あすなろ日記

あすなろ日記

秘密小説『疑惑』3




 兄さん、僕は本当に3人も殺したのかな。夢と現実の区別がつかないって

 言われたけど、僕には真実がはっきりと見えているんだ。僕は悪魔の罠に

 落ちただけなんだ。あの悪魔は僕を誘惑して鉄格子の檻に閉じ込めた。

 僕から総てを奪い、笑ってるんだ。悪魔が面会に来るたびに僕は怯え、

 頭が錯乱する。一年間、僕は鉄格子の窓から病院の庭を眺めて

 暮らしてきたけど、来週、別の病棟に移される。

 そこには頭のおかしい連中がいっぱいいて、毎日、そいつらと一緒に

 食堂で食事をするんだって。隔離されていたほうがまだマシだよ。

 自由時間には娯楽室でトランプをしたり、庭を散歩したりする事も

 できるって医師は言うけど、僕は悪魔以外とは口をききたくないんだ。

 僕を虜にする悪魔の白い肌が忘れられない。指に絡みつく肉の感触、

 流れる血、真綿で首を絞めるようにやんわりと細い首に手をかけた時の

 高揚感。兄さんのものを手に入れる事ができた喜びに僕は陶酔した。

 青木は悪魔にひれ伏す害虫だ。兄さんを不細工にしたコピーだ。

 僕は兄さんのコピーを従えて女王様気取りで君臨する悪魔が許せなかった。

 悪魔は僕に優しかったけど、あの優しさは偽者だった。偽りの優しさで

 僕に嘘をつかせた。僕は3人も殺していない。はっきりと覚えている。

 警察に捕まった時は頭が混乱していて、夢と現実の区別がついて

 いないんじゃないかと弁護士に言われて、刑務所に入りたくなかったら

 言う通りにしろと弁護士に言われて、3人殺したと自供したけど、

 本当は違うんだ。本当の事を言ったら、あの悪魔はどんな顔をするかな。

 薪さんが面会に来てくれて嬉しいと嘘をついている僕にどんな言葉を

 浴びせるのだろう。僕はここを出たら、真っ先に悪魔を抱こうと思っていた。

 誰にでも足を開く淫売だ。すぐに僕も受け入れるだろう。

 あいつが兄さんも僕も狂わせた。そうだ。あいつに復讐をしてやろう。

 このまま生きていても僕が病院を出る頃にはあいつはじいさんだ。

 今、あいつに復讐するほうが楽しいに決まっている。両親に手紙を書こう。

 そして、こうするんだ。貝沼のように・・・


 薪さんが総監に呼び出されて1時間が過ぎた。血相を変えて出て行った

 薪さんが心配だ。総監に問い詰められているのだろうか。

 青木は小池や今井たちの噂話を聞きながら、そんな事を考えていた。

 佐伯が自殺した事や誤認逮捕で薪が第九の室長を辞めさせられるかも

 しれないという噂はすぐに科学警察研究所全体に知れ渡った。

 佐伯の両親が遺書を読んで激怒し、総監に文句を言いに来たらしい。

 佐伯は財閥の御曹司だったから、きっと薪さんはクビになると皆が言っていた。

 薪が出て行ってすぐに佐伯の脳が第九に到着した。MRI捜査で事実を

 解明しなくてはならなかったが、ほんの短い期間ではあったものの

 同じ第九の仲間だった佐伯の脳は見ず知らずの犯罪者の脳と違って、

 見るに忍びないものがあった。薪の帰りが遅ければ遅いほど噂が

 本当のような気がして青木はいたたまれなかった。

 更に30分ほど経ってから、薪が戻ってきた。薪はいつにも増して

 蒼白い顔をしていた。だが、平静を装って、捜査説明を淡々と語り始めた。

 「佐伯が自殺した。昨日、病院の自室でガラス製のコップの破片で

 首の頚動脈を切り裂き、出血多量により死亡。病室には遺書が残されていた。

 MRI捜査の担当は青木。お前だ。」

 薪は青木に資料が入った封筒を渡した。

 MRI捜査は人払いをした別室での捜査だった。表向きは鈴木の脳を見た

 佐伯の狂気が皆に伝染するといけないからという理由だが、本当は裸を

 見られたくないからだった。おとり捜査であられもない姿をさらしただけでなく、

 鈴木と過ごした蜜月を佐伯はMRIで見ている。第九の全員に公開できる

 ものではなかった。だから、薪は青木と二人だけでMRI捜査を開始したのだった。

 薪は青木の後ろで腕を組み、黙って画面を見ていた。


 佐伯は雪の降り積もる美しい情景を長い間、見つめていた。

 それから、おもむろに机に向かい、便箋とボールペンを取り出して、

 手紙を書き始めた。手紙の内容はこうだった。

 『お父さん、お母さん、先立つ不幸をお許しください。

 僕は長い間、嘘をついていました。

 僕は悪魔の罠にはまり、警察に捕まりました。

 でも、真実は違うのです。

 僕は3人も少年を殺してはいないのです。

 本当の事を言おうかと何度も考えましたが、

 毎月、薪さんが面会に来るたびに甘いご褒美をくれるので、

 誰にも言えないまま、ずるずると生きていました。

 彼の美貌に僕も兄さんも人生を狂わされました。

 僕の脳を見てください。

 真実がきっとわかるはずです。』

 手紙を書き終えた佐伯はゆっくりとガラスのコップを手に取り床に落とした。

 割れて飛び散ったガラスの一番大きい破片を拾い上げ、洗面台に向かって歩いた。

 そして、洗面台の鏡の前に立ち、こう言った。

 「薪さん、僕は一人しか殺していない。」

 佐伯はガラスの破片を首に突きたて喉を掻っ切った。

 血は溢れ、血飛沫が鏡を赤く染めた。


 「薪さん、顔色が真っ青ですよ。少し休憩しますか?それか、

