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魂の叫び~響け、届け。~
PHASE7 甘き呪縛
■PHASE_7 甘き呪縛
窓から差し込む黄昏色に染め上げられた一室。
そこに置かれたアンティーク調のデスクに陣取り、
真剣な面持ちで画面と向き合っているのは、この屋敷の若き主人。
翡翠の瞳にはモニターの明かりが映り込み、妖しくも魅惑的な輝きを放っていた。
軽い嘆息と共に忙しくキーを叩いていた指を止めると、ふ、と視線を上げる。
窓辺に佇むのは、細身の影。
程よく焼けた健康そうな肌は、陽射しに照らされて輝き、
陽に透けたココア色の髪は、燃え上がるように金色に揺れていた。
アスランはモニターを閉じ、引き寄せられるまま愛しい背中に近付くと、
細い腰を抱き込むようにして腕を回した。
「キラ…何を見てるの?」
耳朶で甘く囁かれ、キラはくすぐったそうに身を捩った。
「アスラン、あそこに…っ…」
言葉を言い終わらないうちに、その唇は優しく奪われた。
慈しむような抱擁と口付けに、紫玉が熱を帯びる。
角度を変えた口付けが更に深くなろうとしたその時、何とも気の抜ける声が掛けられた。
「よ~う、お二人さん。仲が良くて羨ましいね~」
突如響いた無粋極まりない声に、
アスランは不機嫌を絵に描いた顔で窓の外に目を向ける。
「おいキラ!肩の力の抜けきったヤツを連れて来たぞっ」
銀糸を黄昏色に染め、美しいシルエットは片手を高く上げる。
広々としたザラ邸の庭園には、招かれざる客が二人、
並んでこちらを見上げていた。
「こいつはオマケだ」
先週と同じく豪奢な調度品の並ぶ客間に通されたイザークは、
手に持っていたバスケットの中に白い両手を突っ込むと、銀灰色の小さい毛玉を出して持ち上げた。
キラとアスランは、思わず身を乗り出してその毛玉を凝視する。
『…ニャ~…ッ…』
毛玉からなんとも愛らしい細い鳴き声があがる。
「うっわあぁぁ…!何これっ、子猫?!」
キラはその瞳を輝かせて手を伸ばすと、イザークから小さな銀灰色の子猫を受け取る。
両手の中にすっぽりと収まってしまう暖かな存在を胸に抱けば、
キラの顔に満面の笑みが刻まれた。
そんなキラを見て、アスランも思わず口元を緩く綻ばせる。
「どうだ?気に入ったか?」
「はいっ」
嬉しそうに頬を上気させるキラを眺めると、イザークはそのアイスブルーの瞳を和ませた。
「お前が好きそうだと思ったから持って来たんだ。可愛がってやってくれ」
「…って、おいイザーク!」
慌てたアスランがソファから腰を浮かしかける。
「なんだ?貴様には何もやらんぞ」
そんなアスランを軽く一瞥すると、ぷいと視線をキラに戻す。
「そうじゃない!勝手にこんな…生き物をっ」
「アスラン、この猫飼っちゃ…駄目?」
「えっ…」
「ねぇ、駄目…?」
「う……」
大きな紫玉の瞳には、懇願する色彩が滲む。
キラのたっての願いをアスランが退けられる筈も無く…。
「いや…、いいよ」
諦めたようにぐったりとソファに身体を投げ出すしかなかった。
「本当?!イザークさん、ありがとうございます!」
銀灰色の毛皮に頬を寄せる姿に、ディアッカもその表情を柔らかくする。
なるほど、アスランが心配する気持ちもわかるな、などと思いながら。
「こいつキラにやるって聞かなくてさ~。
折角こいつの誕生日にって、エザリア様が地球から取り寄せてくれたのに」
余計な事を言うなとばかりに、イザークは傍らに座るディアッカを睨みつける。
睨まれた当の本人は軽く肩を竦めると、悪びれる事なく微笑で応えた。
「えっ…イザークさん誕生日だったんですか?」
「ああ、来週だ」
キラは膝の上で丸くなり、眠りやすい体勢を探している毛皮の背をそっと撫でると、
申し訳無さそうにイザークを見上げた。
「…折角のプレゼントを僕が頂いちゃったりして、いいんですか?」
「気にするな。俺は政務で留守にする事も多い、面倒なんぞ見切れんからな」
イザークは優雅に足を組みなおすと、テーブルに置かれたティーカップを持ち上げた。
「でも貰うばっかりっていうのも…そうだ!」
キラは軽く手を打ち合わせると、
さも素敵な事を思いついたような瞳で、横のソファに座るアスランを見上げた。
「アスラン、イザークさんに何か作ってあげたら?」
ごほごほっごほ…
イザークは思いもよらない言葉を耳にし、口を付けていた紅茶にむせて激しく咳き込んだ。
「キラ!」
「僕のトリィもアスランが作ってくれたんです」
キラはそう言って、華奢な肩に止まっていた緑色のロボット鳥を自らの指に乗せる。
ようやく咳きも収まりまじまじと見れば、その鳥はいつかオーブの施設で見た、あの鳥と同じで。
あの時やり取りをしたのが、この目の前にいるキラだという事を
今更ながらにイザークとディアッカは理解した。
「いや…気持ちだけ貰っておく」
くっくっくっくっ…。
複雑な色を宿した声を極力押し殺すようにして紡がれたセリフに、
どこからともなく忍び笑いが漏れる。
どうやら発信源は、肩を震わせて俯いているディアッカらしい。
キラはそんなディアッカにとまどったような視線を送る。
イザークはキラのその視線に気付くと、
白くて綺麗な親指を立て、しゃくるようにしてディアッカに向けた。
「な?肩の力、抜けきっているだろう?
