In limited space and time

3.沙弥佳のアパート


沙弥佳の家には数えるほどしか行ったことがなかったが、覚えてはいた。
駅を二つ過ぎた町から、店に来ていた。
それなりの距離だとタクシー代もバカにならないなぁ、と思った。
原因は、昨日ケーキを食べ過ぎた自分にある訳だが。
「お嬢さん、どうしたんだい?」急に、運転手が話し掛けてきた。
「え…いや、今月はお金使い過ぎだなぁ、って。あははー」
「そうかい。わしには、何か悩み事があるように見えるんだが」
そう言われて、つい、口に出した。
「あの、変なことを聞きますけど、呪いって…信じますか?」
「呪い…?また唐突なことを聞くねー」
「すいません、気にかかることがありまして」
私は、簡単にビデオについて話した。沙弥佳のことを除いて。
「ふーむ…それは怨念、というものではないかな?」
「怨念、ですか…?」
想像もしなかった。どこかで「有り得ないことだ」と否定してもらいたかったのに。
「うん、物に念が移るっていうのは、よくあることだよ」
「あ、髪の伸びる人形とかですか」
「そう。良い悪いは関係なしに、念というのは残るものだ」
念とは言うが、そうだとしたら何の理由があるのだろうか。

信号待ちをしてて、しばらく考え込んでいると、電話BOXが目に留まった。
ここまで来れば、沙弥佳の住むアパートはすぐそこだ。数十メートル先、といったところか。
「運転手さん、ここで。すいませんでした、変な話しをして」
「いやいや、こんなかわいらしいお嬢さんと話しができたんだから」
と言って、運転手は小銭の分はカットしてくれた
電話BOXの近くで降り、私は歩いてアパートまで向かった。すぐに着いた。
ピンポーン。部屋のチャイムを鳴らす。
「はぁい」
すぐに沙弥佳は出てきた。あれだけ悪かった顔色は、すっかり良くなっている。
「あれ?なんか、心配して損しちゃったかも。さぁ、もう大丈夫なの?」
「うん、少し寝たら良くなっちゃったー。あはは」
いつもの彼女だ。明るい笑顔を浮かべている。
「でも、あのビデオ見た時…何だったの?立ってただけって…」
「うん。それね、深く考えないことにした」
頭を掻きながら、コーヒーを入れている沙弥佳は、何か不自然だった。

「実はね、呼ばれたんだよね」
「呼ばれた?店から?」
「ううん。ビデオに」
「ビデオに?どういうこと?」
言っている意味が分からなかった。映像に音声は入ってなかった。
「女の人が出てきたしょ。その後ね、手招きして呼ぶの」
「…え?立ってただけじゃ…」
「手招きして呼ぶの。『さやか』って。呼ばれたのぉ…」
と言って、沙弥佳は泣き出した。言って緊張の糸が切れたのだろう。
「気のせいだって!最近、シフトきつかったから疲れてるんだよ」
私は、泣きじゃくる彼女にそれくらいの言葉しか掛けられなかった。
ビデオを見る前と映像に移り変わる前の嫌な予感といい、女の薄気味の悪さといい
説明のし難い何かを覚えていたのは事実だったからだ。
「でも…でも…」
「さぁにしか見えてない・ってことでしょ?そんなことある訳ないじゃんか!」
普通ならそうだ。起こり得るはずがない。しかし…
「『怨念、というものではないかな?』」。
もし運転手の言ったようなものが存在するとしたら。
「疲れてるんだって。ほら、コーヒーとかいいから。座ってなって」
「うん…ごめんね」
その日は、泊まっていくことにした。沙弥佳が心配だったから。
無くなっていたビデオについては、聞かないことにした。
これ以上のプレッシャーは、かけない方がいいと思った。


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