 あとは俺に任せて、休んでいてください。」

 「いや、いい、そのまま続けろ。」

 青木は薪を気遣って、数時間見ていた佐伯の脳のMRI捜査を一時中断しよう

 と思ったが、薪は続けるように命令した。MRIの画面には病院に面会に

 来ている薪が映っていた。薪は天使のような笑顔で佐伯に話していた。

 「ここを出たら、一緒に暮らそう。愛してる。」

 薪の背中から大きな黒い翼が生えていた。薪は

 「お土産を持って来たよ。」

 と言って、机の上に置いた箱を開けた。箱の中には少年の手が入っていた。

 「食べて。」

 薪は佐伯に悪魔のように微笑んだ。

 「美味しいのに。なんで食べないんだ?」

 薪は箱の中から指を千切って口に咥えてみせた。

 「美味しいぞ。食べろよ。」

 モグモグと美味しそうに指を食べる薪を佐伯は黙って見ていた。

 「喰えよ。」

 薪の命令に従って、恐る恐る箱に手を伸ばすと、一瞬で箱の中身がカステラに

 変わった。安心した佐伯はカステラを口に持って行くと、また、指に変わった。

 佐伯は指を床に投げ捨てて吐いた。MRIの画面を青木は直視できなくなった。

 佐伯の吐いた嘔吐物は人の指や目玉や肉片が散乱していたのだった。


 「止めろ。」

 薪が低い声で言った。青木はMRIの画面を停止した。

 「薪さん、およそ一年前まで巻き戻して捜査しましたが、

 だんだん酷くなる一方です。」

 「仕方がないだろう。佐伯は逮捕直後、錯乱状態にあった。

 精神鑑定で刑務所ではなく病院に入る事が決まったくらいなのだから、

 幻覚を見るのは当然だ。」

 「分かっています。佐伯の見ているものは幻覚ですね。」

 「ああ。だが、会話は一部を除いてはほとんど合っている。実際にあの日、

 僕は佐伯の面会に出かけて、差し入れのカステラを美味しいから喰えと

 言ったら、佐伯は吐いたんだ。あの後、佐伯は僕に毎月面会に来て欲しいと

 頼んだ。僕は佐伯が僕といる時だけ幻覚を見るという事を知らなかった。

 いつも笑顔で佐伯はブツブツ独り言を言うんだ。愛してるって。

 僕は鈴木の事でも思い出しているのかと思って、黙って見ていたが、

 僕に愛してるって言われた幻覚を見ていたなんて。

 僕は佐伯に愛してるなんて一度も言っていないのに・・・」

 「薪さん、自分を責めないでください。俺はあなたが軽々しく愛してる

 なんて言う人じゃないって知っていますよ。薪さんが面会に通った一年間で

 佐伯の幻覚症状はほとんど治っていますから。薪さんの背中の黒い羽も消えて、

 普通に会話ができてるじゃありませんか?佐伯が自殺する数日前の最後の

 面会の日には愛してるってセリフもなくなってましたよ。」

 「だから、自殺したんだ。佐伯は病気が回復するにつれて、幻覚も妄想も消えて、

 現実だけが見えるようになった。佐伯が3人も殺していない。1人しか殺して

 いないというのは、真実だろう。最初の2人と3人目とでは誘拐する際の手口が

 同じなだけで、殺し方が全然違う。最初の2人は目隠しされたまま殺されて、

 犯されている間ですら、犯人を見ていない。3人目だけがMRIを意識して

 仮面を被り、鏡に少年を犯すところを映し出している。殺された少年がたまたま

 鈴木の若い頃にどことなく似ていたから、顔で好みの少年を選んだと勘違いした

 んだ。誤認逮捕だ。僕は自分の推理能力を過信して、佐伯を罠にはめて逮捕して

 しまった。佐伯が錯乱状態に陥ったせいで、裁判もろくにせず、連続殺人犯に

 佐伯を仕立て上げてしまった。佐伯は一人しか殺していないというのに!」

 青木は泣き崩れる薪を抱きしめて、こう言った。

 「薪さん、落ち着いてください。最初の少年2人を殺した犯人は俺が

 必ず見つけ出しますから。」


 薪を仮眠室に寝かしつけて、青木は第九の皆が帰った後も一人でMRI捜査を

 続けた。誤認逮捕と薪はなげいたが、3人目の少年に関しては薪の推理した通りの

 犯行だった。1人目と2人目に関しては犯人の顔が一切分からないまま殺されている

 上に、少年を連れ去る際に、後ろから鈍器で少年の頭を殴った犯人の背格好が

 佐伯と似ていたのだから、間違えても仕方がない。おまけに佐伯がアメリカから

 帰国して鈴木の脳を見た直後に事件は起きている。誰もが佐伯の犯行による

 連続殺人事件と思って疑わないだろう。青木はこれは模倣犯だと思った。

 鈴木の脳を通して狂気に伝染した佐伯が連続殺人事件の模倣犯に自らなったのだ。

 薪さんが悪いわけじゃない。青木は何度も自分に言い聞かせた。

 夜中、薪は仮眠室で目を覚ました。静まりかえった第九の明かりが洩れている

 部屋のドアを開けると、MRIの画面に薪の裸体が映し出されていた。

 頬をほんのりと高揚させ、ベッドの上で足を広げる薪は可憐で、初々しく、

 今とは別人のようだった。

 「何を見ている。」

 MRIの画面を見ている青木に薪は問いかけた。すると、青木は振り返って、

 こう言った。

 「あっ、薪さん、もう起きたんですか?全然気付かなかった。

 今、鈴木さんの脳を見ている佐伯をMRI捜査していました。」

 「それは分かっている。僕は何故こんなシーンを見ているんだ

 と聞いているんだ。」

 「それは・・・」

