上駅(36)おしゃぎり(37)後向き回送(38)坂町駅の転車台(39)村上駅の餅つき(40)キヤE193系(41)上りSL村上ひな街道号(42)喫煙車の最期(43)「あけぼの」の車号(44)「あけぼの」の車内(45)いなほ2号(46)吹雪(47)キラキラうえつ(48)酒田駅手前(49)酒田駅(50)陸羽西線(51)新庄駅(52)第4旅程の終り【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/10
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★この日記には、初出時に記載ミスがあり、新幹線の形式を誤って表記しておりました。野々田村長さんからの情報提供により修正しています。前回は陸羽西線で酒田(余目)から新庄までの車窓をご紹介しました。今回は新庄駅で撮影した画像をご紹介いたします。新庄駅の車止めです。山形「新幹線」の新庄延伸までは、新庄駅は奥羽本線の中間駅でした。しかし、現在はこの通り、標準軌の軌道と狭軌の軌道の境界駅になったので、終着駅の雰囲気です。奥羽本線も新庄から南は新在直通特急「つばさ」が走り回る幹線です。車止めから北方を見た画像です。新庄から北の奥羽本線は特急も走らないローカルな線区になってしまいました。昔は上野=秋田の最短ルートとして特急が走り回り、また、青森行きの夜行の特急や急行が走ったものですが、その面影はもはやありません。東京秋田ルートは田沢湖線に譲ってしまいました。何となく函館本線の長万部=小樽間を彷彿とさせます。左側が陸羽西線の普通列車の気動車です。右側が奥羽本線の普通電車です。青春18キッパーの天敵701系がここにも居ました。大繁殖です。標準軌側の車止めです。軌間が広いですね。駅名板もこの通りです。隣駅表示も片側しかありません。完全に別ホームなのです。改札の上に掲げられた歓迎看板です。コンコースです。新幹線が来る駅にしては小ぶりにまとめられていました。コンコースには、このような川西町をアピールするものが置かれていました。出店も結構出ていましたし、まあまあ、観光に力が入っています。新庄駅を出場して行く奥羽本線の普通電車です。標準軌の車輌ですが、外観は狭軌車輌と変わりありません。これも新庄駅構内の飾り付けです。もがみ温泉郷のブースです。彫像はもちろん松尾芭蕉です。奥の細道ですね。隣のブースです。肘折温泉の紹介ブースです。下駄箱なんですね。肘折温泉の縁起を記した案内板です。古い歴史を持つ温泉は、どこの温泉も「言われ」がありますよねぇ。昔は信仰の対象だったのかしらん。新庄駅構内で売られていた日本酒です。県内の銘酒のワンカップを集めていました。うーむ。素晴らしいお酒もワンカップにしてしまうとありがたみが薄れますね。新庄でも焼きおにぎりを買ってしまいました。酒田で買ったものと味は殆ど同じでしたが、大きさは新庄のおにぎりの方がはるかにデカイのでした。新庄駅舎です。流石は新在特急停車駅です。気合が入ってますね。駅前モニュメントです。今一つ製作意図を察し難いデザインでした。この新庄駅からは、山形新幹線「つばさ」の自由席で南下することにしました。400系新幹線です。いつ見てもデザインは良いです。うんうん。性能は「こまち」の E4 → E3系 の圧勝ですけど、内装と外観は400系の方が好きですねえ。ちなみに、山形新幹線にも E4 → E3系1000番台 が入ることがあるようです。どうも、山形新幹線塗装の E4 → E3系1000番台 があるらしいのですが、まだ見たことがありません。 →初出時の記載にミスがありました。 →当初、E4系と書いていましたが、これは二階建てMAXでした。 →正しくはE3系、あるいはE3系1000番台でした。 →今回は、野々田村長さんのご指摘で修正できました。 →野々田村長さん、ご指摘ありがとうございました。 →このブログは、読者の皆さんのお力で段々完成度を高めていきます。 →お気づきの方は、是非、コメントでご指摘をお願いします。いつ見ても派手なエンブレムです。緑ベースと言うのが時代を感じさせます。