第7官界彷徨

第7官界彷徨

ダム問題をめぐる情勢


「八ツ場ダムの水はいらない」
=環境破壊のムダな公共工事への千葉県の拠出を止めよう=
 私たちは、1997年、房総半島を貫いて流れる小櫃川の源流、七里川渓谷をせきとめて作る予定の追原ダム計画について反対運動を起こしました。
 環境破壊のムダな公共工事への批判が高まっているときでした。
 七里川渓谷にはハヤやギバチ、イトトンボ、カワセミやヤマセミ、など、きれいな自然があるからこそ生きられる生き物や、春には川沿いの土手に赤い灯火をつけたように咲くフサザクラ、廃村追原の歴史を見守ってきた大楓、鹿やいのししや猿の群れや多くのけものたちが棲んでいました。

 ふるさとかずさ丘陵の懐かしい原風景を残したこの渓谷を守りたい、私たちはそう考えてこの渓谷の素晴らしさを多くの人に知らせ、追原を守る運動を始めました。追原の四季を写した写真展をあちこちで開催、自然観察会や講演会も開きました。「千葉にこんなところがあるなんて知らなかった」という方たちとの出会いがあり、「ここを守りたい」という声が大きく広がり、2001年の春、千葉県は着工中止の判断をしました。

 ダム計画の目的の多くが治水、利水をうたっています。しかし、土木技術の発達で、水害を防ぐ事ができるようになりました。また、現在そして将来とも、水は余っている状況です。私たちはダムはムダな公共工事と位置づけています。

 そして、私たちは群馬県の八ツ場ダムと出会いました。
 利根川の代表的な支流、吾妻川にできる八ツ場ダムと、七里川に計画された追原ダム。その名前のつけ方が、人々に知られている川の名ではなくて、近くの誰も知らないような廃村の名であることや、規模こそ違っていますが、美しい渓流の七里川渓谷と吾妻渓谷が水没することなど、似ていることに気づいたのです。
 そして訪れた八ツ場ダム予定地には、長い反対運動の苦しい歴史と、水没させるにはあまりにも惜しい、たくさんのものがありました。

 八ツ場ダムは1952年、建設省(現、国土交通省)から地元住民に提示されました。それから50余年。50年たってもまだできていないこのダムには、多くの不条理がひそんでいます。
 まず第一に、その目的とする水道用水と工業用水の供給です。
 ダムの受水を予定している東京都、千葉県、埼玉県、群馬県、茨城県の関東一都四県では、水道用水の需要は横ばい、工業用水は減少です。50年前の計画を今になって実行するのは大変な無理があります。洪水の対策にしても、1457年のカスリーン台風を基準に作られていますが、この時は第2次世界大戦の折りの木材供出などで荒れ、保水力を失った山が台風の大雨を一気に流すしかなかったのです。今は山の木も育ち、土木技術の発達で八ツ場ダムの治水上の必要性はなくなっています。
 現在、治水、利水のありかたは、上流域の森林や自然を守って保水力を高める方向に向いています。長野県の田中康夫知事の「脱ダム宣言」をはじめ、大型ダム事業の見直しが広がっています。

 第2に、このダムの建設により「耶馬渓しのぐ吾妻渓」とうたわれた渓谷の美しさや、天然記念物の岩脈が水没します。環境省のレッドデータブックに記載されている多くの動植物が絶滅の危機となり、イヌワシやオオタカなどへの影響も心配されています。

 第3に、強酸性の水です。吾妻川は草津温泉から強酸性の水が流れこんでおり、これを中和するために、1日60トンもの石灰を投入しています。八ツ場ダムも中和沈殿物質で埋まることも予想されます。また、閉鎖した硫黄鉱山の水も流れ込んでおり、首都圏の住民は水が余っているのに高くて危険な水を買わされ続けることになります。

 第4に、川原湯温泉と数多くの石仏、道祖神のたたずむ町ごと水没するということです。川原湯温泉はかつて日本の名湯10選に選ばれたほどで、お湯の量、質ともにすばらしい温泉です。
 そしてこの地域には樹齢600年を超える巨樹たち、町の辻に立つ道祖神、古い石仏群、日本のポンペイといわれる浅間山の大噴火で埋まった村の跡など、さまざまな歴史、文化遺産が残されています。
 長野原町の皆さんは、ここを守ろうと50年の間、長い激しいたたかいを続けてきました。条件付き賛成の答えをだしたものの、やっぱりダムに沈めたくないと言う人も多いのです。
 そして今なお満足な代替地さえ作られていないのです。

 予定されている代替地は、ダム湖の上に町ごとずりあがるということになっていますが、地形がもろく危険なので工事が進んでいません。
 そして私たちが訪ねた時には、民家の下までカモシカの親子が来ていましたので、野生の生き物たちの領分を人間たちが犯すことにもなるのです。

 第5に5000億円という莫大な建設費です。下流のどの都県も財政問題は深刻ですが、とくに千葉県は財政赤字のために博物館や県立高校の統廃合をはじめ、県民の暮らしに結びついたさまざまな予算が削られています。
 昨年私たちは八ツ場ダム中止を求めて千葉県の水政課、水資源班の方達と交渉しました。
 県は「治水、利水の両面で必要と考える」「昭和22年のカスリーン台風のデータをもとにしている」と、国交省の受け売りの答えでした。
 そしてダムの拠出金については、「ダムの本体工事は着手されていないが、道路整備などの関連事業は以前から進められている。そうした事業費に対する千葉県の負担割合は19、79%と決められており、負担金は毎年払っている。平成13年度は194億円、平成14年度は185億円を拠出。