 青木が説明しようとした瞬間、画面を見ていた薪の顔色が変わった。

 「これは、一体・・・」

 薪が息を呑んで凝視したものは、四肢が切断され、腸が引きずり出された

 薪の姿だった。

 「フラッシュバックです。鈴木さんは貝沼の脳を見てから、

 ずっとフラッシュバックに悩まされていました。」

 青木の説明が終わった時にはもう画面は変わっていた。

 佐伯が早送りで飛ばしたのかもう別の場面になっていた。

 「愛してる。愛してるよ。鈴木。」

 天使のように微笑む薪の顔が画面いっぱいに映っていた。

 その愛を紡ぐ行為が悲しくて、画面の中の薪が幸せであればあるほど、

 何故だか急に悲しくなった。無意識のうちに薪は一滴の涙を流していた。

 「薪さん。」

 青木が薪にハンカチを差し出すと、薪は自分が泣いている事に初めて

 気付いたようだった。

 「画面を見てください。画面の所々が白くぼんやりと曇っているでしょう。

 佐伯はこの映像を見て、泣いていたのです。この悲しい感情は佐伯の涙です。

 あなたが今、流した涙は佐伯の涙なんです。面会に来る度に佐伯が見ていた

 薪さんの幻覚は、『愛してる』という言葉は鈴木さんへの愛の告白の

 フラッシュバックだったんです。」


 青木は薪を抱きしめた。そして、顔を上げさせると、そっと涙を拭い、

 口づけをした。うっすらと開いた唇に舌を入れながら、青木は薪のネクタイを

 ほどいた。上着を脱がせ、ズボンのベルトを外そうとした時、

 「やめろ。」

 と、薪が抵抗した。

 「今更、恥ずかしがる事ないでしょう。夜、二人っきりになった時、

 前にも室長室でした事あるでしょ。」

 「ダメだ。あっ。」

 青木の手がズボンの中に滑り込み、薪に触れた。ギュッと掴まれて、

 薪は思わず声をあげてしまった。青木は薪を手で愛撫しながら、

 首筋にキスを落としていく。

 「薪さん、そこに手をついて後ろを向いてください。」

 青木は突然MRIの画面が見えるようにクルッと向きを変えた。

 画面の中の薪はベッドに四つん這いになって、鈴木に後ろを舐めてもらっていた。

 まだ恥じらいがあるのか、いやいやと首を振りながら、薄ピンク色の蕾を

 ヒクヒクさせていた。

 「鈴木さんの脳はすごい所まで良く見えますね。俺も死んだら

 誰かに脳を見られるのかな。」

 と言うと、青木は下着ごと一気にズボンを引きずりおろした。

 そして、薪の尻を掴んで左右に押し広げ、蕾を舐めた。

 「あっ。やめろ。いやだ。あっ。」

 薪は片手で青木の頭を掴み、押しのけようとしたが、青木はやめなかった。

 「ちゃんと画面を見ててください。」

 意地悪く青木は言うと、尻を掴んだまま両手の親指を入れて更に押し広げ、

 舌で内壁を舐めまわした。

 「あ、ああ。」

 「気持ち良いですか?薪さんのヒクヒクしてますよ。もう入れて良いですか?」

 青木は薪の返事も待たずに入ってきた。

 「うっ。うぅ。あっ。ああ、ああ~」

 「痛いですか?やっぱりローションなしじゃ痛いですよね?

 でも、処女じゃないから血はでないなぁ。」

 「な、何を言ってるんだ?あっ。ああ。」

 青木は腰を動かしながらMRIの画面を指差して、こう言った。

 「ほら、血が出てる。薪さんが痛がってるのに、あんなに興奮して、

 鈴木さんって酷い人ですね。初めての時にローション使わないなんて。

 俺、前にもこの映像見た事あるんですよ。どっちが誘ったのか

 気になるじゃないですか。薪さんって随分遊んでたくせに鈴木さんが

 初めてだったんですよね。それって、鈴木さんを殺したショックで

 遊び出したって事じゃないですか。傷つくなぁ。男としては。」

 青木はいっそう激しく腰を打ちつけた。

 「あ、ああ、ああ~」

 青木は嬌声を上げる薪の耳朶を軽く噛むと、優しい声で囁いた。

 「好きです。薪さん。愛しています。」

 「う、うるさい。黙れ。あっ、ああ~」

 「どうして俺には愛してるって言ってくれないんですか?

 鈴木さんにはあんなに愛してるって連発してるのに・・・

 俺も嫉妬で狂いそうです。」

 画面の中の薪は鈴木に愛を囁いていた。甘く蕩けるような愛の告白は

 ぼんやりと白く霞んでいた。


 翌朝、仮眠室で目が覚めた青木は時計を見て驚いた。

 慌てて第九に走って行くと、岡部が

 「青木、今何時だと思ってるんだ?!もう9時半だぞ。」

 と怒鳴った。

 「すみません。昨夜は徹夜だったものですから。寝坊してしまって、

 すみませんでした。」

 青木は深く頭を下げて謝った後、薪のほうを見て、小声で

 「起こしてくれたらよかったのに・・・」

 と言った。すると、薪は眉をつりあげて、こう言った。

 「起こしてだって?自分で起きられないような自己管理能力の

 ない奴は第九には要らない。今度遅刻したら辞表を提出しろ。」

 絶句する青木に小池がひそひそ声で聞いた。

 「お前、一体何をしたんだ?室長、朝から大荒れだぞ。」

 「おい!そこ。私語は慎め。それから、遅刻するような奴とは

 皆、口を利くな。分かったな。」

 「はい。」

 小池が慌てて返事をした。そして、そそくさと青木から離れていった。

 第九のメンバー全員が一斉に青木から目をそらした。集団無視か?!

