バル対策本部  元帥の間

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OYOZRE 【SUKIMA】 


【序】



「見るな!見るな!!俺を見るな!!!俺が何をしたって言うんだ!!!?」


とある精神病院の閉鎖病棟、そこで私は彼を見つけた。


挙動不審に辺りを見回し、身体を小さく丸め、ガタガタと震えながら叫び続ける男。


見るな・・・ですか。


男の部屋の窓はマジックミラーになっていて、男からは人影すら確認できない。


そして、男はマジックミラーには目を向けていない。


壁にある傷、床や天上にあるほんの小さな穴、それらに向かって男は叫び続けている。


この男・・・噂が見えるのか。


話を・・・聞いてみたいですねぇ・・・





【SUKIMA】



「おまえさぁ、霊感とかあんの?」


俺の友人、佐竹智樹は少し笑いながら俺に聞いた。


俺の名前は江藤和樹。二十歳の大学生だ。


最近俺は、実家を出て一人暮らしをする為、とあるボロアパートに越してきたのだが


越してきて間もなく、誰も居ない部屋から何者かの気配を感じるようになった。


勿論誰も居ない。この部屋に居るのは俺だけ。彼女も居ないし、たまに佐竹とか他の友人が遊びに来るだけ。


誰も居ないのに・・・冷や汗の出るような視線を感じる。


視線を感じる場所は一箇所では無い。まるで、万人に監視されているような。


自分の家なのに、物凄く、居心地が悪かった。




住み始めて数日経つと、今度は家に居ないときでも視線を感じるようになった。


大学に居る時も、誰も俺の事を見ていないはずなのに、あちこちから来る視線はなんなんだ。


誰が俺のことを見ている?・・・何故俺のことを見ている・・・


朝起きる時も、大学に行く時も、授業を受けている時も・・・どこでも俺は、誰かに見られている。


誰も居ないのに、見られている。


俺の気が狂ってるんだろうか・・・それでも耐えられない視線を感じる。


そして俺は、友人の佐竹に相談をした。


そしたらやっぱりと言うか・・・吹き出しやがった・・・


霊感なんてそんなもんは無い・・・元々信じた事も無いし。


でも、幽霊と言うなら可能性も無いわけではない・・・この時ばかりは少し信じてみようと思った。


佐竹はまだ笑いながら俺に聞いてきた。


「で、まさか今もずっと見られてるってのか?」



俺は茶を一口飲むと真顔でこう言った。













「最近はな、顔まで確認できるようになった。箪笥の隙間、冷蔵庫の隙間、物が置いてある所に出来た隙間から、俺を見てるんだ。」











その日から、佐竹は俺の家に来てくれなくなった。


大学では普通に接してくれる、でも他の友人皆で誰かの家で飲もうとなった時


佐竹はいつも「江藤ん家でいいじゃん、一人暮らしだしよぉ」と言い、俺の家に酒やつまみ等を持ち込んでいた。


その佐竹が俺の家に来たがる事は無くなった。


佐竹は何か見たんだろうか、あの顔を見てしまったんだろうか。


今も俺を見ている、青白い顔を。


白い目を見開き、大口を開け、隙間から覗く、青白い顔。


俺は平静を装っているが、実際は怖くて堪らない。


こんなものが慣れるわけがない。日に日にくっきりと明らかになっていく青白い顔に俺は、本当に気が狂いそうだった。



「それでもあなたは、気をしっかり保っていた。」



俺の目の前に座り、本を片手にペンを走らせる男は言った。