*****
 現地に行ってみると、水没予定地に立派な道路や資料館(やんば館)などが建っています。各都県からの血税を集めた八ツ場ダムは、チェック機能のない聖域となっています。ダムを壊して環境を守ることさえ行われるようになった今、時代錯誤の、そして完成した時から、高くて危険な水を買わされる八ツ場ダム計画に、千葉県民として反対の声を大きくしていきたいのです。
 ダムに沈む温泉として一時的にブームになっている川原湯温泉に、ぜひ皆さんに訪ねていただきたいと思います。そして人々に八ツ場ダムを語ってください。
 千葉県がこれまで出した、そしてこれから拠出する莫大な県費に対して、千葉県民として大きな反対の声をあげていきましょう。千葉で「八ツ場の水はいらないよ」と言えば、八ツ場ダム計画を中止させることができるのです。

*****
 1月に環境問題のシンポジウムで、堂本知事とお会いしました。八ツ場の水はいらないと千葉県が言えば、中止できるのでしょうと言いましたら「そうすると他の水ももらえなくなって困ることになる。八ツ場にかかわっている他の都県と共同で運動してほしい。自分は立場上できないが、あなたたちはがんばってほしい」と言われました。
 知事が先頭にたって頑張ってほしいのに。環境問題で当選したはずなのに。




2005・9月
 川辺川ダムの強制収用を国が取り下げることを求める団体署名
「私たちは、国が、強制収用を取り下げることを求めます。川辺川の勝利が日本の自然を守ります。頑張ってください。」
                八ッ場ダムを考える千葉の会
2005・9・18東京新聞社説より
 川辺川ダムは、1966年7月、建設省が計画を発表した。完成すれば九州で最大級の、治水、利水、発電などの多目的ダムになるはずである。
 2003年5月、ダム利水事業をめぐり、反対派農家が起こした利水訴訟で、事業の手続きに違法があり、「事業は無効」とする、国敗訴の判決が確定した。これに代わる新しい利水計画を国が示せなかったことが、今回の強制収用申請取り下げの直接の理由である。


2007年
 八ツ場ダムは、群馬県の長野原町に建設予定の、55年経ってもまだ本体工事が始まっていないいわくつきのダムです。長野原町の駅のそばに、川原湯温泉と吾妻渓谷があります。
 総工費4600億円の予定ですが、いろいろ足すと8800億円といいます。この運動に関わり始めた10年前は、2110億円と言われていましたが。

 Nさんのメルマガからの情報を少し紹介します。
 このダムは日本一無駄なダムと言われている。福田首相の父、赳夫氏が強力な推進派だったため、「福田ダム」とも呼ばれている。

 記事では、民主党の長妻昭氏が語っています。
「国土交通省に資料の提出を求めたが、最初はごく一部しか出してこなかった。それで何回も要求して、やっと出して来たそれを見ると、出し渋る理由が何か想像がついた。
 ダム工事を落札している37社の企業に、国土交通省から52人、7つの公益法人を含めると77人が天下っていたのです。」 
「工事落札業者のゼネコンの中には、自民党に献金していた企業(鹿島、大林組など)もあり、典型的な政官業の癒着です。」

 横田氏は
「福田ダムの建設は国土交通省OBの天下りのため、という側面があるわけだ。」と書いています。

 10月10日の予算委員会で、福田首相はこう答えたそうです。
「私の県にも大きなダムがあります。八ツ場ダムみたいな建設中のもある。日頃、ダム問題への関心は十分持っている。情報公開しながら的確、かつ厳格なる事業評価をしなければならない。」

 「公共事業チェック議員の会」では、12月10日に八ツ場ダムの現地視察を決定、同会メンバーの川田龍平くんは、これに先立って11月17日工事現場を見て回ったそうです。
 川田くんは
「莫大な税金の無駄使いに驚いた。薬害エイズでも問題は厚生官僚が製薬会社に天下っていたことが大きな原因。八ツ場ダムでも国土交通省の役人が落札業者に天下り、建設推進をしている。」と、感想を述べたそうです。ダム撤回に向けて大きな力になってくれそうです。

 記事は
「強まる反対運動に耳をかたむけ、福田首相はダムの見直しに着手するのか。それとも国土交通省の天下りシステムを温存するのか。」
「03年から05年のたった3年間で、77人もの役人が再就職する公共事業を、天下りシステムと言わずして何というのだろうか。」と書いているそうです。

 ダム問題が起きてから、翻弄され続けてきた地元の人たち。初めて訪れた「八ツ場ダムのたたかい」の宿は、もうありません。
 ふるさとを水没させたくない!激しい反対運動を繰り広げてきた地元の思いを汲み取らなかった政治ですが、今、「天下りを許さない」という世論の別の展開が、「もしかしたら守れるかも知れない」希望になってきました。