 小学生のいじめじゃないんだから!と、青木は思った。そして、青木は

 孤独に一人で仕事をしながら、昨日やりすぎた事を後悔したのだった。


 夕方、青木は薪に報告書を提出した。

 「MRI捜査の結果、ほぼ薪さんの予想通りでした。佐伯は喫茶店の窓から

 3人目の被害者である少年が塾に入って行くのを見かけ、数十分後こっそりと

 塾の入口に置いてあるチラシを手に入れます。それは4月からの新入生募集用の

 チラシで塾の時間割が書いてあるものでした。誰でも自由に持ち帰れるので、

 不審に思う人はいなかったと思われます。数日後、塾の終わる時間帯に

 駅前の喫茶店に再び行き、少年が塾を出るのを見て佐伯はあとをつけます。

 少年の自宅の前まで尾行して、その日は何もせずに帰りました。そして、また

 数日後、車を止めやすい場所を探します。そして犯行当日、連続殺人事件の犯人と

 同じ色形のコートを着て、帽子を被り、マスク、サングラス、手袋をつけて、

 人けのない犯行現場に行きます。金槌で後頭部を殴り、クロロホルムを嗅がせ、

 拉致します。そして、浴室で少年を犯し、手足を切断し・・・」

 「もういい。2日間かけて、たったそれだけか?」

 「は?はい。」

 「真犯人を見つけるって言ったのは嘘か?余計なものばかり見ているから、

 2日もかけて、その程度しか調べられないんだ。もう今日は帰っていい。

 明日から1人目と2人目の被害者の脳を調べろ。」

 「お言葉ですが、薪さん。俺は佐伯が何故、模倣犯となったかを調べていたんです。

 また、新聞では得られない犯人の服装などの情報も佐伯が殺人課で見聞きして

 知っていた事も調べました。報告書を読んでいただければ、模倣犯である事を

 立証できます。」

 「おまえはバカか?そんな事は最初から分かっていた筈だ。

 鈴木の脳を見なくても、捜査はできたと僕は言ったんだ。もういい。帰れ。」

 青木は薪に冷たくあしらわれ、言葉もなく帰宅した。


 3日間、青木は薪に口を聞いてもらえなかった。毎日一人で朝から晩まで

 MRIを見続けて、とうとう犯人を見つけ出した。

 これでやっと薪さんに許してもらえると青木は思い、報告書を書く前に

 薪に知らせに行った。トントンとドアをノックすると、

 「入れ。」

 と言われた。薪は別室で佐伯の脳を見ていた。MRIの画面には鈴木が

 映っていた。子供の頃の鈴木が眩しいほどの笑顔で何処かの田舎のあぜ道を

 走っていた。壮大に広がる菜の花畑が綺麗だった。子供の頃の鈴木の顔は

 殺された少年にそっくりだった。青木は薪がそんな昔までさかのぼって

 佐伯の脳を見ている事に驚いたが、あえて何も触れず、

 「犯人が見つかりましたよ。」

 と言った。

 「やっと見つけたか。確証はあるんだろうな。」

 「はい。犯人は田中健太郎27歳。殺された少年の通う中学の理科の教員でした。

 1人目の被害者岡田大輝君14歳の担任ではなかったので、当初、捜査対象から

 外れるほど印象が薄く、見逃してしまっていたのですが、2人目の被害者

 大島勇一君16歳を2年前までMRIで調べたところ、容疑者田中健太郎は

 中学3年生の時の担任でした。田中健太郎は4月に岡田大輝君の学校に転任して

 きたのです。当初、大島勇一君に関しては高校入学以降しかMRIで捜査して

 いなかったので、容疑者が浮かんできませんでした。1人目の被害者と2人目の

 被害者は学区も違い、面識もなく、何の接点もなかったのはその為です。

 この連続殺人事件は暴行目的の快楽殺人ではなく、怨恨によるものでした。詳しくは

 MRIの画面を見せながら説明します。薪さん、こちらにいらしてください。」


 青木は薪にMRIを見せながら報告した。

 「まず最初に、一人目の被害者の岡田大輝君ですが、彼はクラスの男子から

 いじめにあっていました。いじめと言ってもからかい程度のもので、

 暴力をふるわれたり、お金を取られたりといった事はありませんでした。

 中2の夏休み頃から携帯に迷惑メールが月に数件送られてくるようになり、

 年が明けてからは週に数件『死ね』『殺すぞ』等の脅迫文ともとれるメールが

 送られてきました。また無言電話も何度かあった事からストーカーによる

 犯行かとも思われましたが、メールを送っていたのは岡田君をいじめていた

 クラスメイトでした。とにかくこの事件は紛らわしい事の連続で、被害者に

 深く関わっている人間から見つけ出そうとしても犯人は割り出せませんでした。

 岡田君は成績も中の上でまじめな生徒として先生達からは可愛がられており、

 担任でもない理科の教師が休み時間に話しかけていても、とりとめのない

 日常の一部分でしかなかったので、つい見逃してしまっていたのです。しかし、

 1月のある日、学校の下駄箱の上靴の中に画鋲が入っていて、知らずに履いて、

 画鋲がかかとに刺さり、泣いていた岡田君をたまたま通りがかった田中容疑者が

 保健室に連れて行き、保健室の先生が偶然いなかったため、田中が岡田君の足の裏を

 消毒し、バンドエードを貼った際に、田中が岡田君のズボンの裾に手を入れ、

 足首を撫で回しました。そして、『可哀相に。いじめられているんだろう?

 他に怪我はないかい?服を脱ぎなさい。アザがないか確かめてやるから。先生は

 心配して言ってるんだ。何だって?!待て!』と言って、保健室から逃げ出した

 岡田君を追いかけようとします。しかし、思いとどまったのか追いかけては

 きませんでした。それから約1ヵ月後、岡田君は殺されます。」


 青木はいったんMRIを止めると、薪にこう言った。

 「殺害された岡田君が田中容疑者に何を言ったのかは分かりません。

 ただそれ以降、全く話しかけていない事から、何かしら怒らせるような事を

 言ったのは間違いないかと思われます。」

 薪は溜め息をついて、少し考え込んだ後、こう言った。

 「田中容疑者が塾のある駅前辺りや被害者の家の辺りをうろついていた事はないか?