お前もアスランも少しは見習え、この先色々と…問題は山積みだぞ」
「…ですね」
「ま~ったく、イザークもキラも難しく考え過ぎなんじゃないの?
所詮軍隊あがり、アカデミー時代は男同士でどーこーなんて当たり前だし、
マスのカキ合いなんてしょっちゅうだったっつーの。なぁ?イザーク?」
「ディアッカ!!!貴様は少しその口を閉じていろっ!」
相棒のそのセリフに、イザークは勢い良く立ち上がると、秀麗な顔を顰めて怒鳴りつける。
頭から湯気でも出そうなその様子にキラは驚きの目を向け、
次いで隣でこれまた微妙な表情をした幼馴染の横顔を眺めた。
「…そーなんだ、ナルホドねっ」
「なになに?何か思い当たる事でも、ある?」
憮然としたキラの声に、ディアッカはソファから身を乗り出して続きを促す。
「どうりで巧い訳だよね、軍時代に鍛えたりしてたんだ?」
「…っキラ!」
「ほぉ?」
めったな事ではお目に掛かれないアスランの狼狽する姿に、
イザークは愉しげに瞳を眇め、口の端を吊り上げた。
「へぇ~、ぜひそこんとこ詳し~く聞かせてもらいたいね♪
お硬いザラ議員殿の秘められたプライベートの逸話をぜひ、ね」
「アスランて、エッチだよね。…キス魔だし」
「ブーーーーッ!!」
“落ち着こう”とアスランが口にした紅茶は、正面にいたディアッカに思い切り逆噴射してしまう。
「きったな…っ!…散々人の体好きにしといて、今更そんな反応するの?」
「あっはっはっは、キラってば最強~」
ディアッカは大きな体を揺らし、腹を抱えて涙を流さんばかりに笑っている。
その隣ではイザークが小刻みに痩躯を震わせ、込み上げる笑いを必死に噛み殺していた。
「今時そんなリアクションするやつなんぞ貴様くらいだ!」
「うるさいっ!」
「とんだマヌケづらだな、貴様のそんな顔は初めて見るぞ、気分爽快だなっ」
堪えていた笑いを高らかなそれに変え、イザークは己の膝を何度も打った。
そんなやり取りを暫くぽかんと見ていたキラだったが、
やがてふわりと花がほころぶような笑顔を浮かべると、感嘆めいた口調でしみじみ語った。
“みんなとっても仲が良いんですね”と。
キラのその言葉に『てっ…天然っ!』とディアッカは再び身を捩って爆笑し、
残る二人は声を限りに反論した。
しばらく和やかな会話が続いていた客間に、内線通信を知らせる呼び出し音が響いた。
『アスラン様、お電話が入っておりますがいかが致しますか?』
テーブルの脇に付いている薄いスピーカーからは、キラも聞き慣れた執事の声が響く。
「わかった、携帯の方に繋いでくれ」
短い返答の後、程なくしてアスランの携帯の呼び出し音が鳴る。
アスランは一同に目線で詫びると、ソファから立ち上がり、窓辺に向かいながら通話スイッチを入れた。
聞き慣れたその声に一瞬瞠目すると、二言三言の会話の後に電話を切る。
「誰からだったの?」
「…評議会からの呼び出しだ。議場の執務室にちょっと行って来る」
「そう…」
目に見えて萎れてしまったキラの様子に、愛しげに翡翠を細めると、
柔らかい髪を掻き上げて額に優しく唇で触れる。
「すぐ戻るよ」
くしゃりとそのココア色を優しく掻き混ぜ、蕩けるような笑みをキラに贈ると、
青銀の痩躯と金褐色の体躯を振り返った。
「よかったら今日は夕食でも一緒にどうだ?ゆっくりして行ってくれ」
「これはまた随分と好待遇だな?」
ふん、とひとつ鼻を鳴らすと、イザークはその瞳をいたずらに煌かせる。
そんなイザークに柔らかい笑みで応えると、アスランは軽く肩を竦めた。
「猫の礼、だ」
「アスラン!」
扉に足を向けようとした背中を呼び止めたのは、心配気に揺れる紫の宝玉。
「――――アスラン。たとえ僕の為だとしも、
もうその手を血に染めないで…1人で何でも抱え込まないって、約束して」
キラのその真摯な表情に、アスランは胸を刺す痛みを覚えた。
イザークとディアッカもまた、鋭い視線を向けてくる。
キラをこの手に入れた直後、部下に与えた制裁命令――――。
先週あのタイミングでイザークが来訪した時に、もしやと思ったが…。
(知っている、のかな…?)