2009年8月
衆議院選挙で、八ツ場をめぐる情勢に変化が
 うさぎAから電話が来て「八ツ場ダムどうなった?」というので、「予算の概算要求に入っているみたいだよね」「そうだよね、あれだけの大工事急に止めるのは大ごとだし」「でもさ~中止にしてあとは川原湯の人たちに迷惑料を多めにあげて旅館を建て直してもらって地域の再生をすれば、一番安上がりのはずなのにね」「私もそう思う」
 という会話をしました。
 60年もの間計画していて、まだ完成していないということは、不要不急のダムという証明のように思えます。
 現地では、故郷を守ることはもうあきらめて、ダム完成に向けて動き始めているので、今年の春頃の情報では、民主党が政権を取りそうだということで、地元の人たちは「ダム工事の推進」を求めて民主党に陳情に行ったという話も聞きました。
 中止にして、作りかけの道路などは整備して、また川原湯温泉を再生する、という方向に進んでほしいと思います。地元の人に再建の補償をしても、ダムを造り、未来に渡って高い水を買わされる下流の負担を考えれば、ずっと安上がりのはずです。下流からも「八ツ場ダムの水はいらない」と声を大きくしていきたいですね。
 今日の夕刊では国交省も様子見に入ったとか。
 これで多くのけものや鳥たちの命が救えるかもしれません。

8月
 八ツ場ダムの本体工事の入札がストップされました。新しい大臣に工事の継続の判断をしてもらいたいということです。写真は水没の為、もうそこにはいない石仏様たちです。
 ニュースでは、ダムを推進してほしいと決めた長野原町の町長さんが、「たとえ政権交代でも、そういう国の勝手でやめられたら困る」と、憮然とした表情でした。
 この60年来、揺れに揺れてきた長野原町です。もう仕方ないと、条件付き賛成の答えを出し、移転しての青写真の実現に向かって進み始めた矢先です。
 しかし、1952年に計画され、未だに完成していないのに何の支障もないダムは、要らないダムと判断するべきです。

 要らない理由
1、首都圏は水が余っています
2、町のほとんどが水没し、吾妻渓谷も多くの貴重な動植物も水没します
3、治水のためという理由も今は不必要
4、莫大な工事費
5、草津温泉の強酸性の水の為,中和施設と沈殿ダムのむだ
6、地滑り地帯のためダムの強度が不安視されている

八ツ場ダム予算(今のところ、起債の利息込み)
 国税 4600億円
 東京都 1280億円
 埼玉県 1210億円
 千葉県  780億円
 茨城県  390億円
 群馬県  380億円
 栃木県   16億円
             合計約9000億円

 国土交通省は、毎年のようにこの予算を使ってピカピカの散策マップを作っています。19年度版を見てみましょう。
 「心に残しておきたい風景に出会う旅」
生きものたち
「まだまだ豊かな自然が残されている長野原町と東吾妻町には、天然記念物のカモシカのほか、ムササビなど珍しい動物たちが数多く生息しています。鳥類ではヤマドリ、フクロウやキジ,昆虫ではオオムラサキのほかミヤマクワガタなど見ることができます。」

川原湯温泉
「素朴さと温もりにつつまれた由緒ある伝統をもつ温泉郷」
 吾妻川の谷間の上部にたたずむ川原湯温泉は,源頼朝が発見したとされ、以来800年以上もの歴史を持つ伝統の名湯です。」

石碑と石仏
「村の守り神として祀られてきた「道祖神」や、頭上に馬頭を戴く観音様「馬頭観音」、食物、農業の神として崇められる「大黒天」、七福神の一神「弁財天」などの石仏のほか、江戸時代には僧の墓標として用いられた「宝篋印塔」、中国から伝来した庚申信仰に基づいて建てられた「庚申塔」などの石碑が町のあちこちに点在しており、歴史的資産の宝庫となっています。

☆というわけで、町の中を歩く10の散策コースが紹介されていますが、全部歩きたい感じの素晴らしいところです。こんなマップをダムに沈める方が作るというのがなんとものどかではありますが、不要で莫大なお金がかかるダムに沈めてしまうには、あまりにも惜しい所です。

 そして、水があまっている下流の人たちは、このダムができることで、これからずっと、今までよりも高いお金を払って水を買うことになります。100年前に降った雨から湧き出るおいしい井戸水を飲んでいる町も、それを中止して利根川の取水口からの川の水を買う事になります。
(それをしないと、ダムを作る意味がなくないからだそうです。何か変です)  
 新しい大臣の判断を仰ぐということですが、首都圏の皆さんで「やんばダムの水はいらないよ」と声を上げてほしいのです。

 前にも書きましたが、移転した農家の傍でカモシカの家族に会いました。ダムができるために、人びとはカモシカやいろいろなケモノたちの棲む領域に侵入しようとしています。下流の人たちが「NO」といえば中止にできるところまで来ました。カモシカのお母さんに安心して子育てをさせてあげてください。

 このダム計画を白紙にさせて、町を整備して、もとの「日本の名湯」川原湯温泉の復活を応援したいものです。

9月
 八ツ場ダムが一時期計画中止になった原因は、草津温泉からの強い酸性の水でした。写真は草津温泉の中和工場です。八ツ場のために45年もの間、石灰ミルクを毎日60トン!投入しています。
 写真の橋みたいな所から投入。草津温泉側から見ています。

