吉村のりこ PASTELMONO

吉村のりこ PASTELMONO

ある日常のエッセイ



 朝の光がまぶしいのに、案の定、会社帰りの夫は疲れた様子だった。珈琲を入れて差し出す。凍てついた空気の中で、そこだけ湯気でユルむ。
 3月11日。東北関東大震災。その時、首都圏では電車がストップした。一時的な電車のストップはよくある。復旧の見込みがつかないと言われても、実際には2、3時間ほどで動いたり、待つのが嫌なら他の路線で何とか動けてしまう。
 ところが、本当に全部ストップ。その他の移動手段は、車。でも渋滞で動けない。あとは徒歩しかない。その場に泊まるか歩いて帰るか。
~通勤難民にならないように日頃から対策しましょう~
そんな音声が耳の中に流れる。
 夫とは携帯もメールも通じない。大丈夫なんだろうな、と思う。思うけど、確信がない。でも突然、電話が鳴る。
「今日は会社に泊まって明日電車が動いたら帰る」
そっか。しょうがないよね。
 うつらうつらと眠る真夜中。メールの着信音。
 午後10時30分発信「電車が動いているみたいなので今から帰ります」え?
 午後11時15分発信「混雑しているだけで動いていないので、やっぱり泊まります」はい。
 …夫は珈琲カップを両手ではさみ、ごくりごくりと半分飲んだ。カップをテーブルに戻すと、ゆっくり立ち上がり、寝室に行ってしまった。


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