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Sweet breeze(前編)
彼女のサイト
【えぶりでぃ はっぴぃ】
アクセス40000Hit記念リクさせてもらっちゃいました♪
しかも、なんたるワガママ!
「ディアイザ前提のイザ夢。」(笑)
勝手に持ち帰ったりせず、
『欲しい!!』と思ったら、直接ご本人に交渉して下さいネ☆
※著作権は執筆者様が持っていますので、
無断での持ち帰りはしない
で下さい。
+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+
風が吹いた。
私の横を、銀色の風が。
あの人に出会った、まだ幼かったあの日。
確かに私は風を感じた。
あの人と同じ様に、キラキラと銀色に輝く風を。
Sweet breeze
「あーもうっ!きっつい!!」
「こーら、マリィ。こんな所でヘタらない!みんなの邪魔。」
ランニングを終えグラウンドに座り込む寮のルームメイトで友人のマリィこと、マリアンヌ・サーヴァスの腕を引き上げながら、私は小さくため息をついた。
まったくいつまで経ってもこの子は、甘ちゃんと言うか何と言うか・・・。
「だーってぇ、私たちCIC候補生だよ。なーんでこんな体力づくりしなきゃいけないわけ?MSで戦場に出るわけでもないのにぃ。」
「CICだって、軍人なんだから。いざって時は自分の身くらい守れなきゃ。って言うか、軍人なんだから戦うことを前提に考えとかなきゃ。その為には体力も護身術も必要です。」
「でもぉ。」
「じゃあ考えてみなよ。もしマリィの彼氏が軍人で、敵に襲われたあんたを助けようとして彼がやられちゃったらどーすんの?いいの?それで。」
「う・・・、それは、ヤダ。」
「だったらしっかり訓練する。ほら、立って。射撃の訓練に遅れる。」
「はぁ~い。」
ぐいっと腕を引っ張ると、マリィは渋々立ち上がった。
「ほら、走るよ。」
「え~、また走るの?」
「ここで時間食っちゃったからでしょ?誰の所為?」
「うぅ~・・。」
訓練棟へ向け駆け出すと、マリィが走ってんだか歩いてんだか分からないような速度で私の後に付いて来る。
そんな彼女にまたしても小さなため息を零すと、声を掛けることもなく走る速度を上げた。
「あ、ちょ、ちょっとぉ!置いてかないでよ!ユキ!」
思惑通り、マリィは慌てて私に追いついてきた。
こういうタイプには、やっぱり言葉より態度かもしれない。
何とか次の射撃訓練に間に合った私たちは、順番に射撃ブースに入って銃に込めた実弾を的めがけて撃っていく。
最近やっと銃の反動に負けなくなってきた。
的の真ん中近くにも当たるようになった。
「うん。腕を上げたな、ユキ。CICにしとくのはもったいない位だ。」
「教官・・。ありがとうございます。」
褒めてもらえると、素直に嬉しい。
こうしてワンステップ上がっていくと、その分あの人に近いている気がするから。
「今からでも遅くないぞ。どうだ?管制ではなくMSでそら宇宙に出てみる気はないか?」
「私が・・?」
MSで宇宙に・・・。
そうすれば、もっとあの人の傍に行ける。
あの人と一緒に戦える。
だけど・・
『もしマリィの彼氏が軍人で、敵に襲われたあんたを助けようとして彼がやられちゃったらどーすんの?』
耳の中で、さっき自分が言った言葉がリフレインする。
だめだ。
私は足手まといになりたいわけじゃない。
だったら私なりのやり方で、あの人と一緒に戦いたい。
「ありがとうございます、教官。しかし私はやはりCICとして、皆さんのサポートがしたいと思います。」
「そうか。残念だが、CICも立派な軍人の一人だ。精進してくれよ。」
「はいっ。」
私は訓練に励んだ。
CICは実戦に出るMSのパイロットのように紅服なんてものはない。
だけど、やっぱりいい成績でこのアカデミーを卒業したい。
あの人と一緒に戦うとき、きっちりとCICとしての仕事を全うできるように。
そう、ずっと前から知っているのに、遠い遠い・・・・あの人。
イザーク・ジュール
出合ったのは、もっとずっと・・・私が幼かった頃。
私は3歳の時、別のプラントから引っ越してきた。
その時、近所にいたのがイザークの友人、4歳年上のディアッカ・エルスマンだった。
私の一番昔の記憶には、まだ少年のディアッカが笑顔で笑いかけている。
そして、その少し後の記憶には、鮮やかな銀色の髪をなびかせた彼、イザークが居る。
ディアッカは幼い私に優しくしてくれた。
私もまるで兄のようにディアッカを慕い、忠犬よろしく彼について回った。
やがて私も幼年学校に通うようになり、相も変らずディアッカの後を追いかけていた私は、必然的に彼、イザーク・ジュールと出逢った。
『よぉ、イザーク。この子、俺の家の近所のユキ。前に話しただろ?』
『あぁ。覚えているさ。ユキ、俺はイザーク。イザーク・ジュールだ。一応ディアッカの友達だ。よろしくな。』
そう言ってしゃがみ込んだイザークの髪が揺れて、私は頬に風を感じた。