400系が登場したころは、緑の200系新幹線が健在でしたものねえぇ。400系「つばさ」のグリーン車です。1-2シートなのです。同じ新在直通でも「こまち」は2-2シートなのです。快適さは段違いで「つばさ」の方が上です。こちらは普通車の車内です。まあ、普通の在来特急のアコモデーションです。客室はこんな感じでした。携帯電話の普及で急速に姿を消している列車電話もつばさでは健在でした。トイレでございますね。90年代らしいトイレです。男性用小便記がちょっと小さいかなあ…。奥羽本線は揺れます(特に米沢=福島間)。この大きさだと、揺れた時に尿が便器の外に飛び散りそうで恐いです。スキーボックスです。沿線にスキー場の多い山形新幹線らしい装備です。この新在直通「つばさ」で福島に向かい、福島から仙台に行ってターンし、第4旅程を終えることになります。次回は第4旅程の最終回です。【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/10
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前回の日記に載せた写真の中に「鼠ヶ関」と言う駅名が出てきました。この駅は何と読むのか、という趣旨のコメントを、SHIZUKAGOZENさんから頂きました。これに対して、喜多山栄さんから「ねずがせき」という正解を同じくコメントの中でご回答いただいています。お二方ともありがとうございました。この鼠ヶ関駅は、羽越本線の小さな駅です(特急いなほは停車しません)。新潟県と山形県の境目の駅なのです。駅名から見て昔は関所があったのかも知れません。ご回答いただいた喜多山栄さんのブログも、鉄道旅行好きに是非お勧めしたいブログの一つです。最近は、過去ネタとして、今は亡きローカル私鉄の画像が良く載っています。私が見ると懐かしくて涙が出そうな画像の連続です。さて、ここから本題に入ります。前回の日記では、酒田駅を出発する直前の定期快速列車「最上川2号」車輌周りをご紹介しました。今回は路線です。これはまだ酒田駅に停まっている時に撮影した画像です。下りの回送電車が入ってきました。快速「最上川2号」の運転台付近です。もちろんワンマン運転です。無人駅での乗降は全て最も前にある出入口を使うことになります。これまた出発前の撮影です。この日の何回目かの食事です。清川屋さんで購入した焼おにぎりです。味噌を塗ったおにぎりを炙ったもので、結構美味しいのです。新庄駅でも売っていました。この地方では一般的な食べ物なのかしら…。車内に掲げられた路線図です。陸羽西線の全線と陸羽東線の鳴子温泉以西が載ってます。鳴子温泉よりも東は乗ってないのでした。運転系統が異なるのかなあ…。酒田駅を出発したところです。快速「最上川2号」は酒田駅から新庄駅までは羽越本線を走ります。この辺りの羽越本線は電化複線なのです。幹線走行中のキハ110の速度計です。90キロでずっと走っていました。貨物列車とすれ違ったところです。余目駅に入線するところです。余目駅からは陸羽西線に入ります。余談ですが、陸羽西線の列車には余目駅始発のものはありません。全列車が酒田で折り返すそうです。余目から先は陸羽西線です。先ほどまでの羽越本線と打って変わって非電化単線です。こんな線路を最上川に沿ってどんどん山の中に入っていくのです。陸羽西線と陸羽東線を乗り継ぐと、日本の分水嶺を越えることになるのです。だんだん山が迫ってきます。標高が上がるに連れて、雪がちらちら見え始めました。どんどん雪が増えてきます。陸羽西線狩川駅付近です。すっかり雪国の風景になってきました。いい雰囲気の車窓が続きます。素晴らしい…。ローカル線はこうでなきゃ!。川沿いの土地を走るせいか、短いトンネルが連続してました。この建物の向こうは最上川なのです。でもすっきり最上川がファインダーに入る場所が殆どありません。悲しい…。陸羽西線は「奥の細道最上川ライン」を名乗っています。割りと実態に即したネーミングです。長すぎですけど。まあ、看板に偽り無しでしょうね。新庄駅が見えてきました。酒田駅から新庄駅まで一時間弱の行程でした。新庄駅に到着したところです。