 ここで中和したために出来るものを沈殿させるために、近くに品木ダムというものが1964年頃建設されました。表向きは、水力発電となっていますがそれはずっと開店休業みたいです。
 どんな湖かといえば、ゴミと異様な緑白色の湖です。

 このダムはすでに80%くらいが堆積物になってしまい、廃棄物の捨て場も確保できないため、八ツ場ダムが第2の品木ダム化するとも言われています。
 元も子もなくなる状態。

 普通の温泉地では、たとえ強酸性の水が出ていても,途中で幾つもの支流が合流し、やがて中和されて海に注いでいます。それが普通の流れです。
 八ツ場のためだけの巨大な中和施設。この投入口は意外と小さくて拍子抜けしますが、後ろに巨大すぎるほどの立派な中和工場があり、それとこの投入口とのアンバランスは???です。
 石灰をミルク化するための巨大なタンクは分かりますが、裏の工場の存在意味が不明です。首都圏からの莫大な拠出金(そしてチェック機能がないので使い放題だった)を、湯水のように使った結果のようにも見えます。

 千葉県自然保護連合のHPより引用させていただきます。

=しかし、このダム建設は、今となってはまったく必要ないといわれています。首都圏の水需給は、水道用水は横ばいで、工業用水は余っているからです。治水対策についてみても、ダム計画の元となっている利根川治水計画は過大なもので、国交省(元建設省)自身がその見直しを進めています。  こうした必要性のほかに、八ッ場ダム計画はさまざまな問題点をかかえています。
 その一つは水質です。石灰液注入や品木ダムの建設によって強酸性の水は「ほぼ中和されている」と国交省は宣伝していますが、これは事実と違うようです。中和は完全にはおこなわれておらず、吾妻川のダム建設予定地より上流は今も強酸性です。じっさいに、川の石は今も赤茶色に染まっています。
 品木ダムも堆積が急速に進んでいます。品木ダムが寿命になったら、八ッ場ダムがその役割を担うと予想されています。=

 石原東京都知事は、首都圏の自治体を代表しているみたいな顔をして、八ツ場の推進を表明し、中止になれば今まで東京都が払った拠出金を返してもらう!と息まいていますが、この石灰ミルク投入だけでも、未来永劫毎日60トンも投入し続けるって気の遠くなるほどの無駄だと思うのですが。

 ***
写真は、八ツ場ダムの代替え地の傍の崖で出会ったカモシカの親子です。不明瞭ですが、右側のが母親でおなかの下には黒い毛の赤ちゃんが。(まだ小さいので、タカなどから守るためにかあちゃんのおなかの下で移動)、左の方のは立派なとうちゃんカモシカ。こちらを睥睨しつつ、先に妻と子を行かせて、後からゆうゆうと立ち去って行きました。 こんなふうに、カモシカの領域に町を移転させています。太古の昔から住んでいた場所を離れて崩落地に移転させられ、人間にとっても決して住み良い場所とは思えません。 

♪ひとりがひとつだけ~たいせつないのち~♪って、♪この~木なんの木の、HITACHIのCMが歌っています。
 先日の東京新聞に、奈良国立博物館の学芸部長さんが、唐招提寺の東室には鎌倉時代に造られた釈迦如来像が安置されていた、像の中にたくさんの文書が収められていると書いていらっしゃいました。

 「多数の文書のなかに心奪われる内容のものがあった。
 その文書のはじめには「必ず必ず、これらの衆生より始めて、一切衆生,皆々、仏となさせ給へ」と書いてある。ここに名前が書かれた衆生(いのちあるもの)から始めて、すべての衆生が仏になりますように、という意味である。
 そのあとに人名が書かれてあるのだが、少し進むと「クモノルイ」とあり、、やがて「ノミノルイ」「シラミノルイ」「ムカデノルイ」も登場する。次は、キクワウ丸、タツ女で、これは人間。次は、トンボ、アリ、ミミズ、カエル。、、、。
 このように、人間と他の小さな生き物たちがまぜこぜに書かれており、人間ばかりでなく、クモもノミもシラミもムカデもトンボもアリもミミズもカエルも、みんなが仏になるよう願われていたことがわかる。」

 八ツ場ダムによりすべてが沈む川原湯温泉には、毎晩ムササビが各宿の窓辺を訪問します。(エサを食べに来る)。ダムができたらあのムササビはどこへ行くの?ダムによって小さいけものや虫や魚や、たくさんの命が失われます。
 小さい命が棲めないふるさとは、人間も住めないふるさとです。石原都知事の「工事を中止した方が金がかかる」は明らかに詭弁だし、ましてやお金には変えられない多くの命を失うことにもなるのです。

***
9月
 先日、ともだちのうさぎAが、鹿野山山系、鬼泪山などから湧き出る「関山湧水」の源流を訪ねたそうです。やぶこぎをしてたどり着いたそこは、何もないところからあちこちにぽこぽこと水が湧き出し、それが一つの流れとなって小川の姿となるのが感動ものだったそうです。
「柿田川みたい?」と聞いたら「あんなにすごくなくてささやかだけど」ということでした。「だけど鬼泪がなくなったらあの湧水も枯れるね」とのこと。