キラキラと銀色に輝く風が通り抜けるのが、見えた気がした。
当時人見知りの激しかった私には、表情を変えることもなく淡々と喋るイザークが怖くて、私の頭をなでようと彼が伸ばした手をかわし、ディアッカの後ろに隠れてしまった。
『お、おい、ユキ?』
困惑するディアッカの背中にしがみついて、私はその陰から片目だけを覗かせてイザークを伺い見ていた。
イザークは役目を果たせなかった手のひらをじっと見つめて、小さくため息をついた。
そして何も言わず立ち上がると、くるりと踵を返した。
『悪いな、イザーク。こいつ人見知り激しくて。慣れると可愛いやつなんだけど。』
『別に・・。』
ディアッカの弁解に、振り返ることもないまま短く応えて、イザークは校舎の長い廊下を歩いていった。
私はその後姿から目が放せずに、いつまでもじっと見つめていたっけ。
それからは学校や休日の公園で何度か顔をあわせるうちに、段々とイザークにも慣れていき、あの時のように怯えることもなくなった。
でも、イザークは私に笑顔を見せてくれることはなかった。
そんな出会いから数年。
私は8歳になっていた。
ある日、体育の鉄棒の授業で私は逆上がりが出来ず、学校から帰ってからディアッカにも内緒で公園に行き、一人で逆上がりの練習をしていた。
『んしょ!・・と・・。はぁ、またダメだ。何で出来ないんだろう?』
何度も何度も地面を蹴っては、そのたびに失敗する。
どうやっても、足が鉄棒の上に行ってくれない。
『えーい、今度こそっ!』
と、勢いをつけて地面を蹴ろうとした時
『何をやっているんだ。』
『え?うぎゃっ。』
後ろから突然声をかけられ、びっくりした拍子に鉄棒から手が離れ、地面に転んでしまった。
『アイタタタタ。』
と半分涙目になりながら上半身を起こした私の背中についた砂埃を、
『あ~、ったく。何をやっている。』
と呆れたように言いながら、優しく掃ってくれたのはイザークだった。
『イザーク。なんで?』
『図書館に行った帰りに通りかかったら、見たことのあるやつが変な体操をしていたからな。』
『変な体操じゃないもん!逆上がりの練習をしてたんだもん!』
相変わらずな物言いに、幼かった私は本気で反論していた。
『なんだ、逆上がりも出来ないのか?仕方ないから俺が見ていてやる。やってみろ。』
『え?いいよ、そんなの。イザークは帰りなよ。』
イザークの前で醜態を晒すことは、イコールイザークにバカにされることで、それが当時の私には凄くいやなことだったのだ。
『お前一人でやったところで、いつまで経っても出来はしないだろう?俺が悪いところを指摘してやる。やってみろ。次の体育では成功しなきゃいけないんだろう?』
『う・・・うん。』
『だったら、つべこべ言わずにやってみろ。』
『うぅ~・・・。』
私はしぶしぶ鉄棒に捕まり、思いっきり地面を蹴った。
けれど、足は空を切ってそのまま地面に落ちた。
『そんな腕じゃダメだな。腕に力を入れて、自分の身体を鉄棒に引き寄せるんだ。』
『引き寄せるって・・・こんな風に?』
鉄棒を掴んだまま腕を曲げ、身体を鉄棒にくっつけて見せた。
『そうだ、地面を蹴ると同時にそうやって腕を曲げてみろ。』
『わかった、やってみる。』
イザークの思いもかけない真面目なアドバイスに、私も素直に従っていた。
彼に言われたことを意識しながら地面を蹴ると、足がぐっと高く持ち上がった気がした。
成功はしなかったけれど、何となくコツをつかめた気がした。
『今の感じ?』
『そうだ、続けてやってみろ。』
『うん!』
私は何度も何度も挑戦した。
時間が経つのも忘れるほどに。
やがて西の空が紅く色づき始めた頃・・・
『せーの、やっ!』
今までに感じたことのない感覚。
高く上がった足は鉄棒を乗り越え、その反動で下にあった身体がくるりと起き上がった。
『よしっ!』
『わ・・・、やった?出来た?いいの?これでいいの?イザーク?』
そう言って鉄棒から飛び降りた私を待っていたのは、イザークの満面の笑顔だった。
『良くやった!やれば出来るじゃないか。偉いぞ、ユキ。』
イザークは、そっと私の頭をなでてくれた。
あの時よりも大きくなった手のひらで、何度も何度も砂埃にまみれた私の髪を撫でてくれた。
その優しい手のひらに、優しい微笑みに、私の心臓が破裂しそうなほどに騒ぎ出した。
それが・・・・・
イザークに恋をした瞬間だった。
あれからずっと、私はイザークに恋している。
彼が軍人になり前線で活躍しているのを知り、私は軍に志願することを決めた。
何か彼の手助けがしたい。
今よりもっと彼の近くに行きたい。
動機はかなり不純だ。
だけど、軍人として命を懸けてでも、私は彼の近くに居ることを望んだ。
自分で選んだ道なんだから、イザークにとって価値のある人間になりたい。
だから、頑張る。
どんなに辛くても、寂しくても。
たとえ、彼の心の中に・・・・・
別の人が住んでいるとしても・・