 確か一年前の報告書には放課後に被害者と接触した形跡はなかったはずだが・・・」

 「はい。確かに放課後の接触はありませんでしたが、田中は塾に通っていた事を

 知っていました。おそらく見つからないようこっそりと後をつけたのではないかと

 思います。MRIは被害者の目に映った画像しか見る事ができませんから。

 田中は数ヶ月間に及ぶ学校での休み時間のとりとめのない会話から、塾、自宅、

 放課後何をしているかなどの情報収集は十分にできていたと考えられます。

 岡田君は田中の事を親切な先生と思っていたようです。それが、あの保健室の日

 以降、学校の廊下で顔を合わせても目を伏せて視線を合わせないようにしています。

 それまでは週に何回か1、2分ほど立ち話をしていたのに、明らかに不自然です。」

 「実は以前に僕もこの場面を見て、もしやとは思ったのだが、これだけで犯人と

 決めつけるには状況証拠としては弱い。二人目の被害者とは高校入学以降の接触は

 なかったと思うのだが、何か見落とした点があったのか?」

 「はい。ありました。田中容疑者は保健室の数日後、大島勇一君の通う塾の近くの

 駅前の本屋に出没しています。偶然田中を見かけた大島君は声もかけずに数十秒間

 凝視した後、何事もなかったように漫画本を買い、本屋を去ります。そして、

 本屋を出る時に大島君は一度振り向いて、田中の姿が見えないのを確認して

 安心したように塾へと向かいました。もし、ここで田中の姿が確認されていたら、

 塾へ行く途中に後をつけているのが確認されていたら、容疑者として

 浮かび上がってきたかもしれませんが、尾行に気付かなかったのか大島君は

 田中を見ていません。高校入学以降殺害されるまでの間に田中を目撃したのは

 たった一度だけでしたから、当初の捜査で見落としても不思議ではありません。

 俺も中学校までさかのぼって脳を見なければ見落としていたでしょう。問題は

 中学校時代の田中と大島君の関係にあります。」

 「二人の間に何があったんだ?」

 「いじめです。」

 「いじめ?」

 「はい。正確に言うと、学級崩壊と言ったほうが良いのかもしれませんが、

 生徒による教師への悪質な嫌がらせが続き、担任を変えたほうがいいという

 保護者からの声も上がるほど授業妨害や誹謗中傷が耐えなかったようです。」

 「具体的にどのような事が起きていたんだ?」

 「まず、黒板に『ホモ教師』などと書かれたり、掃除の時間にバケツの水を

 突然かけられたり、イスに画鋲をまかれたりされていました。」

 「何故だ?原因は?」

 「田中容疑者はクラスのいじめられっ子を助けようとして、いじめっ子グループの

 ボスである大島君を殴りました。しかし、いじめられっ子の男の子が校長の前で

 いじめられていないと嘘の証言をした為、田中は暴力事件を起こした教師として

 厳重注意され、謝らされました。更に、常日頃からかばい、可愛がっていた

 いじめられっ子の男の子が田中にセクハラされたと訴えたので、田中は窮地に

 追い込まれます。その男の子は脅されて大島君の言いなりになっただけなのですが、

 田中は暴力教師、ホモ教師と罵られ、生徒達からいじめにあうはめになりました。

 学校側の態度は冷たく、転任するまでの数ヶ月間、田中は地獄のような四面楚歌の

 日々を送っていたのでした。」


 「なるほど。それで殺したのか。心機一転やり直そうとした田中は努めて穏やかに

 全ての生徒に当たり障りなく若干距離を置いて接していたが、保健室で何かが

 壊れたんだな。おそらく魅かれていた岡田君に何か酷い事を言われたんだろう。

 本来、正義感が強く熱くなるタイプの人間は大人しく目立たないように暮らす

 だけでもストレスが溜まるはずだ。ましてやいじめられた経験がある人間は心に

 トラウマを抱えるものだ。田中は可愛がっていたいじめられっ子の男の子に

 裏切られたと思っているのだろう。心に闇を抱える人間はふとした事がきっかけで、

 凶悪犯になる事がある。もし、保健室で岡田君に罵られたとしたら、それだけで、

 心が壊れる原因になりうる。」

 「はい。実際に田中はセクハラはしていませんから。保健室での行為は

 セクハラに入るのかもしれませんが、それ以外は一切ありません。」

 「容疑者の男性関係を調べろ。おそらく男性経験もあまりなく、禁欲生活が

 続いていたのではないかと思う。かなり抑圧された性欲が爆発し、一人目を

 殺害した後で、二人目への復讐を果たしたのだと考えられる。この連続殺人事件は

 青木の言う通り怨恨だ。快楽殺人と考えたのは僕のミスだった。よく見れば、

 被害者3人の顔は似ていないじゃないか?何故3人とも鈴木に似ているように

 思ったのだろう。」

 「薪さん、3人目の被害者、佐伯が殺害した少年は鈴木さんに似ていますよ。

 どちらかというと1人目の被害者の岡田君は佐伯に似た美少年で、2人目の

 被害者の大島君は俺に似ています。目が細くて背が高いところなんかそっくりです。

 世間一般的に考えたら、目の大きさが違えば、顔は似ているとは言いません。

 顔のランクも上・中の中・中の上と3人とも違います。でも、薪さんは殺された

 3人が自分の男3人に偶然それぞれ顔が似ていたので、被害者3人が似たような顔

 と思ってしまったのでしょう。俺も皆から鈴木さんに似てるって言われて

 いい気になってました。」

 「言っておくが、佐伯は僕の男じゃないぞ。」

 「はぁ。まぁ、そうでしたね。それより俺は薪さんの好みの顔で良かったです。」

 「何を言ってるんだ。別にお前なんか好みじゃないぞ。」

 「はいはい。分かりました。薪さんは俺の事なんか好きじゃないんでしたよね?」

 青木は少し拗ねたように言った。薪が何か言おうとした時、青木は突然

 薪を抱き寄せた。ゆっくりと顔を近づけてくる。青木の唇が薪の唇に触れると、

 先ほどの言葉とは裏腹に熱い口づけを交わした。長いディープキスの後、青木は

 「今晩、薪さんの家に行ってもいいですか?」

 と聞いた。すると、薪はこう言った。

 「調子に乗るな。お前は今日中に報告書を提出しろ。真犯人を捕まえるまでは

 おあずけだ。」


 翌日、薪と青木は中学校に訊き込みに行った。しかし、田中はすでに

 辞職しており、住所も引っ越して分からなくなっていた。

 「八方ふさがりだな。」

 ため息をつく薪に青木は

 「指名手配できませんか?」

 と言った。だが、薪はこう言った。

 「裏がとれてないのに、指名手配できるわけがないだろう?