 八ツ場ダムについて全然知らなかった12年くらい前,私はダムの水って八ツ場から水道管で我が家に引いてくるものとばかり思っていました。
 ところが違うんですね。首都圏各自治体は、ダムの工事費の分担金を払って利根川の取水口から水を取る権利を買うのです。
 それだったら、ダムではなくて利根川の水を涸らせない方法を考えた方がいいと思うのです。緑のダムは山の木々です。森林は大雨が降ってもそれを根元に蓄えて、徐々にしみ出す天然のダムです。

 以前テレビでも相当の追求がなされた八ツ場の付帯工事。現地に行けば、水没地に造られた工事用の橋が○億円、やはり水没地に2億円の宣伝施設。車のほとんど通らない道に片側2車線の道路、あらゆる所に法外な価格の工事がされています。
 工事費が倍額になり、それによって各自治体の負担も倍額になった頃、千葉県の担当課に「千葉の負担金がどう使われているのかチエックしていますか?」と聞きました。
「よその都県のものと一緒になるので、使い道はチェックしていない」ということでした。
「これからは負担金の使われ方を見て行きたい」とのことでしたが、その後どうなったのかな。

 各県が、水を分けてもらうために(ほんとは水余りだけど)払う負担金は、全然ノーチェックの「聖域」だったのです。ゆえに使い放題の60年!
 いつまでたっても本体工事はせずに、まるで打ち出の小槌のようなことが行われてきたのです。

 せっかく政権交代できたのですから、大手ゼネコンを儲けさせるだけのコンクリートのダムではなくて、緑のダムで温暖化防止や仕事確保につなげて行ったらどうでしょうか?


先ずたのむ椎の木もあり八ツ場ダム
 今日の東京新聞こちら特報部は八ツ場ダムの現場を歩いた報告記事でした。

リード文はこうです。
「『時代に合わない大型公共事業』の象徴として民主党が建設中止をめざす八ツ場ダム(群馬県)。連立政権の誕生を控えた今、自治体などから「中止こそ無駄遣い」と継続を求める声が出ている。
 だが、『止まらない不要不急の事業』を支えたのは、自民党長期政権下の「政・官・業」だ。その見直しこそ民意のはず。ただ、中止実現に乗り越えるべき課題も多い。9日、現場を歩きながら整理した。」
 という記者さんの文でした。
 そして、現地の今の様子が書かれています。

「(前略)
 総工費4600億円のうち、7割の3210億円が使われた。「今さら止めたら無駄になる」。そんな声が地元や事業費を負担する下流域の自治体から上がる。 
 とはいえ、事業費は当初の2100億円から2倍以上にふくらんだ。
「4600億円では間に合わない。今やめれば数千億円が浮く」と見るのは地元で「**乳業」をいとなむ**さん。
「ここは地盤がもろくて大変。今なら地元もやりなおせる。計画は即時中止したほうがいい。」

 だが、**さんのように考える人は少ない。ダム湖に沈む川原湯温泉で聞くと
「ダムありきでやってきた、、、。」「今さらいらないと言われても困る」と、憤りと困惑が入り交じる。計画の浮上から58年目。激しい反対闘争を経て,ダム受け入れに大きくかじを切った1992年以降、地元は完成を前提に未来を思い描いてきたからだ。

(中略)
 八ツ場ダムをストップさせる市民連絡会の嶋津氏は
「事業費はもっとふくらむ可能性が高い。ダム周辺の地盤は弱く,地滑り対策の費用も加算される恐れがある」と、建設中止のほうが安上がりと主張する。
 地元住民の生活再建も大きな課題だ。補償を受け、すでに水没地区の340戸のうち、257戸が移転した。この中で205戸が町外に、52戸は町内にある代替地などに移り、約80戸が残っている。
(後略)

 国交省は今後ダム完成までにかかる費用のうち、住民の生活再建費用は770億円になると見ている。これには国道や鉄道の付け替え工事,用地買収費なども含まれている。
 仮に中止となっても、生活再建関連の工事は進めたいという考え。
 民主党は影響を受ける地域の再生をめざす特別措置法の創設を検討するそうで、具体的な案が出ているようです。

 デスクメモでは
 川原湯温泉ウエブの声を紹介。「新しく街を造ることを国と約束しダム建設に泣く泣く合意した。僕らの生活を返してくれ」
 古い仕組みを変えるには、政治の罪深さに頭を下げ、共に背負う決意から始まる。」

 と書かれていました。祖先から受け継いだあの地での、新生川原湯温泉の誕生を心から願います。
 大きな椎の木も、大きな桂の木も、大きな欅の木もそれが一番良いことだと思っているはずです。



2009年9月
民主党の圧勝により政権交代がなり、八ツ場ダムは中止になりそうです
 この辺りは、亡くなると、遺体を埋める墓と、お参りする墓が別べつになっています。前原国土交通大臣の意思表示に、この地を見守ってきた墓の主たちから歓声が上がったとことでしょう。