アカデミーでの訓練期間を終え最終試験も何とかクリアした私は、卒業を3日後に控え、寮の部屋の片付けに追われていた。
「なんて言うか、殆ど私物は持ち込んだ気はしなかったのに、片付けてみると結構有るもんだね。」
「ほーんと。見てよ、これ。」
ルームメイトのマリィが指し示した所を見てみると、ベッド脇の床に所狭しと並べられた化粧品が有った。
「・・・・・・はぁ。」
「あー、何よ!?そのため息はー!」
私は相手にするのを止め、自分の片付けに没頭した。
マリィも私との会話を諦めたのか、黙って広げた化粧品を大きめのポーチにしまい始めた。
訓練は、いい思い出ばかりじゃなかった。
マリィには偉そうなことを言っていたけど、何度もくじけそうになった。
その度に思い出すのは、小さな頃から兄のように私を可愛がってくれたディアッカと、大好きなイザークの顔だった。
配属はどこになるか分からない。
出来ることならジュール隊に行きたいけれど、こればっかりはどうにもならない。
だけど、どこに配属されても、私は自分なりに精一杯やろう。
あの人の愛するプラントは、私にとってもかけがえのない大事な祖国。
だから、どこに居たって一緒に戦えるんだ。
ふと余りにも大人しいルームメイトへと目を向けると、片付けの最中にそのまま寝てしまったらしく、ポーチに収まりきらないコスメ達の隣で、スヤスヤと安らかな寝息を立てていた。
「マリィ。こんな所で寝てたら風邪引くよ。」
「・・・・ん・・・。」
肩を軽く揺すってみても起きそうにない彼女に、ベッドの上に綺麗に畳んであったブランケットを掛けた。
「夕食には起こしてあげるからね。」
なんだかんだ言っても、マリィだって頑張ってきたんだもんね。
「おやすみ、マリィ。」
背中をそっとさすりながら小さく囁いて、荷物の整理を再開した。
幸せそうに眠る彼女の一時の安息を邪魔しないように、そっと、ゆっくりと・・。
卒業の式典は、厳粛な雰囲気の中で行われた。
この緑の制服に袖を通すのもこれで終わりかと思うと、ほんの少し寂しい気もする。
だけど私にも、共に巣立つ仲間たちにも、これから先には厳しい任務が待っている。
何時までも感傷に浸ってはいられない。
式典を終え会場から外に出た私は、早速マリィ達に捕まってしまった。
「ユキぃ、今までありがとね。いっぱい迷惑掛けてごめんね。」
いきなり抱きついてきたかと思うと、今までに聞いた事も無い様な殊勝な台詞がマリィの口から零れた。
「ど、どうしたの?何言ってんの。私はマリィと一緒に訓練できて楽しかったよ。」
彼女の思いがけない台詞に少なからず戸惑った私だが、私の首にしがみつく小さな背中を宥めるようにゆっくり撫でた。
「確かに鬱陶しいと思うことも有ったけど、マリィも凄く頑張ったし、私の大事な仲間だよ。これからもずっとね。」
「ほんと?」
心配げに聞き返すマリィが、なんだか可愛く見える。
「本当だよ。」
「ユキぃ。大好きー!ずっと友達だからね。」
目尻に涙を滲ませて、私の首にしがみつくマリィ。
なんか、ほんと寂しくなってきちゃった。
「分かってる。ずっと友達だって。」
抱き合う私たちを取り巻く皆も誰も声も出さず、あちらこちらで上がる歓声がとても遠くに聞こえた。
私たちだけを取り囲む静寂の中で、私はマリィの小さな体を抱きしめていた。
と、不意にマリィが顔を上げると、ニッコリと微笑みかけた。
「なーんてしんみりしたところで、写真撮ろ、写真。皆でさ。いいでしょ?ユキ。」
「え?あぁ?しゃ、写真?」
あまりの変わり身の早さに、マリィの行動パターンは把握しているはずの私もついていけず、なんとも惚けた返事を返してしまった。
「卒業といえば記念写真。これ、決まりね。」
得意げにカメラをかざして私を見つめるマリィに、これは有無を言わさない顔だと分かってしまう辺りが、悲しいやら可笑しいやら。
写真を撮るのは別に嫌いじゃないし、ま、いいけどね。
「分かった。」
苦笑交じりに私が頷くと、マリィはパッと顔を輝かせて友達を集め始めた。
「ほらほら、皆並んで並んで。私とユキが真ん中だからね。」
「はいはい、どーぞどーぞ。」
皆もマリィのわがままには慣れているらしく、当たり障り無く軽く受け流している。
「ごめんね、みんな。」
マリィに腕を引っ張られて真ん中に陣取った私は、左右の友人たちに右手を顔の前に立てて、ゴメンのポーズをして見せた。
「いいって、ユキが謝んなくてもさ。」
「そうそう。みんなマリィには振り回されてるんだからさ。ユキが一番の被害者だし。」
「何よー!被害者って!私を犯罪者みたいにー!」
「似たようなもんじゃん。」
「ムッキー!!」
友人たちの冷やかしに素直に乗るマリィを誰も宥める事無く、益々油を注ぐものまで出る始末。
少しの間静観していた私も、卒業式に喧嘩別れは流石に寂しくて止めに入ろうとした矢先、私の左隣に立つレイラが「ねぇ。」と誰に言うでもなく喋り始めた。
「何?レイラ。」
「こうやって皆並ぶのはいいんだけどさ、誰が写真撮る訳?」
「えっ!?」
これにはやいのやいのと言い合っていた皆が動きを止め、一斉にレイラに向き直った。