 まだMRIで殺人の動機のある人物を見つけ出しただけに過ぎない。

 状況証拠すらないんだぞ。本人がいれば、何か揺さぶりをかけて、

 尻尾を出したところで任意同行で署に連行すれば、自白に追い込める

 かもしれないのだが、容疑者が行方不明では捜査ができない。逮捕状が

 とれなければ、所轄は使えない。八方ふさがりだ。」

 頭を抱えている薪に岡部がやって来て、言った。

 「室長、総監がお呼びです。」

 「チッ。こんな時に・・・」

 薪は不機嫌そうに舌打ちして室長室を出て行った。

 青木はもう一度MRIで犯行当日に犯人が映っていないか調べてみた。

 だが、1人目の被害者が犯人を見たのは鈍器で殴られた際に倒れながら

 振り向いた時の一度だけだった。犯人はサングラスをして、花粉症用の

 大きなマスクをし、帽子を深く被り、コートを着て、手袋をしている。

 見るからに怪しい格好だが、目撃者は一人もいない。クロロホルムを嗅がされて、

 気を失い、目が覚めた時には目隠しをされていて、犯人の顔が全く見えない状態で

 犯されている。二人目も同じで犯人の顔を見ていない。違う所といえば、

 尾行されている事に気が付いて、一瞬走り出したが、すぐに捕まって

 クロロホルムを嗅がされた後、鈍器で何度も殴られている。ほんの数十秒間か

 せいぜい1分間の出来事だが、大声を出せば、人けのない夜道でも誰か

 見に来るはずだ。それなのに目撃者は誰もいない。声を出さなかったのだろうか。

 車で連れ去られ、目が覚めた後も目隠しされ、口と手を縛られていて、

 声を出せず、身動きもとれずにいる。どこかの家のソファーで殴られ、犯され、

 痛めつけられ、首を絞められて殺されるまで少年は何も見ていない。

 田中容疑者のアパートは2階だった。駐車場に止めて自宅まで担いで帰ったら、

 誰かに見られるに決まっている。どこに連れ込んだのだろう。いや、待てよ。

 目が見えていないのに何故ベッドじゃなくてソファーだと思ったんだ?幻影だ。

 少年が触れて体感したものがぼんやりと浮かんで見えたんだ。だから、頭の上で

 両手を縛られていたのも分かったし、犯人が服を着たままのしかかっているのも

 分かった。あっ、これは車。車の中だ。犯人は車で連れ去った後、そのまま

 犯している。ソファーだと思ったのは車の後部座席だ。目撃者がいないのは

 自宅や隠れ家に連れ込んでいなかったからだ。もし、車の窓ガラスを

 黒いシールド張りにしていたら、外からは見えない。では、どこに車を

 止めたのだろう。人に見つからずに3、4時間駐車できる場所。河川敷だ。

 二人目の被害者は川に死体を捨てられている。一人目は池だった。いずれも

 近くに車を止めやすい場所がある。連れ去る時の数分間と死体を捨てる時の

 数分間に運よく人に見られなければ、目撃者はいない。連れ去る場所も

 大きな公園の横の道で夜間は滅多に車も通らない道だった。犯人は綿密な計画を

 立てて犯行に及んだに違いないと青木は思った。

 「ちょっと訊き込みに行ってきます。」

 青木は岡部に告げると、犯行現場に向かった。


 公園周辺で訊きこみをしてみたが、目撃者はいなかった。

 冬の公園は殺伐としていて、子供が遊ぶ姿も見られなかった。

 しかも犯行当日は雨が降っていた。雨の降る夜に公園に行く物好きはいない。

 池に死体を投げ込んでも誰にも見つからないだろう。青木は途方に暮れて

 公園の中を歩いていた。すると、携帯電話が突然鳴った。薪からだった。

 「もしもし。青木です。」

 「訊きこみに出かけたと岡部から聞いたが、何か分かったか?」

 「いえ。何も。」

 「だろうな。1年前に所轄の刑事が目撃者を見つけられなかった事件だ。

 お前が見つけられるはずがない。もう戻って来い。」

 「はい。でも、もう少し池の周囲を見て、公園を自分の目で見て調べてから

 帰ります。」

 「分かった。好きにしろ。そういえば、今日は1人目の被害者が殺された

 命日だったな。」

 「今日でまる一年経つんですよね。花でも買って来れば良かった。」

 「そうだな。」

 「じゃ、遅くなると思うんで、直帰してもいいですか?」

 青木は携帯電話を切ると、茜色に染まった空を見上げた。

 もうすぐ日が暮れる。青木は少年の死体が発見された場所へと向かった。

 すると、その途中、じっと池を見つめている背の高いさえない男が池の淵に

 立っているのを発見した。田中だった。思わぬ事態に青木は気が動転して

 「田中」

 と呟いてしまった。すると、田中は振り向いて、こう言った。

 「俺の名前を呼びましたか?お会いした事ありましたっけ?」

 「あ、いや、その・・・」

 青木は焦って口籠ってしまったが、田中は近づいて来て

 「どこかで見たような・・・どちら様ですか?」

 と聞いた。青木は下手な事を言って、逃げられては困ると思い、咄嗟に嘘をついた。

 「田中先生、お久しぶりです。学校をおやめになったと聞きましたが・・・」

 「やはり、父兄の方でしたか?大島君のお兄さんでしたよね?

