赤ヘルROOM

戦艦

戦艦

大和 武蔵 長門 陸奥 山城 扶桑
伊勢 日向 金剛 榛名 比叡 霧島

●大和
昭和20年4月1日に米軍が沖縄上陸した事から水上特攻部隊として出撃し、生還を望まない攻撃に出発した。大和は昭和20年4月6日に出撃したが、翌7日に米艦載機386機による波状攻撃を受け、爆弾6発、魚雷10本以上を受け、午後2時23分、九州坊ノ岬沖90海里の地点で2498名の乗組員と共に海底深く沈没したのである。この時の主砲は27発しか発射されなかった。

●武蔵
1944年 - 10月24日 シブヤン海において、最初の魚雷命中時に主砲射撃管制用の方位盤が故障して主砲が発砲不能な状況のまま、米軍機の雷撃20本あまり・爆弾多数を受け大火災を起こし、現地時間の19時35分頃に沈没。

●長門
昭和20年7月に母港横須賀にて米軍機の空襲をうけて被弾、艦長が戦死するという損害を被った。結局この状態で終戦を迎え、米軍に接収されてビキニでの核爆発実験の標的に供された。空中爆発のA実験に生き残り、水中爆発のB実験でも大した損害をうけていないように見えたが、実験から5日目の夜、誰にも見取られることなくビキニの海底に姿を消した。

●陸奥
1943年6月8日正午過ぎ、呉港沖柱島泊地にて三番砲塔付近で 突如爆発事故を起こし、乗員 1,121 名と共に沈没した。

●金剛
1944年、フィリピン沖で米国潜水艦の魚雷を受け沈没。

●比叡
1942年、ソロモン海の米国巡洋艦隊との夜戦で舵機損傷して行動不能となり翌日自沈。

●榛名
1945年、終戦前に燃料不足で動けなくなって呉軍港にいるところを米艦載機に攻撃され大破着底。

●霧島
1942年、比叡に続きソロモン海の夜戦で米国戦艦ワシントンと交戦し、多数の砲弾を受け行動不能になり沈没。


さらば大和



大和の最後....




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