「マリィ、あんた三脚でも持ってきてる?」
「え?・・・あ・・いやぁ・・。そこまで考えてなかった・・。ごめん。」
レイラの問いかけに珍しく素直に謝ったのはいいが、問題は解決していない。
「他の誰かを捕まえて撮って貰えば?」
マリィの提案に一同頷くが、
「あの状況で誰に声かけろって?」
あちらこちらで大いに盛り上がっているグループを示し、ため息混じりにレイラが呟くと、皆も一斉にため息を零した。
う~ん。
何かいい手は無いものか。
暫く思案してみるものの、いい考えが浮かばない。
皆も考えをめぐらせているらしく、誰もがしかめっ面で頭を捻っていた。
仕方ない、こうなったら・・。
「私が撮るよ。で、また次に誰かが代わって撮ってくれたら・・。」
「そんなのダメ!」
私が言い終わらないうちに、マリィが口を挟んできた。
「マリィ・・。」
「ダメだよ、そんなの。ここに居る皆が全員揃ってないと意味がないじゃん!」
「けどさ・・。」
「私もマリィに賛成だな。」
「レイラ・・。」
「たまにはいい事言うじゃん、マリィ。」
「へへっ。でっしょ~。」
「でも、それじゃいつまで経っても・・。」
「じゃあ、俺が撮ってやろう。」
私の言葉は最後まで言い終わらないうちに、又しても遮られてしまった。
でもそれを遮ったのは、ここに居る誰でもない。
この声の主を私が分からない訳ない。
「イザー・・・ク?」
小さく名前を呼んでから恐る恐る振り返ると、そこには優しい微笑を湛えたイザークが立っていた。
「卒業おめでとう、ユキ。」
「イザーク!」
そっと差し出された両手に、私はここがまだアカデミーの敷地内であることも忘れてその胸に飛び込んだ。
「良く頑張ったな。」
「うん、頑張ったよ。イザーク。」
私の髪を撫でる優しい右手。
背中に回された左手は、時々子供をあやすようにポンポンとかすかな音を立てた。
忘れたことなんか無かった。
一日だってイザークを思い出さない日はなかった。
寂しくて会いたくて零れそうになる涙を、どれだけ堪えたか分からない。
こうして抱きしめられる夢を、何度見ただろう。
「イザーク。」
「あ~、とっても素敵な再会シーンの最中になんなんだけど、写真・・撮るんじゃなかったの?」
イザークを抱きしめなおした矢先、聞き覚えのあるなんとも飄々とした物言いに、私は現実に引き戻された。
イザークからパッと離れた私は、彼の後ろの人物に思わず指を指してしまった。
「ディアッカぁ!」
「よっ、ユキ。オ・ヒ・サ・シ。」
「も~、あんたって人は!水差すぐらいなら、私がイザークに抱きつく前に止めなさいよね!」
「や、だってさ、あんなに長い抱擁になるとは思わなかったから。」
とニカっといつもの笑顔を見せられると、もう怒る気はすっかりと失せてしまった。
「ったく、相変わらずだな。お兄ちゃんは。」
そう言っておなかにパンチを軽く当てると
「よしよし、ユキも頑張ったな。卒業、おめでと。」
と頭をなでてくれた。
「お兄ちゃ・・・、って、うわっ!!」
もう少しまともな話をしたくてディアッカへと一歩近付こうとした私の足は、前に進むことも無く身体ごと後ろに引き摺られていった。
「ちょ、ちょっと、何?え?マリィ??」
皆が居る場所まで引っ張っていかれた私は、ぐるりと取り囲まれてしまった。
「何?じゃ無いわよ。あの人、イザーク・ジュールでしょ!」
「そ、そうだけど・・・。」
「ジュール隊の隊長と、副隊長のディアッカ・エルスマン。なーんであんな人達がここに居るのよ!?」
「そんなの私にも、何がなんだか・・・。」
「それに、ユキったら抱きしめられちゃって!!どういう関係!?」
「関係って・・・。」
「恋人なの?なんなの?」
「そんなわけ、ナイナイ!!」
「じゃぁ、何!?」
「教えなさいよ!」
「それに紹介してよね!」
「わーーーーっ!ちょっと待ったぁ!!」
マリィを始め、次々に飛んでくる言葉を何とか止めようと、私は大声を張り上げた。
おかげで一瞬静まり返り、私は一息つくことが出来た。
そして人垣の間から顔と手を覗かせると、イザークたちを手招きした。
「紹介するから、解放してくれる?」
「うん、もちろん。」
私の言葉に、皆は蜘蛛の子を散らしたように私の周りからさっと離れていった。
ゲンキンなこと。
けど、この2人を前にしてるんだから仕方ないか。
「こっち、イザーク・ジュール。こっちはディアッカ・エルスマン。ジュール隊の隊長と副隊長。で、私の幼馴染。」
「幼馴染!?」
「うん。とは言っても、イザークは幼年学校に行き始めてからだけど、ディアッカとは3歳の頃からの付き合いで、まぁ兄貴みたいな存在。はい、以上ね。」
「ホントにそれだけ?」
マリィが疑いの目で私を見つめてくる。
「うん。そうだよ。」
「ほんとに、ほんと?」
「もう、しつこいよ、マリィ。」
「だって~、ただの幼馴染があんな風に抱き合うわけ?」
「家族のスキンシップみたいなもんだよ。」
自分で言って、何となく寂しくなってしまった。