 やはり八ツ場を知っていただくにはこの本が一番!鈴木郁子さんの「八ツ場ダム=足であるいた現地ルポ」(明石書店)から文章をいただきます。

「ふるさとを失う哀しみ」
 脱ダムが叫ばれる情報社会の中、「本当にダムは必要なのか」と子どもたちでさえも疑問を感じるほどで、ダム建設は知れば知るほど不合理で,長野原町の自然を失う。
 本当に治水、利水が必要なら工事を最優先するべきであろうに、何年間も要する一方でPRや「関東建設弘済会」発行の水没民の自分史刊行や各種イベント等にまで国税をつぎこむ割には,犠牲を強いる住民の未来を考えていない姿勢がありありと見える。
 先年訪れた徳山ダムの水没民Mさんは「ふるさとに勝るふるさとはありません。そこ(八ツ場)はまだ村があるということだけで幸せ.大事にしろと伝えてほしい」と繰り返した。
 自分が立っている大地が,早晩水底に沈む。、、、そして、二度と同じ土くれに出会えず,永遠に失う.思えばふるさとは、見慣れた景色と足裏に伝わる,微妙なその感触にある。
 道路や諸施設の整備は必要不可欠。しかし、意味のない本体工事は無用であることは明白。(2002年)

「氷の花、銭の花」
(前略)
 「カスリーン台風」の被害の大きさを必要以上に唱え,治水利水の大義名分をでっち上げ,ダム建設のスポットライトを当てたのか。目星をつけられたら最後、「棄民政策と同じさ」と言い切った人がいる。
 当時の水事情からそこに暫定水利権確保のためのつばをつけておく、というより、実際は川筋であれば何でも良かったというのが実情らしく、背後にうごめくものは「政治」と「金力」。
 ダム建設に代表されるものは大なり小なりの「金」に伴う「政治」と「権力構造」が介入し,暗躍してきたことは今や明々白々の事実となった。
 足尾鉱毒事件然り、各地のダム、基地、環境闘争然り、枚挙にいとまがない。

「いのり」
つりばりぞ そらよりたれつ
まぼろしの こがねのうをら
さみしさに
さみしさに
そのはりをのみ。   <山村暮鳥>

 思えば,針を飲んだ、飲まされたに等しい人びとの譜。
(中略)
 それにしても、「水源地域特別措置法」をはじめ「特措法」とやらは、一見うまくて甘そうに見えるが、ある意味では毒まんじゅうの要素がたぶんにある。一度口にしてしまえば、不思議に闘いへの怒りがそがれ,計り知れない懐柔効果があるものだ。
 悔しいのは,是が非でもダムを建設せねばならなぬ権力側の至上命令が、いつも、地域の切実な声が一つになりかけると,切り崩すことだ。
 推量するに、毒まんじゅうをたっぷり積まれたらしい人間が,闘いの戦列からそっと抜け出し、陰に陽に暗躍してきた。
(以下略)

☆針を飲まされた人びとに十分な生活再建を保障し、ふるさとを守ってほしいと思います。

2009年9月18日
 2000年の秋、「八ツ場ダムに沈む」がキャッチフレーズの川原湯温泉に行きました。宿泊したのは激しい反対運動を指揮した「八ツ場ダムのたたかい」の篠原さんの「養寿館」。
 庭には人力者夫の休憩所もありました。玄関の上がり口は拭き込まれた大きな一枚板が張ってあり、中は大正ロマンの香りあふれる和洋折衷でした。
 ここは、若山牧水が定宿にしていたそうで、額にかけられた牧水の書を見せてもらいました。中国に亡命する前の徳田球一をかくまったことも、なるほどと思わせる入り組んだ大きな建物でした。

 この温泉を愛した若山牧水の文章があります。上に紹介した「八ツ場ダム」の本文からお借りします。
「大正七年十一月に訪れた際の感動を
「この吾妻の渓はまつたく渓らしい渓である」とし、その魅力に「私は殆ど酔った者の様になってしまつた」としている。
 翌年の旅は春で「結局この川原湯に決めたのは温泉そのものよりもその近くに曾て甚だしく私の感興をそそつた或る渓があるからであつた。例の関東耶馬渓と呼ばれている吾妻川の或る一部の峡間がそれである」とするほどの思い入れを示す。
 末尾に五月十八日と記入されているこの章に、驚くことに八ツ場ダムの話が持ちこまれるおよそ三十年も前に、牧水は次のような警告文を発している。

「すべて官有林であるさうだ。私はどうかこの渓谷の林がいつまでもこの寂と深みとを湛へて永久に茂っていてくれることを心から祈るものである。
 ほんとに土地の有志家といはず、群馬県の有志家といはず、どうか、私と同じ心で、このさう広大でもない森林のために永久の愛護者となつて欲しいものである。
 若し、この流れを挟んだ森林が無くなる様なことでもあれば、諸君が自慢して居るこの渓谷は水が涸れたよりも悲惨なものになるに決まつているのだ。」

 90年前の牧水の思いです。長い地球の歴史が作った渓谷を今の時代が壊してしまって良いものか。大事に引き継いで守っていかねば、と思います。
 (反対運動の途中で吾妻渓谷は残すことにはなっているのですが、水流が不自然になるため、渓谷は無惨な状態になると予測されています)

 この本からの引用、地元の声
*昔はみんな反対だった。ジワジワと真綿でしめられるように、いつのまにかここまで来てしまって息苦しい。
*本当に中止になればそれはうれしい。うちは沈まないけれど、生まれた村が死んだあともそのまま残っていると思うとうれしいもんね。
*なんで文化庁はこんな大事な史跡を水の底に沈めることを認めたんだろうか。文化庁が遺跡に指定したのに。
*いづれは伐られてしまうんだけれど、調査済の山の木は誰のものか分かるように白や赤いペンキでシューと吹き付けられてあるんだけれど、それを見ると木が抵抗しているように立っているんだなと思えて、これを守ってやれない自分が歯がゆいなって思って、、、。

