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2005年12月22日
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カテゴリ: 安土桃山・江戸
                  江戸城大手門

 今でも試合の前には「下馬評」がおこなわれますね。この「下馬評」とはどんな由来があるのでしょうか?

 江戸時代、全国の大名は参勤交代をしていましたが、江戸城に登城するときは必ず写真の大手門からはいりました。

 大名さんは例の大名屋敷からもちろん大名行列を組んで多くの家来とやってきます。1人で歩いてくるわけではありません。

 その時この門には「下馬」という看板が立っていました。「この門より先は馬の乗り入れ禁止」ということです。したがって家来の多くはこの門の前で大名が下城するまで待っていたわけです。

 大名は全国にいましたから、青森の大名の家来もいれば鹿児島の大名の家来も来る。当然方言まるだしで家来同士の交流がこの門の前で行われました。これが「下馬評定」の由来です。

 東京の大手町にはこんな由来があるのです。





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最終更新日  2005年12月22日 00時18分48秒
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Re:「下馬評」の由来って??(12/22)  
なーるほど・・・

はい、初耳でした  
けんしけん  さん
なるほどね~。きっと、その頃も、「うちの上司はさ~」とか「人使いあらいって」とか「もうちょっと給料あげてくれよなぁ」とか、そんな話も出ていたんでしょうね~^^)/ (2005年12月24日 02時47分33秒)

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