家族・・・か・・。
そう、きっとイザークにとってはね。
「う~ん・・・。」
まだまだ疑いの目を向けるマリィをどう納得させようかと思案していると、
「レイラ・カーチスであります。自分は卒業試験が11位で、残念ながら赤は着れませんでしたが、MSの訓練は人並以上にしてきたつもりです。赤にも負けぬように、これからも精進してまいります。よろしくお願いします。」
と言うレイラの凛々しい声が聞こえてきた。
振り向くと、レイラは綺麗に敬礼してイザーク達の前に立っていた。
「イザーク・ジュールだ。よろしく頼む。ZAFTの為、プラントの為に精一杯やってくれ。」
「はっ!」
背筋を伸ばした2人が、互いに敬礼をかわした。
なんか、かっこいいな。
私もMS乗りになっていたら、あんな風に・・・。
ううん!違うって。
私は私なりのやり方で、頑張るって決めたんだから。
「私もー!」
不意に私に睨みを聞かせていたマリィが目の前から居なくなり、イザーク達の方へ駆け出した。
マリィに続いて、他の子たちもが彼らのほうへ向かい始めた。
マズイ、このままじゃ収集がつかなくなる。
私はこれだけは自信がある足を生かして、先頭のマリィの前に回ると両手を広げて進路をふさいだ。
「はーい、ストップ!!」
「ユキ。」
「何よぅ、邪魔しないでよ~。」
「自己紹介は後々。とりあえず写真撮ろ、写真。」
「あ、そうか。」
マリィは本来の目的を思い出したらしく、あっさりと諦めてくれた。
「じゃ、並ぼうか~。」
「あ、マリィ。カメラ、イザークかディアッカに渡して。」
「はぁ~い。」
あえて私はマリィにカメラを手渡させようとした。
今少しでも接触させておかないと、写真を撮り終わった後が長くなってしまう。
マリィは嬉しそうに彼らの前に行き、ペコリと頭を下げた。
「ユキと同室だった、マリアンヌ・サーヴァスです。マリィって呼んで下さいね。ユキと同じく管制担当なので、よろしくおねがいしま~す。」
他所行きな笑顔を振りまいて差し出すカメラを、
「あ、あぁ、よろしく。イザーク・ジュールだ。」
とレイラのときとは打って変わって、イザークは躊躇いがちに受け取った。
最初は仲のいいメンバーで、次にイザークとディアッカも代わり代わりに入り、終いには通りがかった教官にカメラを渡し、イザークとディアッカを取り巻くように並び、記念写真を撮り終えた。
デジタルカメラのモニターで写した写真の確認をしながら盛り上がる皆から離れ、私はイザーク達を見送りに正門までやってきた。
「わざわざ来てくれてありがとう。」
「いや、俺もディアッカもこのアカデミーでお前におめでとうを言いたかったからな。」
「そーそー。アカデミーの制服姿も、これで見納めだし。」
何となくディアッカは的外れな目的だとは思いながらも、この2人に大事にしてもらっている実感が湧き、少し気恥ずかしくなった私は2人から視線を外し俯いた。
「うん。ありがと。」
「夜には帰るんだろう?」
「うん。この後、あのメンバーで打ち上げするんだ。だから、ちょっと遅くなると思う。」
「明日は、もち空いてるよな?ユキ。」
「え?明日?」
視線を外したままだった私は、突然のディアッカの問いかけに目を見開いて2人を交互に見やった。
「そ、明日。」
「配属は1週間後だから、明日は・・・空いてる・・ケド・・・。」
「じゃあ、出かけよう。俺達とお前、3人で。」
「デートしようぜ、ユキ。」
「え・・・?でも、イザークもディアッカも、仕事は?」
「俺もディアッカも、溜まりに溜まった休暇を貰ってきた。問題は無い。」
イザークの大きな手が私の頭を撫でる。
それだけで、心の中が温かくなってくる。
「うん。分かった。」
「じゃあ、俺たちは今のうちに退散する。皆によろしく伝えてくれ。」
「じゃーな、ユキ。時間とか、メールしとくから。」
「分かった。楽しみにしとくね。」
振り返って手を上げるイザーク達を、正門の内側で大きく手を振って見送った私は、高鳴る鼓動を抑えるように胸に手を当てた。
嬉しい、嬉しい。
苦しい訓練を終えた後で、こんなご褒美が待ってるなんて。
今までの辛かった事なんて、全部吹き飛んでしまいそうだ。
それから私は、マリィ達が打ち上げに行こうと声を掛けてくれるまで、彼らが消えて行った方角をずっと見つめていた。
足が地に着かないような高揚感は、自宅に戻りベッドで眠りに落ちるまで、消えることは無かった。
眠りから目覚め、迎えた朝は快晴だった。
昨夜、打ち上げから戻るとディアッカとイザーク、それぞれからメールが届いていた。
『お帰り、ユキ。近所なんだから直接伝えてもいいんだけど、お前が遅くなるといけないので、メールで連絡だ。
明日は、10時にイザークと2人で迎に行くから。おめかしして来いよ。
あ、久々にお前のベーグルサンドが食べたい。3人分ヨロシク!
ってことで、お休み。寝坊するなよ。
ディアッカより』
「ったく、相変わらずの食い気だよね、お兄ちゃんは。」
『お帰り、ユキ。打ち上げは楽しかったか?