アスランは自嘲気味に口の端に笑みを刻むと、双眸を伏せて嘆息した。
「――――わかった…約束する」
扉の向こうに消えた藍色の残像を払拭するように、
ディアッカは声を張り上げて切り出した。
「しっかし、あのアスランがこうまで恋に溺れるタチだったとはね~。
意外っつーか、やっぱりっつーか…」
「あいつは服のセンスは悪いし、冗談が通じん上にセコイし本当に最悪だったが…
恋人の趣味だけは最高のようだな」
イザークはそう言うと、心底楽しげな笑みをキラに向けた。
その隣で褐色の笑顔を惜しげもなく晒してディアッカも同意する。
「ところで…キラ、オーブのアスハ代表とはもう話したのか?」
キラの膝の上で安らかな寝息をたてている銀灰色に視線を落とし、
イザークは優しい声音で問うた。
「いえ…まだ。
―――もうじきプラントで各国代表の集まる国際会議がありますよね?
その時にでも会って話したいって…思ってます」
見守られ、労わるような視線を向かい合う二人から受けて、
キラは波立とうとしていた気持ちがゆっくりと収まっていくのを感じた。
アスランに、イザークに、ディアッカに、そして…ラクスに、
自分はいつも見えない力に支えられている。
決して…独りではないのだ。
「カガリには、直接会ってきちんと話したいから」
アメシストの瞳に強い輝きを宿したその時、ふいに響く、機械音。
「失敬、俺の携帯だ」
イザークは胸元から携帯電話を取り出すと、その場で通話スイッチをオンにした。
「…これはクライン嬢…いかがされました?」
(ラクスから…?)
キラは耳をそばだてた。
話す言葉までは聞き取る事は出来ないが、漏れてくるその音に
ラクスが慌てている様子が伝わってくる。
「……何っ!?」
銀の髪を揺らし、噛み付かんばかりの勢いで立ち上がると、
アイスブルーの瞳を眇め、剣呑に光らせた。
通話を終えた後も微動だにせず、つま先をじっと見詰めている様子に只ならぬ空気を感じ、
元副官であり現在は補佐官である相棒は、その自分より幾ばくも細い肩を掴んだ。
「イザーク、どうした?!」
キラは息を詰め、その応答をじっと待つ。
「――――アスハ代表が、姿を眩ました」
しばらくの沈黙の後、紡ぎ出されたその声にキラは大きく瞠目する。
「っ…カガリが!?」
驚愕に大きくなったその声に、膝に抱いていた存在が小さく鳴いて抗議する。
キラは慎重に子猫を抱えると、足元に置かれたバスケットに戻してその背を撫でた。
「オーブからシャトルで出た形跡があるらしい」
苦味の混ざるその声に、キラは小さく反応する。
その、言葉の意味する所…。
「シャトル…」
「ああ。行き先は…ここ、プラントだ」
「…っ…!」
嫌な胸騒ぎを覚えて弾かれたように立ち上がると、キラは内線通信を繋ぐ。
「さっきのアスランに掛かって来た電話!あれは誰からっ!?」
聞き慣れたその声で執事が口にしたのは、
――――琥珀色の少女の名前だった。
「落ち着け、キラっ!!闇雲に探したって仕方無い!」
転がるように部屋を飛び出そうとするキラの細い腕をイザークが掴んで引き寄せる。
突然引かれたその勢いで、キラはイザークの胸に倒れこんだ。
振り仰いで来るその紫玉は不安に揺れ、今にも透明な雫が零れ落ちようとしている。
「――――携帯だイザーク!携帯の電波から居場所を探せる!」
ディアッカのその声に、キラは慌てて隣室に飛び込むと、
コンピューターの電源を入れた。
胸を焼く焦燥に炙られながら、キラは必死に指を操り、キーを叩く。
気持ちが逸るばかりで、普段は滑らかに動くその指はもどかしい程に上手く動かない。
「1人で抱え込まないでって…言ったのにっ…!」
押し殺したように呟かれた声を労わるように、華奢な肩をぽんぽんと軽くのは褐色の優しい掌。
「アイツ、キラに心配掛けたくなかったんだよ、きっと」
「出た!!」
「よしっ、行くぞ」
逸る気持ちに潰されそうな自分を叱咤するように、キラはその紫玉を鋭く眇めた。
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