 水没五地区連合補償交渉委員会は、先祖からの土地を失う代償として必死の構えの交渉の場で、水没住民の側からの要求の密度と気迫が欠落していたという声もあり、水没地区とそうでない地区、出て行くしかないと思う人と残るしかない人と、思いの温度差が町の人たちを苦しめています。
 ふるさとをダムに沈ませないでなんとか生活再建へ、まずは国への不信感を払拭するための話し合いを実らせてほしいですね。


=お彼岸=
 帰って東京新聞を見たら、こちら特報部で「アウトレット、じわり二極化」というので、勝者の反対の「敗者」として、長柄ダムのアウトレットモールのことが記事になっていました。
 本文では
「2004年にオープンした千葉県長柄町の「アウトレットコンサート長柄」は、今年3月に閉鎖。(中略)
 隣接地にある農産物の直売所にいたお年寄りらが、以前の様子を振り返る。「込んでいたのは最初の一年くらい」「客が減ると、店がどんどんなくなった。」
 当初は衣料品や生活雑貨など、約60店と3千台分の駐車場があり、周辺が渋滞するほどの人気だった。それが販売不振に陥り、平日はゴーストタウンのようになった。」

 しかし、大手の数社の経営のアウトレットモールは好調だそうです。
 大手は
「立地条件を見極める能力があり、魅力あるモール経営のノウハウがあるので、テナントが集まり客が集まり、さらにテナントが増え,客も増える」

 しかし、中小業者が手がけた地方のモールは
「郊外型の安売り専門店が集まっただけだったり、空き店舗が多かったり。看板は掲げても、実際はもうアウトレットモールとは呼べない。閉鎖する施設もさらに出るでしょう。」とのことです。

 気の毒なのは、夢のようなプランに乗って開店し、莫大な負債を背負ってしまった人たちですね。

 さて、中止に向かっている八ツ場ダム。町をずりあげてダム(人造湖)周辺の観光開発を、という青写真だと思うのですが、千葉の亀山ダムの周辺は、訪れるのは少数の釣り人のみ。宿泊客は見込めず、藻の繁殖した緑の水は見るも無惨な有様です。
 長柄ダムも、素敵な橋を渡って行くのですが、閑古鳥で閉鎖に追い込まれました。 

 かつて日本の名湯10撰に選ばれたという豊富で良質の川原湯温泉。その誇りを取り戻し、この地を守るために厳しい闘いを繰り広げそして亡くなって行った前の世代の皆さんの思いを引き継いでこの地を守り通してそして次の世代に手渡していただれれば、、、。と、切に思うのです。


2009年9月25日
 千葉の知事が怒っています、八ツ場ダム工事が中止になったら「治水,利水はどうするんだ!」を繰り返して。どうするんだ!とお任せじゃなくて自分たちなりに「こうなるから中止はまずい」と数字を出してくれればいいのに。
 そうしたら、治水、利水について科学的根拠からダムの不要性を専門家が答えられるはずです。

 以前,県との交渉に行った時に、「県から毎年出している八ツ場ダム事業費が、何に使われているか知っていますか」と聞いた所、ある課長さんが「こちらは出すだけで、その後のチェックはしていません」と、しごく素直に答えられました。
 このダムに関わる東京都と各県は、みんなこんな調子で拠出してきたのでしょう。大型公共工事に食いつぶされた日本の姿です。

 子どもを巻き込んでいるのは「上下流交流事業」「水の大使」
 毎年、千葉県いすみ市の小学生親子40組が2泊3日で長野原町を訪れ、第一小学校児童と交流。反対に長野原町の小学生がいすみ市を訪れ、海辺の町の暮らしを体験。
「水源わくわくセミナー」とうのは、埼玉県の小学生と交流。

 小額とはいえ、これらも全て八ツ場ダム工事費から出ているのです。だから、工事予算の7割を使ってしまっても、未だに予定の一割も工事が進んでいないわけです。

 移転した長野原第一小学校に行ったことがあります。裏の崖は崩落地帯ということで、自然の中に人口の絆創膏のようなものが網目状に貼り付けてあり、安全は大丈夫かと心配な場所です。

 鈴木郁子さんの「八ツ場ダム」から引用させていただくと。
「同小の新校舎は、総事業費は12億2765万8400円。(うち校舎等建築費5億7336万3000円)で、元の場所より60メートル標高の上がった、人里離れた山中に、畑をくり抜き山を崩して平地にした2万平方メートルの敷地に建設された。生徒はスクールバスで通っている。
 敷地造成をしたのは(株)新井組。山中への進入路,周囲の傾斜のある山を切り取ってアンカー施工、盛土、砂防ダムなどに2年間要したとある。
 この「林地区東原代替え地造成工事」で、新井組へ支払われた工事費は約13億円。」

(中略)
 校舎の東端に学校ビオトープは建設されている。建設費800万円で国土交通省が生活再建策の一環として建設。子どもたちに「自然環境を取り入れた教育」との趣旨とのことだが、緑のない都会ならいざ知らず、自然の宝庫の山の中に、何もこんなちゃちな人口庭園を造る必要性があるのだろうか。