 その節はどうも。」

 田中は意味深な笑みを浮かべて会釈をした。青木は人違いをされている

 と思ったが、話を合わせる事にした。

 「先生は今、どちらに・・・」

 「隣の市で塾の講師をしています。立ち話も何ですから、喫茶店にでも

 行きませんか?車をすぐそこに止めてありますから、よろしければ乗りませんか?」

 「はい。お願いします。」

 青木は危険だと分かっていながら、田中の車に乗った。


 「田中先生はどちらにお住まいですか?」

 車に乗り込んで間もなく、青木が聞いた。

 「隣の市ですよ。それより、大島君のお兄さんは確か大学4年生でしたね。

 就職はもう決まりましたか?」

 「え?あ、はい。おかげさまで。なんとか・・・」

 青木はMRI捜査で大島の兄に自分が似ている事は知っていたが、

 兄に関する情報はあまり覚えていなかった。下手に何か言って、他人に

 なりすましている事がばれるとまずいので、青木は話題を変えようと思った。

 「先生はあの池で何をなさっていたんですか?」

 「今日は殺された教え子の命日なんですよ。あの連続殺人事件の・・・

 お兄さんとはお忙しいご両親の代わりに家庭訪問の日に一度お会いしただけ

 ですけど、弟さんも連続殺人犯の魔の手にかかって、さぞやお辛かったと心中

 お察し致します。もうすぐ大島君の命日でしたね。そうだ。このまま川を見に

 行きませんか?少し早いけど、殺された大島君の為に花を供えたいと思います。

 よろしいですか?」

 「あ、はい。」

 青木はいろいろと聞き出すチャンスかもしれないと思って、田中の提案に応じた。

 車は死体遺棄された多摩川上流へと向かった。

 途中花屋に寄ると言いながら、結局、車はどこにも寄り道せず多摩川上流の

 河川敷まで来てしまった。すでに日は暮れて、真っ暗だった。

 田中は河川敷に車を止めると、

 「あんた、本当は誰なんだよ?」

 と言った。青木は突然の質問に面食らったような顔をして黙ってしまった。

 「最初、池で名前を呼ばれた時は大島の兄さんだと思ったよ。でも、

 あいつの兄貴が俺の車に乗ったりするわけがないんだ。しかも、あんたは

 大学生にみえない。大学生が就職活動でもないのに何で紺色のスーツ着て

 歩いてるんだ?それに、あんた、歳は20代半ばか後半だろう?

 22歳にみえないんだよ。」

 青木は顔をこわばらせて、胸元の銃に手をやろうとした。だが、その前に、

 田中にスタンガンを押し当てられ、気を失ってしまった。


 目が覚めると、青木は手を縛られ、服を脱がされていた。スタンガンのせいで

 身体が痺れたように動かなかった。

 「あんた、警察官だったんだな。嫌な予感が的中したよ。人の脳を覗き見する

 警視庁の捜査官だったとはな。あんたは大島や岡田の脳も見たんだろ?