今までの訓練、良く頑張ったな。
任務中、時々お前は頑張っているだろうか?と考えることがあった。
その度に思い出されるのは、幼かったお前の逆上がりを練習する姿だった。
あんな風に、真面目に真っ直ぐに訓練しているんだろうと思うと、頼もしくてホッとした。
配属はまだ決まらないだろうが、どこに行ってもお前ならきちんとこなせるだろう。
軍人として、危険は避けて通ることが出来ない。だが、勇気を持って職務に尽くしてほしい。
すまない。なんだか説教ぽくなってしまったな。
明日は、10時にディアッカと迎に行く。お前の行きたいところ、どこにでも連れて行ってやるから、考えておけ。
それとわがままを言うが、お前の手料理が食べたい。
面倒だとは思うが、ランチを用意してもらえないか?
明日は楽しい一日にしよう。じゃあ、お休み。いい夢を。
イザーク・ジュール』
「フルネームを書くところが、イザークだよね。分かってるよ、私どこの隊に配属されたって、精一杯頑張るよ。お弁当だって頑張って作るからね。」
2人のメールに返事は書かなかった。
その代わり、2人の期待に応えられるように早起きしてお弁当を作ろうと、早めにベッドに潜り込んだ。
お陰で予定通り目を覚まし、リクエストのお弁当も3人分用意が出来た。
後は2人が迎に来てくれるのを待つだけ。
何となく落ち着かない。
ソワソワとリビングのソファーに座ったり立ち上がったり、室内をウロウロ歩き回ったりしてる私って・・・・。
遠足の前日にワクワクして眠れないちびっ子と、同レベルじゃないか。
今日は家族が留守で良かった。
「こんな姿、見せらんないし。はぁ~。」
とソファーに座り込んで深いため息をついたところで
ピンポーン
と、チャイムが鳴った。
私は一瞬固まり、そして徐に立ち上がり玄関に向かうと、返事もせずにドアを開けた。
「おはよう、ユキ。」
「よっ、オハ。」
「おはよう。イザーク、ディアッカ。」
「弁当は?」
「もう、ディアッカ!いきなり食い気!?」
「勿論。お前のベーグルサンド、美味いからな~。」
「ちゃんと用意したわよ。ほら。」
右手に提げていた大き目のバスケットを目の前に掲げて見せると、横から伸びてきた手にそのバスケットを奪われてしまった。
「俺が持ってやる。」
「イザーク。重いからいいよ。」
取り返そうと伸ばした手は、イザークの手で遮られた。
「重いから、俺が持ってやると言っている。」
「あ、ありがとう・・。」
イザークに持たせるのが申し訳なくて、お礼の言葉が小さくなってしまった。
「ったく、優しいんだか偉そうなんだか。」
呆れたようにため息交じりに呟くディアッカ。
イザークはディアッカを横目でじろりと睨んむと
「だったら優しいお前が持ってやるといい。」
と、バスケットをディアッカに押し付けた。
「え?俺?・・・って、うわっ!いきなり離すなっ!」
「ディアッカ、大丈夫?」
体勢を崩したディアッカに駆け寄ろうとした私の肩に腕が回され、私は目的を果たす事無くディアッカから遠ざかっていった。
「放っておけ。俺を小ばかにしたバツだ。」
「イ、 イザーク。でも・・。」
振り返る私に、ディアッカはニッコリと笑いかけた。
「へーきへーき。大丈夫だって。ユキはイザークにエスコートされてなさい。折角可愛くおめかししてきたんだからさ。」
「ヤツもそう言っている、気にするな。」
「気にするよ!」
そう言い返して、私はハタと気がついた。
私、イザークに肩を抱かれている。
昨日は久しぶりに会えた嬉しさと、突然会いに来てくれた驚きで、勢い余って抱きついてしまったけど、本当はこうして触れ合ったことなど殆ど無いのだ。
ヤバイ、心臓が口から飛び出しそう。
きっと私のぎこちない動きに気付いているだろうに、駐車場に着くとイザークは何も言う事無く止めてあった車の助手席のドアを開けてくれた。
「どうぞ。」
「あ、ありがとう。」
私が乗り込むと、運転席にはイザーク、後部座席にディアッカが乗り込んだ。
「さて、どこに参りましょうか?お姫様。」
運転席のイザークが、珍しく気障な台詞を口にした。
「えっと、本当にどこでもいい?」
「あぁ、構わない。言ってみろ。」
「私さ・・・、遊園地、行きたい・・な。」
「ビンゴー!!」
目的地を告げると、後部座席のディアッカが突然叫んだ。
「な、何?」
助手席から後ろを振り返ると、ディアッカが勝ち誇ったようにVサインをしていた。
「お前を迎に行くまでにイザークと話してたんだ。『ユキはどこに行きたいと思う?』ってさ。そしたら俺もイザークも『遊園地だろうな』って言ったのさ。だから、ほら。俺達ラフな格好だろ?予想はついてたってわけ。」
そう言われて見れば、イザークもディアッカもジーンズにTシャツや綿シャツといった、ラフな出で立ちだった。
「おまえもそれ以外は考えてなかったようだな。」
とイザークが私の服装を見て言った。
確かにそれしか考えていなかった。
だからデニムのショートパンツにタンクトップを着た上にパーカーを羽織り、靴はスニーカーを履いて来た。
「変・・かな?」
「ぜーんぜん。可愛いって、ユキ。」
「ありがとう、ディアッカ。」
ちょっと照れくさくて俯くと、不意に束ねた髪を撫でられた。