奥羽本線の線路が駅舎の前でこのように分断されています。手前が狭軌の在来線タイプの線路です。奥が新在直通特急が発着する広軌(標準軌)のホームです。なんだかベルリンの壁を思い出しました…。次回は、新庄駅での撮影分をご紹介します。【禁煙支援隊の激励メール】禁煙2週間達成ですね。今日のメールは、この1週間のアドバイスのまとめです。おさらいをしてみましょう。体調はいかがですか? また少し、体の調子が改善してきたことを実感できるのではないでしょうか? あなたの体の血液循環は、かなり回復してきていると思われます。まわりの人から顔色がよくなったと言われませんか?タバコを吸いたいという衝動がまだ時々起こるでしょうが、気を許さないでください。再びタバコに火をつけてしまったら、今までの努力を思い出し、すぐに消してください。タバコを吸いたいと思った時は、次のような方法で気持ちをコントロールしてみてください。○ イライラ・集中困難・落ち着かない時 ・ 深呼吸をする ・ 冷たい水、または、熱いお茶を飲む ・ ニコレットを使用する○ 体がだるい・眠い時 ・ 散歩をする ・ 体操をする ・ シャワーをあびる ・ 無理をしないで寝てしまう○ 口さみしい時 ・ 歯をみがく ・ ノンシュガーのガムや飴を利用する○ 手持ちぶさたな時 ・ 机の上や引出しの整理をする ・ 折り紙などの細かな手作業をする ・ 紙にいたずら書きをする○ その他 ・ 「私はタバコを吸わない。」と声に出して言ってみる ・ 時計を見て、吸いたい気持ちがおさまるまでの時間をカウントする ・ 好きな音楽を聴くタバコをやめると食欲が旺盛になって食べ過ぎてしまったり、口さみしさを紛らわすために甘いお菓子を食べてしまったりして、体重が増えてしまうことがあります。また、タバコは腸のぜん動を亢進させるため、禁煙をすると便秘になるという人もいます。禁煙をする時は、体重増加の予防とともに便秘の予防も考えましょう。体重増加と便秘の予防には、食生活の中で次のようなことに気をつけてください。○ 油っこいものは避け、野菜を中心に3食きちんと食べる○ 水分を十分にとる○ 食事量は腹八分目で、食べ終わったらすぐに席を立つ○ お酒を飲みすぎないようにする○ 口さみしい時は、干昆布などのカロリーの低いものを口にするニコレットは、タバコを吸いたいと思った時に使用してください。今は無理に減らす必要はありません。ニコレットを常に持ち歩いて、いつでも利用できるようにしましょう。また、ニコレットを使用したら、禁煙マイページの「ニコレットカレンダー」に使用量を入力しておいてください。あなたの禁煙の進み具合を確認するのに参考になります。今日はこのメールのほかに、禁煙14日目のレポートメールをお送りします。あなたの現在の状況をお知らせいただくことで、より適切なアドバイスをお伝えすることができます。ご面倒かもしれませんが、返信をよろしくお願い致します。次は6日後にメールをお送り致します。【現在の卒煙式の表示】ステータス: 大尉卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 0年 0ヶ月 15日 0時間 21分延びた寿命: 2日と7時間3分節約できた金額: 9008円(節税分 5679円)節煙本数: 3カートン 60.06m トイレットペーパー【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/09
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床屋に行ってるうちに一日が終わっていきます。旅行をしない週末も良いものでございますねぇ。平和です。さて、今回も「春の青春18きっぷ」シリーズを続けます。酒田駅で待ち時間が出来てしまいました。駅舎に隣接している清川屋で時間を潰しました。酒田では有名なお店のようです。上品なお店でした。はたはたが売られておりました。秋田だけの専売特許ではないのですねえ。酒田のお土産としてお勧めしたいのが、これです。「だだちゃまめ」と言います。枝豆なんですが、非常に美味しいのです。