物好きな男だ・・・俺の話を聞きたいなんて・・・


何かの取材なのだろうか・・・だが、こうして人とまともに向き合ったのも久々だ。



この男は病院に許可を貰うなり俺の部屋に入ってきて


「突然で申し訳ありません。あなたの御話、是非私に聞かせてくれませんか?」


と、澄まし顔で俺に聞いてきた。


何の話か?なんて聞かなくても分かった。俺が体験した誰にも信じて貰えない話。


俺が異常者扱いされるようになった話だ。


「あんたは・・・?」

「あなたの体験した出来事に興味をそそられた者・・・じゃ、ダメですかね?」


変わった男だ・・・


男は背負っている大きな白い木箱を床に置き、本を一冊取り出すとその場に座り込んだ。


「あなたのお話を書き綴るので、よろしくお願いしますね。」



そう言い終えて今まで俺の話を聞いていたな・・・話を続けよう。


俺は誰にも言えないままずっと耐えた。


なるべく意識しないようにもしていた。


病気かも知れないと思い、病院にも行った。


でも・・・そんな事をしたって今の状況は変わらなかった。


一人で居る空間が俺には無い・・・どこでも見られてる・・・見られてる・・・



「限界が来た。のですね?」



そうだ、元はと言えばこの家に来てからだ・・・


だから俺はこの家を出て行った。アパートなんて探せばいくらでもある。こんな所から早く出たい。


元の生活に・・・いや、誰にも見られることの無い場所へ・・・


もう大学なんてどうでもいい・・・落ち着ける場所が欲しかった。



「だが、それはなんの解決にもならなかった。のですね?」



あぁ・・・新居に越してからも、何にも変わりゃしなかった。


しかも越してから数日で隙間からだけでなく、ちょっとした穴や溝からも俺を覗くようになった。


そして俺は数日間家に篭りきりになった。


新居の部屋の隙間から小さな穴までガムテープで塞ぎ、できるだけ視線を感じずに布団に包まったんだ。





でも、それでも、隙間はあるんだ。





完全に隙間を無くす事なんてできない、些細な隙間は必ずある。


そこから行き場を失ったように何千何百もの青白い顔が俺を見ているんだ。



そして俺は、狂っちまった。



隙間の無い場所はもう・・・無い。いや・・・



俺はそれから睡眠薬を飲み続けた。起きて居たくなかった。



寝れば、あの青白い顔が俺を見つめる事も無い。夢の世界で安息を約束される。



それでも起きるたびに目にあの青白い顔が映る。目を瞑ろうが視線は体中に突き刺さってくる。



そして俺は、永遠の安息の地を求めて、自殺を計った。


「待って下さい。」


カリカリとペンを走らせていた男の手が止まり、鋭い目で俺を見据えた。


俺は言われたとおりに話を一旦止めた。


「あなたは自殺を計った・・・どういう死に方を?」

「・・・リストカットだ、本来は首でも吊ろうかと思ったんだけどな・・・」

「ほぅ・・・でも死ねなかったという事は、誰かがあなたを発見し、救急車を呼んだ・・・ですかね?」

「あぁ・・・そうだが、何故そんな事を聞く?」

「あなたは、どんな色の救急車で運ばれて来たか、覚えていますか?」

「そりゃ運ばれてる時に少しは意識が有ったが、そんなの白に・・・いや、白じゃなかったな・・・」


俺が言い終えた後、男は薄気味悪い笑みを浮かべ、俺にゆっくりとした口調で聞いてきた。


「黄色、では?」


その言葉に俺は一瞬驚愕した。何故分かった?