「ポニーテールも、初めて見るな。」
「イザーク。」
慌てて顔を上げたことで離れた手で、イザークはハンドルを握った。
「たまにはいいかもしれないな。良く似合っている。」
「え・・・・?あ・・りがとう・・。」
私が小さく言ったありがとうは、似合っているといってくれた直後に掛けたエンジンの音にかき消され、イザークには伝わらなかったかもしれない。
けれど髪を上げている所為で隠れることの無い上気した頬が、イザークに照れくささを伝えているだろう。
何でポニーテールにしちゃったんだろうと今日のヘアスタイルを少しだけ悔やみながらも、これから始まる楽しい時間を期待せずには居られなかった。
「お前はこういうものは平気なんだな。」
今乗ってきたばかりのジェットコースターを指差して、イザークが私に問いかける。
「うん。MSの訓練を一時期してたからかな?怖いとは思わなかったし、楽しかったよ。」
「どうやらMSの訓練とは関係ないみたいだぞ。」
「え?」
イザークが親指を立て指し示した後ろを振り返ると、そこには青ざめた顔でヨロヨロと歩くディアッカの姿があった。
「ディアッカ、どうしたの?大丈夫?」
「あ~、何とか・・・。」
「苦手なら乗らなきゃ良かったのに。」
「アハハハ・・。面目ない。俺、ちょっとそこのベンチで休んでるからさ、2人で他行ってこいよ。」
「そんな事出来ないよ。ディアッカが復活するまで、私たちもここに居るよ。」
「いいって、俺の事は気にしなくていいから。ほら、行ってこい。」
「でも・・。」
「気にしなくていいそうだぞ。」
後ろからイザークの声が聞こえたかと思うと、私の腕はイザークに掴まれ引っ張られていく。
「イザーク、ディアッカが。」
「いいんだ。」
イザークは振り返りもせず、私の手を引いて歩いていく。
ベンチに腰掛け、手を振るディアッカの力ない笑顔が、少しずつ遠ざかって行った。
イザークと2人でアトラクションを回っていたが、どうしてもディアッカの事が気になってしまう。
それでも、手を引かれたり肩を抱かれたりする度に込み上げる幸福感を抑えられない。
私だけに向けられる笑顔に、心臓が跳ねる。
こんな幸せな時間がずっと続けばいいのに・・・。
そう願ってみても、無理なこと。
このひと時も、やがて終わりを告げる。
終わりが来ることを知っているからこそ、今この一瞬がとても大事なんだ。
だから・・・
想いを伝えるなら、今しかない。
メリーゴーランドの隣の馬に足を組んで座るイザークに向き直り、私は思いきって口を開いた。
「あ、あのっ、イザーク。」
「ん?どうした?」
「私・・・あの、私ね・・。」
言わなきゃ、早く言わなきゃ。
心ばかりが焦って、言葉が出てこない。
呼びかけたまま何も言わない私を心配してか、イザークが馬から降り私のほうへ歩み寄って少し俯けた顔を覗きこむ。
「どうした?まさかこいつに酔ったとか言わないよな?ジェットコースターが大丈夫だったんだから。」
イザークは本気で心配してくれてるんだ。
からかった様な口調とは裏腹な真剣な瞳が、それを物語っている。
「あ・・・、ううん。大丈夫、平気だよ。」
「じゃあ・・・。」
笑顔で返した私に、改めてイザークが問いただそうとした時、メリーゴーランドの停止を知らせるブザーとアナウンスが流れた。
「止っちゃったね。」
「あぁ・・。」
「行こう、イザーク。そろそろお腹空かない?ディアッカも待ちくたびれてるだろうし。ね、お昼にしよう。」
「おい、ユキ!」
何か言いたそうなイザークをメリーゴーランドの柵の前に置き去りにして、私は駆け出した。
ごめん、イザーク。
あんな言いかけにしたままじゃ、気になるよね。
けど、もうちょっと。もうちょっとだけ。
何かに勇気をもらわないと、ちゃんと伝えられそうにない。
だから、今はごめん。
走りながら振り向くと、いつの間にかイザークが直ぐ後ろを付いてきていた。
「イザーク、ディアッカの所まで競争!」
「あ、おい!お前!それはずるいだろうが!」
イザークの同意を得ないまま私は走り出した。
不意を突いて有利に立ったはずの私の腕が、急に後ろに引っ張られた。
「うわっ!」
「捕まえた。ったく、こういう事はフェアにやるものだ。」
眉間にしわを寄せて私を見下ろすイザークは、いささか不機嫌だ。
けど、そんなの怖くないよ。
だって本気で怒ってるんじゃないって、私には分かるもん。
それ位、イザークが好きだよ。
「だって、一緒によーいどんしたら、私が不利じゃん。だから、さっきのがフェアなやり方だよ。」
「しかしだな・・。」
「な~にもめてんの?お2人さん。」
言い返そうとしたイザークの言葉を遮って聞こえてきたのは、聞き覚えのある飄々とした喋り。
「ディアッカ。もう大丈夫?復活した?」
「あぁ。俺腹減ってさ、ランチにしようぜってお前たちを呼びに行くところだったんだ。」
「私たちもだよ。ディアッカを呼びに行こうって。」
「そか。じゃ、意見が一致したところで、昼にしますか。」
「うん。」
ディアッカとのやり取りの間、イザークは不機嫌そうなしかめっ面をしていた。
でも敢えて気にしていない振りをして、ディアッカと一緒にイザークの前を歩いた。
サービスセンターに預けていた荷物を受け取り、池が見える芝生の上にシートを広げた。