ほんと。ちなみに「だだちゃ」とはこの地方の言葉でお父さんという意味だそうです。次に私が乗る列車は、14時発の新庄行きの快速です。快速「最上川」という名前がついていたと思います。陸羽西線の快速です。大昔は急行だったと思います。ゼロ番ホームにちんまりと停まっておりました。JR東日本の非電化区間では非常に頻繁に目にする100系気動車の派生形のキハ110です。すそ絞りではない車体なのです。ちょっと角張ってます。車輌限界ぎりぎりまでにせずに、やや小ぶりの車体に仕上げてありました。やはりローカル線用ということなんでしょうねえ。陸羽西線用のエンブレムが描かれておりました。「最上川線」だそうです。陸羽西線は最上川に沿って、どんどん山に入っていく路線なのです。酒田駅ゼロ番ホームの駅名板です。陸羽西線専用のホームですので、隣駅表示は東酒田だけでした。出入口です。「架線注意」の表示がこんなところにあります。快速ながらも、乗車位置表示がしっかりありました。急行列車だった時代の名残でしょうか…。ちなみに「最上川2号」とか「最上川4号」等の列車名が付けられていますが、全席自由席での運行です。方向幕には「最上川」の文字はありません。ただ「ワンマン快速新庄」と書かれていました。所属は「仙ココ」でした。JR東日本では、青森県・山形県・福島県には支社を置いていません。山形県内は概ね仙台支社の管轄なのです。それにしても仙ココ(小牛田)は酒田からは非常に遠いです。陸羽西線・陸羽東線を全部走ってやっと到着する場所です。車内です。微妙な座席配置です。1列クロスシートと2列クロスシートとロングシートが混在しています。これもセミクロスシートと呼ぶのかしら。座席は快適でした。一人用シートはリクライニングはしないものの回転できます。しかも、45度でも固定できます。「キラキラみちのく」の展望シートみたいです。 →「キラキラみちのく」の乗車レポートへのリンクです。 →〔過去日記〕【鉄】三連休パス0泊3日(32)野辺地駅ホームでの撮影分 →〔過去日記〕【鉄】三連休パス0泊3日(33)きらきらみちのく下北の先頭車両 →〔過去日記〕【鉄】三連休パス0泊3日(34)きらきらみちのく下北号「畳車輌」 →〔過去日記〕【鉄】三連休パス0泊3日(35)きらきらみちのく下北号車窓などもう一両の車内です。モケットの色が別の色になっておりました。記録のために車号も撮影しておきました。キハ110-243とキハ110-238でした。便所でございますね。車椅子の表示があります。一応バリアフリーなんですねえ。でも狭いから使いにくそうです。構内にはこんな表示がありました。昔は頻繁に目にした「架線注意」の標識ですが、最近は余り見なくなりました。架線の先端部に付けられることが多いようです。最後の画像は、酒田駅構内で寝ていた除雪車です。今年は雪が少なかったので出番は余り無かったでしょうねぇ…。今回はここまでに致します。次回は、快速「最上川2号」で酒田を出発し、新庄に至るまでの車窓をご紹介します。【現在の卒煙式の表示】ステータス: 大尉卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 14日 23時間 56分延びた寿命: 2日と6時間59分節約できた金額: 8998円(節税分 5673円)節煙本数: 599本 59.99m ビグ・ザム【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/09
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直ぐに続けます。新潟から酒田までを走る臨時快速「キラキラうえつ」の乗車レポートの続きです。今回はトイレから始めます。男性用小便器です。ちょっと小ぶりな便器になっていました。列車のトイレの場合はバリアフリー便所は一箇所に集中させる傾向がありまして、この男性用小便器はバリアフリーにはなっておりませんでした。洋式便器の便所はバリアフリー対応になってました。ただし、バリアフリーとしてはちょっと狭いかなあ…。便所入室時は介助が要るかも知れません。