 じゃあ、俺が2人を殺したわけは分かるな。」

 「復讐だろ。」

 「ああ、そうだ。復讐だ。保健室で岡田に『気色悪い。手を放せ。ホモ教師』

 と言われて、それまで我慢していた何かが俺の中で崩れたんだ。

 生徒を心配したって、あいつらには伝わらない。ホモだと罵られるだけだ。

 人の愛情が気持ち悪いと感じるような奴には仕返ししてやろうと思ったんだ。

 でも、最初は殺すつもりはなかったんだ。誰に襲われたか分からないように

 目隠しをして、犯した後は縛ったまま公園に置き去りにするつもりだったんだ。

 それなのに白いうなじを見ていたら、つい首を絞めたくなって、やってる最中に

 首を絞めて殺してしまった。慌ててそのまま池に放り込んだよ。1人殺したら

 2人殺すのも一緒だって思って、大島にも復讐したんだ。あいつには恨みが

 あったから、たっぷりといたぶって殺してやったよ。でも、3人目の被害者が

 出た時にはびっくりしたな。全く知らない奴が手足切断されて殺されただろ。

 世間では連続殺人事件だって騒いでたし、警察がバカで助かったけど、

 誤認逮捕された犯人が裁判で一人しか殺していないって言ったら、捜査が

 再開されるかもしれない。そう考えると、逃げたくなって、俺は学校に辞表を

 提出しちまった。塾の講師をやりながら、雲隠れしてる間もいつか捕まるような

 気がして落ち着かなかったよ。いっそ死んだら、楽になるんじゃないかって

 思ってさ。池を見てたら本当に死にたくなって、そんな時にあんたに声を

 かけられたんだ。それで俺は最後にもう1回ヤって死のうかなって思ったんだ。」

 田中の手が青木へと伸びた。

 「う、うぅ。」

 青木は首を絞められて呻いた。抵抗しようと足をバタつかせると

 「スタンガン3発くらっててよく動けるな。もう一発くらわせるか。」

 と田中は言って、青木の胸にスタンガンを押し当てた。

 「うわぁあああ」

 青木が悲鳴をあげた。田中は

 「これでまたしばらくは大人しいだろう。」

 と言って、今度は足を抱え上げた。

 「何するんだ?!やめっ!やめろっ!!」

 青木の抵抗もむなしく、田中はいきなり青木の中に入ってきた。

 「ぎゃああああ~」

 青木の絶叫が車内に響き渡った。


 身体が裂け、身体の芯から真っ二つに引き裂かれるような痛みが青木を襲った。

 殺されるという恐怖よりも初めて受ける屈辱に青木は涙を流した。

 痛みと苦しみと絶望の中で青木は田中に犯され、泣き叫んだ。

 「うわぁあああ」

 青木は涙で何も見えなくなるくらいに大声で泣き叫びながら、

 腸をえぐられる痛みに耐え切れなくて、気を失いそうになった。

 だが、体内の異物が激しく動く連続した痛みに身体が意識を手放す事を

 許してくれなかった。殴られるよりも辛い痛みに青木は号泣した。

 「ヘぇ。大人でも泣くんだ。ガキみたいに泣き喚いて、そんなに痛いか?」

 田中は目を輝かせて、涙でぐちゃぐちゃになった青木の顔を覗き込むようにして

 笑った。畜生、殺してやる!青木は心の中で殺意を抱いた。しかし、それと

 同時に田中が自殺しようと考えていた事を思い出した。あいつが死んだら、

 脳を見られる!青木は自分の無様な姿を人に見られるのが嫌だと思った。

 自分が犯されている姿をスクリーンに映し出されるなんて絶対に嫌だ。

 誰か助けてくれ!助けて!薪さん!助けて!青木は心の中で叫んだ。

 すると突然、銃声がして、車のフロントガラスが割れた。銃弾が

 撃ち込まれたのだった。田中は驚き、取り乱したように青木から離れて、

 外に出た。車の外には薪が立っていた。薪は拳銃を構えて、田中にこう言った。

 「手をあげろ。動くな。」

 しかし、田中は薪の他に警官がいないのを見て、青木が気絶している間に

 奪い取った銃を懐から取り出し、

 「こっちには人質がいるぞ。銃を捨てろ!」

 と、薪に銃を向けて言った。だが、薪は一瞬、目を閉じて考えた後、

 無言で発砲した。銃弾は田中の額を貫き、血飛沫が車に飛び散った。

 田中は声もなく倒れた。即死だった。薪は車に乗り込み、ハンドルを握った。

 「薪さん、何を?!」

 青木の言葉も無視して、薪は田中の頭を車で轢き潰した。

 「薪さん!」

 青木は恐ろしいものでも見るように薪を見た。薪はハンドルから手を放し、

 深く深呼吸してから、青木に言った。

 「これで田中の脳は誰にも見られない。もう大丈夫だ。」


 翌日、薪は総監に呼び出され、辞表を提出するよう言われた。だが、青木が

 医師の診断書を添えて、暴行を受けたと証言し、薪の正当防衛を主張した為、

 薪は謹慎処分で済んだ。青木は犯人が撃たれて車の前に倒れこんできた時に

 驚いて車を発車してしまった為、誤って轢き殺してしまったと嘘の証言をした。

 脳をわざと轢き潰した事を知られてはいけないと青木は薪をかばったのだった。

 青木は不慮の事故により、犯人を死なせてしまった事を謝罪し、自分も

 謹慎処分にして欲しいと申し出た。これによって、二人とも3日間の謹慎と

 始末書の提出だけで済まされたのだった。青木は犯人の自白による事件の全容を

 報告書にまとめて提出した。おとり捜査まがいの事件解決に総監は難色を示したが、

 やむなく、これを受理。連続殺人事件は幕を閉じた。

 そして、冬の終わりを告げる頃、青木の傷は癒えた。

 「薪さん、今日でもう来なくていいって医者に言われました。」

 「よかったな。青木。」

 「はい。2針縫った時はどうなることかと思いましたが、トイレに行っても

 痛くなくなりましたし、もう大丈夫です。」

 「そうか。今日は快気祝いだ。飲め。」

 薪はワインをあけてグラスに注いだ。青木が暴行を受けた傷は全治2週間

 という重症だった。青木は大人しく入院していれば良いものを、病院を

 抜け出して、総監と掛け合ったり、無理して仕事に復帰したものだから、

 なかなか治らなかったのだ。

 「乾杯。」

 グラスを傾ける薪を見て、人殺しの汚名を着てまでかばう必要はないと

 怒られても嘘の証言をしてよかったと青木は思った。

 「薪さんがGPS携帯を持たせてくれていて良かったです。薪さんが

 助けに来てくれなかったら、俺は殺されていました。薪さんは命の恩人です。」

 青木は薪に口づけした。そして、舌を絡ませて吸いながら優しく薪の服を脱がせた。


 一糸纏わぬ姿の薪を抱きかかえて青木は寝室へと向かった。

 薪はお姫様抱っこに少し照れて、

 「リビングのソファーでいいのに・・・」

 と言ったが、青木は

 「ダメですよ。ちゃんとベッドでしなくちゃ。俺は薪さんを

 大切に扱いたいんです。」

 と言って、薪をベッドへ運んだ。薪はいろんな場所でしたがるほうだったが、

 今日は事件以来、初めての夜だったので、久しぶりにちゃんと抱きたかった

 のだった。青木は

 「今夜は薪さんの好きなところばかりをせめてあげますよ。」

 と薪の耳元で囁いた。そして、耳朶を軽く噛むと、胸の突起を指で摘んだ。

 耳から首筋にかけて舐め上げ、胸から下腹へと舌を這わせた。

 既に大きくなったものを口に含み、丁寧に舐めあげた。青木が先端に

 舌を挿し入れると、薪は嬌声をあげた。

 「あ、ああ、ああ~」

 薪の身体がビクビクッと震えた。すると、達する一歩手前で青木は口を離した。

 「あ~」

 薪は身悶えしながら、淫靡な瞳で青木を見つめた。

 「薪さん、もっと足を開いてください。薪さんの好きなところを

 舐めてあげますよ。」

 青木は意地悪そうに微笑んで薪に足を開かせた。蕾はまだ触れてもいないのに

 ヒクヒクと口を開けたり閉じたりしていた。青木が舌を挿し入れて、

 内壁を舐めると、薪は蜜を滴らせて、悦んだ。青木は再び蜜を舐め取るように

 薪のものを舐めながら、指を薪の蕾に入れた。1本2本と時間をかけて

 増やしていく。指をクイッと曲げて、薪の体内の最も感じる部分を刺激すると、

 「あっ、や~、あ、あ、ああ~」

 薪は身体を仰け反らせて、果ててしまった。青木は薪の吐き出した欲望を

 総て飲み込み、

 「薪さん、気持ち良かったですか?もっとよくしてあげますよ。」

 と言うと、ローションをつけて、薪に挿入した。

 「あ、ああ、ああ~」

 薪は歓喜の声を上げて腰を使い、青木の背に腕をまわした。数週間ぶりに

 味わう薪の身体は熱くまったりと柔らかく絡みつき青木を締め付ける。

 青木は今にも達しそうになるのを堪えて、腰を動かした。薪の好きなところを

 探し当てて、激しく突くと、薪は先ほど果てたばかりだというのに、

 再び絶頂の波に呑み込まれていった。青木は薪の両足を掴んで、

 更に激しく深く腰を突き動かした。

 「あ、ああ、あああ~」

 薪が絶頂に達すると同時に青木は薪の中に放った。青木は

 薪に覆い被さったまま薪の髪を優しく撫で、口づけした。

 「薪さん、愛しています。たとえ、あなたに愛されていなくても、

 誰かの代わりだったとしても、一生あなただけを愛し続けます。」

 「馬鹿だな。青木は誰の代わりでもない。青木は青木だよ。

 僕は青木が好きなんだ。」

 薪は青木を抱きしめて微笑んだ。身体を繋いだままの睦言は

 甘く蕩ける媚薬の代わりにしかならない。交わっている時だけ優しい

 恋人の言葉に疑惑をいだきながらも青木は再び腰を動かし始めた。

 薪が誰を見て、誰を愛しているかなんて、誰にも分からない。

 多分それは一生背負っていく秘密なのだ。永遠に心が手に入らない恋人を

 青木は一晩中抱き続けた。


                                     (完)





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