(中略)
 周辺の起伏に富んだ先祖伝来の山河を切り刻まれる八ツ場の住民も、いつまでも無知ではない。大手ゼネコンのための”仕事づくり”のカラクリはとうに気がついているはずである。
「こんな山の中にあんなもん(=ビオオープ)いらなかんべに」
の声が、一般住民の間にもささやかれていることに留意すべし。
(以下略)

☆この長野原第一小学校は,入学児童の減少により(1人か,2人)廃校になりそうな気配です。
 古い木造校舎の頃に造られた児童たちの八ツ場ダムカルタより
*嫌だけど引っ越さなくてはいけないな
*残念だ第一小も沈んじゃう
*残しておきたいな 第一小の木造校舎
*ふるさとが沈んでできる八ツ場ダム
*温泉は残しておきたいいつまでも
*ワシやタカ ダムができれば食料減少

 自然破壊と高価な水。百害あって特に必要のない八ツ場ダム工事の中止は、子どもたちにも胸を張れる「大人たちの選択」だと思います。

2009年9月26日
 川辺川ダムの予定地を前原国土交通大臣が訪れたそうです。全くね~自民党の尻拭いさせられて大変ですが、こちらは知事も周辺の市町村長もダム中止を表明しているようなので、ちょっと安心です。

 今日の東京新聞「こちら特報部」に八ツ場ダムについてのちょっとしたまとめがありましたのでご紹介します。
 見出しは「事業費まだ増える」です。

内容を要約すると
 総事業費は4600億円に上り、すでに7割の3210億円が支出された。
 石原慎太郎都知事は「7割もできているプロジェクトをここでやめることの意味合いを、感覚的に理解できない」と話したが、実際に事業の進み具合はどうなのか。
 6月に参議院に提出された政府の答弁書に寄れば、道路、鉄道の工事は7、80%進んでいるとのこと。
 ところが、完成した区間を見ると事情が変わる。
 JRこそ約75%だが、国道は約6%、県道の2本は0%、もう一本も18%にとどまる。
 現地を歩いてみると、7割どころか工事の先はまだ長いと感じた。

 ダム反対の市民団体では
 「現場の地盤は複雑でもろく、工事は難航という声も聞こえる。地滑り対策が不十分で、追加対策が必要になるのでは」と危惧し。
「中止したら自治体に負担金を返すなど、継続よりも高くつく」という声には
「国の金が都県に渡るわけで、税負担が増える訳ではない。必要のないコンクリートの壁造りに使うよりも,自治体で生きた金として有効に使われれば,決して無駄にはならない」
「水没地の人たちも中止反対の人ばかりではない、渓谷や温泉、遺跡などの資源を生かし、国の生活再建の援助を受けて地域の再生を」と。

 これからいくらかかるか分からないダムのようです。なにしろ湯水のように付帯工事に70%使って来てしまったのですから。
 そしてもうひとつ、私はダムの完成により湖底に沈むたくさんの命のことも想像してほしいと思います。
 ダムに沈む、川辺や草原や森には多くの貴重だったり貴重でなかったりする昆虫や鳥や小動物が生きています。貴著でないというのは人間の驕り。生き物達にとっていのちはいのち、必要のないダムに沈めるのでは、無駄にたくさんの命を殺りくすることになるのです。

 せいいっぱい生きているたくさんの命たちのために、無駄なダム工事は絶対にやめてほしいと切に願います。

2012年8月22日
 さて、ゼネコン公共事業の目玉?としてじゃんじゃん作られて来たダム。粘り強い撤去運動の結果、初めて撤去が決まった熊本県の「荒瀬ダム」
 もうすぐ始まる解体作業ですが、1昨年4月にはゲートが開いて、元の川の流れが甦っているそうです。

 その変化に、ダムの弊害がはっきりしてきました。水害が増えたのって凄い弊害!

 荒瀬ダムのある球磨川は、地域の人たちにとって、米や野菜を洗い、風呂水を汲む生活の川でした。
 川が真っ黒になるくらいいたアユは、大事な収入源でした。

 しかし、荒瀬ダムができてからは、川が汚れアユ漁もできなくなり、水害も増えてしまったのです。
 球磨川には、1955年から、荒瀬ダム、瀬戸石ダム、市房ダム、遥拝堰、球磨川堰が次々と建設され、その度に川や不知火海の環境が悪化してしまいました。
 流域が洪水に見舞われることも多くなったのです。

 そして68年には、支流の川辺川にダム計画が発表されます。

 川辺川ダムの反対運動の盛り上がりとともに、荒瀬ダム撤去の運動も高まります。
 そして、水利権の更新をしないと決議、国から「住民の理解がなければ更新はできない」と言われた熊本県は、荒瀬ダムの撤去を決定。

 ダムのゲートが上がって2年。
*元の川の形が出て来て、ヘドロが堆積していた川底がきれいになった。
*海の漁師さんが、海の水がきれいになったと言う。
*青のりが一日に30センチも伸びるようになった。
*海にアマモが増え、ウナギも増えた。(ウナギ漁漁師が8人復活)
*撤去は地元企業が行えるので、地域経済が潤う。

 2014年に利権が切れる瀬戸石ダムも撤去させようと、住民たちはすでに動いているそうです。

 頼もしいではありませんか。
 ダムに続いて、原発の廃炉も各地で進めていってほしいです。








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