洗面台でございます。自動バルブのものでした。今風の普通の洗面台でした。こちらは非バリアフリー洋式便器です。バキューム吸い込み式の便器でした。飛行機の便所みたいな奴です。最近はこの形式が多いですね。車窓です。前方視界です。運転席の後からの撮影です。暖冬でした。雪は全く積もっていませんでした。冬場も「大雪」ではなく「大雨」だったそうです。雪は積もってませんけど、海は結構荒れています。日本海は1月は酷く荒れるのですが、2月以降は割りと落ち着く傾向があると聞いた事があります。これでも、日本海としては静かな方なのかも知れませんね。ちょっと分かり難いですが、スロープ越しの一般客室です。一般客室に入る部分もスロープにしてあって、車椅子の乗客も自力で自席まで移動できそうです。運転台ですね。こちらは喫煙室です。喫煙席は余りに不健康です。健康増進法の精神は分煙でした。受動喫煙の抑制でした。喫煙席の設置よりも、このような喫煙スペースの設置の方が良いですよね。このような記念スタンプ台が置かれていました。「SLばんえつ物語」だと、この脇に郵便ポストがあって、この郵便ポストに投函すると、「風景印」を押して配達してくれるのですが、「キラキラうえつ」には流石にありませんでした。 →〔リンク〕「SLばんえつ物語」のポストを紹介した過去日記「キラキラうえつ」でも駅弁(車内販売ですけどね)を頂きました。はい。弁当の名前は「まさかいくらなんでも」というものでした。税込み1000円です。 ま 鱒 さ 鮭 か 蟹 いくらの4品で構成される寿司でした。この弁当は非常に良かったです。美味しいし、割安感もありました。新津の弁当です。これが弁当の中身です。鉄道旅行に駅弁は必須アイテムと言えましょう。ちょっと値が張るのが辛いですが。尊敬する横見先生(鉄道漫画「鉄子の旅」の作者)なら「ほか弁」にしてしまうのでしょうな。鶴岡駅を通過したところです。鼠ヶ関から山形県に入っています。山形県内をバンバン北上していきます。車内設備は非常に立派な列車でしたが、快速として運行されているので、特急「いなほ」より遅めの表定速度に設定されておりました。鶴岡以北ではちらちら雪を目にすることが出来ました。この辺りからは水田が目立ちます。陸羽西線(業界では「りくさい」と表現します)との分岐駅の余目を通過します。北余目を通過したところです。一昨年JR東日本も、特急「いなほ」の突風による転覆で、死亡事故を起こしました。その現場が、この北余目と砂越の間なのです。急流で知られる最上川の川沿いです。いかにも強風が吹きそうな場所です。風で転覆しない車輌を作ることは難しいのです。突風による事故発生を防ぐには、列車を止める(徐行させる)しかないのです。最上川を渡ります。終点酒田はもう直ぐです。再び酒田駅に帰ってきたところです。この日は、ここまでに、 上野→酒田 寝台特急「あけぼの」 酒田→新潟 エル特急「いなほ」 新潟→村上 臨時快速「SL村上ひな街道号」 村上→酒田 臨時快速「キラキラうえつ」と乗ってきました。やや単調な行程なのでした。路線を楽しむのではなく、車輌を楽しむ行程にして見ました。酒田駅舎です。既に晴れはじめておりました。村上がこの天候でしたら「キラキラうえつ」には乗らずに、村上の歓迎イベントをもう一度撮影していたことでしょう…。次回は酒田駅での撮影分をご紹介します。酒田で1時間ほどの接続時間を取って、快速「最上川」に乗ることになります。その待ち時間で撮影した画像をご紹介します。【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/09