俺の頭がおかしいだけだと思っていたのに、黄色い救急車なんて存在するはずが・・・


「頭のおかしい人の所には黄色い救急車が来て、鉄格子付きの病院に連れて行かれる・・・地方によっては色が緑、青、紫だったりしますがね。」

「そうだ、確かに俺を運んだ救急車は白なんかじゃない!でもそれは俺がおかしいだけだ!!あん時は意識も少し朦朧としてたし、第一黄色い救急車なんて存在しない!!」


俺がそう怒鳴り終えた後、男は強くはっきりとした口調で俺に言った。



「存在しないから、噂なんですよ。」

「噂・・・?」

「話を止めてしまい申し訳ありませんでした、続けてもらえますか?」



噂って何だ・・・何のことを言ってる・・・



疑問に思いながら話を続けようと躊躇う俺に、男は俺を見据えて小さく頷いた。



その瞬間、俺の口から自然と言葉が出てきた。



俺は何も無い扉が鉄格子の部屋に入れられた。そこには何も無い・・・隙間なんか無い。



でも違った。覗き込む場所さえあれば隙間なんか関係なかった。



壁や床の小さな傷やへこみ。そこから俺を見てくる。



俺は身体を丸めて蹲ってガタガタ震え続けるだけ・・・




すると俺の話を聞いていた男は、眉を顰めながらこう呟いた



「その顔に・・・見覚えは?」



見覚え?・・・確かに・・・見た事が無いわけじゃない・・・


そう、ずっと昔でもない。かといってここ最近でもない。


見覚えがあった・・・あの顔は・・・


あぁ・・・あいつか・・・


何故今まで気付かなかったんだ・・・



「お気づきでしょうが・・・あなたのお話を聞いた時点で、かなり厄介だと、感じました。」


「鈴原・・・恵理か?・・・」


「あなたが、そう思うんでしたら、間違いないんでしょうね。」


「そうか・・・あの顔は・・・鈴原恵理か・・・」


「そのようで・・・」



あの女・・・どこまで逝っても執念深い・・・


そうだ・・・言ってたっけ・・・あなたを死ぬまで見ていたい・・・


別れた後もしつこくストーキングされて、だんだん気持ち悪くなって


嫌な女だった。でも、あの女は死んだ。


死んでからも、俺に付き纏うのか?イヤナオンナダ。



俺は急に恐ろしくなって、本を無言で書き続ける男にしがみ付いた。


「なぁ!あんたなら知ってるんだろ!!俺が助かる方法くらい!!!」


「そうですね・・・どうにかする事は・・・」


「教えてくれ!!!頼む!!!!」






「無理です。」






男の言い放った言葉に、俺は頭の中が真っ白になった。


無理?どうしようもないって事か?


俺の体から力が抜けていく・・・



「本来、これは心霊現象とやらでありますが、所詮噂です。その場合、噂の存在している土地から離れれば助かります。」


「じ、じゃぁ俺は助かるんじゃ・・・?」


「いいえ、あなたはもう、噂そのものです。したがって、どこへ行こうと助かる事はありません。」


「俺が噂そのもの!?何を言ってる!?」



噂って何だ!?俺は人間だ!


こんな女に一生見つめられ続けるなんて冗談じゃない!!


俺にはまだ人生が有るんだ!俺には・・・



男は立ち上がり、俺に今自分が書いていた本のページを見せた。



そこには気の遠くなる文章と、俺の画・・・


部屋の壁の傷や穴から覗き込む無数の青白い顔・・・


ガタガタと部屋の真ん中で震えて蹲る俺・・・




「私は、噂を求めてきました。あなたという噂をね。隙間女に怯える哀れな男、そして黄色い救急車によって精神病院に入れられた男という噂。それがあなたです。・・・あなたはもう、人で在って人でないのです。」




身体に力が入らない・・・立ち上がる事さえできない・・・


どうしようもないのだと、俺は・・・随分前から自覚してたからか?


嫌だ・・・嫌だ・・・



俺はただただ力無く床にへばり付いて震えていた。



すると男は無言で本を白い木箱に収めると、俺の前に座り込んで一本のペンを差し出した。


「どうしても、耐えられなくなったのなら・・・お使いください。」


俺は無言で男のペンを受け取った。


男は白い木箱を背負い、静かに俺の部屋から出て行った。


再び訪れた静寂と、いつまでも見つめる青白い顔。


これが何を意味するのかは分からないが、男は俺にこのペンを置いていった。


俺は両手でペンを調べようとしたが、不意にペンの先が折れて取れてしまった。


すると、ペンの折れた部分から細く鋭いナイフの刃が勢い良く飛び出した。



あぁ・・・



やっぱりコレしかないのか・・・



もう死に恐れなんかない。現世に恐れを感じるのだから





恵理、お前はやっぱり疎い女だ。俺を見続けることが願いか?


だが、何故俺が悪いことになってる?


お前が俺の実家に火を点けて俺の両親ごと焼け死んだんだろうが。


恨んでいるのは俺の方。そしてお前を記憶から消した、立ち直る為にな。


俺もこの世から消えるが、お前は俺の前から消えろ。






俺はナイフの刃を自分の心臓の部分に突きたてる。



目の前の穴から覗き込む青白い顔が歪み、絶望の表情へと変わっていく。


青白い顔の甲高い奇声が俺の耳だけに入ってくる。




俺はそれを見て、最後の最後に思いきり笑った。







END






「もしもし?ミズシマさんですか?突然すいません、長らくご無沙汰だったもので・・・はい、お暇でしょうか?そうですか・・・でしたら」




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