バスケットからリクエストのベーグルサンドとおかずとデザートのフルーツを詰めた容器を出して、その上に並べていった。
「うっまそー。じゃいただきまーす。」
予想通り、最初に手を出したのはディアッカだった。
続いてイザークも
「いただきます。」
ときちんと言ってから、ベーグルサンドに手を伸ばした。
それをイザークが口に運ぶのを待って、恐る恐る
「どう・・かな?」
と尋ねてみると、ほんの少しの間を置いて
「うん。美味い。」
と笑ってくれた。
良かった。
ほっと安堵の息を吐いてベーグルサンドに手を伸ばすと、同時にディアッカも2個目に手を伸ばした。
「お前の焼くベーグルは、やっぱ美味いな。」
「そ?ありがと。早起きしていっぱい作ったんだから、じゃんじゃん食べてよね。イザークも。」
「りょーかい!」
「あぁ、そうだな。」
淡く笑うイザーク。
素敵なイザーク。
優しいイザーク。
昔、もっと小さかった頃。
母さんに教わって焼いたベーグルは、うちに遊びに来ていたディアッカとイザークに食べさせるには余りにも酷い出来で、私はキッチンでべそをかいて母さんに慰められていたんだ。
そこにひょっこり現れた2人は、何食わぬ顔で歪で少しコゲ加減のベーグルを口に入れ
「なんだ、出来てるんなら言ってくれよな。俺腹減らして待ってたんだから。うん、ちゃんと食べられるじゃん。」
「多少形は変だが、初めてなら仕方ない。それに食べてしまえば形など関係ないしな。」
そう言って美味しそうに食べてくれたのだ。
ディアッカとイザークの心遣いが嬉しかった。
でもそれ以上に、美味しくもないベーグルを食べさせたことが申し訳なかった。
それからと言うもの、私は母親の都合が付く休日にはベーグルを指導してもらい、今ではディアッカに母親よりも美味しいと言ってもらえるまでになった。
私の取り柄といえばこれ位だから、今日はランチをリクエストしてもらえて良かった。
楽しいランチの時間を過ごした私たちは、一休みするとまたアトラクションめぐりを始めた。
ゲームコーナーで射撃のゲームをやってみると、2人は手を抜いてくれたのか私と余り大差のない得点だった。
それでも普通の人が出す点数よりは格段に上で、驚いた顔で私たちを見る店員の表情が可笑しくて、私たちは顔を見合わせて笑ってしまった。
「さっきの店員さん、可笑しかったね~。」
「だよな。ちょっと目ぇ見開きすぎだろ。」
「ま、俺たちが軍人などとは思ってもいないんだろうから、あの反応は普通だろうな。」
「じゃ、次はどこ行く?」
歩きながら2人の顔を交互に見比べた時、かすかな電子音が聞こえた。
「あれ?何か聞こえない?・・・携帯?」
「俺じゃない。」
「え?・・・あ、俺だ。」
ディアッカがジーンズのポケットから携帯を取り出すと、華やかな音楽が鳴っていた。
「ちょっと悪ぃ。」
そう言ってディアッカは通話ボタンを押して何かを話しながら、人通りの少ない通路脇へと移動した。
ディアッカとの距離と周りのざわめきの所為で、何を話しているのかは分からなかった。
けれど真剣な表情に、何となく胸騒ぎを覚えた。
「何か・・・あったのかな・・?」
私の問いかけにイザークは答えなかった。
隣に立つイザークを見上げると、心配そうな目でディアッカを見つめていた。
心配そう?
ううん、違う。
この目はそれだけじゃない。
イザークのこの目を、以前も見たことがある。
あれは確か・・・
「いや、悪い。待たせたな。」
突然ディアッカの声がして、過去の記憶を辿ろうとしていた私の思考はそこで途切れた。
「どうした?何かあったのか?」
「あ~・・。親父が・・・さ。ちょっと具合が悪いみたいでさ。」
「えっ?おじ様が?!」
驚いて視線を向けた私に、ディアッカは申し訳無さそうな笑顔を見せた。
「あぁ、大丈夫だって。たいした事無いらしいんだけどさ。」
「でも直ぐ帰らなきゃ。イザーク、私たちも一緒に。」
「そうだな。」
「いや、いいって。」
一緒に帰ると言った私たちを、ディアッカは慌てた風に制した。
「ディアッカ?」
「ほんと、たいした事無いんだって。ごめんな、心配掛けちまって。俺は帰るけど、お前らはもっと遊んでけよ。な?」
ディアッカは笑ってウィンクをした。
「でも・・。」
小さい頃から知っているおじ様が心配で食い下がる私の頭を、ディアッカの大きな手が撫でた。
「大丈夫だって。少々のことで参っちまう親父じゃないって。分かってるだろ?ユキも。」
「そうだけど・・・。」
「ほんと、心配してくれてありがとうな。」
ニッコリと笑って、手が離れていった。
「じゃな、イザーク。」
軽く手を上げて踵を返したディアッカに
「お前・・・まさか・・。」
と、イザークは驚いた顔で言った。
「イザ・・・ク?」
恐る恐る名前を呼んでも、見開いたイザークの瞳がディアッカから離れることはなかった。
ディアッカはふっとため息と一緒に小さく笑うと
「じゃあな。」
と言って歩き始めた。
ディアッカの背中が見えなくなるまで、イザークの視線が離れることはなかった。
後編に続く。
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