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昨晩は、新橋のやたらと美味い中華料理店に行っていて更新が遅れてしまいました。たまには美味しいものも頂かないと、です。なお、今週は都内におります。久しぶりの静養週末です。で、続きです。前回は羽越本線を村上までSLで移動するところまでレポートしました。村上駅で「キラキラうえつ」に乗り換えたところからレポートを再開します。今回から「キラキラうえつ」の乗車レポートです。最初の画像は運転席直後の展望スペースです。「リゾートしらかみ」や「キラキラみちのく」と同様に展望スペースがあります。鉄イベントで出されるとここに人がたまって大変なんですけど、「キラキラうえつ」は特急代替列車のような機能になっているせいか、殆ど人が居ませんでした。運転台です。485系からの改造ですが、高運転台を、普通の高さに変える改造工事を行っているので、485系の運転台の面影はありません。連結部のスロープです。この車輌はハイデッカーで、かつバリアフリーにしているので、車内にはスロープが沢山ありました。一般客室です。特急電車の普通車と変わりません。中ほどの展望車です。このような売店がありました。ここでサボを買いました。準定期列車のような扱いなのですが、サボを売っているのでした。展望席です。馬鹿でかい窓でした。同じく展望車です。実況レポートに対し、修理屋マイスターさんから「昔のつばめのビュッフェ車みたい」という趣旨のコメントを頂きました。確かにハイカウンターのカーブが「つばめ」のビュッフェに似ていますね。もう一度展望席です。リクライニングしない箱席です。この席は売らないみたいです。パブリックスペースとして共用になっているみたいです。この辺りの運用は「SLばんえつ物語」に似ておりますね。シートピッチは馬鹿でかいです。テーブルは木製で、造りおきコースターみたいになってます。これも展望車の中の席です。写真の枚数が多いので、「キラキラうえつ」乗車レポートは2回に分けます。次回も「キラキラうえつ」です。【卒煙式の表示】 ステータス: 大尉卒煙日: 2007年 5月 25日卒煙からの日数: 0年 0ヶ月 14日 13時間 7分延びた寿命: 2日と5時間20分節約できた金額: 8727円(節税分 5502円)節煙本数: 581本 58.19m スーパーカミオカンデ節煙本数: 566本 56.69m 新日本丸メインマスト節煙本数: 27箱 54m なんだろう橋【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/08
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前々回の日記に、鉄道ファンの大家である、ibukino-johさんから濃厚コメントを頂きました。いつもありがとうございます。濃厚と表現しましたが、要は「情報量の多いコメント」なのです。知らないことが沢山含まれているコメントですので、本文でご紹介したいと思います。全文引用して見ます。【引用】ゴロンとシート。対夜行高速路線バスの運賃格差を縮めるため、寝台料金不要とし、寝台設備のまま、特急券のみで利用可能とした「ゴロンとシート」は、寝台料金不要で寝台設備をそのまま使用出来て横になって寝られるので、繁忙期や三連休パス設定時には早々に満席になることが多いようです。もともと、客車3段式B寝台には、枕と毛布はあったものの、浴衣やシーツはありませんでした。(当時はA寝台のみに提供されていました) その後、電車B寝台や客車2段式B寝台にも浴衣やシーツが提供されるようになりましたが「ゴロンとシート」は、これらの寝具抜きでも、寝台が利用可能なので、横になって寝るのには十分だといえるでしょう。もともと寝台設備を座席車扱いにしている「ゴロンとシート」に対し、製造当初・列車設定時から座席車扱いとして、寝台ではなくカーペット桟敷にしているのが「サンライズ瀬戸・出雲」の「ノビノビ座席」で、こちらも特急券のみで利用可能なので、お得感があります。サンライズの「ノビノビ座席」は、当方日記の昨年6月7日の日記(偶然にもちょうど1年前の本日)にて、1枚目の写真で紹介しております。また、寝台特急ではないですが、夜行急行「はまなす」(青森~札幌)には、急行券+指定席券で利用可能な「カーペットカー」が連結されており、こちらも設備的には「ノビノビ座席」のように、横になって寝られるので、夜行での移動には魅力的な車両です。 なお、今となってはなくなってしまいましたが、寝台特急「出雲」2往復のうち、サンライズ化される前の出雲には、客車2段式B寝台のほか、製造当初そのままの客車3段式B寝台が1両連結され、山陰~首都圏の利用者に人気がありました。3段式の方が、2段式より寝台料金が千円程安く、狭くても安いほうがいいといった利用者に受けていたようでした。 (2007/06/07 06:40:34 AM)知らないことだらけでした。早速「サンライズ瀬戸」乗車記を拝見して参りました。「サンライズ瀬戸」の「ゴロンとシート」は、最初から「ゴロンとシート」としてデザインされているので独特な風合いです。良いですねえ。乗りたいなあ。ご紹介いただいた「出雲」の三段寝台も、私は結局乗れないままに、廃止になってしまってます。悲しいです。「はまなす」のカーペットカーも経験が無いのです。ショボーン。これに類する設備を持つ列車で「ムーンライト高知」のカーペットカーがあります。これは見たことがあります。以前の日記でご紹介しています。ご関心があれば、是非ご覧下さい。最後になりますが、ibukino-johさんは、私も頻繁に利用させて頂いているブログテーマ「鉄道雑談」の主宰者でもあります。鉄道旅行好きには是非お勧めしたいブログテーマです。是非覗いて見てください。さて、本題です。新潟駅で、臨時快速「SL村上ひな街道号」を待ってました。しかーし、流石はトラブルキャッチャーの私です。この時もトラブルでした。新津駅のポイント故障で「SL村上ひな街道号」が1時間以上の遅延になってしまったのです。あーあ。この待ち時間を活かしてお買い物に出かけました。新潟駅にはこんなブースが出ていたのです。PASMOとSUICAはダイヤ改正の3月18日から相互利用が始まりました。この日からです。この日は記念SUICAを売り出しておりました。これが記念SUICAの券面です。ペンギンは可愛いけど、ロボットは余りチャーミングではありませんですな。こんな台紙をつけて売っておりました。ついつい5枚も買ってしまいました。はー。蒸気機関車牽引の臨時列車「SL村上ひな街道号」の入線を待つ人々です。全然入ってこないのです。あー。そうこうしているうちに、後続列車の臨時快速「キラキラうえつ」が入って参りました。この「キラキラうえつ」は週末を中心に運行される臨時快速で、新潟から酒田まで運行されます。最盛期には象潟まで足を伸ばします。車輌はこの改造485系が使われます。後ほど村上からこの列車に乗り込むのですが、外観は新潟で撮影することになってしまいました。これも蒸気機関車が遅延したせいです。485系の原形が殆ど残らないレベルまで改造されておりました。2号車は多目的スペースというか展望席というかがありました。窓が妙に大きいのでした。ここで記録のために車号を撮影しておきました。 クハ484-702 モハ484-702 モハ485-702 クハ485-701の4両編成でした。そうこうしているうちに、やっとSLが新潟駅に入線してきました。12系客車の車内は昨日と余り変わりません。こちらは機関車の直後の客室です。係員さんが何人も乗っていました。やはりSL運行には人手が要るのですね。車内で購入した弁当です。「SLばんえつ物語」で販売されているタイプでした。ちょっと子供向けの味付けでした…。私には合わないかなあ…。車窓です。どんどん天候が悪化していきました。新発田駅での一こまです。もうここまで来ると、猛吹雪というレベルです。村上でのイベント撮影は、この時点で、諦めました。余りに天候が悪いので、村上駅で、後続の「キラキラうえつ」に乗り換えて、そのまま酒田まで移動することに致しました。次回は「キラキラうえつ」の車内をレポートします。それにしても…、この「キラキラうえつ」という名前は何とかなりませんかねえ…。列車の価値を貶めているような気が致します。【昨日のマイレージジャンキー的な成果】 朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) 良ければ一票お願いします。過去の旅行先の一覧はこちらに!
2007/06/07
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